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しゃあなしですな

 1936年 4月22日 午後15時40分


 ベリエとフランクの聯合(れんごう)部隊は、日差しが弱まり、風が熱をはらまなくなった頃にフロレンヌの郊外に到着した。


「兄さん、今日は夜までいい天気になりそうですね」


「うん」


 空には薄い雲が広がっているが、明るい白色をしていた。

 この様子なら、雨にはならないだろう。


 フロレンヌの前方に広がる仮陣地に差し掛かったところで、フリンが声を上げた。


「あ、兄ちゃん、戦車だよっ! もう増援が来たのか?!」


「…………いや、よく見ろフリン。ただのハリボテだよ」


「なぁんだぁ」


 仮陣地に設けられた掩体(えんたい)のいくつか、その中にベリエの標準型戦車そっくりのハリボテが据え付けられていた。


 しかも、ちょっと様子がちがう。

 ハリボテは確実にアップグレードされていた。


 ベニヤ板に模様を描いているのは変わらないが、書き割りだったハッチや監視孔、車輪までもが立体物になっている。


 奥まった部分を黒色で塗りつぶして暗くすると、どうしても嘘くさくなる。車体の奥と、手前の車輪に、光の反射が同じように入るからだ。


 ところが、新型のハリボテはどうだろう。


 車輪はちゃんと前にあり、車体も奥にあるように見える。さらに細かいパーツから絵ではない本物の影が落ちることで、リアリティが格段に向上していた。


「すごい。ハリボテ戦車MKIIだ。リベットまでちゃんと描き込んでるし」


「これ作ったせいで陣地の設営が遅れてたら笑えないわね」


「それはさすがに……無いよな? 無いと信じたい。」


 メリナのまぜっかえしにカリウスは苦笑した。


 ハリボテ戦車は遠目には本物にしか見えない。

 事実、標準型戦車を見慣れていたはずのフリンでさえ騙されていた。


 戦車の相棒たる整備兵を(だま)せたのだ。

 帝国兵が相手なら、確実に騙せるだろう。


 ハリボテ戦車がある外郭の仮陣地をあとにし、車列がさらに進むと、ティーゲルの足元が土の道路から石畳へと変わった。


 運転席のハッチから頭を出していたカリウスは、目の前に広がる街の情景に思わず息を漏らした。


(すごい。RPGの町って本当にあったんだな。これが観光ならなぁ……)


