第5話 パンツ一丁の人質
「シドくんすごーい!天才魔法使いだよ!」
「へへへ。だろ?」
小さい頃から、シドは煌びやかな魔法を生み出せるのが得意だった。初級魔法なら5歳の頃から発動できたし、なんなら光の形を星型だとか、ロケット模様に変形できたりもした。
少し、魔法を使えるようになるのが早かっただけなんだ。
周りの女の子や男の子は、当然早い段階から技術を見せてくるシドに対して憧れの感情だったり、羨ましいと声をかけてきた。だから、これは自分にしかできない才能だと思っていた。
けれど、中学上がってから遊びではなく、本格的な魔法指導が始まってからシドの中には焦りが膨らんでいく。
魔法に"勉強"という要素が追加されてから、楽しいという感覚は変貌し始めた。
シドが生み出せていた魔法はあくまで初級魔法クラス。それはただの日常生活上、普通に見られるもので、大して褒められるものじゃない。
自分が誇っていた魔法は、普通と言われ、挙句の果てに基本を覚えるのは当然と言われる始末。
直感で出していた魔法に、仕組みを叩き込まれる窮屈さ。新しい魔法を会得できない切迫感。なにより——
段々と周りに追い越されていく屈辱。
今までは自分が一番だったのに、昔ならできたかもしれないのに。
などと、"弱者"に相応しい、情けない言葉ばっかり頭に這い出てきて、自分自身が嫌になる。言い訳、後悔、自問自答、の繰り返し。
「シドって、昔は確かに凄かったけど今はそうでもなくね?」
なんて、言われているような気がしてならない。隣の席の独り言が、集団の話し声が、先生の名指しが、全部全部自分のことを言っているんじゃないかと。
でも、気にしていないように振舞った。
——それが"強者"の姿だろ?
友人と言ってくれた彼らに隠れ、自分の力の弱さを見せないように生活し、授業中は目立たないように行動し続けて。隠れた。隠れたんだ。隠れ続けたつもりだった。
それでも、いつしか隠れんぼは誰かに見つかってしまうものである。
「ねえ、兄さんってそんなに大したことしてないよね?」
1番近くにいた妹からそう言われた時は、数秒声が出なかった。
のらりくらりと魔法についての話題を避けてきたつもりなのに、肝心な時に限って適切な返答は浮かばない。ただ沈黙し、下を向いて場を流す。
それからだった。自分が哀れな行動に出たのは。
そんなんじゃない、俺はまだ上に行ける、居続けられる。
意地を張って、国一の高校を目指していると伝えたら周りから賞賛の雨だ。ひと時の出任せは高揚感を与えてくれるものの、その後すぐに「やってしまった」という負の感情を引き出す。
どうして後先考えずに発言してしまったのだろうか。
「やっぱシドは俺たちの先を行くんだな!」
「はは、そんな……ハハ…………」
周りからの見る目が変わり、俺は確かに優等生扱いを取り戻すことができた。けれど、首を締めている行為であることはわかってる。
やるしかなかった。言ってしまったんだから、目指すしか無かった。
二度と「大したことない」という言葉を聞きたくなくて、挽回する為に勉強した。難しい魔法も出せるように努力した。
シャワーの中で後悔の涙を洗い流して、来るテストの日に怯えながら、毎日毎日必死に努力した。一刻も早くこの苦痛から逃れられるよう神に祈り、甘い菓子を片手にノートがグシャグシャになるくらい書き込んで。時間を忘れて。
早く早く、全てが終わればいい。
そうして、得られた評価は——
——合格。
「やった!よっしゃあ!これで——」
——これで?
