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前進✕前進=

「繰り返す。中隊長は戦死した。これより私が指揮を取る。戦車隊は火点を制圧しつつ西進を続ける。歩兵は現状を維持し、後続を待て」


 指揮を取った副中隊長の命令を読み解くと、つまりこうだ。


 フロレンヌ北側で守りにつくベリエの抵抗は弱い。ゆえに歩兵を盾にして敵を釘付けにし、戦車隊は作戦目標のメース川鉄橋を確保する。


 フランクが撤退しているなら、戦車隊はその背後を付く形となる。


 もちろん、偽装撤退の可能性も否定できないが、だとしても騎兵が戦車の正面攻撃を受けきれるはずが無い。


 騎兵砲を持っていたとしても、敵の規模は《《一人の少佐が率いるなら》》大隊規模。騎兵砲の定数は2個小隊4門。南北に展開していればその半分の2門。


 今自分が率いている18両の戦車なら、被害は出るが突破は可能。


 いや、むしろ――

 被害が出るほうがおかしいのでは?


 フランクの立場に立ってみれば、ここで待ち受けるより、メース川の鉄橋の向こう、対岸で待ち構えたほうがずっと良い。


 貴重な砲兵をむざむざ消耗させる意味はない。


 そう。いってみれば今回の戦いは、ベリエとフランクにとって消化試合。


 より苛烈で本格的な戦いは、鉄橋の前に立ったときに起きるはずだ。


 彼はそう考えた。


「全車、(くさび)型隊形で前進せよ!」


 命令に応じて戦車が展開する。37mmのラスプ、20mm機関砲のペッカードを隊列の中央に据え、75mm短砲身のベグライターが両翼を固める陣形が整っていく。


 背後の銀雲が夜闇を払う中、前進する戦車群。

 雲が放つ白光は、黒い影を牧草地へ長く伸ばしていく。


 《《夜空に浮き上がるシルエットを誇りながら》》、帝国の戦車は猛進した。


 時おり、市街から対戦車銃の弾が飛んでくるが、散発的。

 移動する戦車を捉えきることはできず、芝生を掘り返すだけだ。


「やはりな。ベリエの抵抗は弱体だ」


 自分が乗るラスプの細い履帯が草を踏みしめる。

 やがて、行く手を遮るようにゆっくりと丘の稜線が持ち上がってきた。


 その緩やかな丘の頂を視線がなぞった瞬間――

 黒青色の空を背負った丘が、不意にバチバチと激しい火花を散らした。


「なっ?!」


 前進する戦車隊を猛烈な射撃が襲った。


 最初の一斉射で中央の3両、右翼の2両が被弾した。


 優先的に狙われたのは、機関砲を搭載していたペッカードだった。

 着弾の衝撃で砲塔が吹き飛び、転輪が弾けとぶ。


 軽戦車とはいえ、鋼の塊がこんな簡単に踊るのだろうか。

 眼の前で起きた光景に、しばしあっけにとられた。


 また、右翼のベグライターは、ペッカードのように吹き飛びこそしなかったが、深刻な被害を受けていた。


 一両は片方のキャタピラを破壊され擱座(かくざ)。旋回して側面を晒した。

 もう一両はターレットリングに直撃を受け、砲塔が明らかに後ろにズレていた。


 おそらく、砲塔がズレた方のベグライターの車内は、血の海となっただろう。


 18両あった戦力は、一瞬で13両に落ち込んだ。


「こりゃすごい」


 思いがけない戦果に驚いたのは、フランク側の指揮官――アルエット砲兵中尉も同じだった。


 フランクの騎兵砲は軽量で素早く移動と展開ができる。

 しかし、軽い大砲というのは威力も軽いものだ。


 フランク騎兵が使うQF-13pdr MKII の徹甲弾の貫徹力は、100mで30mm。

 これは短砲身だからではなく、軽量化のために大砲の厚みを薄くしたせいだ。


 砲身が薄いと、砲弾に使う火薬の量を増やせない。

 結果、砲弾に与えられる運動エネルギーが少なくなり、徹甲弾の威力が下がる。


 普通の砲弾では、戦車に太刀打ちできない。

 そこで頼みの綱となったのが、届いたばかりの新型砲弾――「リノセロス」だ。


 とある猛獣の名を冠するこの新型砲弾は、削り出しタングステンの「角」の背後にたっぷりと炸薬を充填した榴弾をねじ込んである。


 分類としてはAPCBC-HE。


 長ったらしいが、覚える必要はない。

 要するに、敵の装甲をぶち抜いた後に爆発する徹甲榴弾だ。


 貫通力も欲しい。破壊力も欲しい。そんな現場のワガママを解決するべく開発され、これからの時代、主流になっていく砲弾だ。


 欠陥があるとすれば、ただひとつ。

 高価すぎて、1門あたりわずか3発しか配れなかったことくらいだ。


 アルエット中尉は、この砲弾が乾坤一擲の切り札になると聞いていた。


 しかし、兵器の枕詞に「強力無比」とか、「絶大なる」なんて大仰な言葉がつくのはよくあること。この砲弾もご多分に漏れず、適当な売り文句だと思っていた。


 しかしどうだろう。


 軽戦車はともかく、中戦車のベグライターまで仕留めている。


(なんて威力だ。こりゃ敵さんも怒り狂うぞ)