 フロレンヌの街は中世の遺風を色濃く残している街だった。


 まだ電化が進んでいないのか電柱は少なく、路肩には自動車やトラックの代わりに荷馬車が止まっている。


 おとぎ話から抜け出してきたような石造りの家屋は、勾配のきつい三角屋根で、レンガの表面を鮮やかな黄土の漆喰で塗り固めていた。


 屋根は粘土かアルデナの森で掘れる粘板岩(スレート)のタイルだ。

 その鮮烈な赤と、艶のある黒が、白雲が層をなす空の下に連なっている。


 屋根の下の窓辺には花壇や植え込みが並び、ヒナゲシが街に来た客を歓迎するように赤い花びらを揺らしていた。


 彼女はいつものように、街路を行く旅人を踊りで楽しませようとする。


 だが、招待を受けるティーゲルの影はひどく場違いだった。

 黒鉄の獣は、朗らかな町並みに蒼煙の影を落としながら通り過ぎて行く。


 ティーゲル号を先頭に、5両の対戦車自走砲が続く。


 全車健在。脱落なし。


 第三阻止線からフロレンヌまでは10kmの距離にある。

 この距離を全ての車両が無故障で自走できたのは、実に幸運と言えた。


 カリウスは車内の無線を手に取り、取り急ぎやることの指示を各員に飛ばした。


「全車停止。車両点検の後、補給を済ませて配置につけ。不便をかけるだろうが、作業は間隔を遵守。僚車同士で固まると、砲撃でまとめてやられるぞ」


『こちらウィラー、了解しました。対戦車班、車両点検に入ります』


「第1小隊歩兵へ。ライカンはどうか。まだ歩きたりないか?」


『お、こちらガルム。ウチはまだまだいけるぞ。何すれば良い?』


「フロレンヌ周辺を警戒して欲しい。近くに敵の斥候の痕跡がないか、ライカンの鼻で調べてくれ」


『了解した。一応聞いておくが、追撃の許可は出るか?』


「ダメだ。報告を優先してくれ」


『ほいよ。んじゃ行ってくる』


 敵の斥候を見つけたら、情報を持ち帰らせないように始末するか、情報を引き出すために捕縛するのが教範的には満点となる。


 しかし、シャルロッテ教授の薫陶を受けたカリウスは、そうした教科書的な「できたらいいな」という願望に引っ張られた指揮はしない。


 ライカンなら斥候の捕縛は能力的に可能だ。

 可能か不可能かで言えば可能だが、やるべきではない。


 本当にすべきことは、周辺の警戒のために情報を持ち帰ること。

 自分が置かれている状況の理解度をあげ、掌握すること。

 付近に敵がいたのか、いなかったのか。最低限、それさえ分かればいい。


(ありもしない《《おまけ》》に引っ張られて買い物をする必要はない。これでいい)


