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Last lachtara  作者: Tuile.
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第7話 シドくん大脱走計画

誘拐されてから6日目に突入。

 シドは朝から暖かい茶を注いでくれたアスターと共に、1つの机を囲むように椅子に座る。いつもの自分の自宅であれば、こんな朝っぱらから茶を飲んでも目はなかなか開かなかったが……今のシドは既に目が覚めている。

 なぜなら彼は昨晩、頭の中で様々な思考を巡らせていたからだ。


「今日は起きるの早かったね。どうしたんだい?あんまり眠れなかった?」


「いえ、今日は朝からアスターさんとお話したいなーって思ってて」


「えっ!なんだい?なんでも聞くよ」


 眠れなかった、というのはシドにとって二重の意味で当てはまる。

 カルディラ達の計画に絶対加担したくないという拒絶心と不安、それから絶対にここから出て帝国に戻ってやる、という強い意気込みのせい。


 パンツ一丁から服を着られたと思ったら、今度は人質として政府との交渉材料ですか。


 もうこれ以上、不安を抱えて生活したくない。学校のテストを受けなくて済むから少しだけラッキーだなんて、そんなこと考えてる場合じゃない。

 

 カルディラは学校とも交渉するとか言っていた。ということは、スカイア学園の生徒や教師達にも危害が加えられるかもしれない。自分を材料に、そんなことされるなんて絶対に避けたい。

 故に、シドはここから出る計画……「シドくん大脱走計画」を生み出すことにした。最終目的はスカイア帝国への帰還。


 安直なネーミングセンスは置いておいて、計画を組み立てるにはまず情報が必要だ。


 カルディラ達も、急ぎすぎたせいで計画に面倒事がくっついてきたとか言っていたから、計画は焦らず、静かに、慎重に。

 情報提供者はアスターが適任だろう。というかアスターしかいない。カルディラに情報を求めたら脱走を企てていることに気づきそうだし、もしバレたら何をされるかわからない。

 だとしても、アスターに直接「脱走したいんで情報ください」なんて言えるわけがないので、ここはいつもの日常的な会話から絞り出そうと考えた。


 ミッション1、アスターから使えそうな情報を奪取せよ。


「カルディラさんはまだ寝てるんすか?」


「さぁ……この時間は起きてることもあれば、寝てることもあるからねぇ……。物音しないし、多分寝てるんじゃないかな?」


 ——よし。まず最悪の状況は避けられたようだ。カルディラの横で情報収集なんてしたら一発でバレそうだからな。

 アスターはシドがこんな質問をしてくることに対しても特に不思議に思ってなさそうだし、このままいける。


「そうなんすねぇ。朝から飲むアスターさんのお茶は最高だってのに!勿体ないっすねぇ!」


「嬉しいことを言ってくれるねぇ。何かお茶に合うお菓子でも食べるかい?」


「食べます。……それから、ちょっと気になったんですけど、アスターさんってその食料とかってどこから買ってきてるんですか?周りみた感じ、街とか村とか見えませんけど……」


 シドはさり気なく周囲の環境について質問する。

 いざ脱走するとなっても、隠れられる場所や寄れる所、通れる道を知っておかねばならない。

 とりあえず、ここから出て近くに街や村があるならそこに寄りたい。もしかしたら匿ってくれる人達がいるかもしれないし。


「そこの窓の先に森が見えるだろう?あの森を周って、少し歩いたら小さな街があるんだ。そこでいつも買い物をしてるよ。新鮮な食材が市場に売ってるから、そこで買い溜めして保管してるんだよね」


「へえ〜〜、森を周った先ねぇ〜〜……」


 シドは口元を片方の手のひらで覆い、思わず上がってしまう口角を隠した。

 ビンゴ。相手が脳天気なジジイで助かる。

 まず向かうべき先は決まったようだ。食材を売っている市場があるならば食料に困ることは無い。

 

 ……だが、シドは今一文無しだ。市場に立ち寄ったところでお金が無いので買えはしない。その上、シドが知っている通貨が通用するとも限らない。ここがどのような土地で、どんな事が普通なのか知らない。なら、長時間知らない場所にいても大丈夫なように持ち物が必要になってくる。


「よかったら、今日のご飯のリクエストしてくれないかな?お肉でも、お野菜でも果物でも、なんでもいいよ。わたしはお昼過ぎたら買い物しに行こうと思っててね」


「いいんですか?じゃあ、肉!……あ、あと手に持てる照明とブランケットと、ここ周辺の地図とか貰えたりしません?ワガママですみません」


「良いけど……お肉の他は何に使うんだい?あぁ、やっぱり倉庫で住むには暗すぎたし、寒すぎたかな。ごめんよ」


「いやいや……えっと……。俺、ここら辺についてもっと知りたいなーって思って。ほら、こんな場所初めて来たから……あー、知りたくなっちゃって!だからブランケットに包まりながら地図でも見れたらなーって……」


