第6話 暖かな監禁生活
「申し訳ないけど、シドくんにはこの物置で寝泊まりしてもらうことになるかな……。急な訪問だったからすぐに片付けられなくてごめんね。一応、床は掃き掃除してるよ」
いや。訪問ってより誘拐なんだけど。
呑気に部屋の紹介をしているアスターに対し、心の中でツッコミを入れる。とりあえず綺麗になった制服を着て、適当に相槌を打っているが、アスターの言い方は初めてお泊まりに来た友人に家の紹介をしているようなもので。
確かに、シドが先程まで眠っていたこの部屋は、中央の布団と毛布を除いてよくわからないガラクタばかり置かれている。手入れが行き届いていないのか、所々 蜘蛛の巣が張られている上に、雑に置かれた木箱が部屋の体積を減らしていて、ザ 物置って雰囲気だ。
この木造建築の建物自体は、シドが暮らしてきたスカイア帝国からかなり離れた大地にあるらしい。誘拐された先が国内だったらまだ助けを求められる可能性はあったかもしれないのに、よりによって未知の世界に見えるド田舎とは。
今まで日常だったビルだらけの帝国が、最先端建築の家が恋しくなってくる。
「——で、こっちがお手洗い。タオルはすぐ横にあるよ。それからこっちに階段があってね……」
「あの……俺の事縛ったりしないんですか?」
「え?」
人質、となれば手足を縛って部屋の中から1歩も出さない、動けないようにするのが映画や物語中の鉄則だろう。しかし、アスターもカルディラも、シドを不自由にしようとはしない。
それだけ、シドが一人で出られない罠でも仕掛けているのか、或いは一人で動こうとも問題ないくらいの余裕があるのか。何を考えているのか全くわからない。
シドに背中を向けてお部屋紹介を続けているアスターに疑問を投げる。
「そ、そんなことしないよ……だって可哀想じゃないか……」
当たり前のように哀れみを向ける声だ。子ネコが捨てられていたから拾って保護した、みたいなニュアンスで事を喋っているが……こちらは助けて欲しいとも泊めて欲しいとも言っていない。アスターの言葉は確かに親切だが、不安が拭えるとは限らないのだ。
かと言って、今暴れて外に出ようとすれば、あの殺人鬼カルディラが何をしてくるか、わかったもんじゃない。
「お前らのせいだろ」という言葉を、シドは内側から湧き上がる微かな憤りを、押さえ込み、飲み込んだ。
「じゃ、じゃあ俺を家に返してくださいよ!可哀想だとか言うんならさ!」
シドはアスターに訴えるが、彼は口をマゴマゴさせながら数秒返す言葉を選び、視線を下げる。その仕草だけでシドにとってのいい返事は期待できないと察する。
「シドくんに、少しだけ協力してほしくて……」
「協力って……なんですか?殺人や泥棒に加担するなんて嫌ですよ」
「そんなことさせないよ、絶対。わたしも、カルディラも君を雑に扱ったりしないさ。一段落したら必ず、安全にお家に返すから……」
何を根拠にそう断言しているのか知らないが、目を泳がせているアスターに対してこれ以上文句を言う気が失せる。その目に見える焦りが演技なのかどうかの判断は付かないし、アスター自身も非常に困っているように見え、考えるのが疲れる。
アスターもカルディラに扱き使われている立場なのだろうか。
シドは呆れたように、無言で肩の力を落として嘆息していた。そして、「これだけは」と付け足すようにもう一度アスターに訴える。
「…………あー、じゃあさ。あの娘だか孫だか、関係はよくわかんないけどさ、俺を危険な目に合わせないでくれって言っといてくれません?カルディラさんに」
とりあえず、自分の命が最優先。
アスターの発言が本当で、シドを雑に扱わないと言っていたとしても。最終的には生きて帰らないと意味がない。
カルディラと違ってアスターは反論しない態度だ。それを利用させてもらって、シドは彼に釘を打つような声で言い放つ。
