スープは豆抜きで
1936年4月22日21:05
フロレンヌの北で守りについていたガルムたち第一小隊は、小一時間にわたって帝国軍の機械化歩兵と小競り合いを続けていた。
最初こそ激しかったが、いまや戦闘は小康状態にある。
帝国、ベリエ、両軍とも弾薬がつきかけ、機関銃の弾を節約しているのだ。
戦いがその勢いを失うと、同時に昂揚も引き上げる。
兵の意識から死を遠ざけていたそれが。
帝国軍二等兵、ユリアンは手の震えを抑えながら、心もとなくなった残弾を一発づつ弾倉に押し込んだ。
事前に渡された5連クリップは使い果たし、残っているのは分隊が補給として受け取った箱のバラ弾だけだった。
弾を詰め終わると、ユリアンはさらに予備を取って紙箱を後ろに回した。
箱はひったくられ、暗闇の中で金属の触れ合う音と戦友の息遣いだけが聞こえる。
あれほど騒がしかった戦場に、いまや自分たちの荒い息遣いと、遠くで風が木々を揺らす音だけが響いていた。
ユリアンはふと、地面に仰向けで横たわる戦友の様子が気になって声をかけた。
彼はハーフトラックから降りる時に一撃を食らったヨアン・キルヒナー二等兵だ。
すっかり静かになったので、もしかしてと思ったのだ。
「どうだ、君、具合のほうは?」
「まぁ、どうにかこうにかやってるが……えーっと」
「ユリアン。ユリアン・メッツガーだ、」
「ヨアン・キルヒナーだ。ありがとう戦友。見捨てないでくれて」
「どういたしまして。次に俺がそうなった時、君もこうしてほしいな」
ユリアンが冗談めかして言うと、ヨアンは笑おうとして力なく咳込んだ。
「怪我をするのは、何も悪いことばかりじゃないさ」
ユリアンは自分自身にも言い聞かせるように、なるべく軽い口調を作った。
「小銃が使えなくなった兵隊を、いつまでも前線においておくわけがない。……なぁ、数日もすればトラックがやってきて、君を救護所につれていってくれる」
「救護所、か……」
「ああ。傷を縫ったら本国の病院だ。そこから2、3ヶ月は養生するだろうさ。その頃にはきっと戦争だって一段落ついて――君は家に戻れさえするかもしれない」
呼吸のたびに、ヨアンの喉とこめかみのあたりの影が動く。
ユリアンはそれが妙に印象に残った。
「情けねぇなぁ」
「いや、君は立派なもんだよ」
ユリアンがなぐさめるが、ヨアンはちがうとばかりに頭を左右に振った。
「俺の地元はマンハイムなんだが、そこで二月ばかり教練して、ベリエに来るまで何日も待たされたっていうのに、一発も撃つ間もねぇうちにやられちまった」
「大丈夫さ。僕が君のおっかさんに手紙を出してやる。『ヨアン二等兵は僕の命の恩人です。誰よりも勇敢に戦って負傷しました』って。きっと村の自慢になるはずだ」
「そいつはありがたい。だが――」
「?」
「俺ぁマンハイムとしか言ってないのに、なんで村だとわかった?」
「そいつはつまり、君はオルレアン以外の街も〝都会〟と呼べると言いたいのかい? 世界の中心たるフランクのオルレアン様からすれば、マンハイムなんて金箔の屋根なんかひとつもない、藁葺き屋根の小屋が並んだ可愛い〝村〟じゃないか」
茂みの中でクスクスと笑い声が上がった。どうやら、眼前の敵よりも、二人の会話に聞き耳を立てている暇人がいたようだ。
牧草地の窪みの中に横たえられたヨアンは、肩でずって少しでも楽になろうと身動きを企てる。
彼がそうするたびに装甲服の鋼板が触れ合って、ブリキ缶を叩くようなどこか愛嬌のある音が鳴った。
ベリエの軽機関銃の弾は、彼の腰のあたりを撃ち抜いていた。7.7mm弾は装甲服の鋼板を貫通し、ヨアンの体の中で止まっているようだ。
装甲服はきちんと役目を果たしたらしい。
帝国が支給する装甲服は、弾丸を跳ね返すためのものではない。
