天をつく光(2)
「フリン、今から車両の位置を修正してくれ! 主砲を東側の空に指向できるように建物の角に近づくんだ!!」
「わかった!」
ティーゲル号はにじり寄るように眼前の建物、そのシルエットの端に向かって前進する。
カリウスはペリスコープから建物の様子を見る。
フロレンヌ市郵便局と書かれた建物は、鉄格子のあるガラス窓が割れている他、破片を食らって壁や柱の表面が削れたようだが、それ以外に目だった損傷はない。
(さすが郵便局。普通の建物よりずっと頑丈だ)
1930年当時の郵便局は、地方都市の金融機関としての役目も持っていた。
当時作られた郵便局は、ほとんどが鉄筋コンクリート製。
窓も小さく、建物中央に金庫室があったため、極めて頑丈な造りとなっていた。
また、郵便局は入口が一方向で裏は鉄格子のはまった窓しかない場合が多く、敵の侵入を拒みやすいまるでトーチカのような構造だった。
これらの特徴が歴史上、大きく活用された事例がある。
1939年9月1日、ポーランド侵攻初日。開戦を知ったダンチヒの郵便局の職員は、ドイツの武装親衛隊と治安部隊に対し銃を取って抵抗した。ドイツ側は105mm野砲まで持ち出したが郵便局を破壊できず、職員は15時間に渡って防衛を続けた。
そして、郵便局や銀行は現代でも大きく姿を変えていない。
アメリカの現用市街戦マニュアル(FM 3-06)でも、銀行や郵便局は防衛拠点を構築するのに極めて適している、と指摘されている。
「よし、ここらでいいだろう。ギアをニュートラルに」
「停止します!」
「フリン、エーテル機関の出力を主砲に回す。スイッチを押してくれ」
「うん。えーっと……あ、これか」
フリンは計器の並んだパネルの裏にあるスイッチを押し込む。
すると戦車の床に青い光がたまり始めた。
「ちゅ、中隊長、これは?!」
「慌てるな。魔法を使う前に必要な作業だ。オーブンの予熱みたいなもんさ」
「え、俺たちこのまま焼かれるんですか?!」
「焼かないよ!! ものの例えだって!!!」
「実はそうなの。カリウスが魔法を使うには、ピチピチの生贄が必要でー」
「ひぃ!? じゃあ中隊長が俺を呼んだのって……?!」
「ちがいます!! メリナさんも適当なウソ言わないでください!」
「エンジンの回転数、現在3000rpm。油温80度。まぁまぁ安定してるよ。このまま6000rpmまで上げちゃう?」
「あ、ちょっと待った! その回転数まで行くとクラッチが入らない。砲撃下で動けなくなるのは危ないから、準備砲撃が薄まるタイミングを見計らおう」
「了解!」
その時だった。インターコムからなにか耳慣れない雑音がした。
< パチ……パチ……! >
「……うん? うわっ!!」
< キィィィン……!!! >
カリウスが炭酸が弾けるような小さな雑音を耳にした直後、インターコムが強烈な高周波ノイズを発した。
頭痛をもよおす金切り音に、車内の全員がイアホンを外して目を白黒させた。
「何この出力。妨害電波……?」
「うぇぇぇ、キーンってなった……」
「妨害にしては妙だな。段々小さくなっていくぞ」
カリウスはイアホンの片方に耳を寄せた。
すると次第に雑音に混じって小さな声が聞こえてきた。
「これは……妨害電波じゃない! よく聞くんだ」
『ザザ……! こちら――大隊本……!』
「あ、これって――!」
「うん。《《彼女》》だ。」
『こちら大隊本部、ギゼラ《《少佐》》だ。フランクの諸君へ告ぐ。もはや勝負は決した。西へ落ち延びよ。繰り返す。西へ落ち延びよ』
(よく言うよ。1ミリもそんな気がないくせに……)
「ギゼラ中尉だ。かねての打ち合わせ通り、偽物の退却命令を送ってる」
「例の帝国軍に聞かせるためのニセの放送ってヤツ?」
「あぁ。うまく行けば、帝国の砲撃はフロレンヌを外れていくはずだ」
カリウスが言ったとおり、ぴたりと砲撃の音が止まった。そしてまた音がしたかと思うと、フロレンヌの南、モデル陣地がある丘に猛射が始まった。
< ズン……! ドン! ゴロゴロゴロ……! >
さながら遠雷のような音がティーゲル号の装甲を震わせる。帝国軍の砲撃はフロレンヌを外れ、ギゼラが作ったみせかけの陣地に向かっていった。
「やったよカリウス! 本当にモデル陣地に砲撃がいってる!」
メリナが栗色のポニーテールを揺らしてガッツポーズする。
車長席のカリウスも「よし」と小さく口ずさんだ。
「今のうちに魔法を用意しよう。こっちはフレアを用意するから、フリンは機関の面倒を見て。メリナさんは主砲の準備を」
「了解!」
「わかったよ兄ちゃん!」
「マルトーは床下のラックにある砲弾を装填してくれ」
「はっ! ……えっ、中隊長、これ全部弾頭がないですよ?」
