第三十七章 身から出た錆
反面教師。
「何、アチナゴーン王国でクーデターが起こっただと……」
兵士から伝えられた早馬によって届けられた知らせに、思わずジョセフは玉座から立ち上がった。
「本当なのか」
「どうやら、間違いない情報のようです」
アチナゴーン王国でクーデターが起こった。この情報を出来るだけ早くラティストアン帝国に伝えるため、昼夜関係なく何人もの兵士が交代し早馬を乗り継ぎ、帝都に辿り着いた。
情報を直接帝都に届けた兵士は今宿屋でへたばっている様子を見ると、アチナゴーン王国でクーデターが起こったのは疑いようがない。
「シンシアは、シンシアはどうなったのだ」
真っ先に気になったのは娘のこと。今、シンシアは嫁ぐためにアチナゴーン王国王都に行っている。
もしシンシアに何かあったら、ジョセフはとてもではないが、耐えられない。ジョセフだけではない、ラティストアン帝国全国民も同じ。
「ケガ一つなく、無事にしているとのことです」
伝えられた情報にはシンシアが無事なことが最重要として書き記されたいた。
無事を報告する兵士の口調には、シンシアが無事だったことに対する安心感が隠されいない。
「そうか……」
ホッとしてジョセフは玉座に座り直す。
シンシアは無事、何より嬉しい知らせ。
「カーティス王とサイモン王子たちはどうなった?」
一粒たりとも好感が持てない人物でもアチナゴーン王国の王族には違いない、皇帝として安否の確認はしておかなくてはならない。
「拘束され、投獄されたと。後日、民衆裁判にかけられるとのことです」
「あの二人は投獄されたのか」
「ハイ、貴族も一緒に」
「これも報いと言うべきか……」
カーティス王とサイモン王子と貴族たちは民衆を顧みることなく、好き勝手にやってきた。奴らにとってアチナゴーン王国の人間は王族と貴族だけであり、それ以外は人間に似た何かでしかなかった。
そんなことをやっていれば当然不平不満は蓄積されて貯まる一方。
何度かジョセフも苦言は呈していたのだが、鼻で笑われるだけで聞く耳持たず。
アチナゴーン王国の平民は精神的に抑え込まれ、王族貴族に逆らえなくなっていたが、“何か”がきっかけとなって抑えが外れ、溜まりに溜まっていた不平不満が一気に噴出した。
「裁判は公平に行われるのか?」
アチナゴーン王国の民のカーティス王とサイモン王子と貴族たちに対する恨み辛みは相当溜まって半端なものでは無くなっている。
自業自得と言え、もし私怨で判決が下されれば、新たな恨みが生まれてしまう。
「その心配は無いとのこと、情報によれば真っ当な裁判になるらしいです」
「そうだな、チナゴーン王国の民は愚かではない」
愚かではないからこそ、限界まで耐えていた。
「アチナゴーン王国で開かれる、初めての真面な裁判か……」
これまでアチナゴーン王国で行われた裁判は貴族有利な判決ばかりが下されてきた。
平民の証言なんて聞き入られてもらえず、100%貴族が悪くても平民は勝つことは出来なかった。
貴族が白と言えば黒でも白に出来たし、貴族が黒と言えば白でも黒に出来た。
アチナゴーン王国の裁判なんて見せかけのパフォーマンスに過ぎず。
たが、これからは違うものになる。
「アチナゴーン王国での初の真面な裁判にかけられるのが、王族と貴族とは皮肉なものですね」
「そうだな」
兵士に頷くジョセフ。
「私も気を付けなくてはならないな」
施政者の座に胡坐をかいて、好き勝手にやっていればカーティスとサイモンと同じ末路に行きつくことになる。
「皇帝閣下においてそんなことは」
「慢心しないように注意することに越したことは無い」
ジョセフは心の中でカーティスとサイモンが投獄されたことでシンシアを嫁がせなくてよかったと、他者の不幸を喜んでいる自分自身を戒める。
「後、大臣のコーディが逃げ出し、今だ見つかっていないとのことです」
「一人で逃げたのか」
ラティストアン帝国の大臣だったチャドも魔王軍侵攻時に一人で逃げ出した挙句、魔族によって化け物に変えられ、哀れな最後を迎えた。
同じ大臣と言う事で、つい重ねてしまう。
「もしかしたら、チャドと同じ末路を辿るかもしれんな」
ラティストアン帝国はシンシアとサイモンの婚約が破談になったことを素直に喜んでいた。
この間まではシンシアをサイモンに嫁がせることを苦しみ辛い悲しいと思っていた。でも、もう嫁がせる必要は無くなったのである。
帝国軍十倍の魔王軍を返り討ちにした時とは別のベクトルの喜び。
仲間を誘って飲みに行く人もいたが、流石にお祭り騒ぎまではしない。しみじみとシンシアの婚約破談を祝う。
「アチナゴーン王国との関係はどうなるんですか?」
街の食堂で真輔はバーナードに尋ねた。
「国民の中から選ばれた代表の下、同盟が結ばれることになるでしょう」
「アチナゴーン王国は民主主義の国に生まれ変わるんだね」
地球でも独裁国家が革命によって倒され、民主主義国家に生まれ変わることがあった。ただ、独裁者を倒した者が新たな独裁者になることも。
新しくなったアチナゴーン王国がどのようになるかはまだ解らないが、いい国になることに期待せずにはいられない。
酔わないようにバーナードが飲んでいるのは弱い酒。未成年の真輔が飲んでいるのはオレンジジュース。
「いやー、めでたいめでたい、シンシア様をあんな奴に嫁がせなくて」
「その通りだわ、あんな奴の嫁になるなんて不幸になるしかないもの」
「親子揃ってクズらしいぞ」
「アチナゴーン王国から来た商人もどんなに稼いでも貴族に搾取されてばかり、蛭のような奴だと言っていたぜ」
「貴族は護ってくれねぇて、これじゃ何のために税を納めているのかと、ぼやいていた男もいたなぞ」
「ラティストアン帝国に産まれたことに感謝しなくっちゃ」
シンシアとサイモンの破談祝いに酒を飲みに来た民たちが口々に言う。
それだけ帝都においてのカーティスとサイモンの評判は悪い、実際は評判以上に醜悪。
アチナゴーン王国では言えなかったことをラティストアン帝国で発散。
「私は悪い人間だな、カーティスとサイモンが投獄されたことを喜んでいる。シンシアが結婚しなくて良かったと……」
グラスの酒を一気に飲み干す。あんな奴らとは言え、人の不幸を喜んでいる自分自身にに嫌悪感を持っている。
元々、酒には強い方、こんな弱い酒を何杯飲んでも酔わない。
「本当の悪い人間は自分のことを悪い人間なんて言ったりしないよ」
「真輔さんは優しいんですね」
「そんなことないよ」
慰めで言ったわけではない、本当にそう思っているから言った。
「でも、オカンの姿が見えないのが気になる。帝都にもクロゴネンドにもいないし。まさか、アチナゴーン王国に行っているんじゃないんだろうか……。オカン、お節介だから」
息子だから、考えてしまう。アチナゴーン王国の革命にオカンが関わっているのではないかと、そんな気がしてならない。
そして、それは図星である。
誰でも心に暗い部分はある。




