奮戦
「目標正面、撃て!」
カリウスが叫ぶと同時に、発砲の衝撃が車内を襲った。
撃発の瞬間、数百キロの主砲が後退して甘く熱っぽい空気がかき混ぜられる。
主砲弾は、ティーゲルの正面で側面を向けていたラスプの後部に突き刺さった。
刹那、徹甲弾がエーテル機関を破砕し、蒼い炎が立ち昇る。
ティーゲルの背に隠れていた負傷兵から快哉の声が上がった。
「すげぇ、一発だ!」
「やっちまえ!」
一方の車内では、カリウスが黙々とクルーに指示を飛ばしていた。
「次弾装填、徹甲」
「はい!」
「フリン、移動より衝突を回避するのが優先だ。速度を下げてもいい」
「わかったよ兄ちゃん!」
機関が炎上したラスプは、乗員が即座にハッチを開け放って脱出する。
ティーゲルの背中にいた負傷者が彼らに向かってまばらに発砲するが、揺れる車上からの射撃は定まらない。
ラスプから逃げ出した乗員は、向かって左手の畑の中――膝丈程度になった大麦が生い茂る農地に向かって姿を消してしまった。
「深追い無用。次だ!」
「了解!」
ティーゲルは、蒼い静謐な炎を上げるラスプの残骸を通り過ぎる。そして、後ろを向いて、この場から遠ざかろうとしていたペッカードに射撃をくわえた。
閃光が奔る。徹甲弾はペッカードの背後を貫いて、そのまま前から抜けて牧草地に突き刺さって土を巻き上げた。
軽戦車の装甲、エンジンのすべてを使っても、ティーゲルの90mmを抑えきれない。エンジンから前部装甲まで貫かれた軽戦車はたちまち蒼炎を吹き上げた。
すると、帝国の戦車隊は道路を横切るように猛進を始める。
カリウスはその動きに思わず舌打ちした。
「不味い。このままだとフランクの方に突貫するぞ」
帝国の戦車隊は、単純な恐怖感からティーゲル号の射線から逃れようとしていたが、その先が問題だった。
彼らが向かう先には、駐鋤を掘り起こしたフランクの騎兵砲中隊がいる。騎兵砲はまだ射撃の準備が整っていない。このままでは蹂躙されてしまう。
「フリン、ハンドルを左に切れ! 車体ごと砲を左に向けるんだ!」
「わかった!」
フリンはクラッチを操作し、左側のキャタピラに接続されていた動力を切断した。
するとティーゲルは左に向かって弧を描くように動き始めた。
しかしこのままでは路肩から畑に落ちてしまう。フリンは素早くクラッチをつなぎ直し、ギアをニュートラルに切り替える隙を探した。
「――ここだっ!」
ティーゲルが路肩の上でぐんっと前につんのめるように動きを止めた。
一見ただの操作に見えるが、フリンがやったのは正直にいって神業といっていい。
重戦車のクラッチの切り替えにはセンスがいる。普通のドライバーなら、ブレーキを掛けて変速機を一発で破損させていたはずだ。
「うまいぞフリン!」
「へへ……!」
「メリナさん、11から2時方向に敵戦車3、いや4。左から撃破してください」
「わかった!」
メリナがハンドルを回して主砲を回す。
帝国の戦車隊はフランクの騎兵砲チームの側面を付く形で突進している。
軽戦車ならば、主砲を撃たずとも体当たりで騎兵砲を破壊できる。
なんとしても止めねばならなかった。
「なんとかして先頭を……」
メリナは照準線を帝国の軽戦車に向ける。ラスプは畑の土を転輪と転輪の間に巻き込みながら、地面を掘り進むようにして進んでいる。
進行方向はやや奥側にいった斜め。
メリナは三角形の山――照準のラインを、少しばかり敵戦車の鼻先に揃えた。
「これならどう?」
トリガーを引き絞り、砲が後座する。
ティーゲルの周囲を照らしあげる閃光の後、曳火を引いた砲弾が飛ぶ。
弾はワスプの左側、駆動輪のあたりに命中した。
< グワンッ……! >
ドラを鳴らすような音と共に、黒い破片が夜空に踊る。
ラスプは駆動輪とその先の変速機を破砕され、そのまま畑にうずくまった。
「トドメはあとでいい。次を!」
「わかった! マルトー、徹甲弾!」
「……装填しました!」
メリナは既に次の車両に狙いをつけていた。装填と共に発砲し、擱座したラスプを追い越したペッカードを撃った。
今度の弾は、砲塔下の車体側面に命中した。徹甲弾はペッカードの左右の装甲、内部のバスケットを通り抜け、丘の稜線を越えるように山なりに飛んでいった。
爆発こそしなかったものの、貫通に寄る破片が乗員を死傷させたのは明らかだった。
