煙と星と
帝国の使う発煙手榴弾は、ベリエのものと違いはない。
というか、ベリエの手榴弾は前大戦で帝国が使っていたものをそのままコピーしたものなので、実質的には同じといってよい。
発煙手榴弾の見た目は、柄の先に缶詰が刺さったような形をしていて、缶の部分には煙幕を示す白いラインが入っている。
普通の手榴弾との違いは、缶のサイズが多少大きいことと、このラインの有無だ。
「ひぃ、ふぅ…4つか。帝国兵は二階から入ってきたって言ったね。これを一階に投げ込んで、燻しだしてやろう」
そういって彼女が手榴弾を手のひらで弄んでいると、バディの白眉毛の背後で警戒についていた黒尻尾のライカンが首を傾げた。
「煙でなんとかなりますかね?」
「なるともさ。あんた前大戦にいたんじゃないのかい?」
スカーが何をいまさらと鼻を突き出すと、黒尻尾はたいそう申し訳なさそうに眉を落とした。
「へぇ……それが訓練らしい訓練もなくて、倉庫番やってたもんで」
「なんだ。末期の速成組かい。なら覚えときな――煙幕の白煙はただの煙じゃなくって、半分毒ガスみたいなもんなんだ。マスクなしじゃ1分と中にいられない」
「へー」
「それに……コレから出る煙は火事の煙と同じで熱い。とくに室内だと逃げどころが無くなって、まともな空気も追い出しちまう。だから早いとこマスクをつけな」
「うっす」
白眉毛、黒尻尾。そして最後に火傷顔のライカンがマスクを被った。
「いいかい。表の通りに出た連中はシャッフェンに任せる。あたしらが対処するのはラットホールを使って出ようとする連中だ」
「他のルートから出ていく連中はどうするんで?」
「無視でいい。頃合いを見て退却地点に引き上げるよ」
「了解っす」
「姉御。ちっと思いついたんですが、そいつを使ってもいいですか」
火傷顔は穴の前に積まれた土嚢を指差した。
なんのことかとスカーが小首をかしげると、火傷顔はこう続けた。
「中身をちょろっと出して棍棒にするんです。ゴロツキどもがよく使う手っす」
「なるほど。そいつはいい。鎧を着込んだ相手には短剣より使える」
「へい」
火傷顔は土嚢をひとつ取ると、中身を半分出して口を結び直して肩に担いだ。
ライカンたちはそれぞれラットホールの近くに陣取った。
スカーはラットホールから少し離れた勝手口に陣取る。そして、黒尻尾はほとんど新兵と変わらないという衝撃の真実が知れたので、スカーの後ろについた。
ラットホールの左右には、本物のベテランの白眉毛と、土嚢を担いだ火傷顔だ。
おそらく、彼は元やくざ者なのだろう。土嚢を使った棍棒を構える姿がいやに堂に入っていて、聞きかじりを実行した風には見えない。
「……よし、投げるよ」
スカーは発煙手榴弾の擦過索を抜くと、ラットホールを通して建物の奥へ向かって二つ投げ入れた。
建物の一階はダイニングになっている。鉄の缶がテーブルか床を叩いたゴトンという重々しい音をさせた後、闇の中でもうもうと雲の塊が立ち上がった。
すると間もなく、天井の方でしていた何かを動かす物音は、前後を行き交う慌ただしい足音に変わった。
ドタドタと階段を降りる音がして、複数の足音がこちらに近づいてくる。
そこですかさず、白眉毛のライカンが声を上げた。
「火事だ! 家が燃えてるぞ! こっちだ!!」
声に誘われたのか、一度は離れようとした足跡がこっちに向く。
マスクを被った白眉毛が頭を振ると、火傷顔も頷いた。
足跡が近づいてくると、次第に音の種類が増える。
苦しげに咳こむ声。装甲板同士がこすれ合う金属音。
それらが極限まで近づいてきた時、火傷顔が腰を落として袋を振りかぶった。
ラットホ―ルの側で佇む火傷顔の風体は一見サンタクロースのようだが、彼がくれるのはリボンを結んだプレゼントではなく、脳天への一撃だ。
「急げ、こっち――ぎゅわっ?!」
猛打を顔面に叩き込まれた帝国兵は、尻もちをつくようにひっくり返る。
これに驚いたのが、後続の帝国兵だ。眼前で仲間がひっくり返ったのを見た彼は、驚いて足を止めようと小走りになった。
白眉毛はそれを見逃さず、彼の胸甲の左右のベルトを引っ掴んで投げとばした。
「あぎゃっ!!」
ただ投げるだけでも効果はてきめんだ。
彼自身の体重に鎧の重さが足されているから、衝撃力は重量の分だけ増加する。
仮に70kgの体重のものが20kgの甲冑を着込んでいた場合、全く同じ速度で衝突したとしても、衝撃力は3割程度増える。
これにライカンの膂力が加われば、自動車にはねられた程度の衝撃となる。
とても無事ではいられない。
「おいおい、流石にそれは死んだんじゃないか……?」
「そっちもだぜ。負傷に抑えるって話だろう」
「反撃されるよりは良いさ。それより次が来るよ」
「――っと、いけね」
続いてやってきた3人組も、順当に棍棒と組み討ちで処理された。
これで倒した帝国兵は合計8人。
自分たちの倍の数を倒したとなれば、大金星といっていい。
「おっと。外でも始まったね」
ラットホールの奥に控えていたスカーが、闇の中でつぶやいた。
家々の壁に反響して、間延びして聞こえる銃声。
表の通りに出た帝国兵を、シャッフェンたちが狙撃したものだろう。
音は全部で4発。造命種が目標を外すとは思えない。
これで12人とすれば――おおよそ一個分隊を殲滅した計算になる。
「こうもあけすけに銃の音がしちゃ、襲撃を続けるのはさすがに無理だね」
「引き上げますかい?」
「そうだね。終わりにしよう」
「うっす」
「え、帰っちゃうんですか?」
「まだやれるところで見切りをつけるのが良い狩人なんだよ。銃声が聞こえれば、どんな阿呆でも即座に警戒に入るからね」
「だな。黒尻尾、真正面から戦えるほど帝国兵はボンクラじゃねぇぞ」
「そうだね。こいつらは教科書と同じ状況だと、びっくりするくらい強いよ」
「へぇ……」
「お前、本当かなぁって顔してるけど、姉御の言う通り、マジだからな」
「ま、時間は稼げたろうし、ガルムんとこに帰るよ」
「はーい」
キルゾーンから引き上げ、4人は隣家を伝って薬局に戻ることにした。ところが、白眉毛が廊下のど真ん中でいきなり足を止めてしまう。
彼はマスクを取り、あっけにとられた様子で廊下の窓から空を見上げていた。
「…………」
「なんだい、変なとこで止まるんじゃ――えっ」
「どうしたんです? ……ありゃっ?」
4人が見上げる空には、赤と緑の連星が輝いていた。
それは事前にカリウスが決めていた合図――『撤退』の号令だった。
帝国兵って、渡された銃で自分のつま先を撃たなければなれるのか?
って程度の練度に見えますが、これは正直、相手が悪すぎです…




