何でここにいるんですか
「これから向きを変える、しっかりしがみついててくれよ」
ハッチを開けて振り返ったカリウスが、ティーゲルの背に伏せている負傷者にそう伝えると、彼らはエンジングリルやメンテナンスハッチの取っ手に手をかけた。
ティーゲル号はフロレンヌを背にしようと向きを変える。
しかし、ティーゲルクラスの重戦車になると、超信地旋回が難しい。
そのため、方向転換のたびに小さくない円を描くことになる。路肩ギリギリに幅を寄せ、なんとか土手から転げ落ちずに向きを変えることができた。
「フリン。最大の8速を目指してくれ」
「わかった! 今日の機関ならラクショーだよ、兄ちゃん!」
ドライバーのフリンは回転音を高め、ギアを一段、また一段と入れていく。
出足から次第に速度が乗り始め、ついさっきまでノロノロと地面を這いずっていたティーゲルは、駿馬と伴走できるまでになった。
「メリナさん。走行しながら目標を狙えますか?」
「この振動で? 無茶言わないでよ」
メリナが照準器に栗色の瞳を寄せる。
すると、大小の三角が並んだ照準線が激しく天と地を往復していた。
とても狙いをつけられる状態ではない。
暴れ馬の背中で針に糸を通すほうがまだ現実的だろう。
「目標を探すより、酔い止めを探したほうが良さそうね」
「主砲にキャンディーを供えてお願いしてみたらどうです?」
「中隊長、さすがにそれは無理が――」
マルトーが苦笑する。
ところが、一方のメリナはハッとした表情になっていた。
「あっ、それいいかも」
「えっ?」
彼女は胸元を探ると、包みに入ったキャンディーを取り出した。
そして、手に取った飴玉を照準器を固定している治具の隙間に押し込んだ。
「……効いてるみたい」
「おっ、やっぱり」
「えぇぇぇ?」
そこでふと、マルトーはハッとした表情になり、何かに気がついたようだ。
主砲が車体の揺れに逆らうように、地面と並行になっている。
戦車に詳しくない彼でも、これには明らかにおかしいと思ったようだ。
大砲というものは、ハンドルを動かすことで上下する。
ということは、揺れに対して一糸乱れぬタイミングと幅でハンドルを動かしていることになるが、そんなこと、ただの神業では済まない。
しかし、メリナの方を見てみれば、彼女はハンドルに手をやってすらいない。
照準器に手を添え、もう一方の手は椅子を支えている。
誰も手を触れていないのに、《《ハンドルだけが勝手に動いている》》。
「大砲が自ら調整している……? こんな技術、連盟どころか帝国にだって――」
「詳しいことは機密だ。実際、僕もよくわからない」
「えぇぇぇぇぇ……」
家つ神のことを説明すれば、かえって混乱させると思ったのだろう。カリウスは大事なことは何も言わないことにして、煙に巻くことにしたようだ。
(完全にスタビライザーじゃないか。この調子なら、第三世代以降の現代戦車しかできないスラローム射撃もできそうだな。オーバースペックどころじゃないぞ)
「あっ、まずい。ウィラーたちはついてこれてるかな?」
キューポラから周囲を捜索すると、箱状の物体が牧草地の形に合わせて移動しているのが見えた。
砲塔のない一体型のシルエットは、間違いなくベリエの自走砲だ。
「なんとか食らいついてくれてるか……」
ベリエのT-13は、砲塔と諸々の上部構造物を取り外したおかげで大分軽量化されている。その甲斐あって、不整地でもなんとか20kmの速度が出せた。
すこし走っていると、突然メリナが声を上げた。
「カリウス、左前方に何か見える!」
「ん……? あれは――味方、フランクの騎兵砲部隊だ。待ち伏せしてたのか」
「どうしよう? このままだと取り残されちゃうよ」
「そうだな。敵が迂回していることを知らせてあげよう。フリン、前照灯を点滅させるんだ!」
「うん!」
ティーゲル号の車体前方、中央のライトが何度か点滅する。
その間にカリウスは照明傘を打ち上げる用意をした。
右手に敵が来たことを直接的に知らせるためだ。
信号銃の銃身を折り、銀色の筒を突っ込んで噛み合わせる。銃身の後ろの撃鉄を両の親指で起こせば、発射準備は完了だ。
「それっ!」
ポンッ、と軽快な音をさせてティーゲル号の右手側に照明弾が打ち上がった。
マグネシウムが激しく燃え、目に痛みすら感じる銀光が闇夜に輝く。
(気づいてくれよ……)
カリウスは、キューポラとハッチの間でじっと動きを待った。
このまま通り過ぎてしまうのか、そう思った時――
「…………あがった!」
フランク側から返報が撃ち上がった。
友軍の指揮官は、こちらが言わんとすることに気づいたようだ。
セントールは騎兵砲の駐鋤を掘り起こし、砲車を押し始めた。
彼らはティーゲルの主砲が指向する3時方向(進行方向を反転したので、9時方向の真逆に)に向けて騎兵砲を押している。
砲撃が可能になるまで、いましばらくの時間が掛かりそうだ。
「よし……!」
「兄ちゃん、あっちも気づいたみたい!」
「あぁ、これなら――」
「違くて! 正面ッ!!!」
「何だって? げっ!?」
カリウスが撃った照明弾に惹かれるように帝国軍の戦車隊、その縦列が街路に交差するように侵入していた。
砲塔の上、ベレーを被った指揮官がティーゲルの前照灯を浴び、振り返って驚いたような表情を見せている。
「なんで此処にいるのっ?!」
カリウスが叫ぶ。向こうの車長もまったく同じことを思っていたであろう。
車列の先頭は、あわててティーゲルの進行方向から逃げはじめる。
彼らは二次攻撃を始めた本隊からはぐれた連中だった。
追いかけるべき先導車を見失った彼らは丘陵を蛇行し、いつの間にか街路を爆走するティーゲル号に追いつかれてしまっていたのだ。
原因は、彼らの指揮官の行動にあった。
丘に身を隠して移動すれば、たしかに敵から見えなくなる。
が、同時に味方からも見えなくなる。
先導車を見失う者が出るのは、当然のことと言えた。
ふと気づけば、目の前に追いかけるべき車両の姿がない。
いったい味方はどこに行ったのだ。
闇雲に走っていると、自分と同じような迷子が後ろからついてくる。
彼らは先に立つ戦車を信じてついてくるが、先頭もまた道に迷っているのだ。
後ろを振り返れば、エーテルビーコンが方角を知らせてくれるはずだが……気持ちの焦った彼らは、使い慣れてない新兵器の存在などとっくに忘れている。
作戦の終了時間は刻々と迫る。
焦りはどんどん正気と判断力を奪っていく。
そこに打ち上がったのが、眩き救いの手――照明弾。
あれを打ち上げたのは、はぐれた自分たちを探す味方かもしれない。
いや、きっとそうだ。
一縷の望みを託して、彼らは光に惹かれる蛾のように駆け寄った。
そこにティーゲル号という屠殺人がいるとも知らずに。
ともかく、深夜10時3分。なし崩し的に超至近の戦車戦が始まった。
フゥーハハハー! 夜間戦闘は本当に地獄だぜぇー!