 開戦からほんの数日で、カリウスは指揮官として仕上がり始めていた。


「第2、第3、第4小隊は装具、機材の点検の(のち)、待機。追って指示を出す」


『了解!』


「アデーレ、フロレンヌに残した設営班の様子を見てくる」


「はい!」


「兄ちゃん! オレは!?」

「私もー」


「そうだな……フリンはティーゲルの点検を。メリナさんは町中を見回って、ティーゲルでも隠れられそうな場所をピックアップしてください」


「まかせて!」

「りょーかい!」


「それじゃ、後は頼んだよ」


 カリウスはティーゲル号から飛び降りると、中央通りに向かって走った。


「えーっと……あ、いた!」


 街に残ったドワーフの工兵隊は、コンクリートを固めた障害物を並べていた。


 障害物は台形をしていて、大きさは高さ1メートルほどで幅はそれより広い。

 これは「竜の牙」といわれる対戦車障害物だ。


「セメントは街のもんが出してくれたんで、ありったけ使えたんだが……」

「なにぶん時間が足らんもんで、数が揃わんでなぁ」


「『牙』は、いくつ用意できた?」


「40個だ。言われた通り街の正面道路は開けたままで、街の側面のいっちゃんデカい道路を防ぐのには間に合ったぞ」


「それなら上出来だ。よくやってくれた」


「おう」


 竜の牙には1トン以上の重みがあり、戦車が無理に押しのけて進もうとすると、牙の先端が戦車の底を押し、キャタピラが空回りして立ち往生する。


 足を止め、腹を見せた戦車は、対戦車砲の格好の的だ。

 動けなくなったところを肉攻班が爆薬で仕留めるのも良い。


 また、竜の牙は罠と組み合わせるのも良かった。 


 竜の牙は先の通り、攻撃側にとって厄介極まりない。


 ゆえにさっさと退()けたいところだが、その質量から動かすのは困難極まる上に、銃撃や砲撃はほとんど効果がなかった。


 よって、工兵が爆薬で吹き飛ばさないといけないわけだが……。

 牙の近くに地雷を仕掛ければ、それは必ず人が来る場所に罠を置いたことになる。


 単なるコンクリートの塊に過ぎないが、攻撃の起点となるお役立ちアイテム。それが竜の牙だった。


「家屋の要塞化はどれほど進んでる?」


「半々ってとこだなぁ。敵さんが真っ先に打ち込んでくる東側の家屋は、一階をコンクリートの胸壁で強化しておいた。隊長の指示通り、2階以上の強化は捨てたぞ」


「それでいい。あと、訓練の時に作ったハリボテ戦車をここでも作ってくれてありがとう。街に入る時に見たけど、遠目からは本物かと思ったよ」


「本当かね?」


「あぁ。うちの整備兵が増援と勘違いしてた」


「ヒヒ! こしらえた甲斐があったっちゅうもんだな!」


「市内の家屋の強化はどうなってる?」


「目抜き通りの家屋はジグザクに選んでランダムな階を土嚢で強化した。2階以上は歩兵の小火器なら耐えられるが、戦車砲や機関砲は無理だな」


「玄関や窓を使わずに移動できるように、ラットホールも作ったか?」


「あぁ。陣地じゃない場所に開けたダミーにはトラップを仕掛ける予定だ」


「仲間に周知しておかないとな。目印を作っておこう」


「承知した」


 ラットホールとは、建物の壁に開けた穴のことだ。


 市街戦において、馬鹿正直にドアを使って移動すると待ち伏せを食らう。


 そこで建物の内壁や隣家の壁にいくつかの穴を開けて、外の通りに出ることなく、建物から建物へ、自由に出入りできるようにしておくのだ。


 もちろん、開けた穴から敵に入りこまれるリスクもあるが、玄関を使ってハチの巣にされるよりは、ずっとマシな選択だった。


「想像以上の手際だ。よくやってくれた」


「任せられたからには、下手なことはできんからのぉ」


 カリウスは道路の中央に立って、街の様子を見渡した。


 街を貫くメインストリートは細かく蛇行しており、強化の終わった建物は、ちょうど道路を進む戦車からの射線を(かわ)せるようになっている。


 これなら道路上の車列に対し、継続的に射撃を加えることができるだろう。


 また、カーブは戦車の側面や背面を狙うのに都合がいい。

 軽量な騎兵砲を建物の中に引き込めば、戦車に対して痛打を与えられる。


(うん、堅実な配置だ。ここを抜けるには、大量の弾薬を投射する必要がある。補給に負荷をかけて、戦闘後の先鋒の衝撃力を弱めることができるだろう)


「あの教会も使うはずだが……あれはどうしたんだ?」


 フロレンヌの街の中心、すこし高台になった場所に白翼教の教会があった。

 カリウスは教会に一時的な指揮所を置くつもりだったが、扉は閉ざされたままだ。


「あぁ、それがですね……避難民が立てこもっちまったんですわ」


「避難民が?」


「えぇ。街の年寄りや病人、農民やら牛飼いやらが集まって、扉を閉ざしちまったんです。避難するくらいなら、この街で死ぬちゅうて」


「遠くまで歩けない人や、土地を離れては生きていけない人たちが一縷(いちる)の望みを託して教会に集まったのか……なんてことだ」


「わしらも不憫(ふびん)に思ったんですがね。取り付く島もありませんで」


「他の住民は避難が終わったのか? 先に送ったイヤーロップは?」


「そちらは終わっとります。教会に立てこもったのが残りの全部ですな」


「白翼教の司祭は近くにいるか? 仲介してもらって避難を説得できそうか?」


「その逆ですわ。避難の音頭を取ってるのが司祭でして」


「バカな……このまま街にいたら、間違いなく死ぬぞ」


(どうする? 今から巣穴道(バロウズ)を使わせるか? いや、無理があるな。暗くて狭い地下道を訓練もされていない一般人、病人や老人までいるのに、彼らが踏破できるとは思えない)


 それでも無理に移動させたらどうなるだろう?

 カリウスの頭に最悪の予感がよぎった。


(避難民が巣穴道の中で立ち往生したらどうなる? ……最悪、バロウズを利用するはずの隊員が使えず、全滅する恐れがある。)


「……向こうが拒絶しているなら何もできない。彼らの運命は神の御心に任せよう」


「しゃあなしですな」


「隊長、ちょいといいですか?」


「なんだ?」


「これで裁判にでもなったら、わしらは中隊長が正しい判断をしたと証言しますわ」


「……ありがとう」



おおぅ、これは……

カリウスにかなり不味い変化が起きてるぞ…


報告ですが、幻想二次大戦の副題変えました。

本格的に登場人物が勝手に動き始めて、作者の手を離れてきたので…

もう作者にもどうなるかわからん タスケテ

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