第二波の投入(1)
ここで少しばかり、時間が巻き戻る。
ライカンたちが火消しに言ったのと同時刻。
フランクのセントールたちにも動きがあった。
ギゼラに与えられた兵力は、騎兵800の二個大隊に騎兵砲42門。
異常に火力の特化した特務部隊だが……純粋な騎兵戦力はそう多くない。
騎兵砲の操作員は6名。42門ともなれば、支援も含めて300騎以上のセントールがかかりきりになる。
では、残り500が騎兵? 違う。
砲兵を除いた、残りの500がそのまま兵力になるわけがない。
42門の砲と2個大隊の組織を動かすには、大量の補給、衛生、整備、そして本部要員という『裏方』が必要だ。
非戦闘要員だけでも、その数はおよそ200。
……つまり、純粋に斧槍を振るえる騎兵は、実質250から300騎程度となる。
しかし、フロレンヌ市内にセントールの姿はない。
彼らはどこに行ったのだろうか?
答えはフロレンヌ郊外、休耕畑の側の入会地――
中世から今にいたるまで、市内の人々が薪を求めて入る森の中にあった。
「ギゼラ中尉から伝令です。フロレンヌ市街の外周、その東部を守っていた防衛線は機能を喪失。帝国軍は、歩兵を中心として市街の西進を続けていると」
「そうか。敵砲兵のおおよその位置も承知した。これでは襲撃は無理だな」
伝令から報告を受け取ったのは、2個大隊のもう一人の大隊長。
A大隊を率いるムートン少佐だった。
それぞれの情報をかみ砕く間、ムートン少佐は、柔和な面立ちにたくわえた丸っこいカール髭を指先で軽く撫でていた。
短く刈り込まれた細い白髪を几帳面に撫でつけ、どこか穏やかな老騎士の雰囲気を醸し出しているが、その身体躯は威厳ある芦毛のセントールそのものである。
身に纏うのは、美しく滑らかな曲線を描くミラノ様式のプレートアーマー。
その肩甲の前には、緑色に染め抜かれた長方形の小さな子盾が飾られていた。
「歩兵が中心ということは、戦車は足を止めたのか?」
「はい。ベリエの重戦車を警戒しているようです。中戦車の数は少なく、ほとんどが軽戦車のようですので」
「無理もない。このあたりの地形はマムートを出すには軟弱すぎるからな」
「そして……中尉によれば、市街東部に第二波を投入しようとする動きがあります」
「だろうな。市街の北、牧草地を渡って迂回を仕掛けてきた戦車隊を支援するには、それが一番手っ取り早い」
ムートンは作戦地図を開いて、フロレンヌの東を叩いた。
「戦車が足止めされている市街にさらに戦車を投入するとは考えづらい。東部に送るのは歩兵だ。市街の動きを硬直させ、北に取り残された戦車隊に、歩兵と合流させる時間を作る気だ」
少佐が受け取った情報から考えを組み立てる。
すると彼の副官は、上官の『積み木』にもう一つのピースを乗せた。
「そうなると、東側に送るはずだった戦車が浮く――」
「そうだ。フロレンヌ市街を押さえれば、余剰となった機甲戦力が北に回せるようになる。つまり、二方面分の戦車を北に増派できる」
「装甲で圧殺する気と?」
「私ならそうする。東に送るはずだった装甲ハーフトラックも全て北に回し、機械化歩兵と合流させる。そうして戦車と機械化歩兵の聯合でメース川の鉄橋を目指す」
「夜ですから、相当数脱落するとみても、戦車30両近くの大兵力になりますね」
「うむ。なんか勝てそうな気がするだろう? 敵の指揮官もやりたくなるはずだ」
ムートンは、地図の北側を指先で弧を描くようになでた。
「この作戦の弱点は、フロレンヌの北を使わざるを得ないところにある。比較的地盤の確かな牧草地は北側に作られる。諸君、なぜだかわかるか?」
白髪頭を左右に振って副官たちを見回すが、返ってきたのは沈黙だった。
「……わかりません」
勇気を持って無知を認めた一人の副官に、彼は「良し」といって微笑んだ。
「太陽の光を浴びる南や東は、作物を育てる畑や果樹園になる。日陰になりやすく湿気の残る北側は、消去法で牧草地にされるわけだ」
そういって少佐は地図を振って空気を叩き、ぱん、と音をさせた。
「そして牧草地は畑とちがって、毎年土を耕さない。何十年も草の根が張り巡らされ、雨が降ろうが泥になろうが地盤が締まっている。だから戦車のような重い車両を通すなら、北の牧草地一択になるのさ」
「なるほど……」
「騎兵2個中隊150騎、配置につきました」
「ご苦労。そこで我々がいる場所だが――」
ムートンは地図の南側、耕作地の中に島のように点在する小さな緑の影を指先で突いた。
「このとおり、南の畑作地帯に点在する小さな森の中だ」
「では、敵の主力を追いかけ、北に?」
「行かない」
「えっ」
「南は敵も味方も焦点から外している。南の畑は先日の雨と夜露でぬかるみ、車両は一歩も踏み入れん。ゆえに帝国軍は、南側を『使えないもの』と思い込んでいる」
少佐は丸いカールした髭の先を指でなぞり、悪戯っぽく目を細めた。
「今ごろ果樹林や畑の陰には、市街地へ攻め込む歩兵の後続や、予備の弾薬が集まり始めている。……そこを、森から躍進した我らが横殴りに襲撃する」
「なるほど。泥土に足を取られた歩兵など、我らの前にはカカシも同然ですね」
「そうだ。一撃で後詰を食い散らかし、立ち直る前に森の暗がりへ戻る。前方に集中しているその隙に、背後から足もとをすくってやるのさ」
「しかし――それでは、襲撃した我らが対岸に取り残されることになりませんか?」
「今は四月だ。水は冷たくない」
少佐は鉄橋から上下に走るメース川のラインをつついた。
「一通り荒らした後は、川を泳いで対岸へ退却する。追撃しようにも、オートバイや装甲車では川を渡れない。ただ指をくわえて岸辺に立ち尽くすことになるだろう」
「渡河……となると、重装備や甲冑は捨てることになりますね」
「ほう。もはや武具は必要なし。そう思えるほどの戦働きができぬと?」
「い、いえ……! 滅相もない!」
「さてはて。騎士が武器と鎧を置くのは、淑女の前か、棺に入るときだ。メース川の水底の貴婦人との逢瀬を楽しみたいというなら、無理には止めんがね」
「…………しかし、それでも先祖より預かった武器を捨てるというのは」
「ではこうしよう。隠し場所を作る時間を設ける。複数人でやってもいいし、一人でやっても良い。その場合は、必ず複数の戦友に伝えること」
「それはつまり……」
「そうだ。我々は必ず失地を取り返す。異論は?」
「ハッ、ありません!」
「この攻撃が成功すれば、帝国軍が鉄橋に到達したとしても、その衝撃力は長続きしなくなる。では諸君、我らの仕事に取り掛かるぞ」
この時代の指揮官は農学の知識も必要になるのか…
やはりプロなんだなぁ…
といいつつ、結構なウソをついています。
本当は方角じゃなくて距離で決まります。
ただしフロレンヌが牧草地が先にあり、メース川を利用して農家が乳製品を外部とやり取りしたことで村が都市になっていった、というパターンもありうるので、完全なウソかというとコレもまた微妙なところです(
ちなみにムートンが何をやろうとしているのか、端的に説明すると
戦車を騎兵で倒すとかムリムリカタツムリ。
じゃけん、電源コード抜いて止めちゃいましょうねー
って感じです。




