断章 最古の魔法とは
出すにはまだ早い内容かと思ったんですが、このタイミングでもイケルなと思って、置いちゃいました。
※作者コメント※
出すにはまだ早い内容かと思ったんですが、このタイミングでもイケルなと思って、置いちゃいました。
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――1935年 某日。
誰も必要としていないのに、なぜかそこにある。
ベリエ大学の中庭の一角に設けられた花壇は、そんな場所のひとつだった。
その風景は、花壇というより草壇と言ったほうが実態にあっている。
長年勤めていた庭師は高齢で引退。後を務める者もいなかったので、花の棲家はあれやこれやの雑草に占領され、ヤギが飼えそうなほど荒れていた。
シャルロッテ教授とカリウスは、週に数回この場を訪れていた。
彼女の「個人指導」を受けるためだ。
「ハッ!」
カリウスは、数歩離れた花壇に向かって気合を放つ。
すると前触れもなくごうっと風がやってきて、茶色い草の先端を断ち切った。
ぽとりと、枯れ草の先端が乾いた地面に落ちる。
地面に残ったほうの断面は、まるで刃物を使ったかのように鮮やかだった。
「風の統制も板についてきたな。いい具合だ」
「はい。ご指導ありがとうございます」
「ふむ。そろそろ古い魔法を教え始めても良さそうだ」
「古い魔法ですか?」
「あぁ。基本的に魔法は古いほど扱いづらい。洗練されていないからな」
「えっと、不必要な工程が残っているみたいな?」
「そうだな。混じり合っているといったほうがいいかもしれん。
――時にカリウス。
全ての魔法の根源、始まりになった魔法は、何を扱おうとしたと思う?」
「うーん……やっぱり『火』ですか?」
「悪くない。だがエーテルを自然現象に変換するのは、魔法の歴史から見ると高度な応用だ。最初に起きたのは、もっと身近で切実な『願い』だった」
「火が応用なんですか?」
「いつだったか、魔法史は宗教史とほぼ同じと教えたな?」
「切実な、身近な願い……信仰?」
「そうだな。最初期の信仰は、何を畏れ、何に祈っただろうか」
「えっと……自分たちを取り囲む自然、そして自分たちのルーツ。
最初の信仰は、精霊信仰、あるいは祖霊信仰でしたね。」
「お、いい所をついた。祖霊に対して人々は何を願った?」
「祖霊信仰は祖先の力や知恵を借り……え、でもこれが魔法になるって――」
「そう、霊媒術や死霊術。これが最古の魔法体系だ」
「えぇぇ……あらゆる宗教における禁忌じゃないですか」
「ところが、人類が最初に持つ宗教的感情は死者への畏怖や祖先への崇拝だ。神という抽象的な存在よりも、かつて生きていた祖先の霊に語りかける術が最初に生まれるのは自然な流れだとは思わないか?」
「白翼教の信者が聞いたら泡を吹きそうですね」
「違いない。これからする話でカニと競争させてみるか」
「これより強烈な内容があるんですか?」
シャルロッテは口端に笑みを含んだ。
まるで、これから何かおもしろい悪戯でも始めるかのように。
「魔法の始まりの動機は哲学と同じだ。古代から人は『生と死』という最大の謎に直面した。動かなくなった肉体から『何』が抜けたのか。それを探求することが、魔法という力を観測する最初のきっかけになった」
「まさに『なぜ』に立った哲学と同質の立ち上がりですね」
シャルロッテは生徒に頷いた。
「上古の時代。死霊術は邪悪なものではなく、亡くなった長老から知恵を借りるための神聖な儀式だった。元々は過ぎ去りし賢者との対話術だったのさ」
「それが発展するうちに、意味合いが変わってきた?」
「では何が変わっていったのか、順を追って説明してやろう。古代の死霊術は生命の本質を解き明かそうとしていた。当時最先端の科学と物理学の《《習合体》》といってもいいかもしれん。」
「えーっと、『生命の仕組みを知りたい』という目的のもとに、関係する知識と技術がすべて集まった。だから学問としても、魔法としても、ごちゃまぜ状態?」
「そういうことだ。そこで死霊術は、最初の一手として死を定義した」
「死の定義?」
「そうだ。心臓が止まるなどで肉体の機能が停止しても、肉体に宿った魂はすぐには消滅せず、しばらく残留するという魔法現象を発見したのだ。つまり――」
「《《魂の死》》こそが死である」
「そう。それが死霊術において『死』と定義された」
「…………ひとつ、よいですか?」
「ひとつの体に2つの魂が宿るか、という質問なら、それは『はい』だ」
「……ッ!」
「双子が生まれた際に片方が死産となり、片割れに2つの霊が宿ることがある。そういった者は運命も倍になるとして珍重、あるいは忌避されたようだな」
「……例えば、人が死にかけたときに、どこからとも無く魂が入り込んで2つになるってことはありますか?」
「理屈としてはあり得る。実例は一つしか見たことがないが」
「ですよね」
「――さて。話を戻そう。死を定義したことで、逆説的に生も定義できる。こうして二つの状態を制御することが、死霊術の根幹となった」
「最初は祖先の知恵を借りるための霊媒術だったものが、変化しましたね」
「こうして初期の魔法科学で、 死体に残留したエーテルを抽出し、別の死体に流し込んで再駆動させる――いわゆる『アンデッド』の実験が始まる。この頃はまだ壊れた機械に油をさすような、ごく素朴な生命工学の延長に過ぎなかった」
