第三十六章 望まぬ、結婚に向けて 噂から出た実
青明青。
キンキラキンのに飾り立てられた悪趣味としか表現の出来ない馬車が走り、アドンを先頭にアチナゴーン王国騎士団の騎馬たちが周囲を護衛しながら、アチナゴーン王国の王都に向かう。
「ぼくちんの結婚式、楽しみだ~よ~」
馬車の中ではサイモンが鼻の下を伸ばす。
「そうじゃろそうじゃろ、結婚式は豪華なものになるじゃろ」
「そうです、国王陛下、王子殿下、結婚式は豪華です」
王の隣で揉み手をしているコーディ。
豪華な結婚式の必要経費は平民から搾り取られた物。それが悪いことと自覚していない、王族も貴族も。
それが当たり前だと思っている。
サイモンの隣に座っているシンシアは俯いたまま石のような表情をしている。まるで感情を凍り付かせたかの如く。
『――ごめんなさい』
国に民に、バーナードに心の中で謝る。それでも涙は流さない、それはラティストアン帝国の皇女だから。
アチナゴーン王国の王都にカーティス一行の馬車が入る。
「?」
異変に気が付いたアドンは馬を止め、御者にも馬車を止めるように合図。
団長に続き、アチナゴーン王国の騎士たちも馬を止めた。
城へと続くキンキラキンの大通りは、今頃結婚式のためにこれまたキンキラキンに飾り立てているはず。
なのに大通りが飾り立てられてはいない、それどころか王と王子を歓迎するはずの貴族の姿が一人もいない。
王都の大通りは全く結婚式の準備は整っておらず、シーンと静まり返っているではないか。
何かがおかしい。見てくれ重視の騎士でも、これぐらいの異変には気が付く。
周囲の状況を探るアドン。アチナゴーン王国の騎士たちも辺りを見回す。
「どうしたのじゃ、なじぇ、馬車を止めたのじゃ」
カーティスが窓から顔を覗かせる。
「国王陛下、気を付けてください、何か王都の様子がおかしい」
馬上からアドンとアチナゴーン王国の騎士たちが警戒をしていると、大通りに面した家のドアが次々と開いて行った。
何事かと聞く間など無く、家々から飛び出した民が悪趣味としか表現の出来ない馬車とアチナゴーン王国騎士団を取り囲む。
大通りに面した家から飛び出してきたのは、本来住んでいるはずのでっぷりと太った貴族たちではなく、明らかに下町に住んでいる平民たち。
平民たちの手には鍬、鎌、斧、大小の包丁、のし棒、つるはし、シャベル、ハンマーが握られているではないか。どう見ても王子の結婚を歓迎するような態度ではない。
「ヒッ」
短い悲鳴を上げてカーティスが頭を引っ込めた。
「貴様らッ、不敬であるぞ!」
アドンが怒鳴りつける。
いつもなら、これだけで平民は身を縮み上がらせるのに、今日は委縮しない。
普段は貴族の言いなりになるはずの平民たちが言いなりにならない。
「やむ得んな」
薄ら笑いを浮かべ、アドンは剣を抜く。アチナゴーン王国の騎士たちも剣を抜いて行った。
アドンとアチナゴーン王国の騎士たちは平民を斬るのに躊躇していない、むしろ楽しんでいる。
アチナゴーン王国の貴族たちの中では人間は貴族だけなのだ。平民は人間に類似した何かでしかないを斬り捨てたところで何とも思わない。
一種のハンティング感覚。
アドンとアチナゴーン王国の騎士たちが剣を振り被った瞬間、花火が鳴った。結婚式のために用意していた大量の花火が一気に鳴り響く。
花火の音に驚いた馬が暴れ出し、アドンやアチナゴーン王国の騎士たちを振り落とす。
激しく揺れる馬車。御者は投げ出されたが馬車は辛うじて倒れなかった、無駄に重量があったから。
馬車が頑丈だったこととふかふかの椅子のお陰でシンシア、カーティスとサイモンとコーディは無傷。
カーティスとサイモンは抱き合って震え、コーディは頭を抱えて蹲る。こんな時にも笑ったように見える顔。
カーティスとサイモンとコーディは怯えているのに、シンシアは冷静に状況を見極めようとしていた。同じ国家のトップでもこの落差。
平民たちがアドンとアチナゴーン王国の騎士たちの落とした剣を拾い上げ、
「出てこい!」
馬車に向かって放たれた言葉には敬意の欠片も無く、大きな怒りが込められていた。
ドアが開き、シンシアが降りる。
馬車内で未だに震えているカーティスとサイモンとコーディとは対照的に、シンシアは怯えることなく、堂々とした態度で民衆を見つめた。
「何か御用でしょうか」
そこには皇女の威厳と風格があった。平民たちも見とれてしまう程の。
「シンシア様、あなたに危害を加える心算はありません」
最初に我に返った平民が仰々しくお辞儀。偽りではなく、本当に平民たちはシンシアには敵意を持ってはいない。
平民の一人が手を差し出し、シンシアを馬車から下ろしてくれる。
「こちらへ」
そのまま、安全なところまでエスコート。
「中にいる豚ども、早く出てこい」
