帝国脅威のテクノロジー?
1936年4月22日 16:40
ティーゲルを駆るカリウスたちは、街の入口にほど近いレストラン――「オーベルジュ・ドゥ・フロレンヌ」の前に差し掛かった。
意味はフランク語で「フロレンヌの旅籠屋」。なんとも飾り気のない名前だ。
建物は2階建てで、あまりレストランらしい見た目をしていない。
色鮮やかな日除けがついているわけでもないし、ファミリーレストランのように屋根に巨大な看板が立っているわけでもない。
ただ、周りの家よりちょっと大きくて古めかしいくらいしか特徴がなかった。
控えめにしてもほどがある。
よく、隠れた名店と言うが、本当に隠れてどうするというのか。
こんな有様では、大抵の客は店の存在を見過ごしてしまうだろう。
しかしカリウスは違った。
「あ、ここですね」
そういって、地面を揺らすティーゲル号を止めたのだ。
たちまちクルーのフリンとメリナから、彼の運転をとがめる声が上がった。
「えっ? カリウス、間違いじゃない?」
「そうだよ兄ちゃん! これただの家だよ!?」
「いや、ここで大丈夫だ。看板があるし、壁を見て」
ハッチから身を乗り出したカリウスが軒先を指さすと、なるほど。
たしかにワインを象った小さな看板がぶら下がっていた。
「あ、ほんとだ」
「…………看板はわかるけど、壁って……変な輪っかしかないじゃない」
「兄ちゃん、あの金具、何?」
「外壁についてる古い金属のリングは、馬を繋ぐためのものだよ。普通の家は4つも5つもない。それに――玄関脇の花壇の横に角の取れた四角い石があるだろ? あれも普通の家にはない」
「え、あのでっかい石が!?」
「はぁ? ただの花壇の飾りじゃないのー?」
「いや、あの石は旅人が馬から乗り降りする時に足場として使うものさ。小さいのは普通の家でもおくけど、あの大きさは乗合馬車で来たお客さん用だ。パンフレットには古い旅籠をレストランに改装したってあるし、ここで間違いない」
「へぇ~!」
フリンが感心したような声を上げると、ギゼラ中尉はどこか誇らしげに頷いた。
「さすがはカリウス中尉だ。史学を学んだだけあって詳しいな」
「でもさー、それならガルムのおっちゃんも迷うんじゃない?」
「ティーゲルが目印になるから大丈夫だよ」
「あ、そっか」
カリウスのいうことはもっともだ。
レストランの場所がわからなくても、戦車の巨体が強烈な目印になる。
待ち合わせたガルムたちが見落とすはずがない。
「ギゼラ中尉、僕たちはここで報告を待ちます」
「わかった。私は大隊の通信と哨戒線の連携を監督しにいく。こちらは街の北部にある学校に本部を置くが、そちらはどこに本部を作る?」
「街の中心、教会の足元にいるようにします。戦車なので多少移動しますが、戦闘が始まるまでは、おおよそ教会周辺にいると思います」
「了解した。衛生本部は大隊本部と同じ場所に置く。負傷者の数が増え、手に負えなくなったら学校まで送れ」
「わかりました。」
「場合によっては有無を言わさずフランクまで後送されるかも知れん。軍隊手帳でも免許証でもなんでもいいが、兵士の身元を明らかにできるものを持たせてくれ」
「はい。お気をつけて」
「そちらもな。道すがらで猫の姿を見なかった。どうにも嫌な感じがする」
「ギゼラ中尉……まさか、さっきの話って本気だったんですか……?」
「何いってるんだ。私はいつでも本気だぞ」
そういって、アデーレにウインクするとギゼラは駆け出していった。
さすがセントール。彼女の鹿毛はまたたく間に金色の壁の間に溶けていった。
ふと、カリウスは空を見上げた。
薄い膜のような白い雲がヴェールのように空を覆っているが、そのわざとらしいくらいの明るさから、不吉な予感を感じ取るのは無理があった。