「あぁ、それは無くていいんだ。魔法用の弾はエーテル燃料さえあればいいから」
「中隊長の魔法って、俺たちが使うエーテル燃料を使うんですか?」
「そうだよ。そもそもの話、俺たちが使ってるコンロや照明だって魔法なんだよ」
「またまたぁ……」
マルトーはカリウスの説明がピンときていないようだ。
ウソかジョークだと思っているのだろう。ともかく、彼は与えられた任務を果たすために床下から砲弾を取り出し、カリウスに教えられたとおりに装填した。
「装填完了、安全装置解除しました」
「了解した。メリナさん。方位1500、東の上空、雲を狙ってください」
「方位1500。仰角30いっぱいにしたわ。こんなのでいいの?」
「フリンは機関の回転数を6000rpmまで上げてくれ。温度が100を超えたら下げろ」
「了解! 家つ神のおかげで80で安定してるよ」
「――よし、やるか」
アデーレがカスタムした軸流式エーテル機関が高速回転を始めた。
床下の導管の蒼い光がその強さを増していくと同時に、エーテルの甘い香りが足元から立ち上ってくる。
(よし。順調そうだ。これなら……)
準備を始めてから数分後。
カリウスは脈動する蒼光をまとう主砲に目をやった。
エーテルの集中は十分。あとは自分がエーテルを統制して、この現実において、彼に望まれ、在りうべき姿を与えるだけだ。
(頼む《《カリウス》》。妹の――アデーレのために力を貸してくれ)
『――うん。始めよう』
「わが光華、汝が歩む晦冥たる路を滌蕩し、万里の地をあまねく照臨せしめん!
――昼夜天換!」
「――統制した。いまだ、メリナ!」
「撃ちます!」
< パウッ!!! >
砲身が跳ね、目も眩むほどの光の槍が天を穿った。
光線は尾を引いて伸び、夜空を覆う雲のただ中へと呑み込まれていく。
「……行ったか?」
誰かの呟きに応えるように、雲の隙間から蒼光が奔った。
パッと雲の膜の向こう側で弾けた冷たい光は、瞬く間に雲海を染め上げて行き、空一面が白夜のごとく煌めいた。
ティーゲルの放った光は、雲に何らかの力を宿らせたかのようだった。
空から降り注ぐ柔らかな光は、太陽のそれよりも月光に近い。
カリウスたちの頭上で静かに輝く雲は、フロレンヌの前方からさらに奥の森まで広がっている。白光は、帝国軍が纏おうとした闇の衣を完全に消し去っていた。
「すっげー!」
「キレイね……まるで北の白夜だわ」
「さすがは中隊長です! これなら敵の動きは丸見えになりますよ!」
「しかも、うまい具合にフロレンヌに光が届いてない。敵はこちらが見えず、こっちからは敵が丸見えだ」
「兄ちゃん、合図合図!」
「あ、そうだ。黄色のフレアを撃とう。作戦開始を知らせないと」
カリウスはハッチを小さく開け、その隙間から信号弾を放った。
燃焼音を伴いながら天を駆けたフレアはティーゲル号の頂上で炸裂。
四方に見える黄色い煙を放った。
「兄ちゃん、昔の人ってこの魔法を何に使ってたんだろ?」
「本来は夜を徹したお祭りに使ったらしい。教授がそんなこと言ってた」
「へぇ~! 昔の人もお祭り好きだったんだなぁ」
「だな。こんな事に使われるなんて、夢にも思ってなさそうだけど」
・・・
フロレンヌから4km地点。アルデナの森に設けられた前哨地から、帝国軍の将軍らしき人物と、白い魔女帽を被った少女が、砲隊鏡を使って空を眺めていた。
彼女の微笑みに、作り笑いのような不自然さは無い。
むしろ自然体。いや、自然過ぎると言ったほうがいい。それも少女が可憐な花に向ける微笑みではなく、肉食獣が新鮮な獲物に向けるそれだった。
「ここまで来ると驚嘆より先に呆れがくるね。……昼夜天換。サークルⅨの儀式魔法のみならず、アレキサンダー図書館の《《消失》》で失伝した奇跡まで使うって、意味わかんない」
「剣の魔女と言ったか。足を止めてもらって助かるよ」
「あれこれ喋るだけで金貨1400ならやるよ。一応大将に言っとくけど、さらに倍にしても絶対に戦わないからね」
「わかっている。わが軍に古き知恵を明らかにする。それが契約の内容だからな」
「うっす」
「で、今我が陣営を照らしあげているあれは何だ。消せるか?」
「無理。昼夜天換が一度発動したら消えるのを待つしか無いね」
「何時間だ?」
「伝承を信じるなら朝まで。一度発動したあれを消した記録は見たことがない」
「一体どこの誰があんなモノを作り出した?」
「古代人っていったら座りがいいかな? パンニュキスで用いられた古の奇跡だね」
「パン……なんだって?」
「夜祭りのことだよ。おっさん、地中海にあったヘレネスのことは知ってる? えーっと、イタレリの横にあった文明」
「しらん。無学ですまんな」
「あっそう。ヘレネスには天空神を主神とした古代の多神教があったんだけど、そこでやってた夜祭りがパンニュキス。たしか祭りの松明が大火になったことをきっかけに魔法を使い始めたんだったかな?」
