迂回打撃
1936年4月22日 20:15
一方、迂回側の命運は、バッススと正反対といってよかった。
フロレンヌの北側に向かったのは第二中隊、総勢20両。
彼らは、装甲ハーフトラックを伴い、第一と同じく20:10分に陣地を出た。
ところが、砲撃の前進に合わせて進むはずが、支援がない。
ニセの無線につられてモデル陣地に猛射したために、用意したパッケージの1つ目を使い切り、開放と信管の設定のためにタイムラグが発生していたのだ。
指揮型に改造されたベグライターは牧草地の上を微速で前進していたが、時折、ためらいがちに立ち止まっていた。
「隊長、砲兵の支援がありませんが、このまま迂回機動を?」
「そうだ。懲罰部隊が街の正面にくらいついている間にこのまま北側を――えっ」
フロレンヌの街から空に向かって蒼色の閃光が奔り、空で弾けた。
直後、頭上で月が地面に落ちたような銀光が破裂した。
ハッチを開けて指揮を取っていた指揮官は、たまらず腕で顔を隠した。
「なんだこれは?! 照明弾なんて頼んでないぞ!?」
「……隊長!!」
空から降り注ぐ白光に照らされ、牧草地は昼の鮮やかさを取り戻していた。
それまで闇に溶けていた景色が露わになると、指揮官の背筋に冷たい汗が伝った。
彼が率いる部隊は、気づかないうちに弓なりになった丘陵の一番高い場所に乗っていたのだ。
指揮官の喉が上下する。
丘は、緩やかな丸みのある起伏となっている。
隠れる場所はどこにもない。
ここに来てようやく――
彼は自分が巨大な怪物の舌の上に乗っていることに気がついた。
彼らの不運は、カリウスの立ち位置に起因している。
カリウスは砲撃によって近くにあった郵便局に追いやられ、建物の影から砲身を突き出した格好で魔法を使わざるを得なかった。
そのため、真東ではなく、やや北側――
つまり、北側にいる第二部隊を完璧に照らしあげる位置に打ち上がったのだ。
「不味い!」
指揮官の悲鳴が合図になったかのように、フロレンヌの街が光った。
そして数拍の間を置き、戦車の装甲がまるで雹に打たれたかのように鳴る。
標定銃だ。
「急速前進!」
トルクで戦車が屈んだ瞬間、車体に派手な火花が散った。
どこの誰が放ったかわからないが、砲弾は命中。
動き始めた指揮車はそのまま進み続け、牧草地の上を延々と旋回し始めた。
「指揮車がやられた!」
たちまちペッカードが応射を始めた。
帝国軍の装甲第二中隊には、20mm搭載型の標準的なペッカードだけでなく、7.92mm機銃を3丁並べたドリリング配置の対歩兵特化型が配属されていた。
この型のペッカードの発砲音はすべてが連なり、兵たちに「屁」と称される特徴的なものに変わる。
曳光弾による緑の織物がフロレンヌの石造りの建物に吸い込まれると、闇夜でもわかる猛烈な土煙が上がった。
「今のうちだ! 牧草地をくだって、石垣に取り付け!」
緩い起伏の上にいた兵士たちは、いっせいに牧草地の緩い傾斜を降りて、土地の境界にある石垣を目指した。
皮肉なことに、これができたのは本来危険にさらされているはずの、ハーフトラックに乗っていない歩兵たちだった。
大量の人を乗せた鉄の箱は、格好の標的となって優先的に狙われた。
軽機関銃、場合によってはオークが携える対戦車銃の弾まで飛んできていた。
さらに帝国のハーフトラックの持つ構造的な弱点が、より事態を悪化させた。
帝国の半装軌車、Sd.Kfz251は、車体横から下車できなかった。
この車両に乗り込んだ歩兵は、車体後方の長いベンチに腰掛ける。
だが、長椅子を囲む装甲板は出入り口がなく、よじ登って降りようとすると全身をさらけ出してしまう。
そのため、歩兵は車体後部のハッチから出入りするのだが、縦の寸法が妙に狭いせいで、屈んだ上にすり足で降りないといけなかった。
当然、ハッチの周りは降りるのを待つ兵士で渋滞する。
ベリエ兵は、その下車の瞬間を狙った。
「ハッチを開けろ! 降りて散開するんだ!」
「開けます! ――ッ!!!」
観音開きのハッチが開いた瞬間、彼らは猛烈な射撃を浴びた。銃弾が鋼板を叩く甲高い音と同時に火花が散り、先頭からたちまち将棋倒しとなった。
今年で二十になるユリアン二等兵の耳元を、ブーンという不快な風きり音が掠めていく。直後に火花が散り、湿った水音が響いた。
一個や二個なら聞き分けられたかも知れないが、時間も方向もでたらめに来るものだから、彼には何が何だかわからない。
ただ、何かの罰を受けているような気分で地面に突っ伏すしか無かった。
「あああああああああ!!!」
体の何処かを撃たれた兵士が悲鳴をあげる。
ユリアンは彼の襟元を掴んで引き出し、牧草地の上でひっくり返した。
「いたい、足が動かないよ」
「待ってろ、今血を止めてやるから」
「そこのバカ! トラックに近寄るな! 早く離れろ!」
ハーフトラックに隠れようと近づけば、敵に狙われて逆に危ない。
機械化歩兵は芝生の上をずって行き、小さなくぼみに身を隠した。
弾はいたるところから飛んできた。ぱしぱしという土を叩く音と、近くをかすめていく不快な音が後頭部と背中をなでる。
新兵はもちろん、普段彼らにいばり散らしている先任軍曹までもが地面にうずくまり、それが終わるのを待った。
北から迂回打撃を試みた帝国軍だったが、この時にベリエが投射した火網はそこまで密度が高くなかった。