「娘……あ、あぁ………………伝えておくよ」
返事は変わらずか細いままで。
アスターは信用できるのか、できないのか。瞬時に知れる魔法でもあれば、習得していたなら、この先、殺人鬼とひとつ屋根の下で生活しなければならないという状況でも、「この人なら」と。心は少しくらい軽くなったかもしれないのに。如何せん、物語は上手くいかないようになっているもので。
いいや、殺人鬼と一緒に行動している奴だぞ?どういう理由があって犯罪に手を染めているのか、経緯なんて知りたくもないけど、2人ともマトモじゃないに決まってる。
——何事にも疑っていけ、俺。
俺は、アスターのことも、カルディラのことも信用できる日は来ないだろう。
————————————————
「シドくん、おかわりあるよ。食べるかい?」
「食べます!」
差し出されたアスターの手のひらの上に、自分の食べカスが残った皿を乗せる。
ご機嫌に鼻歌を口ずさみながら、大きな鍋の前で華やかなピンクのエプロンを着て、肉が大量に入ったトロトロのスープを皿に注いでいる。シドは、そんなアスターの大きな背中を見つめながら"おかわり"が運ばれてくるのを満面の笑みで待つ。
誘拐されてから5日ほど経った。
なんというか。人質らしく鎖で手を繋いだまま地べたで泣く泣く残飯を啜るみたいな生活は一切無く。なんなら毎日3食必ずホカホカで美味しいご飯が運ばれてくる始末だ。
寝床はまだ狭くて埃っぽいが、布団や毛布、枕はふかふかしていて寝心地も悪くないし。
トイレは清潔だしお風呂も毎日入れるし。
——ホテルみたいだな。
これじゃあ普通に健康的な毎日を送っているじゃないか。虐待みたいなこともされないし、脅されるような言動も今のところ無い。強いていえば少し暇になる時間が多くて退屈に思う程度。
一応「外に出るな」とカルディラから言われているけど、外に出たとて帰り道なんて分かるはずないので、仕方なくここで暮らすしかない。
あ、学校のテスト週間は終わった頃かな……
俺は攫われてるから、テスト受けられないのは仕方ないよな。
そんな事より、アスターの作る料理が格別だ。
最初は「敵の仲間が作った飯など食えるか!」と固く口を閉じて全力拒否していたものの。シドの食欲を誘ってくるスパイシーな香りと、帝国では見られなかった皿の上に乗るたっぷりのお肉。最終的に、アスターとカルディラが普通に同じものを食事している様を見て、俺の腹の音は限界を迎えていた。
「いやぁ、アスターさんの料理は最高っすね!こんなの食べたことなかったけど、食べる手が止まらねぇッスよ!」
「嬉しいなぁ……!スカイアの主食は果物ばっかりだからね。やっぱり成長盛りの男の子はお肉もちゃんと食べないと。」
こうやってアスターのことを褒めちぎると、デザートを出してくれることを発見した。
ジジイはシドに対して孫のような認識をしているのか、暇そうにしていたらオヤツを持ってくるし、何回おかわりしても怒らない。彼は便利なコマに相応しい。
だから——
——やべ、俺アスターさんに懐いちゃう。いや、もう懐いてるかも。マジで。
クソッ!これもアイツらの策略かっ!?
もしそうだとしたら、なんて悪趣味なやり方なんだ……。
だが、唯一この生活で気に食わない部分がある。
それはやはりあの女だ。
カルディラ。アスターからの歯止めが効いているみたいで、彼女はシドに対してなにも手を出してこない。自分から避けているというのもあるが、昨日なんて一言も会話しなかった。殺人鬼と仲良くしようだなんて考えは毛頭ないので問題は無いが、すれ違う度にシドの事なんて存在しないようにスルーするのが1番ムカつく。
アスターのような笑顔なんて一度も見せたことは無いし、口数も少なく言葉使いも硬い。
おはよう、おやすみ、ただいま、おかえりも言わない。食事を始める前の"天に感謝を"くらい言えばいいのに。教養ってやつも無いのか?
