負けることを考えよう
1936年4月22日18:00
剣の魔女が帝国軍の参謀と騒いでいた同時刻。
カリウスは教会の前に中隊本部を置き、防衛の打ち合わせを続けていた。
ティーゲル号の上に腰を下ろした彼は、地上のギゼラと地図を突き合わせて状況を再確認し、状況ごとに指針を更新する。
夜襲の想定をしていなかったわけではない。
だが、状況が大きく変わった。
「事前の打ち合わせでは、敵砲兵隊をセントール騎兵で打撃する予定でしたが、夜間に戦闘が始まった場合、これを行わないものとします」
「カリウス中尉、それには私も同意する。夜間の攻撃は自殺行為だ」
「では、セントール部隊は、砲撃状況下において持久を第一とします」
夜襲ともなれば、敵砲兵隊を打撃するのは極めて困難となる。
仮にセントール騎兵隊が目的地に到達できたとしても、その後の撤退で位置を見失ってバラバラになり、部隊そのものが消滅する危険があった。
となれば、ひたすら陣地にこもって持久する。
それがもっとも安全な策となるだろう。――常識的に考えれば。
「しかし――持久すると言っても、フロレンヌ市街に私たちセントールが入れる掩体を用意するのは難しいな。かといって野外に展開すると、散開して連絡がつかん」
「では、ギゼラ中尉に提案したいのですが、セントール部隊は先にフロレンヌの後方に撤退するのはどうでしょう?」
「バカな。我々2個大隊なくして、1個中隊でどう防衛するつもりだ」
「機動力を武器とする騎兵は夜間において強みを活かせません。迷子や誤射による統制の崩壊を防ぐために、夜間は後方に退避させて温存。視界が確保できる早朝の反攻で決戦戦力として再投入する。これを指針とするのはどうでしょう?」
「ふむ……理屈は立つ。だが、全くの支援なしというのもな」
ギゼラは蹄を鳴らして腕を組み、喉の奥でうなった。
不満げと言うより、どうにか考えを絞り出そうとしている仕草に見える。
「たしかに夜間の戦闘は自殺行為だが、時と場合によるのではないか?」
「と、いいますと?」
「フロレンヌからメース側鉄橋に伸びる幹線道路だが、この道路は周囲の丘陵より高く盛り上がった場所に作られている。道路を直線にするために整地したからだ」
「はい。土手状になっていますね」
「つまりだ。フロレンヌを突破した後、道路上を進む戦車隊のシルエットは夜闇の中でも浮き上がる。騎兵砲による直射が可能だ」
「なるほど。騎兵砲の弾薬は、一門辺り20発の割り当てでしたか?」
「そのうち10発が徹甲弾だ。先頭集団を粉砕し、道路上を封鎖するには十分だ」
「発砲炎を目視した後続を阻止するには厳しいのでは?」
「そのための夜闇であり、騎兵砲の機動性だ」
「理にかなっていると思います。半数は帰れそうですね」
「うむ。それくらいだろう。そして、半数を失ってなお、やる価値はある」
「メース川鉄橋を確保されるのは、100%の破滅を意味しますからね。壊滅的損害で済めば、むしろ割の良い取引となる。これが戦争ですか」
「そうだ。厭になるだろう?」
「はい。本当に。」
「――では覚えておけ。負け方を選べるのは幸いだ」
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ギゼラとの打ち合わせが終わった後、カリウスをさらに悩ませる事項があった。
それは彼が今腰を下ろしているティーゲル号。
両親から引き継いだこの重戦車の扱いをどうするかだった。
ギゼラ中尉は先のフランク騎兵砲部隊の展開と引き換えに、ある条件を出した。
その条件とは――〝戦闘を開始する前にアデーレを退避させること〟だった。
(……ギゼラ中尉の立場からすれば当たり前だ。そもそもの話として、フランクはアデーレを亡命させてベリエを存続させるために来たんだからな。)