 敵戦車隊が復讐に燃え、反撃してくるのを覚悟し、身をすくめる砲兵一同。

 しかし、次に起きたのは思わぬ滑稽劇(コメディ)だった。


 帝国軍は楔形隊形を崩し、戦車を散開させ始めた。


 その動きは、仲間を討ったアルエットたちを探し出し撃滅するというより、どうにか狙いを外すために必死にハンドルを切っている様子だった。


「正面の稜線に敵砲兵! 榴弾と機銃で各個に応射しろ!」


 アルエットに先手を取られた戦車隊は、反撃の砲火を前方の丘に浴びせかける。


 ――しかし、応射はまったくの逆効果となった。

 敵に反撃したつもりが、彼らはさらに自分たちを追い詰めていた。



「Fire at will」日本語にすれば各個に射撃。



 各自で目標を見定め、そして撃てということだが――

 この指示は、下手をすると大事故につながる。


 夜間や煙幕の中で奇襲を受けると、兵士はパニックに陥り、何か光った場所、音がした場所をむやみに撃ちまくる。


 応射を始めた戦車隊は、味方が撃った榴弾の爆発の光を「敵の発砲」と勘違いして、さらにその場に向かって発砲を繰り返した。


 そうなるともう大変だ。


 敵が見えない。まぁ、何かいそうな茂みでも撃つか。


 誰かが茂みを撃っている。なら、そこに敵がいるに違いない。


 あ、誰かが撃っている。ならそこに敵がいるんだな。 


 こうした勘違いが繰り返される。


 敵戦車群が吐き出した榴弾が丘の斜面で炸裂する。

 帝国軍は何もない闇に向かって延々と主砲を叩き込み続けた。


「連中、どこを撃ってる?」


「どうやら自分たちが撃った榴弾を我々のものと誤認しているようです」


「……正気か?」


「闇夜ですからね。近くの倒木が大砲に見えたとしても不思議じゃない」


 敵戦車隊は自分たちから200mほどしか離れていない。

 だというのに、まるでこちらが透明になって見えていないかのようだった。


 ふと、アルエットは首元の装甲――

 女性の横顔が浮かし彫りにされたゴルゲットに手を添えて頭を垂れた。


「――聖バルバラ様。お恵みに感謝します」



・・・


 帝国軍の反撃はなんともお粗末な結果に終わったが、このように「幽霊」に対して弾丸を費やす事例は、戦史でも珍しくない。


 1943年7月26日。

 キスカ島撤退作戦のさなか、それは起きた。


 濃霧を行く米海軍の艦隊が、レーダー上に複数の目標らしきものを発見する。


 これはただの誤検出だったのだが、米艦隊は「敵艦隊出現」と判断。


 上陸部隊を支援していた戦艦や巡洋艦が一斉に「Fire at will」――各個に射撃を開始して、36センチ、20センチ主砲弾500発以上を何もない海原へ叩き込んだ。


 この珍事の原因は2つ。

 レーダーに生じたエラーを、敵艦と見誤ったこと。


 もうひとつは、自軍が放った砲撃の光や水柱を敵艦のものと見誤り、誤認が誤認を呼んで射撃を止められなくなったことだ。


 これにより米艦隊は大量の燃料と弾薬を浪費して、補給のために一時後退。

 結果として、日本軍は無傷でキスカ島撤退を成功させた。


・・・



「中尉殿、敵は混乱しています。このまま粉砕しましょう!」


 興奮気味に叫ぶ部下を、アルエットは手で制した。


「バカ言え。相手はまだ半分以上残っているんだ。敵の指揮官が正気に戻れば、今度こそ丘ごと吹き飛ばされる」


 目的は時間を稼ぎ、鉄橋の防衛線を完成させることだ。

 ここで欲を出して砲兵を失うわけにはいかない。


「全砲、直ちに撤収だ。敵が我々を見失っている隙に、鉄橋まで下がる!」


「ですが中尉殿! 弾性防御理論に則れば、5門ずつ交互に後退させて火力を維持すべきかと!」


「教科書と心中する気か? 相手は戦車で背後には砲兵もいる。移動だ!」


 合計10門のセントール騎兵砲チームは、直ちに撤収を開始した。


 彼らの思い切りの良い撤退劇は、この後、ベリエ鉄橋前で偶発的に発生した撤退線の構築において、大いに意味を持つこととなった。





これ、帝国の指揮官が無能って言うより、メチャクチャ難易度の高いことをやろうとして、無事失敗した感じですね。


こんなやつが副中隊長になるの? という疑問はもっともなんですが、戦時だと、彼のような攻撃的精神を持つ人が高く評価されてしまうので…


後、リノセロスですが、後世では間違いなく珍兵器枠に収まりますね。

低初速の騎兵砲で対戦車戦闘しようとするんじゃないよ(


旧日本軍の92式歩兵砲の徹甲榴弾は、100メートルで貫徹力30ミリですが、

リノセウスの貫徹力は多めに見積もって40~50ミリくらいだと思います。


使われている技術は良いんですけどねぇ…


最近の内容、朝読むにはきつくね?

って指摘があったんで、少しの間、20:00ごろに引っ越しします。

次から更新時間がかわりますので、お間違えなく!

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