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剣の魔女(帝国サイド)


 1936年4月22日18:00


 帝国の仮設作戦室には怒号と悲鳴に似た報告が飛び交っていた。


 地図を広げられた指揮机を囲むのは、寝不足で顔を青ざめさせた幕僚たちだ。


 通信機のノイズの間を縫って、ひっきりなしに持ち込まれる絶望的な報告。

 机に積み上がる書類の数字は、どれも現場の実情と噛み合っていない。


 誰もが早口でまくし立てている。


 声を出していないものとて、苛立ち紛れにタバコの煙を吹き出すか、きつい酒精で疲労を麻痺させている有様だった。


 この場で立てられているのは、もはや「作戦」などではない。


 すでに破綻した計画をなだめすかし、どうにかそのか細い足で立ち上がれるようにしようとする、不毛な悪あがき。


 まともに動きもしない人形を、無数の支え棒と糸で吊り上げ踊らせようとしている――そんな惨状だった。


「バッスス中尉、君が即時撤退を選んだことは理解する。しかし帝国の教範によれば、上位指揮官の指示なしに作戦を放棄することは認められない」

「砲兵隊に行き渡っている燃料は十分ですが、弾薬の割り当てが足りていません」

「わかっとります参謀殿。ただ、懲罰部隊だけは勘弁してほしいんですがねぇ?」

「旅団の直掩についた第二砲兵中隊の件か? 振替輸送を指示したはずだぞ」


「あー」


「であれば、今夜の攻撃で挽回したまえ。幸い君の中隊は『ほぼ』無傷だろう?」

「旅団本部が前進して連絡がつかなくなってます」

「そりゃご尤もですがね。連盟のセントール部隊もほとんど無傷なことをお忘れでねぇですかね? そりゃ懲罰部隊と変わりゃせんでしょう」

「伝わらないじゃねぇよ! 足でいくんだよ!」


「あのー」


「兵士として死ぬか、犯罪者として死ぬか、選べるのは今だけだぞ」

「負傷者の後送手順はどうなってる? 朝には地獄だぞ!!」

「やれやれですなぁ」

「医療物資の集積をしても運ぶ手立てがないって、何をやってるんだ!?」


「たのもーーー!!!!」


<どかんっ!!!!>


 (きら)めく〝銀の義手〟が指揮机を叩いた。衝撃で灰皿の灰と書類が舞い上がり、酒の入ったボトルが驚いたように小さくジャンプした。


 義手を机に叩きつけたのは、白い魔女帽子を被ったエルフだ。魔女帽のベルトは金属製の鉢金になっていて、中央にはガードの付いた電灯がついている。


 背は周りの軍人より低く、魔女帽の高さでようやくトントンという具合だ。


 エルフ特有の染みひとつない肌に整った顔立ち。そして尖った耳。

 人形のような美しい白磁の顔は満面の笑顔で《《愛らしい印象がまるでない》》。

 小さな背中に抜き身の大剣を背負っていたからだ。


 獰猛な笑みを浮かべる彼女の首元には真鍮色のゴルゲット。その下は細い肉体にあつらえた歩兵用の半板金甲冑(ハーフプレート)


 今から大体300年ほど昔。

 人々から依頼を受け、それを解決することを生業とした職業集団がいた。


 ――冒険者。


 まだ人と獣の境界が曖昧だった時代、一部の異種は討伐の対象だった。

 彼女はそんな古い時代の冒険者の数少ない生き残りだ。


「仕事終わったよっ、と」


<どんっ!>


「ひっ!?」


 部屋中に、青臭い葉の匂いと腐肉の混ざったような異臭が立ち込める。

 指揮机に置かれたのは――何かの頭部だった。


「こいつは……」


 顔を歪ませたバッスス中尉がそれを検分しようとしたが、目をそらす。


 エルフが机上においた残骸は、ただ見るだけでも強い意志を必要とした。


 それは一見すると木の(こぶ)のようだが、切断面は生々しい赤色をしている。

 (こぶ)は人の顔のようにも見える。

 まぶたのない、目にあたる部分にあるのは琥珀(こはく)だろうか?


 しかし、琥珀にしては赤すぎる。

 違和感を覚えたバッススが宝石を覗くと、彼の片眉が歪んだ。


 飴色の塊の奥底に、網の目のように這い回る極細の血管が透けて見える。


 琥珀の赤はこれのせいだ。

 細い血管は、琥珀がただの鉱物ではなく、生物的な器官であると示していた。


(とても作り物には見えない……。なんだこれは?)