「ほーん」ほじほじ
「この夜祭なんだが、結構エロい祭りでね。その年の成人の男女が――」
「ほう、くわしく」
「そこには興味を示すんかい」
「失伝したと言ったな。では、あれをした魔術師は古代のことを知っているのか?」
「現代であの魔法を使えるとしたら、当時からずっと生きている者か、不完全な死を迎えた者――エンシェント・リッチくらいかな」
「ようするに何者だ? 有名人がいるのか?」
「あり得るとしたら……紀元前テッサリアの凶魔エリクトのような古代の魔女か……あるいは、後代のエフェソスのマクシムスかな?」
「なんか凄そうだな」
「なんか凄そうどころじゃねぇよ!!! 伝説そのものだよ!!!」
「まるで知らん人のこと言われてもなー。……で、わが軍で勝てるのか?」
「断言する。無理。エリクトはもちろん、マクシムスでも勝ち目なし」
「ふぅむ……もしそいつらだとしたら、何をされたら嫌がる?」
「んー……同じネクロマンサー系統の魔術師、あるいは人形遣いが来たら嫌がるかな? 連中にとって生者は家畜でしかない。例えどんな勇者でも、血肉を持っているなら勝ち目なし。」
「戦車でもか?」
「人間が動かしてる限り難しいね。魔法の瘴気で息の根を止められると同時にアンデッドになって、戦車ごとこっちに向かってくるよ」
「魔法が使えるただの人間という可能性は?」
「んー無いと思うけど、何でそう思う?」
「死人が動くところなど見たことがないからだ。今のところは」
「なるほど。そもそも死体を見たことが無さそうだけど」
「血を見ない兵士などおらんよ」
「紙で手を切ったってこと? そりゃいち大事だ」
「……もうひとつ。あのような魔法が一度発動したら止められないのはわかった。発動前に妨害するにはどうすればいい?」
「あまりお薦めはできないんだけどね……ひとつ確実な方法があるよ」
「なんだ?」
「魔法ってのはエーテルを統制する技術なわけ。つまり、個人の意思で統制が不可能なほどにエーテルを氾濫させれば良い」
「危険は?」
「ありまくる。ダンジョンって知ってる?」
「地下牢、転じて魔物が住むもろもろの場所だな?」
「なら話が早い。エーテルが氾濫すると現実にヒビが入って、ダンジョンができる」
「現実にヒビが……?」
「そ。魔法みたいな出来事が普通に起こる。誰にも管理されていない状態でね」
「危険そうに聞こえるな」
「まぁ、同時に金にもなる。魔法みたいな道具ができるからね」
「つまり、《《あれ》》と同じような特性を持つ物品が生まれると?」
「そういうことだね」
「ほう……さすがは冒険者だな」
「金に関しては自分に正直であることにしてるんだ。だからいうけど、マジで割に合わねぇからエーテルぶちまけるのだけは止めろ。ようやく――」
「ようやく、なんだ?」
「ようやくまともに人間が住める世界になったんだ。もし、以前みたいになったら、元通りになるのに、また1000年くらいかかるよ」
「しかし、1000年前と違って我々人類には力がある。科学とエーテルという力が」
「なら言わせてもらう。あんたらが銃を見つけてバケモノを狩り出したから、バケモノが消えたんじゃない。元々消えかけてたんだ」
「……意見としては頂戴しておく」
「金欲しさのウソでもフカシでもねぇからな? 本気で止めろよ?」
剣の魔女は砲隊鏡に手を置き、白光を放つ壮麗な雲を仰ぎ見る。
天空に凝然と佇み、大地を見下ろす銀雲。
雲の間からこぼれ落ちる光の筋は、さながら光の柱となって天蓋を支える。
実に幻想的な光景だ。
だが、砲隊鏡を覗きこむ魔女の様子はどこかおかしい。傍目には観光地の望遠鏡にコインを入れて、景色を楽しんでいるような格好だが、とてもそうは見えない。
むしろその逆。素人の描いた不出来な絵画でも見せられたかのように、露骨に不快感をあらわにしていた。
「しっかし……とんでもないエーテル密度だね。これなら――」
天を覆う天蓋の輝きとは裏腹に、地表を這う空気はどこまでも淀んでいる。
不可視の風が、剣呑な気配を彼女の頬に届けてきた。
「死人が蘇るくらいのことは起きちまうね。クッソ帰りてぇ……」
剣の魔女のセリフがキレッキレで笑っちゃう
もしかしてこの人、解説役としてちょうどいいな?
それにしても、魔法の妨害でエーテルをぶちまけることとダンジョン化が=だと、
シャルロッテが前の大戦でエーテルを大量に持ち込んだことと矛盾するよね?
シャルロッテがかつてしたエーテル災害の中和って、いってみれば魔法になる前の無属性のエーテルを撒いたってことだとばっかり思ってたんだけど…
シャルロッテは持ち込んだエーテルを何かに使ってたのかな?