この季節のベリエは、午後4時になっても昼と明るさが変わらない。前世で日本の関東地方にいた狩生からすると、ベリエの昼はあまりにも長かった。
(転生からずいぶん経つけど、昼の長さには慣れないな。ずーっと明るいから、一日がやけに長く感じるんだよなぁ)
レストランの扉をくぐると、外の古めかしい印象と違って、内装は現代風(といっても1930年代の今風だが)にまとめられていた。
石壁は木材で内張りされてその上からストライプと花柄を組み合わせた壁紙が張られている。ホールにはテーブルが並び、それぞれの頭上からはフラスコ型のガス燈がテーブルを見下ろしている。
(さすがにもうガスは来てないか)
ガスはフロレンヌ内のエーテル燃料の気化プラントから送られる。
プラントのタンク備蓄はせいぜい1日分。
真鍮管の元栓をひねっても、ただ金属が軋む音がするだけだった。
「暗いな。いくつか窓を開けよう」
「はい、兄さん」
一行は明かりをとるために窓を開け、ガルムたちを待つことにした。
アデーレが壁の端から開けようと窓に近づいたその時、外の鎧戸を叩く音がした。
「あら、なにかしら?」
不思議に思ったアデーレが扉に耳を寄せると、木と木の隙間からごろごろと唸るような低い声が響いてきた。
「おばぁちゃん、私、赤ずきんよ? ここを開けてちょうだい」
「あら? 赤ずきんったら、ずいぶん声がしわがれてしまったのね。どうしたの?」
「よよよ、あなたのお兄さんにクソ走らされたの」
「まったく二人とも……ふざけてないで報告してください」
「悪ぃ悪ぃ。」
ガルムは苦笑しながら重い鎧戸を押し開き、窓枠に肘をかけた。
「周辺の偵察、お疲れ様です。いったい何を見つけたんです?」
「フユ、ウララ、見せてやれ」
人狼がアゴをしゃくって背後に向かって太い腕を降る。
すると二人のシャッフェンが音もなく現れた。
「隊長。こちらが見つかったものです」
どん、と窓のふちに置かれたのは金属製の円筒だった。高さは30センチくらいだろうか? ギリギリ粗大ごみとして扱われそうなサイズ感だ。
底部には三脚があり、上部には中身を引き出せそうな取っ手とフタがある。
一見すると、何かの格納容器に見えるが、帝国のガス散布装置とは違う。気体を噴出させるためのノズルもバルブもなければ、レバーといった操作系も見当たらない。
(……とても兵器には見えないが、こんなよくわからないものが生産されているっていう事実だけでも、まぁまぁヤバそうだな。)
カリウスの横からアデーレが覗く。
彼女の目ならもう少し詳しいことがわかるかもしれない。
「固定用の三脚があるということは……設置物? エーテル関係の機材でしょうか? 中からエーテルの鼓動を感じます」
「ふむ……危険そうかい?」
「いえ。爆弾のようには見えません。でも、なんだろう、この流れ方……」
「ひとまず3人とも中に入ってくれ。それはテーブルに置いて」
「了解。」
「下手に触るとまずそうだ。どうにか検査する方法があればな……」
「ふー。店長、レモネードあるか?」
「こら、民間資産だぞ。士官の前で持っていけると思うなよ?」
「お固いねぇ……そこをなんとか」
「むぅ……。たしかに無理を押して頑張ってもらったしなぁ……あ、そうだ」
「お? お? なんかあるのか?」
「レモネードならティーゲルの中にあったかも知れない。ちょっと待っててくれ」
「……あれ、レモネードなんかありましたっけ」
うーんと考え込んだアデーレは、ハッとした様子になると、てててっと小動物のような小走りで兄の後ろをついて行った。
「兄さん! まさかアレをガルムさんに……!?」
「我が妹よ、言うな。これは魔法の発展のために必要な実験なんだ。たぶん。」
「……よくわからないものを使うなって言ってませんでしたっけ?」
「閃いちゃったんだから仕方ない。ほら、一応やれないか試すだけだから」