フランクから派遣されてきたギゼラ中尉の目的は、フランクがベリエ敗北の決定的な要因ではないということを示すことだ。
そのためには、ここでアデーレが戦死すると困る。
だからセントールたちは命を賭してまで不利な防衛戦に参加しているのだ。
ギゼラ中尉は善良だが、それを国家や軍の意志と履き違えてはいけない。
(あの人も苦労してるなぁ……)
ギゼラは別に誰かを苦しめようとしているわけではない。
むしろ、その逆だ。
だからこそ、カリウスも悩みがつきないのだろう。
(彼女がいっそ悪人だったなら、どれだけよかったろう)
カリウスは脇によけていた地図を手に取った。
地図は、フロレンヌからメース川までの区間を書いた軍用地図だ。
フロレンヌから伸びる赤い線には、小さな数字が書き込まれている。
各経路をどれだけの時間で通過できるか。その計算結果を書き込んだものだ。
(フロレンヌからメース川の鉄橋までの距離は6km。ティーゲル号がは前進で15から20km/hの巡航速度。およそ20分か。日没まであと3時間。今から退避を始めれば、メース川鉄橋まで十分間に合う。でもそれは……中隊を見捨てるのと同じだ。どうする……?)
ティーゲル号のエーテル機関を使って魔法を使えば、帝国軍の先頭集団を撃破できるかも知れない。だが、それに失敗した場合は?
魔法の発動で機関に負荷を掛けている間は移動ができない。また、エーテル機関の冷却のためにしばらくの運転制限がかかる。
撃ってすぐ逃げるというのは難しい。
ティーゲルの後退速度は、路上で6km/h程度。
単独で戦闘しながら撤退しても、軽戦車と中戦車で構成される敵戦車部隊から逃げ延びるのは不可能だ。
「うーん……」
カリウスが唸ってそのままひっくり返りそうになっていると、アデーレがひょっこりと砲塔から顔を出した。
「どうしました、兄さん?」
「ん、ちょっとね」
そのまま車長用ハッチから身を乗り出した彼女は、兄の横に座った。
「兄さんが悩んでるのは、私のことについてですよね?」
「……うん。」
「アデーレ、このままフロレンヌの街を出て欲しい。遅滞戦闘を成功させるには、中隊長の僕とティーゲル号が残ることが絶対に必要だ、って感じでしょうか?」
「…………!」
「兄さんの考えそうなことくらいわかります。」
「なら――」
「いえ、兄さんの指示は断ります」
「えっ!」
「私、兄さんと軍学を学んだからわかります。
兄さんが立てた作戦には、致命的な欠陥があるんです」
「欠陥だって?」
「自分で約束したじゃないですか。私から離れないって」
「あっ……」
(――そうだ。予備兵団に入ったあの日、僕とアデーレは――)
『守るために死ぬんじゃない。
君と一緒に、生きて戦うために――俺は君から離れない』
(そう約束したじゃないか。
……シャルロッテ教授が言う通り、僕は本当にバカでアホでマヌケだなぁ。)
カリウスは頭を振って座り直すと、きまりの悪さを誤魔化すように微笑んだ。
「たしかに僕の作戦には致命的な欠陥がある。アデーレ少尉。よく指摘してくれた」
「はっ!」
「しかし、欠陥を指摘するからには、対案があるんだろうね?」
「もちろんです。私はカリウス中尉に弾性防御を応用した戦術を具申します」
「説明を。アデーレ少尉」
「まず、前提条件をいくつか。アデーレ少尉が後退を拒否した場合、ギゼラ中尉はアデーレ少尉を保護の名のもとに拘束する可能性が高いものかと」
「うん。それはそうだろうね」
「ですので、ここは素直に従っておきます。私が後退を拒否する理由が兄さんなのはわかりきっているので、兄さんまで拘束される可能性が高いからです」
