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フロレンヌ東部 撤退戦(2)


「敵の指揮官は有能だな」


 ティーゲル号をゆっくりと後退させながら、カリウスはつぶやいた。


 敵は、手持ちの戦車では敵わないと即座に判断。

 建物の中に歩兵を繰り出し、こちらの索敵を無力化しつつ包囲を狭めてきている。


< ボン! ボパパン…ボン!ッ! >


「あっ、またやった」


「あの爆発音は、たぶんグレネードブーケね。横着するからよ」


「ラットホールに仕掛けたブービートラップに引っかかったみたいですね」


 連続的な爆発音の犯人は、ドワーフ工兵が仕掛けた「花束」だった。


 この花束は階段の天井近くやドア枠などに手榴弾を複数まとめたもので、侵入者がトリップワイヤーを引っ掛けると、一気に発火索を引く仕組みになっている。


 このトラップは、束にした柄付手榴弾(ポテトマッシャー)を逆さにした様子が、まるで花束に見えることからグレネードブーケとあだ名されていた。


< タタタン! タタタッ! >

< ドーン……ッ!! >


「おぉ、またやった」


「今度のは手榴弾じゃなくて梱包爆薬ね」


「これは敵味方どっちかわからんなー」


 フロレンヌの今日の天気は、銃声、時々爆発音。

 空に大小の破裂音が木霊した。


 ティーゲル号の後進速度は時速6km。


 乗馬体験のポニーの方がまだ速い。週に一回ジョギングして、ちょっと健康に気を使っているおじいちゃんなら、ティーゲル号に余裕で勝てるだろう。


「うーん……遅い。遅すぎる。」


「カリウス。こういう時のために滑らない話とか用意してないの?」


「旅行で相席になった人にするやつじゃないですか」


「兄ちゃん、このままじゃ歩兵にも追いつかれちゃうよ」


「むむむ……戦車が攻めてこないなら、魔法、使っちゃいましょうか」


「おっ、待ってました!」


「兄ちゃん、次はどんなの使うの!?」


「今回つかうのは小粒の魔法だ。主砲弾のエーテルだけでやろう。マルトー!」


「はい、エーテル弾を装填します!」


 金属が滑る軽快な音の後に、閉鎖機(ギロチン)が落ちる重苦しい音が続く。


 作業の完了を示すランプの緑色を膝の先に感じながら、カリウスはペリスコープを覗いた。魔法を発動させる場所に見当をつけるためだ。


(さて、どの辺りがいいかな……?)


 ティーゲルの正面はがら空き。遮蔽をとるものが何もない。


(ここに撃つと、敵の戦車隊も見えなくなっちゃうな。一旦保留で)


 カリウスは首を左側に向けた。


 そこには中世からずっとそこにあったであろう古めかしい建物が並び、生活用の小道が家々の境界となっている。


 次は右を見てみるが――建物が崩れているか、いないかという違いはあるが、右側もだいたい同じようなものだった。


(歩兵が来るとするなら、左手側からかな? 右手側には動きがない。左右同時ってのはちょっと考えにくいな。下手すると同士討ちになるから)