「関連して色々技術が発展しそうですけど……そうなったんですか?」
「無論だ。生命を中心に取り扱う死霊術師は最先端の医師でもあった。※中古の時代は死霊術の黄金期だった。とくに医療への貢献は著しく、外科手術は大いに発展し、臓器移植や、数百年持つエンバーミングも可能だったらしい」
※中古の時代:あらゆる物が使い古しの時代――ではなく、古代の中頃という意味。古代が長かった中国史などの文脈で使われる用語。
「臓器移植……今では完全に失われた技術ですね。」
「例外として、本人の皮膚や骨を移植する外科手術は、アラビィとイスパニアで1100年頃まで維持されていたが、成功率はかなり落ちていたな」
「衰退の原因は、やはり白翼教の台頭ですか?」
「過度な一般化だが、その見方でよい。しかし、なぜ彼らが死霊術を排斥しようとしたのだろう? 一般人にとって役立つ技術のはずなのに、なぜ賛同を得られた?」
「死霊術の側が、何か取り返しのつかない問題を起こした……とか?」
「良い推測だ。下古の時代、紀元前500年頃に死霊術は壁にぶち当たった。どれだけエンバーミングの粋を凝らしても、肉体は徐々に崩壊する。記憶も次第に崩壊し、痴呆症のようになる。アンデッドはつまるところ『不完全な死』だった」
「……しかし、死霊術の限界は、人類が克服すべき壁と判断される?」
「そのとおりだ。死体ではなく『生きている人間を継ぎ足せばいい』という、完全に一線を越えた過激派が出現した。ここから死霊術は、人々が持つイメージ通りの恐るべき禁忌の学問へと変質していったのだ」
「その一線を越えた人々は……成功したんですか?」
「ある意味では。今では造命種として知られる存在がそうだ」
「あー、前大戦で作られて、戦後は製造が禁止されたっていう……禁忌っていう割には、ちゃっかり技術継承されてたんですね」
「彼らの目論見とは違ったが、抗いがたい誘惑を持っていたからな」
「誘惑……ですか?」
「その説明は今している話と同じくらい長くなる。死霊術に話を戻す」
「あっ、はい」
「そして紀元前にそれは起きた。白翼教は神の奇跡を手にし、人々にそれを恵みとして与えた。今で言うところの治癒を目的とする『白魔法』だな」
「白魔法の成立時期っていうと……そうか、ナイアルトが活動していた時期か」
「そう。死霊術師ナイアルトの大規模な魔法実験――『黒の双子月』によって多くの無辜の民が犠牲となり、死霊術に対する民衆の恐怖と怒りは絶頂に達した。白魔法はナイアルトへの対抗手段として、神より与えられたとされている」
「……この事件は、当時まだ新興宗教に過ぎなかった白翼教が、人々からの支持を固める絶好の機会だった。もしかして、白魔法の起源って……」
「死霊術師に対抗するため、白翼教は死霊術から『治療』や『帰死回静』といった耳触りのよい魔法だけを抽出し、より美しく安全な形に偽装した。それが白魔法――『神の奇跡』の正体だ」
「うわぁ……そんな話、一度も聞いたこと無いんですけど」
「当たり前だ。宗教戦争が起こる度に図書館ごと消して回ったからな」
「あーもうメチャクチャだよ」
「しかし、結果として治癒魔法はかなり使いやすくなった。もともとは遺体を修理する魔法だったから、アンデッド化に必要な事前工程も含まれていたんだ」
「あっ、なるほど。教授みたいなエルフがそういう魔法を編み出したんですか?」
「それがわからない。下手をするとエルフが生まれるよりも古い時代に存在した可能性がある。むしろ、何処かから持ち込まれたとしか思えない」
「というと?」
「最初の死霊術は、テッサリアの凶魔、魔女エリクトが使ったとされている。彼女の活動年は紀元前800年から100年とやたらに幅があるのだが……子供を大釜で煮て食べるような魔女と、彼女のような『本物』は、何もかもが違う」
「……そういえば、おとぎ話と違って、エリクトの記録が残る場所は、森の奥地や荒野ではなく、当時発展していた大都市ですね」
「いい所に気がついた。ただ一人の天才がこれを成し遂げたなら、受容まで時間がかかるし、伝播にも弟子の教育が必要だから、ゆっくりと広がっていくものだ。しかし、死霊術は紀元前800年頃にはすでにテッサリア全域に広がっていた」
「同時期の技術と比べて、伝播が早いですよね。数学の三角法や幾何学の伝播には200年近くもかかっている。魔法はそれよりずっと早い」
「まるで、まとまった『技術者集団』がやってきたようにな」
「……歴史的に見れば、亡命がありえそうですね。まとまった数の知識人が亡命すると、彼らの生活の再建に伴って、一気にその地域の技術レベルが上がります」
「もっともだ。今の西ヨーロッパの科学技術の発展は、帝国が異種を排斥し、西に追いやった結果でもある」
「同じようなことが紀元前に起きたとすれば、説明がつきます」
「――だとしても、最後にひとつだけ疑問が残る」
「なんでしょう?」
「彼らは一体、『何』から逃げてきたんだろうな」
しかし…内容が重い(
なんか紀元前1000年あたりから、すごい歴史が圧縮されてない?
と思った方。はい。されてます。
これまでバラバラに散らばっていたもろもろが静かに引き合い始めてるこの感じ
きらいじゃないわ!