 咄嗟に途切れ途切れの言葉を並べ、身振り手振りを激しくしながら出まかせでアスターの勘違いを流す。勝手に解釈して申し訳なさそうな顔を浮かべる彼に、シドの良心は抉られた。

 シドに対して微塵も疑うような素振りもない上、ここまで純粋だと逆にこちらの調子が狂ってしまう。

 だが、たった6日間生活を共にしただけだ。それに、殺人鬼の仲間。感情に流される必要は……ないはず。


「そういうことなら。ここら辺の地図と言っても、ほとんどが草原と山だから見ても面白くないと思うけど……でもシドくんにとってはそれが新鮮なのだろうね」


「へへ……ま、まぁ……そうっす……」


「わかった。買ってくるよ」


「なんか、申し訳ないです。お金も持ってないので今返せなくて……。家に帰ったら500……セラスくらいはあるんですけどね……」


「いいのいいの。シドくんに無理させてしまっているのはこっちだからね。お金のことは考えなくていいから。じゃあわたしは、まだ起きてこないディラの様子でも見てくるよ」


「————」


 焦りか、困惑か。上手く言葉が出ず、通貨に関して聞きそびれてしまった。さり気ない会話の中で情報を得ようとする技術はまだまだ未熟なようで、シドは自分の唇を噛む。

 いっその事、単刀直入に「そこの街の通貨はなんですか」とでも聞けば良かったと後悔する。だが同時に怪しまれてしまうのでは……という考えが遮ってきて進まないのだ。

 しかし、最低限の情報は掴めたし、アスターからの支給も約束された。まだ計画は始まったばかり。焦らず行動すれば大丈夫。


 次の準備に取り掛かろう。



 ————————————————



 ミッション2、脱出後の持ち物を確保せよ。


 アスターが買い物へ出かけた昼過ぎ。

 シドは誰もいなくなったリビング内をコソコソと漁っていた。暗い夜に使う照明、寝る時のブランケット、万が一の時に逃げ先を見つけておく為の地図はアスターが用意してくれるはずだ。

 ここを飛び出るだけならそれで十分かもしれないが……念には念を。計画は失敗できない。慎重に行動するべきだ。

 使えるものがあれば使った方がいい。盗ってもバレなさそうで且つ、便利アイテムが欲しいところ。自分を攫って人質にしているのだから、こっちだって物を盗んでも怒られる筋合いはない。

 

 都合良く、シドが泊まっている物置の奥から古びたカバンを発見した。このカバンを有難く使わせてもらうことにする。長年使われていなかったようで、埃が沢山付いているが、仕方がない。

 アスター曰く、カルディラは一人で作業しているらしいので、漁れるのは今が絶好のチャンスだ。


 まず、自分の命が容易く絶たれてはならない。1番大事なところを守るために、護身用アイテムが欲しい。

 シドはよくアスターが食事を用意しているキッチン棚を開き、食器の音を鳴らさないよう静かに物を取り出す。


 皿はいらない。コップは小さいものなら何かに使えるかも。スプーンよりフォークの方が殺傷力が高い。おたまは普通に使わない。フライパンはカバンに入れるには大きすぎる。アスターがいつも使っている包丁は盗ったと直ぐに気づかれるだろう。

 

 ——今のところ辛うじて殺傷力があるのはフォークだけか。

 流石に、これが護身用では心もとない。深く差し込むことができれば、傷くらいつけられるだろうが……自分を守り切れるとは思えない。


「もーちょっと何か……ん…………」


 フォークをカバンに入れようか迷いながら視線を棚の奥に目をやると、シドはボウルのなかに入った小さなナイフを見つけた。

 果物ナイフだろうか。持ってみると刃は短く、軽い。それでも丁寧に研がれているようで、護身用に持っていくには1番適している。

 これだ!とシドは歓喜の顔をしながらカバンに備えられていた横ポケットに入れた。こういう護身用は、いつでも取りやすい位置にしまっておいた方がいいだろう。


「もしアスターさんが果物ナイフを探し始めても。知らない、普通の包丁で切ればいいんじゃないですか?って言えばいいよな」


 簡単なシミュレーション想像して、自分を言い聞かせるように頷く。

 万が一……万が一の時は……これで何とかするしかない。




 ——魔法は、あんまり力にならないだろうな。

 いいや、自分は魔法を使いこなせる才能など無いのだから、魔法を武器として認識する方が無駄だ。学校で魔法についての勉強は嫌というほど行ってきたが、魔法の歴史、仕組みや使い道ばかりを覚えてきただけで、実際戦場において有利になる魔法や使い方など習っていないし、習おうと思ったこともない。