この時の戦闘に参加したベリエの兵力は、歩兵2個分隊の軽機2丁と、ガルムたちが鹵獲した機銃の合計3丁。
対戦車兵器は、家屋に隠蔽された対戦車自走砲が一門と、火消しのために道路上に待機した1両の合計2両。対戦車銃は4丁が配置についていた。
この場で指揮を取っていたのは、第一小隊の先任下士官のガルム曹長。
ガルムに割り当てられた本来の役目は、フロレンヌ市街に突入してきた部隊の側面をつくことだったが、敵が迂回を試みた時は要撃を行う方針となっていた。
彼らが「毛皮」と呼ぶ動力甲冑を着込んだガルムは、フロレンヌの市街中心につながる道路にある薬局を中心に指揮を取っていたが――
「うおっ、また始まった!」
ガルムの声をかき消すように、緑色の流星がシャワーのように降り注いだ。
彼らはペッカードが張る弾幕によって、たびたび動きを止めねばならなかった。
3丁の7.92mm機銃が同時に吐き出す曳光弾の織物は、闇夜をエメラルド色に染め上げ、建物の壁という壁を削り落としていく。
一発一発の弾丸の威力は小さくとも、それが数千、数万となれば、どうなるか。
電動ヤスリでもかけたように、建物のシルエットがすり減っていった。
「おっかねぇ。人間相手に使うもんじゃね―ぞ」
「旦那、あれじゃアーマーも役に立ちませんぜ。狙撃するしか無い」
「クソッ、誰か狙える位置についてるか?」
「オークの対戦車班がついてますが、あれと歩兵に釘付けにされてます」
「助っ人にいってやるか。2名、ハザールとアビー、お前らで行け」
「うっす」
「かしこまりました。ガルム曹長」
すっと立ち上がったアビーは、くせ毛を流した伊達男だ。パワーアーマーのインナーの着こなしもスマートで、どこか今風の洗練された雰囲気を漂わせている。
対するハザールは、まるで正反対だった。年季の入った装甲の表面には、荒々しくも精緻なトライバル文様が流れている。
これはライカンの使う牙文字だ。着用者の勇猛さを誇示するもので、古めかしくも戦装束としての凄みを感じさせた。
「あー、待った! これ持ってけ」
「なんですこれ? イチジク?」
「オヤツっすか?」
二人がガルムから手渡されたのは、新聞で何かを包み、その片一方をねじり上げたものだった。
アビーの言う通り、渡されたものはちょうど果物のイチジクのように見える。
「フランクから来たヒゲの衛生兵が作った自作の発煙弾だ。なんとかカリウムってのと砂糖で作ったらしい」
「……砂糖ぉ? こんなんでホントに煙なんか出るんすか」
「理屈は本物と変わらんらしい。ウソかホントかは使えばわかる。上のねじった所に火をつけて投げればいいそうだ」
「たしかに軍の発煙弾より軽くて投げやすそうですけど……役に立ちますかね?」
「弾薬も残り少ないからな。それが駄目なら本物を使え」
「了解です」
自作の発煙弾をもった二人のライカンは建物の裏に回り込み、民家の屋根ごしに火を着けた煙幕弾を道路と掩体の前に投げ込んだ。
パワーアーマーの膂力があれば、容易い仕事だった。
地面に落ちた煙幕弾はもうもうと煙を上げ始め、またたく間に甘い香りをともなった白煙が道路を埋め尽くした。
「すげぇ。本物より広がるのが早いかもしれんぜ」
「フランクもやるな。ただの突撃バカじゃなかったのか」
「よっし! 建物にも行くぞ」
煙幕を展開したライカンは、対戦車兵が展開している建物に駆け込み、瓦礫と砂っぽいホコリまみれになった階段を上り、二階へ向かった。
「うわすげぇ。血の海だぜ」
「チッ、遅かったか」
オークの対戦車兵は銃を胸元に抱えるようにして床に仰向けになっていた。
装填助手は下半身がない。
壁にはリンゴくらいの大きさの穴が無数に空いている。
どうやらこのチームはペッカードの20mmをまともに食らったらしい。
「2名戦死だ。認識票を回収してくれ。俺は銃を持っていく」
「うっす」
アビーはオークが抱えていた対戦車銃を持ち上げた。
パワーアーマーのサポートがあっても、銃はずしりと重い。
ベリエの30年式対戦車銃は、水道管に取っ手と二脚がついたような見た目をしている。よく言えば素朴。悪く言えば粗雑。
銃は重く、単発で連射がきかない。だが、18mmのやたらとでかくて長い銃弾は、軽戦車の15ミリの側面装甲を貫いて余りあった。
アビーはボルトを操作して銃の状態を確認する。
元の持ち主は丁寧に手入れしていたようで、ボルトは滑らかに前後に動いた。
「これなら使えるな」
「おい伊達男。認識票と弾薬を回収したぜ。ずらかろう」
「わかった粗忽者。待ってろよ戦友。すぐにカタキを取ってやるからな」
建物を出た二人のライカンは、最後の煙幕を使って道路を渡ると、カフェテリアの二階に登った。
ここは予備の陣地として使われる予定だったが、まだ誰も来ていなかった。
皆、それどころではないのだろう。
「お、こいつはいい。崩れた屋根で影になってる。ここに腹ばいになろう」
「もうちょい窓から離れたほうが良いぜ。そこならお前のクセ毛も見えない」
相棒に支えてもらって銃を床に据え付けると、乾いた血がぽろぽろと落ちた。
弾薬箱を開き、葉巻ほどの太さの銃弾をボルトを開いて押し込んだ。
「……なんか、ペッカードが弾を渋ってねぇか?」
ハザールが言うとおり、ペッカードの張る弾幕がさっきよりも薄い。
残弾が少ないのだろうか?
