天をつく光(1)
始まるどー!
1936年4月22日19:35
各小隊長との打ち合わせを終えたカリウスは、教会近くのティーゲル号に戻った。
アデーレが後方に避難した今、ティーゲル号には車長がいない。必然的にカリウスが中隊長兼車長になるが、それだとドライバー席が空いてしまう。
整備兵のフリンなら運転できるが、今度は車体の前方機銃と無線を扱うものがいなくなる。もちろん運転のほうが重要だが、無線は部隊の指揮に必須だ。
(前方機銃はやむを得ないとしても、無線は指揮のために必要だ。車長席で一応管理できるけど、そうなると僕が装填手をする余裕がなくなるな)
カリウスが車長と無線交換を兼任するとなると、メリナはたった一人で主砲の面倒を見なければならない。
撃つたびにレンズから目を離していたら、まともに目標を射撃できない。
前々回の戦いでは、アデーレが手伝ってようやくだった。
というわけで――彼は装填手を補充することにした。
「カリウス中隊長、レオン少尉の命令で出頭しました! マルトー二等兵です!何なりとお申し付けください!」
「そう堅苦しくしなくて良い。今すぐやり方を教えるから入ってくれ」
「はっ!!」
ただでさえ消耗が激しいレオンの第2小隊から1人引き抜いた。シャッフェンはもっと重要な狙撃任務があるし、ライカンやドワーフ、オークは体格的に難しい。
論理的帰結としては非の打ち所がないのだが、第二小隊も人数的に余裕がない。
レオンとしては、たった一人の引き抜きでも頭が痛いだろう。
マルトーは呆けたように口を開け、ティーゲル号を見上げている。
彼に聞かずとも巨体に圧倒されているのは明らかだ。
ベリエの標準型戦車はティーゲルよりずっと低い。
彼はこれまで何度も随伴歩兵としてティーゲルを目にしている。だが、実際に間近に近寄ってみると、怪物の側にいる気分になったのだろう。
「……高いですね」
「戦車に入るのにハシゴは使わない。登れるか?」
「もちろんです」
マルトーのそれは、ただの強がりではなかった。
彼は何度か足をかけ損ねながらも鉄の絶壁を登り、緊張した面持ちで砲塔にある装填手用のハッチから中に潜り込んだ。
カリウスはそんなマルトーの様子を品定めするように目を光らせていた。
マルトーは長身の割に線が細く、お世辞にも泥臭い歩兵には見えない。
どこか文官の出来損ないのような男だが、その愚直なまでの素直さだけは、今の無茶な現場において悪くない資質に思えた。
「マルトー、陸軍の90mmを扱ったことは?」
「え?! あ、ありません!」
「なら良かった。ティーゲルの90mmはちょっと弄くってあるからな」
カリウスはマルトーを砲尾の横に立たせて装填作業を実演することにした。
「メリナさん、砲についてください」
「うん、わかった!」
「マルトー、装填はそこのラックから弾丸を取り出して大砲の中に入れる仕事だ。まずは砲弾を取り出してみろ」
「はい! えっ……!」
「重いだろ? 腕で持ち上げるんじゃなくて、砲弾にしがみつく感じで膝を曲げて……そう、それで立ち上がる。うまいぞ」
「これ……何キロあるんですか?」
「榴弾で20キロある。徹甲弾はもうちょっと重い。お前は戦闘中、これを20回は持ち上げることになる」
「ひぇっ……」
「ちなみに、お前がくる前はそこのメリナさんと、16歳になる僕の妹が車長をしながらこれをやってた」
「えぇぇぇぇ……?」
マルトーが驚いたのか、それとも単に力尽きたのか、大きく体勢を崩し、抱えた砲弾ごと倒れそうになる。
それを察知したカリウスはとっさに手を伸ばし、マルトーの腕ではなく砲弾そのものをぐっと押さえ込んで落下を防いだ。
「砲弾は絶対に落とすなよ。足に落としたら骨が砕ける。落としそうだなと思ったら、すぐにラックに戻せ。先端を強くぶつけた程度で弾は爆発しない」
