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第二波の投入(2)

 1936年4月22日21:25


 赤と緑の照明弾を夜空に打ち上げたカリウスは、西に振り返った。


 負傷兵らが身を寄せ合う向こうに、一本の街路がみえる。

 照明弾に彩られた石畳の路は闇に向かってすっと伸び、その先は定かではない。


 市街を抜ける灰色の線はそのまま暗闇の彼方へと消えていたが、目を凝らせば、闇の深みの中に微かな影のグラデーションとなって揺らぐ丘陵が目に入る。


 カリウスは、そのぴたりと凍りついた波間をキューポラの上から見据えていた。


 後退を続けたティーゲル号は、すでにフロレンヌの西端に達していた。


 フロレンヌ市は、中央の直径1kmが民家や商店が身を寄せ合う市街となり、その外周を牧草地や畑、果樹園で囲まれている。


 冷蔵技術も高速輸送もない時代、都市の胃袋を満たすのは馬車で数十分の距離にある近郊の畑と果樹園だった。


 街の中央に立つ市場へ採れたての野菜や乳製品を運ぶため、人々は市街地のすぐ外周を耕し続けてきた。


 波間の正体は、市民の胃袋を支え続けた耕作地だ。

 つまり、ティーゲル号――重戦車のキャタピラを支えられる地盤ではない。


(さて……ここからが一番キツイところだぞ)


 20:45ごろに後退を開始したカリウスたちであったが、そこから45分の時間をかけて、中央通りをじりじりと後退していった。


 中央通りに設置した「竜の牙」は役目を果たし、戦車の侵入を拒み続けた。

 しかし、街を出てしまえばもう障害物はない。

 前方180度、どこから砲弾が飛んできても不思議ではないのだ。


「メリナさん。ティーゲルの機銃の残弾は?」


「結構撃ったけど、まだ4箱手つかずで残ってるから……1200発くらいかな」


「げ、だいぶ減りましたね。半分を割ったかぁ」


「ここから鉄橋まで6キロだっけ? 最後まで持つか不安だね」


「なるだけ節約していきましょう。榴弾もそこまで数がないし……む」


「どうしたのカリウス?」


「10時方向、たぶん敵戦車だと思います」


「待って、今探す」


 メリナが照準器の上、天井についた砲手用のペリスコープで10時の方向を探す。

 すると、カリウスの言うとおり牧草地にちょこんと四角い箱が乗っていた。


 白光をたたえた雲を背景に佇むそれは、帝国の軽戦車――37mm砲を搭載したラスプのようだ。


「……あ、こっちも見えた。動いてないっぽいけど、やられてるのかなー?」


「………………いや、動いた! メリナさん! あれ、まだ生きてます!」


「マルトー! 徹甲弾装填!」


「はい!」


 稜線に乗った小さな箱のシルエット。その横幅が狭くなる。

 エンジンに火を入れ、ゆっくりと旋回を始めたのだ。


 ティーゲルの車内では、いつものリズムが刻まれる。

 金属の筒がレールを滑る長音がした直後、薬室を閉塞するギロチンの短音が響く。

 そして演奏を閉めるのが、発砲の衝撃と轟音。


 オレンジ色の曳火を引いて飛んだ砲弾は、夜空に優雅な弧を描き、牧草地の上で這いずっていた箱を上下半分に断ち切った。


「目標撃破!」


「よし!」


『中隊長車へ、こちらウィラーです。今の砲声は? どうぞ』


「自走砲班へ、こちら中隊長車。砲撃は敵戦車を撃破したもの。敵戦車に警戒せよ」


『了解。撤退を支援しますか?』


「頼めるか?」


『おまかせを。どのみち市内に残っても、徹甲弾では歩兵と戦闘できませんから』


「すまん。無理だと思ったら、車両を放棄して逃げて良いからな」


 この時点でカリウスが連絡を取れる対戦車自走砲は、最初にあった8両のうち、ウィラーたちの分隊の3両だけになっていた。


(フロレンヌに展開したのは全部で5両。そのうち2両とは連絡が取れない。もはや撃破されたとみなしたほうが良いな。きちんと逃げられていれば良いけど)