 目眩し程度の魔法なら時間稼ぎになるかもしれないけれど、自分の魔法で倒せる……などと思い上がった考えは辞めだ。


 この間、夜の学校で魔法を使ったのだって、手の内に武器がなかったから仕方なく使っただけ。

 結局それは何の意味も、結果も出さずに終わったけど。


 ——昔は好きだったさ。魔法を出すことは。


 シドは首を横に振り、余計な考えを振りほどく。

 今は魔法についてのお勉強の時間じゃないんだ。自分にできる範囲の手段を取るべき。魔法は、本当に最終手段の一つに過ぎないのだから。


「さて……と……」


 シドはキッチンの棚から離れて周囲を見渡す。武器が手に入ったなら今度は食料だ。


 ミッション3、食料を入手せよ。


 長期間の旅になるかもしれない。そうなるとやはり食料問題が出てくる。アスターが作ってくれる料理や買ってきたばかりの肉をカバンに詰める訳にもいかないので、もう少し長旅に適した食料があればいいのだが。


——新鮮な食材が市場に売ってるから、そこで買い溜めして保管してるんだよね。


 ふと、先程のアスターの発言を思い出し、シドはハッとしながらキッチン横にある扉に視線を移した。

 キッチンの周りにある棚からは調理道具しか出てこなかったし、机の上には既に飲み終わった茶しかない。

 買い溜め、保管しているとなれば、取りやすいようキッチンからすぐ近くの場所に食料を置くはず。

 なら、ここが食料庫なのでは。


「お邪魔しまーす……」


 アスターから全ての部屋を紹介されてはいないので、勝手に扉を開けていいのか分からなかったが、誰も見ていないのだし。と飲み込んでゆっくり扉を開けた。

 シドの存在に室内は反応し、自動で照明が付いて目の前は照らされる。

 そこにはシドが予想した通り野菜やパン、果物など、様々な食材が置かれていた。


「おぉ〜っ!!やっぱりここが食料庫か〜っ!」


 小声で喜びを口から零しつつ、食料庫内に足を踏み入れると、他の部屋に比べて涼しさを感じる。魔法によって部屋全体が冷蔵庫のような性質になっているのだろうか。シドの家にも冷蔵庫くらいあったが、部屋全体が冷気を出しているレベルのものではなかった。見慣れない光景に、思わず高揚感を覚える。

 

 順調に進む計画に浮き足立ちながら、シドはさっそくカバンを開いて、置かれていたパンと野菜を放り込んだ。

 果物はすぐに腐ってしまうだろうから荷物になる。それに、果物なんて帝国に戻れば毎日出てくるだろう。却下。野菜は、ものによってすぐに食べなければならないものがある。とりあえず、長持ちしそうなジャガイモをカバンに詰める。


「パンとイモさえあれば行けっかな……」


 旅する中で、カバンの中身の食料はパンとイモくらい言うなら、あまりにも壮大さがない。

 だが16歳の少年が一人で逃げるなら、むしろこんなものだ。


 顎に指を当て考える。冷凍ボックスを持っていたなら食料の選別なんて簡単だったのだが、どれも外に出てしまえば傷み始めてしまうだろう。市場で何か買おうにも金が無い。どうしたものか。


「くそー。俺の家なら非常食用のお菓子とかあったのに……。あ、お菓子で良くね?!」


 シドは無意識に出た言葉から閃いた。野菜や果物類に背を向け、奥に置いてあった小さな箱を覗き込む。はたまた思い通りの品が目に見えて踊りたくなってしまう。案の定、箱の中にはお菓子と思われる袋がしまわれていた。

 

「ラッキー!チョコレート……のお菓子かな?」


 パッケージを見てみると、そこには小さい茶色の食べ物が写っている。それはチョコレートでコーティングされた何かしらの菓子に見えた。

 流れるように、シドはパッケージに書かれているであろう商品名を探す。だが——


「ゲッ……!読めない……外国語だ……」


 見たことあるような、ないような……。

 馴染みのない言語がパッケージに大きく書かれている。シドのよく知るスカイア文字ではないようだ。記号のようなその文字は、見かけからなんとなく予測できるようなものではない。商品名だけでなく、袋の後ろに記載されている詳細も全部知らない文字だ。

 

 けれども、文字は読めないが写っているものは多分チョコレートだろう……と、信じたい。なにより、袋であるなら、封を閉めておけば少し中身がシナシナになるだけで食えなくはない……はず。