「わ、わかりました!」
「次は弾薬の種類だ。尖った黒いやつは徹甲弾。黄色くて、先に何かついてるやつが榴弾だ。今持っている砲弾の先端を確認してみろ。」
「はい。先端が切り立ってて、途中に何かあります。これが榴弾?」
「そうだ。ツルツルしてるやつが徹甲弾だ。戦闘中は車内のランプが消えることもある。見た目だけでなく、手で判断するように癖づけるんだ」
「心得ておきます!」
「では装填作業に移る。装填手の基本的な立ち位置はここ。砲尾の真横だ。マルトー、なぜ装填手はここに立たねばならないのか、想像してみろ」
「……射撃の時に爆発するからでありますか?」
「危ないのはわかるようだが、どう危ないのか、より具体的に説明しよう。射撃すると砲は反動で後ろに向かって動く。つまり、あの鉄の塊がお前を殴りつけてくる」
「あっ、なるほど」
「運良く吹き飛ばされるだけですめばいいが、戦車の中は尖ったものや硬いものでいっぱいだ。横にいても服が引っ掛けられて体の何処かをもぎとられるなんて事故はめずらしくない。昔の戦艦の乗員は足の指が無くなって一人前とされたらしい……陸でも真似してみたいか?」
「い、いえ……安全を心がけます!」
「よろしい。では安全な立ち位置を遵守するように」
「はっ!!」
(いけない。なんだか口調と脅し方がシャルロッテ教授っぽくなってきたぞ。)
「……では、具体的に装填の手順を教えるから、しっかり頭に入れてくれ」
「はい!」
「よし……! 砲尾をみろ。実に砲弾が乗りそうな具合の良いへこみがあるだろ? ここに乗せてっと……」
カリウスはラックから砲弾を取り、砲尾のレールに乗せた。
「次に砲弾を力いっぱい押し込む。料理で包丁を使ったことは?」
「ありません」
「見ろ。僕と同じように拳を作れ。そうだ。完全に握り込むんじゃなくて、猫の手みたいな形にする。で、指の平らな部分で押し込むんだ」
「……?」
「そうする意味はすぐわかる。それっ!」
<ガチャン!!>
カリウスが砲弾を砲尾から押し込むと、機械的な鋭い金属音が響いた。
猛烈な速度で閉鎖機が横滑りして、弾を飲み込んだ薬室が密閉されたのだ。
その鋭さといったら、さながら鋼鉄製のギロチンだ。
凄まじい勢いと音を間近で見たマルトーは、思わずのけ反っていた。
「ひっ! これって、もし指を伸ばしていたら……」
「ああ。もたもたしてたら食いちぎられる。わかったか? 最後に横の安全装置のボタンを押して射撃可能にする。緑が安全。赤が危険、つまり発射可能だ」
「はいっ!!」
(あ、そうだ。弾を間違って装填した時に弾を抜く脱砲の方法は……慣れてても危険だから、教えなくて良いかな?)
「初心者は榴弾と徹甲弾を間違えやすいから、ミスしても気にするな。メリナさん、もしそうなっても、気にせずそのまま撃っちゃってください」
「おっけー!」
「え、いいんですか?」
「うん。私もそれやったし。」
「弾種を間違えても弾自体は出るからね。間違えてもいいから、焦らずやってくれ」
「は、はい!」
・・・
マルトーに最低限のことを教えた後、カリウスは車長席でビスケットをいくつかかじった後、氷砂糖を口に放り込んだ。
味気ない食事をすませたら、彼はそのまま座席の上で腕を組んで目を閉じる。
上官の様子にフリンは疑問を感じたのか、あれっと声を上げた。
「兄ちゃん、寝ちゃうの? これから戦闘なんでしょ?」
「これから戦闘だからだ。休める時に休むのが指揮官の仕事だよ。
それに、本当に寝るわけじゃない。目を閉じて何も考えない時間を作るだけだ」
「タヌキ寝入りってこと? それって意味あるのかなぁ?」
「寝た気になるってのも案外バカにできないんだぞ」
「ふーん」
(とはいえ、何時間休めるか……。今ごろアデ―レはどうしているだろうか。)
カリウスは腕にはめた時計を確認する。
後数分で20:00になる。