「メリナ、主砲を左へ。歩兵が来そうな小道あるのわかります?」


「あー、わかった。あれ?」<ドドッ!>


「それですけど、何も機銃で撃たなくても」


「わかりやすいかと思って」


「ま、始めますか」


 カリウスは主砲の横に回って、そっと砲尾に手をかざした。


「大地はただ在るを厭うことなし――破ってみせるがいい……進退両難(オブスタクル)!」


 彼が呪文を詠唱すると、砲尾にわずかに蒼い光が宿る。

 砲弾に充填されたエーテル燃料が、カリウスの統制に反応しているのだろう。


「統制した――今!」


「ファイア!」


< ――パウッ! >


 青色の閃光が家と家の間にあった地面に突き刺さると、それは起きた。


 細かい地鳴りがしたかと思うと、小道を形づくっていた石畳が割れ、灰色のブロックの間から黄土色の地肌があふれ出し、道を完全に塞いでしまった。


 いや、塞がれたのは道だけではない。

 閉ざされた鎧戸がはち切れるように割れ、ガラス片と共に土が流れ出した。


 小道だけでなく、その左右にあった家の中まで完全に土で埋まったのだ。


「こ、これが小粒な魔法……?」


「そうさ。空を丸ごとランプに変えたり、川に氷の橋をかけるより、ずっと小粒だ」


「いっそこれで戦ったらいいんじゃないですか?」


 マルトーがカリウスの膝を見上げて問うが、カリウスは首を横に振った。


「単純な破壊力なら、普通の榴弾や徹甲弾のほうが上さ。科学にはできないことで張り合わないと、魔法はちょっと使い物にならないかな」


「……そうは思えませんけど」


「まぁ……僕もこの考えはそろそろ疑わしいって、感じてるんだけど――あっ」


 カリウスがティーゲル号の背後の様子を確認しながら後退していると、セントールの一隊が目に入った。


 その隊の中央、茶色い鹿毛に黄色の小盾を甲冑に飾っているセントールに、カリウスは見覚えがあった。


「ギゼラ中尉、ご無事で!」


 ハッチを開け、負傷兵たちの方に肘をついて振り返ると、彼女は彼らを一瞥した後にカリウスを見上げた。


「そちらもな。ティーゲル号は撤退を開始していたか。状況はどうだ?」


「東側の防備は突破されました。今は遅滞しながら後退中です」


「む……そうか。負傷者はこれだけか?」


「いえ、一部です。自力で動けないものは地下道を通って退避中です。意識があり、手が使える者だけ乗せています。じゃないと落ちてしまいますから」


「後送を手伝いところだが……担架やソリがないと厳しいな」


「ギゼラ中尉はどうしてここに?」


「B大隊の大隊長がどうも様子が気になるらしくてな。帝国軍が抱えている物量と比較して、あまりにも攻め手が少なすぎると思わないか?」


「……たしかに。夜間戦闘なら、※MIAを恐れて小出しにするのは当然ですが、慎重すぎるというより、犠牲を嫌っているみたいですね」


※MIA:Missing in action、戦闘時行方不明。


「貴官もそう思うか。政治的な問題かもしれん」


「政治的な問題ですか?」


「帝国は一つの国のようで、実際は多様な民族の寄せ集めだ。編制にあたって同じ地方の出身者を集めることも珍しくない」


「つまり、中央出身者の命令に対して消極的に従う者たちがいると?」


「そんなところだが、同郷人の団結力は侮れん。彼らの目的は軍で出世することではなく生き延びることだ。一度守りに入ると驚くほど粘るだろう」


「なるほど。だとすると、ティーゲルの撤退には追い風ですね」


「そうとも言えん。北側からフロレンヌを迂回しようとしてきた部隊を撃退したが、戦車中隊が歩兵を置き去りにして突っ込んできた」


「この夜間に……? 自殺行為じゃないですか」


「実際、騎兵砲の待ち伏せを受けて敵戦車中隊の戦力は6割程度になった。今は停止しているが、後続が到着したら前進を始めるだろう」


「……なんとなく、敵の上級指揮官の腹の中が見えてきましたね。帝国の地方出身者に消耗の激しい正面攻撃を任せ、フロレンヌ守備隊の注意を引きつけたところで、本命の部隊が北側から迂回をしかけて西進、メース川鉄橋を確保する」


「うむ。繰り返し北側の戦力が増強されるかもしれん」


「可能性はありますね。急いでフロレンヌを脱出しないと包囲を閉じられる」


「歩兵は巣穴道(バロウズ)を通って撤退できるだろうが、戦車はそうはいかん。急いだほうがいいぞ。こちらは北の大隊本部を見回ってから撤収する」


「お気をつけて」


「そちらもな。メース川で会おう」






魔法の規格化・兵器化のボトルネックは、統制とかいうよくわからないブラックボックス化した技術に基づいているからなぁ…


エーテルをつかうコンロの魔導化は、つまるところ統制の自動化。

でもこれは魔法の強みである適応・即応性に欠けるんだよね。


だとすると、大型化したリボルバー型のグレネードランチャーみたいなのをつかって、魔導回路をそのまま打ち出す方式が良さそう?


前大戦は大型の野砲弾で同じことやってたみたいだから、そのうち出てくるな…

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