兵士の骨や肉が弾けて即死するのを防ぎ、外科治療で命を繋ぎ留められる「負傷」に抑えるためのものだ。
ユリアンはかつて、猟師がベリエの軽機と同じような大口径の弾で鹿を撃ち倒した瞬間を見たことがあった。
防具を持たない獣を穿った弾丸は、その体の中でメチャクチャに暴れ回る。
まるで爆発でもしたように体の中に空洞ができ、縫い止めるなど到底できそうにない惨状になっていた。
(なんだか思い出したぞ。肉の筋が全部壊されて、屠殺した豚のしっかりした切り身肉とは全然違った。プディングみたいにぶよぶよになっていたっけ)
あれに比べれば、ヨアンの傷はただの穴だ。
救護所で軍医がちょちょいと針と糸を使ってズボンのあてつぎのように穴をふさいでやれば、あとは何とかなるだろう。
とはいえ、それが彼の感じている激痛を和らげてくれるわけではないが。
「クソ、腰に火がついたみたいだ。煙が上がってないか見てくれ」
「尻から火は出てないよ。もしそうしたらソーセージを炙るのに使おう」
「そいつはいい。昨日のビールの風味がつくぞ」
「おい、お笑い芸人ども。それくらいにしておけ」
二人の間に割り込んできたのは、分隊長の軍曹だった。
短機関銃を小脇に挟んだ彼は、ヨアンを一瞥した後、ユリアンの方に向き直った。
「先に牧草地を降りていった軽歩兵が、農場に置いてあった箱を使って2階の窓から建物に入れるようにした。俺たちの分隊も加勢にいくぞ」
「わかりました。負傷兵はどうするんです?」
「後続に回収させる。そこのお前は頭がはっきりしてるようだから、これを持て」
「イチチ……発煙筒ですか」
「あぁ。後続部隊が来たら使え。お前の所に負傷者を集める。寝るなよ」
「わかりました。寝たくても痛くて寝られませんよ」
「冗談が言えるなら平気だな。ユリアン」
「はい。何でしょう軍曹」
「俺たちの分隊の戦力は半減してる。3号車の分隊と合流して、フロレンヌの北にある学校にいく。先に行った偵察によると、そこに敵の本部があるようだ」
「たった一分隊で攻撃するんですか?」
「まさか。本当に敵の本部かどうか、偵察して確かめるだけだ。弾も残り少ない。敵も弱っているとはいえ、とても俺たちだけじゃ攻撃できない」
「わかりました」
「室内戦になるかもしれん。銃剣は銃につけるより、手で持っていたほうが良いぞ」
「わかりました軍曹。ヨアン、留守番を頼む」
「わかった。朝飯を用意しておくから、ちゃんと帰ってこいよ」
「あぁ。スープの豆は抜いといてくれ」
帝国の機械化歩兵は装甲服を着込んでるけど、これは歩兵の体を守るためだけではなく、彼らの心を守るためだったりします。
WW2の史実で使われた装甲服は、ソ連が戦闘工兵(Sapper)に支給した鋼鉄製胸甲のSN-40、およびSN-42です。
これらの防弾甲冑は、ドイツの9×19弾はもとより、それより強力なソ連の7.62×25弾を防げましたが、ライフル弾を防げる代物ではありませんでした。
ところが1945年になると、SN-42はピストル弾を防ぐことも難しくなりました。
これはドイツが金属資源を節約しようとして、9mm弾の弾芯を鉛から鋼鉄製に変更したのが原因でした。(鋼製の弾芯って、ようするにAP弾ですからね)
しかし、ソ連はそれでも戦闘工兵に胸甲の支給を続けました。
戦闘工兵(Sapper)は敵の陣地や建物へ至近距離で突入する最も危険な役割を担います。たとえ貫通されるとしても「何も着ていないよりはマシだ」という心理的な支えがあることで、彼ら戦闘工兵は死線の向こうに踏み込む勇気を持てました。
ソ連はもはや防弾性能の優位が失われていたことを承知の上で、兵士の「心」を守る防具として、SNシリーズの支給を維持したと言えます。