ペリスコープから車内に入り込むオレンジの光は、周囲の建物で欺瞞のために焚かれた炎だろうか。
揺れる灯りが時たま車内の奥まで深く入り込み、緋色に染め上げる。
まるで水槽の中で水が反射する時のように、柔らかくも不確かに。
雑具や機械の上をまたいだ光は、パイプや歯車からなる影絵を車内に描きあげる。
騎兵のような影が、砲尾が作る漆黒の平原を慌ただしく駆け抜けていった。
無音の中で繰り広げられる乱痴気騒ぎは、時が過ぎるほどに色濃くなっていく。
休みを取るカリウスに気を使ってか、誰も口を開かない。
沈黙し、静止した車内の中で、炎の色だけが踊り続けていた。
(……時間的にそろそろ鉄橋に到達している頃合いか。アデーレのことだ。フランクの指揮官を言いくるめて、対岸で防衛線の構築に取り掛かっていてもおかしくない)
アデーレの出発から二時間。
セントールの脚力なら、6kmの道のりはすでに踏破しているはず。
(幸いなことに、圧倒的不利な防衛戦にもかかわらず、状況の主導権は我々にある。メース川鉄橋というチョークポイントと、脆弱な防衛という2つの要素。これが僕たちが頼みもしないのに帝国軍が先頭集団を痩せ細らせてまで急ぐ理由になる。)
この数日間、帝国軍がまともに準備を整えて前進してくれば、ファフニール隊はひとたまりもなかった。
だが、そうはならなかった。
帝国軍は明らかに《《無理をしている》》。
(――追い詰められているのは帝国も同じだ。……ってこれ、全然休んでないな)
カリウスは車長席の上で身をよじって足を伸ばした。
その時、何かが風を切る音が耳に入った。
「警報!!」
無線を車内に切り替え、カリウスは鋭く指示を飛ばす。
フリンの丸まっていた背中が起き上がり、手がハンドルとギアに伸びた。
< グワッ!!!! カッ!!!! >
至近弾。
間違いなく何かが起きたが、音ではなく、衝撃だけが感じられる。
音が人間の知覚できる範囲を超えたときのそれだ。
あまりにも至近距離で爆発が起きると、簡単に人間が知覚できる音の範囲を超えてしまう。瞬間的に聴覚が麻痺するため、爆音としては聞こえなくなる。
音は聞こえなかったが、突然なにか棍棒のようなもので強く殴られたと思った。
実際に砲撃を受けた兵士は、そんな感想を残している。
「ティーゲル号、前進! 東側の視界を塞ぐように遮蔽を探せ!」
カリウスは叫ぶが、戦車は動かない。
フリンが振り返って口を開いているが、何も聞こえない。
仕方無しにカリウスは前を指さして動けと指示するしか無かった。
次第に聴覚が戻ってくる。
が、それも続く砲撃で何が何やらわからなくなってしまった。
猛烈な砲撃が周囲を掘り返す。
(少なくとも12門以上は使ってるな。第三阻止線で砲撃してきた砲兵部隊が引き続き火力支援を続けているのか?)
カリウスは時計を確認する。
準備砲撃が始まったのは20:10分。
(なるほど。まだわずかに灯りが残る薄暮のうちに攻勢を仕掛けてくるつもりか。典型的だが効果的だ)
ティーゲルが動き出して、眼の前に建物が近づいてくる。
カリウスはフリンの座席を後ろから蹴って、ハンドサインで停止を指示した。
(ゆるい放物線を描く榴弾砲といえど、目標に近い障害物を超えての射撃はできない。これで少しは安心できるな)
カリウスは用心深く車長用ハッチを開けて周囲を見回す。
すると、彼が思った通りのものが空に立っていた。
「……やっぱりか」
天上に向かって伸びる青い光の線――エーテルレーザーだ。
おそらく、敵の砲兵はこの光の線を目印にフロレンヌの方向を見定めている。
ハッチを閉じて車内に戻ったカリウスは、ラックに体をこすりつけるようにしていたマルトーの横を通ってフリンのところまでいくと、彼の手元を指さした。
「ティーゲル号の特殊機構を使う。エーテル機関、出力最大だ」




