バラしてあそぼ
1936年4月22日 17:10
「よし、帝国の未確認機材を調査しよう」
「兄さん、本当にやるんですか? こういうのって触っちゃいけないんじゃ……?」
アデーレの言うことは正しい。
新兵器が見つかったら、現地の兵は技術情報として後方に送るべしとされている。
試し打ちはもちろん、分解などもってのほかだ。
もっとも、史実の第二次大戦ではこうしたルールは守られず、新型兵器のリモコン爆弾の上にまたがって遊ぶ、呑気なアメリカ兵の写真が残っていたりするが。
「まぁ、それはそうなんだけど……保全したところで届けるあてが無いし、放置して手遅れになるのも困るからね」
「もう……近ごろの兄さん、前より向こう見ずになってません?」
「そう言われると返す言葉がないな。正直、僕もやりたくない気持ちがある」
「なら――」
「アデーレに危険が及ぶ可能性が少しでも減るならやる。それに調査の途中で危険を感じたら、この機材はそのまま封印する。それは約束する」
「……そこまでいうならわかりました。兄さんを手伝います」
「ありがとう。フユ、ウララ、戻ったばかりで悪いんだが、ちょっといいかな?」
「なんでしょう隊長?」
「パンフレットによると、このレストランのオーナーの奥さんは銀細工をやってたらしいんだ。使える工具があるかも知れない。探してきてくれ」
「了解しました」
「おいおい、民間資産じゃなかったのか?」
からかうガルムに、カリウスは頭をかいた。
「戦術上の理由があれば大丈夫のはず。それに借りた物はちゃんと返しますから」
「ま、こっちの用事はすんだし、次の指示をくれや」
「そうだな……ライカンは休止をとって帝国の攻勢に備えてくれ。帝国軍が市内に入り込んだときがライカンの出番だ。細かい動きはそちらに任せる」
「よし、連中と打ち合わせしてくるか。おっと、忘れるところだった。帝国の戦車から鹵獲した機銃は、うちで使っていいか?」
「いいよ。銃はティーゲルの行李に積んである。弾はリアパネルの木箱に固定してるから全部持っていって。というか持ち帰りすぎだよ。正直、ちょっと邪魔だった」
「そうかぁ? 何箱だっけ?」
「6箱。1800発だね。2丁だとちょっと少ないけど」
「ん~……制圧に使うならぜーんぜん足らんが、援護には間に合いそうだな。よし、もらってくぜ」
そういってガルムはレストランの外に出ていった。
扉が開くと、いつの間に集まっていたのか、灰色の毛色のライカンたちが手ぐすね引くように彼を待っていた。
(気配ひとつなく集まるとは……さすがライカンだな)
「さて、始めるか」
カリウスは例の色鉛筆を使って、謎の機械に「停止中」と書き込んだ。
するとアデーレが「あっ」と小さく声を上げた。
(兄さん、機械の中で鼓動していたエーテルが……消えました。効いてますよ)
(うわ、マジかぁ……。この色鉛筆、ちょっと怖くなってきたぞ)
(他のと混じらないようにしないと。うっかり使ったら大変なことになりますよ)
(うんうん。――っと、ひとまず記録しないと)
カリウスはただの鉛筆を使ってスケッチを始めた。
といっても、絵心の無い彼のこと。
描き上がってきたものは、足の短いイカにしか見えなかった。
「なにこれ、イカ?」
「それか破裂した大砲かしら? ひっどい絵ねー」
「ぐっ」
「兄さん。これは流石にまずいかと。ふざけてると思われます」
「……アデーレ、絵については任せていい?」
「はい」
妹にスケッチを丸投げすると、兄は椅子に座って腕を組んで待つことにした。
そんな彼の後頭部に、フリンとメリナの言葉が突き刺さる。
「わ、言い出しっぺのくせに、アデーレちゃんにやらせるんだ~。ふーん……」
「うっ……」
「それにしても、兄ちゃんにもできないことがあるんだなー」
「意外よね。ピアノとか弾けそうな顔してるのに」
「どうせ楽譜も読めないし、絵もかけませんよーだ」
「あ、すねた」
その時、レストランの上階に上がっていたフユが戻ってきた。階段を降りる彼は、分厚い革をぐるぐると巻いたものを小脇に抱えている。
これはツールロールともいわれる工具巻きだ。
革製の帯にいくつものポケットがあり、その中に工具を入れるようになっている。
「カリウス隊長、工具をお持ちしました。……何かありました?」
「いや、問題ない。そっちのテーブルに広げてくれ」
「はい。」
フユはじゃらりと音を立ててテーブルの上に工具を広げた。
