第五十章 オカン、歌う
ついにクロゴネンドに米が届く。
《野良仕事をしていた人たちが居なくなったのですか?》
辺境の町で聞き取りをする騎士。聞き取り相手の民は耳が不自由なので筆談。
民は紙にペンを走らせる。
《はい、突然、ふらふら歩き出して町の外へ行ってしまったんです》
彼も野良仕事をしていたのだが、気付いた時には人たちが町から出て行くところだった。
《家族のことが気になったので、急いで帰ったら家族は無事でした》
《家の中に居た人たちは、皆町の外に出ていてはいないのですね》
《ええ、家族の他にも家の中に居た人は無事です》
筆談を終えた騎士。
「外にいた人だけが姿を消したのか……」
この情報は早馬で帝都へと早々に届けられた。
報告を受けたバーナード。
辺境の町や村で起こっていた行方不明事件。これまで重要な証言を得ることが出来なかったが、今回、初めて目撃者が見つかった。
報告書を読み終えたバーナード。
「姿を消すのは野外にいた人だけで屋内にいた人は無事、目撃者は耳が不自由か……」
これまでの調査でも外に出ている人が行方不明になっていた。目撃者は外に出ていたが耳が不自由で行方不明になってはいない。
「耳――」
さり気なく、バーナードは耳を触っていた。
☆
クロゴネンドにサーブレンダー国から米が届く。五つの布袋に入れられたお米。
「米俵やないんやな」
「そうみたいだね。多分、米俵の文化が無いんだと思う」
袋を開けて確かめてみる。確かに形は丸みを帯びた楕円形のジャポニカ種に見える。
「これなら、美味しいご飯が炊けるで」
ご飯だけではない、日本酒に甘酒、味噌に米酢に味醂などが作れるようになるだろう。
これで料理の幅が広がる。
「米を倉庫に運ぶで」
米が届くことになった後、米を保存するために改造した倉庫に米の入った袋をオカンと真輔たちが運ぶ。
「こんなもんやろ」
パンパンと両手を払う。米の入った袋を倉庫に運び終えた。
ネズミや虫が入り込むのを防ぎ、風通りが良くて除湿も出来るようになっている。温度も丁度良し。
「食べる時が楽しみやな」
「うん」
オカンと真輔は同じ思い。もうじき、ご飯が食べられる。
「ほな、フレッドのとこ行くか」
オカンは倉庫を出て戸を閉じる。
今日はフレッドの練習の成果を見ることになっている。
クロゴネンドの吉本新喜劇・異世界劇場は今日も大盛況。お店も大人気。
大勢の観光客が訪れる、平和な日々。魔族と戦っているなんて遠い出来事の様。
吉本新喜劇・異世界劇場の訓練室ではオカンがフレッドの特訓を成果を見る。
「兄ちゃんは覚えがええな。これやったら、直に前座やのうて本番の舞台に立てるで」
「本当ですか」
嬉しそうなフレッド。
「ほんまや、おばちゃんは嘘吐かへん」
ますます、嬉しそうなフレッド。
「ええ子にはご褒美や」
飴ちゃんをあげるオカン。
賑やかに観光客が行き来するクロゴネンドの大通り。
「吉本新喜劇・異世界劇場面白かった~」
「お腹がよじれるってこういう事なんだ」
「お好み焼き美味しかったな」
「メンを焼いて食べるなんて初めて」
「またクロゴネンドに来ようっと」
楽しそうな観光客、この様子ならリピーターも増えそう。
「?」
一人が足を止めた。どこからともなく不気味な音が聞こえてくる。
「……」
意識が消え、ふらふらと音の聞こえてくる町の外へ。
一人だけではない、大通りを賑やかに行き来していた観光客全員がふらふらと町の外に向かっていく。
さらに観光客たちだけではなく、外に出ていたクロゴネンドの住民たちもふらふらと町の外に向かって歩き出す。
町の外には二足歩行のオオトカゲの体にタツノオトシゴの頭を付けたような姿の魔族が立っていた。
不気味な音はラッパのような口から出ている。
タツノオトシゴ頭の魔族の周囲には行方不明になっていた辺境の町や村の住民がずらりと立ち並ぶ。