「そんな調子の良いこと言って、知りませんよー」
カリウスはティーゲル砲塔からティーゲルに潜り込むと、小物を入れている棚から色鉛筆を、車内の吊り具から水筒を取った。
――そう。局所的エーテル災害によって異質な存在と化したそれらを。
「僕の悪魔的閃き。それが真実ならば――っ!」かきかき
カリウスは色鉛筆を紙ではなく、水筒の表面に走らせる。
最悪(幸い?)なことに、1930年代に使われていた鉛筆は油分が多く、今でいう油性マジックペンのようなシロモノだった。
とくに軍事用に使われている鉛筆は「ダーマトグラフ」と言われるもので、芯にワックスが大量に含まれていた。
このダーマトグラフは、金属、ガラス、革や布、それらが水で濡れていたとしても色を乗せることができる。もちろん、金属製の水筒の表面にも。
「いざ目覚めよ! 『キンキンに冷えたレモネード』よ……ッ!」
「…………」
「……………どうです?」
「待って、いま開けてみる……」
カリウスは恐る恐る水筒の蓋を開く。
その瞬間――「プシュ!」という、空気が勢いよく抜けていく音がした。
「わ、兄さん、本当に出てきましたよ」
「マジでうまくいっちゃった」
水筒のキャップを取って、コップにして注ぐ。
見た目は透明で、レモンの香りがほんのりと漂う。
まさしく炭酸レモネードだ。
「アデーレ、これにエーテルの流れとか、ある? 変なもの見えない?」
「いえ全然。普通のレモネードと変わりなく見えます。文字の部分には軽くエーテルが漂っているのが見えますけど……どうするんです、これ?」
「飲む?」
「いやですけど?」
「ええぃ、ままよ!」
・・・
「ガルムサン、ドーゾ。『レモネイド』デスヨ」
「なんだぁ、妙な調子で……もしかして、腐って悪くなってたのかぁ?」
どこか様子のおかしいカリウスが差し出した水筒のコップを見て、ガルムは目を細めた。そして鼻先を近づけて、くんくんと臭いを嗅いでみるが――
「ふんふん……全然いけるじゃねぇか」
といって、そのままぐいっとやってしまった。
兄妹が「あっ、」と思った次の瞬間、ガルムの目が閉じ、苦悶に歪む。
そして、息が詰まったかのような、苦しげな声を上げた!
「げっ、ガルムさん!?」
「兄さん、衛生兵をっ!!」
「………っかぁ~~っ!!!」
「「?!」」
「――あ……ありがてぇ……! キンキンに冷えてやがるっ……! 理不尽な命令と労働で火照った体に……安楽……染み込む……! 体に……!」
「いいなーガルムのおっちゃん」
「そりゃお前、過酷な労働の対価ってやつよ。さすが天才兄妹だな。ティーゲルの中に冷蔵庫まで用意してたなんて、やるじゃねぇか……!」
「オイシサウデ、ナニヨリデス」
「大方バレると兵がブーブーいうから黙ってたんだろ? お前らだけずるいってな。大丈夫、秘密にしといてやるよ。その代わり……もう一杯! 頼む!!」
「シカタナイニャー」
どん、とテーブルに叩きつけられたコップに、カリウスはおかわりを注ぐ。
すると、そっとアデーレが彼に耳打ちした。
(――兄さん、ちょっと思いついたんですけど)
(うん?)
(あの変な機械。あれに魔法の色鉛筆で「停止中」って書けば、安全に検査できるんじゃないでしょうか?)
(…………あっ)
(それと、他人を使った実験はもう禁止です。どー考えても毒殺未遂ですよコレ)
(はい……すみませんでした)
魔法の色鉛筆の応用範囲めっちゃ広そう。色鉛筆の現実改変能力は、書かれた存在の本来の用途や構造の概念的限界が上限となるかな?
水筒だからジュースや酒をだせるけど、これが水差しだと水、色水、砂糖水、塩水って、水がつくものしか出せない、みたいな。
ライフルに無限って書いて無限弾になるのか? 色々と検証したいけど、鉛筆がいまのところ1本しかないのがネックだなぁ…