家事や世話をしてくれているアスターがあまりにも報われない。
再度、皿いっぱいになった食事を口の中に放り込んで頬を膨らませながら、シドはバレないようにカルディラを睨む。
女の子ならもっとお淑やかに生きたらいいのに。
美人でも中身がダメではこの先やっていけないぞ。
まぁ、特に関係を深めることなく、このまま何事もなく終わればそれでいいのだが。
シドが頬張って口を動かしている横で、カルディラは食器を片付け始めていた。カチャカチャと食器が重なる音を聞き、アスターはおたまを持ったままカルディラへと顔を向ける。
「そうだ、レヴァンタ達と連絡は取れたのかい??」
「あぁ。ここにもう時期到着するみたいだ。彼らが帰ってきたら、さっそく行動に移そう。次はしっかり準備してから動かないとな。前回みたく面倒事がついてくるのはゴメンだ」
「やっと連絡来たんだね。なかなか返事しないから心配したよ。お部屋掃除しとかないと」
「そんな頻繁に返事するようなやつらではないさ」
「——?誰か来るんすか?」
「わたし達と一緒に計画を手伝ってくれる助っ人達がね。大丈夫、みんな良い人達だよ」
言われてみれば、この建物にはかなり多くの部屋があった。アスターとカルディラが元々2人で住むにしてはかなり大きいと感じる程。まだ大体の部屋の位置くらいしか把握していないが、あともう4人程度は住めそうな建物である。
帰ってくる……となればここで寝泊まりすることになるのだろうか。
それに、シドは目の前の2人の会話に引っかかる。まるでスカイア学園に侵入した時と同じように、次また何かを企てているような話し方だ。
次は、その追加メンバー達と一緒に計画を実行するというのか。
アスターは「良い人達」と言うが、犯罪を犯すと言うなら良い人判定ではダメなのでは?
「け、計画……?ちょっと待ってくださいよ、何かするんですか?宝石も回収したってのに。まだ盗もうって思うんですか……?」
「それなんだがな」
シドが重要そうな会話に首を突っ込んでしまったかもしれないと、少し怖気づいたが案外カルディラは気にしていない様子で発言を続ける。
眉をひそめて集中するような素振りで、なにやら困り事を考えているようだ。
「お前から回収した宝石……正式名称を"神聖結晶"と言うんだが、あれは偽物だった」
「に、偽物ぉ!?」
あんなに必死になって死闘を繰り広げたと言うのに。その偽物という驚きの言葉一つに、シドの口はポカンと開いてしまう。同時に全部水の泡になる、なんとも言えない気持ちが溢れてきた。
「厳密に言うと、あれは模倣品だ。しかし私が持っていた元々の神聖結晶の下位互換。大した力も発揮できない、ただの石に近い。わざわざあんなものを作るあたり、つくづくスカイア帝国は模倣するのが大好きみたいでな」
「も、持っていた……?ん?んぅ……?神聖……?」
記憶を辿ってみれば、確かに美術館に展示されるほどの宝石が学校の実験室に転がっていたこと自体おかしい。本物ならば、価値を下げないようもっと丁寧に扱うはずだ。
その宝石は実は偽物だと言うなら、扱いの雑さにも納得がいく。
そも、何故その模倣品が実験室にあったのか、それ自体理解に苦しむ要素である。
シドは聞き慣れない"神聖結晶"という単語と、力の発揮、カルディラが元々持っていた……という言葉のパーツを理解しようと頭をグルグル回転させる。こういう時に限って、なかなか上手に回ってくれないもので。
シドが理解し切る前にカルディラが再度言葉を追加する。
「私達は今、本物の"神聖結晶"を手に入れる為に計画を立て、動いている。その過程で……シド。
お前を交渉材料にして学校や政府から情報を聞き出す。その為の人質だ」
——ん?
なんて?
思考が一気に止まる。
神聖結晶だとか、近々帰ってくる人達とか、全部どうでも良くなるくらい、今のカルディラの発言が頭に突き刺さる。
そう言えばこの5日間、特に縛られることのない生活を送っていたから忘れていたが……自分は人質という役割なんだと再確認する。
人質。つまり、カルディラ達はシドを使って神聖結晶を取り戻すために学校……ましてや政府にまで手を出すということ。
カルディラは殺人鬼として有名だ。その殺人鬼相手に学校の教師や政府の人間が大人しくできるわけがない。シドは保護対象になるだろうが、また危険な場所に放り込まれるというわけだ。
それだけ言うと、カルディラは食器を片付けて階段を上がって行ってしまう。アスターは、呑気に鼻歌を添えてデザート用の小皿を用意している。
シドは、硬直したまま。
「——よし。逃げよう」
アスター。身長180。カルディラと共に行動している明るく穏やかな性格の爺さん。
爺さんと言っても、然程ヨボヨボではないし歯が欠けているわけじゃない。少し腰は曲がっているが、まだ元気。趣味は料理研究。