「こちら中隊長車。街の入口に煙幕を展開して君たちを援護する。今のうちに市外に出て、道路沿いに展開してくれ」


『了解しました!』


「マルトー、煙幕弾――っと、そっちは教えてなかったな。煙幕弾はラックの端によせてある。……そう、それだ。使ったら床下から補充してくれ」


「はいっ!」


「カリウス、どこを狙えば良い?」


「僕らが使った街路を狙ってください。できるだけ建物がない場所で。あんまり込み入ったところで撃つと、ウィラーたちが交通事故を起こしますから」


「了解っと」


< バウッ! >


 地面の上で砲弾が弾け、煙を引いた火花がイソギンチャクのような形で散華した。

 WP弾に特有の、白リンが起こす延焼作用だ。


 延焼作用があるとはいえ、白リン弾が燃えるのは最初だけ。


 煙が広がるうちにリンの炎が消えてしまえば、あとはオープントップの自走砲でも煙の中を通過できた。


「ウィラー、煙幕を展開した。今のうちに移動しろ」


『ハッ! ありがとうございます!』


「兄ちゃん!」


「どうしたフリン?」


「あのさ兄ちゃん……なんか、すごい音聞こえない?」


「えっ?」


 カリウスはハッチのロックを外し、鉄の板を浅く持ち上げた。


 ひやりとした気持ちの良い夜風と一緒に、軸流式エーテル機関の甲高い高音が飛び込んでくる。


 だが、機関が歌うその裏に、まるで調子のちがう別の揺らぎが混ざり込んでいた。


 ほんのわずか。

 そのわずかな空気の波が、機械油にまみれたカリウスの頬をかすかに叩く。


 弱い。だが、確実に存在する。


 白光を受ける丘陵の奥、闇の底に拍動を続ける何かがいる。


「……敵の増援みたいだな」


(クソッ、たったの一時間で二次攻撃が始まったか。)


「徹甲弾装填!」


「はい!」


 カリウスの指示で再びマルトーが主砲に徹甲弾を込める。

 砲尾が閉鎖され、側面のランプが緑色に灯った。


「メリナさん。砲を9時方向に指向してください」


「わかった!」


 メリナが足元の左にある折り目のついた板状のペダルを踏み込む。すると砲塔リングに接続されたギアがうなりをあげ、砲を左に旋回させた。


「わ、すごい反応……!」


「速いな。補機はエンジン回転数に応じて敏感になるけど……こんなだったっけ?」


「カリウスが魔法を使ってから、さらに調子が良くなったみたい」


「うん! 変速機もバターに浸かったみたいにスルスルギアチェンジできるよ」


「それはまた――嬉しいような、怖いような話だね」


(ティーゲルに住み着いた家つ神の仕業かな? あたりのエーテルが濃いと、彼らが与える恩恵も強くなるとか……? 有り得そうだ)


『中隊長車へ、こちらウィラー。陣地転換を完了しました。中隊長車に追従します』


「ウィラーへ、了解した。あ、待った。敵の第二波らしきエンジン音が聞こえるが、そちらから確認できるか?」


『確認できません。丘陵を使って隠蔽しているようです』


「わかった。ありがとう」


(身を隠して移動だと? ティーゲル号を無視して先を行くつもりか?)


「各員、敵は見えるか?」


「うーん、無理ね。9時方向を監視してるけど、まるで見えないわ」


「兄ちゃん、こっちからも見えないよ!」


「……丘に隠れて移動してるな。後進はやめだ。旋回して前進する」


「カリウス、それだと敵の戦車が後ろから来たら……」


「うん。危険は承知だけど、やるしかない」


 カリウスは左手の時計をキューポラの窓にかざした。

 文字盤に北東の空からの光が落ちる。


「帝国軍は当初の懸念通り、鉄橋を目指している。今は21:30そこそこ。対岸に戦車を迎え撃つだけの防備が揃ってるかどうかと聞かれれば、相当に微妙だ」


「でも兄ちゃん! 向こうにはアデーレ姉ちゃんがいるんだろ? 姉ちゃんならきっと帝国軍をやっつける策を用意してるんじゃ?」


「あぁ。アデーレが何もしないはずがない。そして、彼女が作戦を立てるとしたら、僕のことを勘定に入れないはずがない」


「あ、そっか」


(増援の到着まであと90分。しかし、到着の保証はなし、か。)


 カリウスは深く息を吐き、時計の文字盤を手で覆った。


(やれるか? ――いや、やるしかない)


「ティーゲル号、前進だ!」





フロレンヌの戦闘での大一番が始まった。

LOLで言えば、キルは取れてるのに、タワーが折られる寸前みたいな。


時間的に、アルエット砲兵中尉らの騎兵砲の配置転換、まだ終わってないよなぁ…


となると頼みはB大隊の騎兵砲中隊だけど、このタイミングだと陣地の片翼を引っ掛ける形で回避される恐れが(火網が進行方向に対して平行になるため)


……何気にやばくね?

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