しかし、この3両目を破壞したところで、敵の先頭が騎兵砲に食らいついた。
「退避ー!!」
騎兵砲に取り付いていた6人のセントールがわっと左右に散る。
ワスプはなおも進み、その場に取り残されたQF-13にのしかかって踏み潰した。
< ガガギギ、メキッメキッ!! >
横倒しになった騎兵砲の砲盾が戦車の腹の下に潜り込み、嫌な音を立てる。
短砲身はたちまち駐退機からもぎ取られ、畑に転がった。
「くそっ、砲が!」
「頭をさげろ! 機銃にやられるぞ!」
砲を失ったセントールは、大麦が列をなす畑の畝に身を隠した。
4月の大麦は、青々として太い茎をもってはいるが、草の状態にある。
まだ花が出る前で、高さは膝から太腿の半ばくらい。
砲を隠すにはまるで足らないが、伏せて身を隠すくらいならできた。
「戦車を迎撃しろ!」
「ダメです! 旋回が間に合いません!」
「クソッ、退避!」
2つ目の騎兵砲にのしかかり、砲をへし折ったところでワスプの背中にティーゲルの砲弾が刺さった。
エンジングリルが爆発で跳ね上がり、砲塔のハッチからも蒼炎が吹き上がる。
「命中。撃破!」
「カリウス、これで何両目だっけ?」
「足周りを壊しただけのを除けば、5両目ですね」
『中隊長、こちらウィラー。配置につきました。砲撃を開始します!』
「よし、頼む!」
ティーゲルが戦っている隙に、追従していたT-13が射撃位置についていた。
ウィラーたちは路肩の左側から大麦畑に降り、そこで車両を反転して47mm砲による射撃を開始した。
< パンッ! パンッ! >
ティーゲルの90mmとは異なる、鋭く短い発砲音がこだまする。ウィラーたちが乗るT-13の装備しているのは連盟の47mm砲。
この砲は、初速が高いがゆえに、ライフル銃によく似た音を発した。
< ガキンッ!! >
鋼と鋼がぶつかる金属音が闇にひびく。発射された砲弾は、砲塔を指向中だったペッカードの砲塔を穿ち、派手な火花をあげていた。
『1両やりました!』
「よくやった。引き続き頼む」
そしてこの時、カリウスと騎兵砲チームが打ち上げた照明傘は、その高度が最初の半分くらいになっていた。
地面に近づくに連れ、照らされる距離が狭まってくる。そのため、カリウスはおかわりとなる、もう一発の照明弾を空に打ち上げることにした。
「うげっ……!」
空に打ち上がった照明弾は、撃破された戦車の残骸――そのさらに奥に、戦車とは異なるシルエットの存在を照らし出した。
ハーフトラック。機械化歩兵が乗った、装甲車両だ。
照明傘の光を浴び、長い影を引く細長い車体は、ぱっと見ただけでも5両か6両はいた。ハーフトラックが乗せる歩兵は、1両あたり10人。
つまり、まるまる一個小隊の歩兵がこの場に迷い込んでいた。
「カリウス!」
「マルトー、榴弾だ! いそげ!」
「はい!」
主砲に榴弾が装填される。しかし、歩兵はティーゲルの背面に位置する。
このままでは狙えない。
「フリン、後進をかけてティーゲルを西に向けろ!」
「分かったよ兄ちゃん!」
「メリナは主砲を右、車体の2時方向へ! 戦車はウィラーたちに任せる!」
「了解!」
ウィラーたち対戦車砲班が装備している47mm砲は榴弾が撃てないほか、標準型戦車から改造するにあたって、同軸機銃や前方機銃を撤去している。
そう。T-13は歩兵に対してまったく手も足も出ない。
ティーゲル号と、フランクの砲兵が敵歩兵の相手をするしかなかった。
「カリウス、敵の数は?」
「ハーフトラックが6両。……クソ、間に戦車――ベグライターもいるぞ」
「ねぇ、これってもしかして、敵の主力がこっちに来てない?」
「その可能性は高いですね。とはいえ――」
カリウスはハッチを閉め、ペリスコープに顔を近づけた。
ハーフトラックは移動を続けており、歩兵を降ろす気配はない。
(歩兵を降ろすなら、隠れてやったほうが良い。身を隠す場所を探しているのか?)
「今がチャンスだ。戦闘を継続する!」
帝国軍が始めて戦果らしい戦果を上げた瞬間である。
指示外の行動かつ、実行した部隊はほぼ全滅したけどな!!
B大隊の砲兵中隊は、2門を失って残り8門。
こちらの歩兵はティーゲルに乗った数名の負傷兵か、砲を放棄したわずかなセントールしかいない。
ハーフトラックは当然機銃搭載してるだろうし…
いやーキツイっす…




