大撤収
1936年 4月22日 午前13時30分
待ち伏せによる奇襲効果がなくなったと判断したカリウスは、第三阻止線の放棄を決定。部隊はフロレンヌまでの撤収を開始した。
ファフニール隊の面々は、機材の撤収をする班と障害を構築する班に分かれ、陣地を走り回った。
ドワーフたちは鹵獲した戦車砲弾を地雷にあつらえ直して敷設。
また、つい先程の昼食で出た缶詰の空き缶を、金属探知機に反応するダミーとして、陣地の周囲に埋めて回った。
シャッフェンたちはこの作業を援護するため、前衛として森に展開。
障害の構築を阻止するために浸透した帝国の偵察猟兵と狙撃戦を繰り広げた。
「目標、距離400。方位1620、茂みの中。微風。偏差なし」
「了解――無力化しました」
フユとウララは、可能な限り負傷に留めるように専念した。
負傷者の救出に手を取らせるためだ。しかし――
「こちらの意図を見透かしているか。救出に行く様子がない」
「どうしよう?」
「とどめを刺してあげよう。血で溺れて苦しんでる」
「はい」
「彼を撃ったら移動だ。敵は僕らの注意を引きつけるために彼を餌に使った」
森の中に乾いた銃声が響く。
森に伏せた二人は銃声の反響音が静まるまで待った。
発砲直後は自分の出した銃声のせいで小さい音が聞き取れなくなる。
それを防ぐためだ。
二人は聴力を回復させつつ、先の射撃に対して敵の反応がないか、分担して前方と側面を監視する。だが、なかなか敵の痕跡が見つからない。
「不味いな。少数で挺身するだけのことはある。敵は精鋭だ」
帝国の猟兵は茂みの奥に隠れて、待ちに徹しているようだった。
偽装に専念されると、見つけるのはかなり難しい。
「フユ、方位1642。まっすぐ立ったニレの木の下。茂みの葉が取れてる」
「…………あの辺りにいるな。周囲の風の揺れと茂みの動きの向きが違ってみえる」
「探りを入れてみる?」
「いや、止めておこう。時間は稼いだ。ランデブーポイントまで退避する」
「了解」
フユとウララは、ゆっくりと木の根の間を這ってずり下がった。
アルデナの森は、すり鉢状の起伏がいくつもある。
寿命を迎えた大木が倒れた時、根っこが大量の土を掘り起こすからだ。穴は風雨で削り取られ、最初より大きな窪みとなってそのまま何十年も残る。
そうした起伏が作り出す稜線の反対側までいけば、後は走って逃げ切れた。
一方、人狼のガルムは「調達班」として、清掃が終わった後の戦場を走り回っていた。
「よーしお前ら、持てるものは全部持っていくぞ。制限時間は10分!!」
「了解!」
「肉! 肉! 缶詰!」
左右に尻尾を振りながら、灰色の毛並みのライカンたちが「ばっ」と散った。
撤退の際に遺棄される装備は少なくない。
大抵はやたらに重いマシンガンや、予備弾薬、機銃の三脚、設置し損なった爆薬あたりが捨てられるが――今回は実に豊作だった。
なにやらガチャガチャ言う雑嚢を拾い上げた一人のライカンが、ふくろの中に手を突っ込んだ。すると中から出てきたのは缶詰だった。
「おやおや、帝国にも食いしん坊がおりますなぁ」
「さいですなぁ……お、カニの缶詰だ!」
「おー上物じゃねぇか。さては将校用の荷物かぁ?」
「ガルムの旦那。パイナッポォとモモォもありますぜ!!」
「ふぉぉぉぉ!! でかした!! 10階級特進!!!」
本来であれば、戦場に残されたこうした物資には手を付けない。遺棄された装備や食料は、たいてい何らかの罠が仕掛けられているものだからだ。
しかし、今回は状況が違う。すぐさま撤退した帝国軍に、物資に罠を仕掛けるような時間はまるで無かった。
よって、よりどりみどりのバーゲンセール会場となったのだ。
「んー、思ったより武器がねぇなぁ」
帝国兵は予備弾薬は置いていったが、機関銃や小銃はしっかり持って帰っていた。
流石に三脚と予備弾薬は置いていったようだが、三脚も照準器が外されており、使い物にならない状態になっていた。
「ってなると、やっぱあれかぁ~?」
缶詰の袋から振り返ったガルムの眼前に、地面にうずくまった鉄の塊――
帝国軍が乗り捨てていった2両の戦車があった。
撃破された3両のうち、ワスプは完全に燃え尽きてしまったが、残りのワスプとペッカードの2両は、エンジンこそ燃えたが、砲塔も車体も無事に見える。
リアパネルが吹き飛び、車体に焦げ色がついているが、他は綺麗なものだ。
エンジンをひっぱたいてやれば、まだ動きだしそうな雰囲気さえあった。
「あの戦車の機銃は惜しいな。引っこ抜いていくか」
「さわっても大丈夫っすかねぇ?」
「1時間経って吹き飛んでねぇなら大丈夫だろ」
ガルムは脱出のために開け放たれたハッチから中を確認する。
油とゴムの焼けるような悪臭がするが、熱は感じない。
「帝国の機械はよくわからんなぁ~」
「ベリエのだったらわかるみたいに言わんでください」
「どっちもわかんないでしょ」
「ま、何とかなんだろ」
ガルムが野生の勘で機関銃の周りの金具やらレバーやらをガチャガチャしてると、マウント機構に支えられていた機関銃がガクッと傾いた。
「よっしゃ! このまま引っ張れば取れそうだな」
力任せにあちこちぶつけながら引っ張ると、見事に機関銃が引き出せた。
「旦那、それ銃床が付いてねぇぞ」
「そら戦車用なんだから歩兵のとはちげぇだろ。どっかに置いてねぇか」
銃床を取り払うなどして、戦車用の機関銃はサイズを切り詰めてある。
そして大抵の場合、歩兵用途に改造するキットが車内の何処かにおいてあった。
乗員が戦車から退避したあと、手持ちの拳銃だけで戦う羽目にならないよう、車内の機関銃を持ち出せるようにしてあるのだ。
「お、MG何とかって書いてあるから、多分これだな」
ガルムは目ざとく見つけた革製の工具入れを車内から取り出した。
中を開いてみると、機銃のストックとバイポッドが入っている。大当たりだ。
「うんぬ。二脚のつけ方はベリエのとそんな変わらんな。……おし、できた」
「おー」ぱちぱち
「よーし。こいつはうちで使おう」
「ダメっすよ。着服になるっすから」
「うんうん。ちゃんとカリウスの坊っちゃんに聞かないと」
「軍規守れてえらいねぇ~。上官反抗罪で10階級降格!!!」
「横暴だ―!」
「我々は抗命する権利があるー!」
「肉! 肉! パイナッポォ!」
「やかましい! 回収した荷物をティーゲル号に押し付けて撤収だ!」
ガルムたちがそんなことをしている間に、ギゼラたちセントールは哨戒線を展開して、撤収の支援準備を完了した。
「兄さん。機材の撤収、完了だそうです」
「よし、ファフニール隊、フロレンヌに向かって出立する!」
なにこいつらかわいい
でも、よくよく考えてみると、ガルムたちって前大戦の猛者だから、ふざけているようでちゃんと最低限の規律は保ってるし、命令を受けてはいるけど、戦うことも生きることも他人任せにしていないガンギマリ集団なんだよなぁ……
実際に会うと、人好きする奇妙な色気を感じると思う。