「小さい戦車だからな。いつまでも撃ちっ放しってわけにもいかんのさ」
「なるほど。弾を取りに帰る前にやっちまおうぜ」
「言われなくとも」
銃手となったライカン――アビーが狙いを定める。
銀雲が照らす明かりのなか、距離は200かそれより近い。シルエットの中心を捉えれば、必ずどこかに当たる距離だ。
どん。重く、腹に来る銃声。火花が散り、何かの欠片が空を舞う。
「お、当たった」
「よーし、もういっちょいくか。ほれ弾っ」
「これを撃ったら撤退だぞ」
素早く装填し、2発目。今度は砲塔に当たった。
すると機銃が下を向いて、うつむいたようになって動かなくなった。
「多分やった……と思う」
「おっしゃ、ザマーミロだ。さっさと逃げようぜ」
「あぁ、長居は無用だ」
狩はうまくいった。
だが、ベリエは全てにおいて整然と攻撃をしたわけではなかった。
とくに顕著だったのが、軽機関銃手の無駄うちだ。
ファフニール隊の下士官クラスはベテラン揃いだが、兵はそうではない。
とくにレオンの第二小隊は、夜戦の経験がまったくなかった。
彼らには、自分の銃口の先で人が倒れても、それが弾が当たって倒れたのか、それとも伏せただけなのか、まるでわからなかった。
なので、動くものは何でも撃ち、影に怯えてまた引き金を引いた。
およそ統制された射撃とは思えない。
それをみて、帝国軍の副中隊長は冷ややかに目を細めた。
「各車へ、こちらは副中隊長。中隊長は戦死された。本刻2020、本車が指揮を引き継ぐ。全車は臨機応変に火線を維持せよ」
戦死した中隊長の代わりに指揮の交代を宣言し、戦車部隊の統制を回復させた彼は、部隊の置かれた現状を把握する。
攻撃を受けた歩兵がパニックになった勝手に戦闘を始めてしまった。
が、火線を構築して膠着状態にある。
まるで良くないが、最悪ではない。
指揮車と一部の軽戦車がやられたが、脱落は2両のみ。
ペッカードの応射で敵の対戦車砲は制圧できたのか、射撃は止んでいる。
反撃でドリリング型がやられたが、対戦車銃による狙撃だ。
オークが使う大型のものでも、射程はせいぜい数百メートル。
距離さえ取っていれば、それほど危険な相手ではない。
(敵の対戦車能力は低い。側面を晒したとしても、離脱は可能か?)
「敵の火網は機能していない。このまま歩兵で側面を守り、戦車隊を進めよう」
彼は実に合理的に最悪の選択をした。
そういえば、ここにいるはずなのに、まだ姿を見せてない連中がいるよなぁ!
第一波が500人投入されてるのに、一度に戦っている兵士が少ないように見えるのは、統制のために細かく分けて小出しにしているからです。
一般的に、戦車は集中的に運用したほうが強いのですが、歩兵はその逆でした。
戦車は装甲と火力があるので、まとまった数で動くと防御力と攻撃力が上がります。
しかし、歩兵はそうではありません。むしろ攻撃にさらされて危険です。
今回のように夜間かつ未知の土地への攻撃だと、その危険はさらに跳ね上がります。
また、歩兵は数が多くなればなるほど、道に迷いやすくなります。
そして道に迷うと人には集まる習性があるので、そこを一網打尽にされたりします。
当時は歩兵の散兵化が進んでいましたが、平米あたりの人数を少なくすると、指揮官が兵を統率するのがとても難しくなるので(よっぽど人命を軽視した単純な命令を出すのでなければ)少数での攻撃になりました。