目には輝きは無く、無表情。今、この場に地球から来た人がいたのなら、ゾンビを連想したであろう。ゾンビとの違いは生きていること。
馬を駆り、バーナード率いる騎士団が駆けつけてきた。全員、耳栓をしていて音が聞こえないようにしている。指示はジェスチャーで出す。
「やはり、音か」
騎士の報告、耳の不自由な人は平気だったということから、魔族は音で人を操るのではないかとの推理をした。
バーナードの推理的中。
馬から降りるバーナード率いる騎士団。
タツノオトシゴ頭の魔族が音を変える。集まってきた行方不明者たちがバーナードと騎士たちに襲い掛かって来る。
戦闘なんてやったこともない人たち。中には兵士の訓練も受けた者もいるが、実戦経験は皆無。いくら数が多くてもプロの騎士の敵ではない。
だが、全員が操られているだけのラティストアン帝国の民なのだ。
騎士は攻撃することが出来ない、躱すか防御することがメイン。隙を見て当て身を食らわせて気絶させるが、あまりにも数が多すぎる。
『これが狙いか』
これではいつまで持ちこたえることが出来るか解らない、かといって反撃も出来ない。
タツノオトシゴ頭の魔族の顔が音を鳴らしながら笑っているように見えた。
数は劣るが戦力的にはバーナード率いる騎士団が勝っていても不利な状況、はっきり言ってピンチ。
「なんや、タツノオトシゴかいな」
「タツノオトシゴは漢方薬になるよ」
「タツノオトシゴは男がが子供を産むやったな」
「あれはオスの育児嚢にメスが卵を産み付けるんだからなんだよ」
「ふ~ん、そうなん」
そこへオカンと真輔が町の外へ出てきた。
「オカンさん、真輔さん、逃げてください。アイツは音で人を操るるんです」
オカンが操れでもしたら、大変なことになる。大惨事、ラティストアン帝国だけでなく、周辺諸国も巻き込まれる。
バーナードは注意したが、遅かったタツノオトシゴ頭の魔族はラッパのような口から音を放つ。
「下手くそな音やな」
小指で耳を掻くオカン、真輔も平気。
これにはタツノオトシゴ頭の魔族も驚く。今まで誰も彼も操ることが出来ていたのに。
「歌って言うのはこう歌うんや!」
ポーズを決め、
「誰だ誰だ誰だ~ 空の彼方に踊る影~ 豹の服のオバチャン~♪」
歌を歌い始めたではないか。
オカンの歌は上手い下手は別にして威力が凄まじく、タツノオトシゴ頭の魔族の音を打ち砕く。
「えっ?」
「ここ、どこ?」
「ここはクロゴネンドじゃないか」
「何でこんなところに?」
「オラ、野良仕事していたはずなんだけど」
オカンの歌は操られていた人を正気に返した。
「!」
驚くタツノオトシゴ頭の魔族に向かってバーナードは駆け出す。
振り返るよりも早く、袈裟懸けに斬り捨てる。
振り返ったタツノオトシゴ頭の魔族に、とどめの一太刀。
驚愕の表情を浮かべながら、崩れ落ちるタツノオトシゴ頭の魔族。バーナードは剣に付いた血を払い飛ばし、鞘に納めた。
操られていた人たちを騎士が簡易検査。疲労はあるものの、ケガ一つなく異常も見当ず、命には別条なし。
「多少の心得がありますが、私は専門家ではないので後で医者に診てもらってください、望むのならば手配します」
一応、オカンも簡易検査を受けたが異常なんぞありゃしない。
「しかし、どうしてオカンさんや真輔さんは音を聞いても平気だったのでしょうか?」
当然のバーナードの疑問。タツノオトシゴ頭の魔族の放つ音を聞いた人は意思を失い操られるのに。
「それは多分、僕たちの国、日本人は音を雑音ではなく、声や言語として認識するからじゃないかな。詳しく言うと右脳左脳の話になってややこしくなるから」
右脳左脳の意味は解らなても、オカンが音を声や言語として認識するので操られなかったと、そのことは解った。
倒されたタツノオトシゴ頭の魔族は戦子爵のパパイドパーイであった……。
おにぎりの具は何が好みですか?