 辞書をめくっても、的確に形容する言葉が見つかるとは到底思えない。

 名状しがたい何か。バッススはそれ以外の言葉を探せなかった。


「んでんで、ちょっと文句言いたいことあるんだけど、責任者……だれ?」


「わ、私だが」


 先程の喧騒が嘘のように静まり返った作戦室で、参謀が手を上げる。

 すると、エルフは鉄靴の鋲を鳴らしながら、ずんずんと彼に詰め寄ってきた。


「ドライアドって聞いたんだけど、これ――何に見える?」


「草の……異種(デミ)ではないのか?」


与太郎(シュメルツ)に聞いた私が悪かった。こいつはスプリガンだよ」


「スプリガン……?」


「ドライアドにスプリガン。どちらも遺跡や森に棲む木妖だけど、危険性はまるで違う。正反対と言ってもいい」


「というと?」


「ドライアドはひどく飽きっぽいけど、あれでも碧き貴婦人(フォレストローズ)だからね。話はできる。鼻の下を伸ばした与太郎(シュメルツ)じゃ、森の奥に引っ張られて苔人(こけびと)にされるのが関の山だろうけど」


「……」


「スプリガンは……与太郎にもわかりやすく説明すると、墓守と用心棒を合わせたようなヤツだね。あいつらは頑固で、気が遠くなるほど古い時代の何かを守ってる。で、地脈を自在に操り、槍より鋭い根っこで人間を鎧ごと貫いて、看板を作るんだ。〝ここに立ち入るな〟ってね」


「《《それが》》……その怪物と?」


「そ。350フロリン金貨じゃ安すぎる。700出しな」


「待て、剣の魔女よ……護衛として出した2個分隊はどうした?」


「死んだ。こっちの指示を聞いてくれりゃ、死なずに済んだろうけど……火を放とうとしてスプリガンを怒らせた。逆に聞きたいんだけど、素人が役に立つと思った?」


「…………」


「で、支払いは?」


「す、すぐ用意する。それと、その腕を見込んで、次の依頼を頼めないか?」


「……連チャンはドッペルをもらうことにしてるんだけど」


「ドッペル?」


「倍給だよ。あー、もうこの意味で使ってないのか。700の倍払いな1400だ。」


「せ、1400……わかった、金貨で払おう」


「本気ぃ? 1400って、アラビィのワイバーンの相場だよ? 何を狩らせるつもりさ? たしかこの辺だと……あ、メース川のトライクース?」


 トライクース、という名前を聞いて参謀の顔色が変わった。

 同時に、疲れ切った顔の士官たちの間で、ひそひそと声が上がる。


(あの魔女、どうして……最高機密のはずだぞ?)


(落ち着け、ただの偶然だろう。()()はベリエに住む怪物から名前を取ったと聞いている。流れ者のエルフが知っているはずがない)


「静まれ!」


 参謀がささやき声を打ち消すように机を叩くと、再び静寂が帰ってきた。


「失礼した。確認したいが、冒険者が戦う相手は怪物に限らない。間違いないか?」


「ん、間違いないよ。盗賊、食い逃げ、エセ魔術師にポン引きに徴税官。あとは決闘騎士とか? まぁ、武器持って言葉らしき音で吠えるやつだったら何でもかな?」


「……魔法使いだ。前線の者は、ベリエの指揮官が魔法を使ったと言っている」


「魔法使いか。それならまぁ……相場の範疇に入るか。クラスは?」


「クラス? 階級なら、おそらく中尉か大尉だと思うが」


「……ほんとに与太郎だね。コンジュラーかエレメンタリストか、ネクロマンサーかって聞いてるんだよ」


「すまないが、何の話だ? 魔法使いは魔法使いだろう?」


「あっ、いっけなーい! 用事ができるのでこの話、なかったことに!」


「待て待て待て! 用事ができるってなんだ! 絶対ウソじゃないか!!」


「怪物より怖いのは無知無能な雇い主なんだよ! 離せこら!!」


「わかった、軍の機密を見せる! これで判断してくれ!」


 青色吐息になった参謀がエーテル乾板を差し出した。


 そこに写っていたのは、走る姿のまま、白霜で凍りついた兵士たちの姿だった。

 足元は真っ白に凍りつき、兵士の後ろの戦車も完全に凍結している。


 アルデナの森での待ち伏せ戦闘において、カリウスは魔法を使って帝国軍部隊を凍結させた。参謀の見せたエーテル乾板は、その様子を撮影した写真だった。


 乾板をじっと見据えるエルフに、参謀は恐る恐るといった様子で声をかけた。


「どうです……? それでクラス、わかります……?」


 乾板を手に取ったまま動かない剣の魔女――その頬に一筋の汗が流れた。


「バカアホマヌケ!! どーみても儀式魔法。サークルⅨの氷点停止(グラキエル)じゃねーか!!」


「グラ……? なんです?」


「よし、帰る。いいか与太郎(シュメルツ)、こいつは魔法使いじゃねぇ!」


「ちょ、待ってくださいー!! じゃあ何だって言うんですかー!」




()()だよ!! それ以外の何がいるってんだバーカ!!!」







本エピソード、書いてて楽しかった(


700フロリンは1500万円から2500万円相当。(現代だと4000万円超)

4号戦車H型が1億円くらいなので、実は剣の魔女への報酬、軍の予算規模からすると、そんなに高くないという…(むしろ総力戦の規模がおかしすぎる)


このキャラ、ちゅきって人がいるなら、ちょくちょく登場させてもいい…?


このキャラ、ちゅきって人がいるなら、ちょくちょく登場させてもいいかな…?

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