「ギゼラ中尉がそこまで強行するかな……? いや、他にも大隊長がいる手前、彼女がフランク全体の作戦目標を優先する可能性は高いか」
「これは一時的なものです。兄さんと離れることになりますが……ここから、兄さんのプランより素早く、安全に合流できるように手を打ちます」
「頼もしいね。まずどうするんだい?」
「まず目的を一本化しましょう。私たちがすべきこと――」
「僕とアデーレが生き残ることだ。それと――ティーゲル号だ。」
「はい。ティーゲル号は絶対に持ち帰ります。父さんの戦車である、帝国に技術情報与えたくない、これらもそうなんですが……」
「ティーゲル号はこれから世界で発生するエーテル災害を中和する切り札だからね。失うわけには行かない。それと、今のティーゲル号はエーテル災害に似た、何かおかしいことが起きている。これを理解するためにも、手元に置かなきゃ」
「そうですね。ティーゲル号は絶対に持ち返る。そうなると必然的に兄さんはティーゲル号で指揮を取ることになります」
「前提が固まってきたね。そして目的も見えてきた」
「はい。私たちは目的を『ティーゲル号の退避』に一本化できました。これを中心に弾性防御の運用を調整します。要となるのはセントール騎兵隊です」
「セントール騎兵隊が? 夜間戦闘において彼らをどう使う?」
「ティーゲル号の魔法でフロレンヌの前面を昼にします。兄さんの魔法なら、それが可能ですよね?」
「光魔法の轟なる暁天か。故郷のエマールで帝国の装甲車相手に使ったやつだね。しばらく視界も奪えるはず。だけど、あれは瞬間的な効果しか……」
「照明弾のように長時間にできます?」
「できない。いや、待てよ……もう一つ、別の魔法がある。そっちは教授のお墨付きだ。今まで夜間戦闘がなかったから使わなかったけどね」
「ほら、考えれば手段があるじゃないですか。兄さんってお道具箱みたい」
「うん……。セントールを使えるようになれば、弾性防御の要である阻止が可能だ」
「弾性防御が単なる死守と異なるのは、反撃するからです。その矛先は敵の側面にあたる後続部隊。つまり――騎兵に脆弱な歩兵になります」
「機甲部隊は戦車の速度が中心のようで、実際は歩兵の進撃速度に依存している。セントールの攻撃で歩兵が阻止されれば、攻勢は停止するはすだ」
「孤立した先頭の戦車部隊は、単独で市街に入るか後退するかのどちらかを強制される。例えるなら、柄を失った槍の穂先がポロリと落ちる感じでしょうか?」
「アデーレの言うとおり、魔法があれば行けそうだ」
「ただ――」
「なんだい、アデーレ?」
「さっきギゼラさんと打ち合わせした内容、全部ひっくり返りますね」
「あっ、たしかに」
「また打ち合わせのやり直し……兄さん、今日って何回打ち合わせしましたっけ?」
「はぁ……考えたくない。会議につぐ会議、軍隊なんてそんなものだけど」
「――作戦は敵と接触した瞬間にゴミ箱行きになる、でしたっけ?」
「ほんと、酔っぱらいの運転する車のほうがまだ真っ直ぐ進むよ」
カリウスはそういって、重いため息を付いた。
なにか新しいことを決めるたびに彼はフランクのギゼラ中尉、先任軍曹のガルム、小隊長のレオン、ガストン、マルク、全員と連絡を取らねばならない。
思考はせっかくクリアになったのに、気持ちは重々しいままだ。
指示を受け、もう動き出した者もいるかも知れない。
そこでひっくり返せば、顰蹙を買うのは間違いない。
「といっても、憎まれるのも仕事のうちか。はぁ……」
2回目のため息を決意に変えて、カリウスは無線を取るために狭苦しいティーゲル号の中に潜り込んだ。
カリウスをイジメヌンデ
でも、こういう極端な方針変更の繰り返しは
史実の東部戦線でよくあること。
戦う前から疲れ果てるわこんなん(