 せっかく見つけた貴重な食料だ。カバンに入るなら少しでも持ってきたい。

 シドは少し頭を悩ませたが、思い切ってお菓子の袋をカバンに押し込んだ。


 さてさて。だいぶ準備は整ってきたように思える。


「あとは……いつここを出るか、だな」


 街や周辺の情報、武器、食料は揃った。あとはアスターからの支給品を待つのみ。

 一刻も早くここから出たいところだが、下手に動いては怪しまれて捕まる可能性は十分ある。出る瞬間も見定めが必要だろう。


 何事にも、焦らず、慎重に。


「アスターさん早く帰って来ないかな……」


「そんなにアスターに会いたいのか?」


「ギャアアア!」


 突然後ろから聞こえたカルディラの声に、シドは飛び跳ねて驚き、思わずカバンを落としそうになる。咄嗟にカバンをギュッと両腕で抱いて落とさずに済んだが、代わりにシドの心拍数が一気に上がってしまった。


 情けないシドの叫び声を聞いて、カルディラは眉をひそめているが、シドは愛想笑いを浮かべて必死に誤魔化そうとする。

 

 ——も、もしかして……食料盗んでるの見られてたんじゃ……


 嫌な想像が過ぎり、ゴクリと唾を飲み込む。カルディラはアスターと違って人と人との繋がりを重視しない人間だ。ここでバレたら、ここまでの苦労は全て泡となって消えるかもしれない。


「カッ……カルディラさん……驚かさないでくださいよぉ〜……へ、へへへ……」


「食料庫で何やってる。腹が空いたのか?少しくらい我慢しろ」


「へいへい……」


 小言を言い終わると、カルディラは構わずシドの前から立ち去っていった。

 ——見られては、ないようだ。


「ふぅ」


 肩の力を落とし、安堵のため息をつく。いつも通りの嫌味だけで終わってよかったと、心底思う。彼女のムカつく態度に文句を言いたいところだが、今は脱走計画を進めるのが優先。

 カルディラのことなんて、無視だ無視。


 

 さておき、ここを出るタイミングについて考えよう。

 シドは視線を食料庫に戻して頭を回転させる。ふと、カルディラ達が会話していた内容を思い出した。


「助っ人が帰ってくる……とか言ってたよな……」


 ……カルディラは助っ人達が帰ってきたら次の行動に出ると言っていた。つまり、その後すぐにカルディラの計画は実行されてしまうということ。なら、助っ人達が帰ってくる前にここを出た方が良いかもしれない。

 問題は、その助っ人達がいつここに到着するか分からない点だ。

 タイムリミットさえ分かれば、脱走するまでに心の準備が整えられるし、便利なアイテムもまだ探せるかもしれない。


「タイムリミットは助っ人達の帰還まで……だな。いつ帰ってくるかも、後でアスターさんから聞いてみるか……」


「あぁ、そうだ。早ければ明日、数人ここに来るから必要以上に漁って食べるんじゃないぞ」


「ウワアアアアア!!!」


 2度目。デジャブ。

 やり直したように再度後ろに現れたカルディラに、もう一度体を震わせて大声をあげるシド。再来した衝撃に、心臓は唸り声を上げているように聞こえる。これ以上心臓を過剰に働かせないでほしい。


「なんなんだお前、今日はやけにうるさいな」


「驚かせてきたのアナタだけどねっ!!急に後ろに立つのやめてくれませんかっ!」


 シドは文句混じりのツッコミを入れ、率直に反論する。

 だが、直後にカルディラの言葉に引っかかった。腕を組みながらこちらを凝視する彼女と目を合わせ、シドは目をパチパチさせる。


「ん……?早ければ、明日……?」


 

 既に夕暮れ時に差し掛かっている。もうじきアスターも買い物から帰ってくるだろうし、便利アイテムは今日これ以上探せない。

 脱走するまでの、心の準備を整える時間は今日限り。

 タイムリミットがわかれば——なんて考えていたが。いざ判明した時間はあまりにも少なく感じる。


 だって、計画準備開始から数時間でタイムリミットが迫ってくるとは思わないじゃないか。

 

 一刻も早くここを出たいと思ったのは否定できないが、最低でも2日くらいの猶予は欲しかった。あまりにも時間が、余裕が無さすぎる。

 考えが甘かった。甘すぎたようだ。

 できれば、信じたくなかった。


 明日?あした、帰って……来る……?


 俺の心の準備の時間は……?

 えぇ……?


 ——つまり、シドは今日中にこの建物からでなければならないということ。


 緊急ミッション、今日中にここから脱走せよ。

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