自国の王族を豚呼ばわり、一人のだけではない、馬車を取り囲む平民全員が同じ目で馬車を見ている。
「出てこないと、引きずり出すぞ!」
馬車を取り囲む平民たちははったりではなく本気だ。それが解ったカーティスとサイモンは震えながら出てくる。
「ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
奇声を上げ、コーディが馬車から飛び出して逃げた。王も王子も置き去りにして。
「待ちやがれ」
平民が追いかけるが、コーディの逃げ足は速かった。生物が持っている生存本能が恐怖のあまりにフル状態で発揮したのだ。
路地に飛び込み、平民が後を追う。
カーティスとサイモンとアドンとアチナゴーン王国の騎士たちは一か所に集められた。
武装した平民たちに取り囲まれ、逃げ出すことが出来ない。
「こんなことしてただで済むと思うなにょ。すぐに兵士たちがやってきてぇ、みんみんな捕まるじゃろ」
「そうだそうだ、お前らみんな処刑だじょ~」
喚き散らすカーティスとサイモン、でもぶるぶる震えているのは隠せない。
アドンとアチナゴーン王国の騎士たちは貴族であり、見てくれ重視で碌な実戦経験なし、まともな訓練もしたこともなし。その上、剣を取り上げられては抵抗できず。
「お前たちが魔族と結託していることは解っているんだ!」
平民の一人が剣先を突きつけた。オカンの流した噂が思いっきり浸透している。
「なじぇなじぇ、その事を知っているのら」
魔族との結託、人間に対する裏切り行為以外の何物でもない。裏切り行為がばれたカーティスの顔が青ざめる。青い顔はサイモン、アドンとアチナゴーン王国の騎士たちに広がっていく。こいつら全員、共犯であった。
オカンは真実を知っていたわけではない、チャドの案件にヒントを得て思い付きで噂を出しただけ。尾に鰭が付いてカーティスとサイモンが失脚すればいいいなと。そう思って噂を流した。
動機はシンシアとバーナードが幸せになってほしいとのお節介だが、噂は的を得ていたのだ。
オカンの直観力のなせる業か運の良さか、それとも只の偶然なのかは不明。
そこへ武装した兵士たちが駆け付けてきた。
たちまち、カーティスとサイモンとアドンとアチナゴーン王国の騎士たちの青い顔がパッと明るくなる。
彼らはアチナゴーン王国の兵隊であり、その数は多い。
「おお、でかしたぞ、兵士共、逆賊どもをさっさと捉えろ」
上から目線で命令するアドン。
「全員、処刑にしてやるのらぁ」
「そうだそうだ」
カーティスとサイモンもいきりたち、アチナゴーン王国の騎士たちも続く。
姿勢を正した兵士たちが挨拶したのは王様や王子様でなく、平民たちであった。
「貴族たちの拘束は終えました。残るはこいつらだけです」
今しがた兵士の口から出た言葉をカーティスとサイモンとアドンとアチナゴーン王国の騎士たちは最初は聞き間違いだと思った。
「ご苦労様」
平民が兵士たちを労う声を聴いて聞き間違え出ないことを知った。パッと明るくなった顔が再び青くなる。
平民たちも兵士たちもカーティスとサイモンとアドンとアチナゴーン王国の騎士たちを冷たい目で見下ろす。とても、王家や貴族を見る目ではない。
「一体、どういうことなのら」
裏切りが発覚したと言うのに未だに状況に理解が追い付かないのはカーティスたち、ここにいない貴族たちも同じ。
この間までは貴族が命令すれば平民と兵士はなんても従った、どんな無茶な命令でさえも。
なのに今は冷たい視線を向けてくる。どう見ても、忠誠心は持っていない。
貴族出身のアチナゴーン王国の騎士とは違い、兵士たちは全員が平民出身である。強制的に訓練を受けさせられ、兵士にされた。
魔族とも戦わされた、命を押した者も少なく無し。それでも生き残った兵士たちが今ここにいる。
理解が追い付かないのは平民は貴族に従うものと、頭を芯から信じ込んでいるから。
これまでは生まれた時からの環境や教育、一種の洗脳で平民は貴族に全面的に従うもの刷り込まれていた。
傍若無人に振る舞う貴族、弾圧される平民。溜まりに溜まった不平不満は膨れ上がり、いつ破裂してもおかしくない状態にあった。
オカンの流した噂が、最後の一押しとなって破裂させたのだ。
平民たちが人数分のロープを持ってきた。この状況で何に使うつもりなのかは聞くまでもない。
「平民風情めぇっ」
怒ったサイモンが襲い掛かったのを合図に、騎士たちも平民に遅いかる。
アチナゴーン王国の騎士団は見てくれだけ、剣も取り上げられた状態、おまけに平民と兵士たちの方が数が多い。
あっさりと平民と兵士たちに取り押さえられてしまう。
カーティスとサイモンとアドンとアチナゴーン王国の騎士たちは生半可に抵抗したことにより、きつめにロープで縛り上げられた。
身から出た錆だよね。