カリウスが工具を一瞥する。
タガネやハンマーからドライバーといった、基本的なものは揃っている。
「よし、まずは上の取っ手を使って、中の機構を引き出せないか調べてみよう。フユ、手伝ってくれ」
「はっ、下を支えればいいですか?」
「うん。よし……お、回せばいけそうだな」
ガチャリ、と音を立てて中から引き出されたのは、金属製の筐体に囲まれたガラス製筒と、それを螺旋状に取り囲むガラスの管だった。
「兄さん、なんでしょうこれ……?」
「筒の中には……なんだろうこれ、レンズ?」
「螺旋状の管の両端にエーテルの導管がありますね。管に取り囲まれている筒は……両端が鏡になってる? 見たことない構造ですね」
「フユ、これが設置されていた位置がどのあたりだったか、おおよそわかるか?」
「歩測の概算で200メートルの誤差がありますが、フロレンヌの外周からおおよそ2キロメートル地点です」
「近いな。近すぎる。見つかる危険を犯してまで置きに来た理由は何だ? 何か理由があるはずだ」
「射程距離が短い? あ、火星戦争に出てきた殺人光線とか!」
「そんなまさか……」
「――もしかしてこの管はエーテルを励起させるための……光の誘発放出? 増幅? 筒は発生と往復、管はエーテルの光を増幅して、照射するための……?」
「ちょ、ちょっとアデーレ……?」
「兄さん、可能性としてはありえます。光学は専門外ですけど、できると思います」
「できるって、まさか殺人光線が?」
「いえ、小説みたいに人間を一瞬で焼き尽くす光を放つのは無理です。でも、エーテルが崩壊する時に出る光だけを増幅して、長い距離にまで届ける。これは……」
「何らかの信号を送るためのもの?」
「だと思います。でも……これ、回転機構がないですよね。エーテルの光を真上に送って、どうするつもりだったんでしょう?」
「そもそもだよな。《《レーザー》》を直上に打って何するつもりだったんだろう……?」
「レーザー……ですか?」
「ん? あぁいや、エーテルの光だ。言い間違えた」
(危ない。レーザーは科学的な略称だったな。単語自体がこの時代には無いんだ)
「光がでるんでしょ? なら兄ちゃん、単なる目印なんじゃないの?」
「帝国がそんな単純なわけないでしょー? もっとこう、ズババって……」
「いや、案外答えはシンプルかも――フリンが合ってるかも知れない」
「えぇ?」
「アデーレ、これを三角配置して、距離を図れると思うか?」
「できます。戦場のグリッド化も。つまり――」
「あぁ。帝国はこの光を目印に使うつもりだ。夜の進軍、そして砲撃のために」
「夜? どういうこと?」
「……兄ちゃん、夜に動くなら、照明弾つかえば良くない?」
「いや、これには照明弾にできないことができる。照明弾は自分たちも照らすし、遠くまで撃てない。それにパラシュートで落ちるまでの時間は数十秒だ」
「この機械なら、エーテルカートリッジを消耗し終わるまで位置を教えてくれます」
「うん。」
「夜に場所がわかるって、そんなに重要なの?」
「あぁ。超重要だ。なぜ、夜襲が難しいかというと、敵の位置はもちろんだが、自分の位置も見失うからだ。一度迷子になれば、もう部隊は戦力にならない」
1930年当時。夜間の陣地転換は、地図、コンパス、歩測、地形の記憶といった、視覚情報に大きく依存している。
完全な暗闇や霧、市街地の中ではすぐに位置感覚が狂い、どこに着いたかわからない。戦場のド真ん中で迷子になり、朝を待つという状況になりやすかった。
「空に伸びる光があれば、砲兵はその光の線に対する自分の相対位置から座標を推定できます。自分の位置がわかれば、敵の位置が不明瞭でも撃てます」
「ってことは――」
「あぁ……帝国軍は、日没とともに来る」
(これはGPS(Global Positioning System)だ。恐ろしく原始的で範囲も狭い。だけど……問題は技術じゃない。視座だ。こんな視座の持ち方をする人間が、本当に1930年代に存在するのか?)
カリウスはレストランの窓から外を見た。
ティーゲルの作る影は、薄っすらと周囲と混じり合い始めている。
「今は4月。春の日没は21時頃になる。つまり――攻撃まで、あと4時間だ。」
なるほどなるほど。エーテルのレーザーかぁ……
一番渡ってはいけない人間の手に渡ってしまった予感がするんですが???