——解放されたわけじゃないのに、何を舞い上がっているのか。
血が滲むような努力をしたとて、先にあるのは天才たちと肩を並べなければならない学び場だ。
俺は、魔法の技術を追求したくて勉強したんじゃない。
ただ、周りからの褒め言葉が欲しくて、「やっぱりすごいね」って言って欲しくて、勉強していただけ。
——特等席が、欲しかっただけ。
「やっぱ、大したことないじゃん」
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ゆっくりと瞼を上げ、ボヤける視界の中、自分の腹の音を聞く。
グゥー
「腹、へったな……」
フカフカの枕と毛布に包まれながら、シドは曖昧な思考のまま目の前に置かれていた金色の鳥の彫刻と目を合わせていた。
カラスだろうか。嘴や体のフォルムからして、その辺に飛んでるカラスの彫刻に見える。詳しくはわからない。
その彫刻は、朝の日差しに照らされてキラキラと金の光を反射し、細かいデザインをこれでもかと見せびらかしてくる。
「高そーな彫刻。誰がこんなの買って……ん……?」
お母さんもお父さんも、訪問してきた謎の黒スーツ男にまんまと高いツボを買わされるほどバカな行動はしない。かと言って、妹もそんなにお小遣いを貰ってる訳じゃないし、俺だって彫刻を買うような趣味はしてない。
こんなの、誰も買わないだろ。
と、脳が眠気から冴えてきた時。シドは周囲を見渡す。
明らかに自分の部屋ではない。
木のいい香りがする木造の壁と、ポツンと置かれた1つの照明、絵に描いたような正方形の窓、スコップ、シャベル、蜘蛛の巣だらけのよく分からない機械、何かが詰まってそうな木の箱、箱、箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱。
それから——
——殺人鬼カルディラ。
「うわあああああっっっ!!」
「うるさい。騒ぐな」
シドは目の前に腕組みしながら立っているカルディラを見つけた瞬間、大声を出して後退る。
記憶が途切れる寸前の風景を思い出し、シドは体を震わせた。
あの暗い夜、シドはこの少女と宝石を奪い合い、戦い……戦ったのはヴァールだけど。とりあえず、死闘を繰り広げた記憶を鮮明にさせていく。
カルディラは殺人鬼だ。美術館の従業員を皆殺し、スカイア学園にまで忍び込んで宝石を奪おうとした極悪人。
また最悪の死闘をしろってか!?もう沢山だ!冗談じゃない!
こちらを見下すように見つめるカルディラをカタカタと肩を震わせながら怯える。自分はこの殺人鬼に勝つことなど不可能であるのだから、死の寒気がして止まらない。
そう、寒い。
とても寒い。
こんなフカフカの毛布に包まっていたのに、体は妙に寒く感じるのだ。
シドは自分の体を守るように、蹲ろうと両手を腕に当てる。
「……ん?」
もうすぐ秋に突入する頃で、比較的涼しい気温になってきたから制服は長袖の白いTシャツを着ていたはずだ。それなのに、袖の感触はない。
はてなマークを浮かべながら、シドは自分の体に目を向けた。
そこには、自分の肌が見える。あまり鍛えられていない体の一部、最近怠けすぎたせいで少し膨らんだ自分の腹が見える。靴もない。靴下も。あるのは、パンツだけ。
「キャー!!!変態!ド変態!!!どこまで極悪なんだアンタ!!最低!最悪!!」
確かに身包み剥がして宝石を奪わなければならないと言ったのは自分だが、本当にそれを実行されるとは思わなかった。なにより、相手が女性で行われてしまったと考えると、なんとも言えない感情が湧いてくる。
シドは裏声を出してカルディラを罵倒し、防御力ゼロになった自分のお肌を隠す。
ふと、シドは宝石をパンツの中にしまったことを思い出す。上の服は全部持っていかれても、パンツを剥がされていないなら宝石はまだあるのでは——?
なんて、安直な考えを出しながら、シドは縮まりながらパンツを少し捲る。
——パンツの中にはなにもなかった。
パッと顔を上げ、「信じられない」と訴えるようにカルディラの瞳を見つめる。
つまり、カルディラは本当にシドのパンツを1度剥がして——
「私がお前の下着を剥がして得する事があるか?実に非合理的だ。」
シドの訴えを否定するように、カルディラはゴミを見るような目を向けてそう返す。シドを危険な目に合わせてまで宝石を求めていたというのに。その言い分では、カルディラは宝石を取っていないと言っているみたいじゃないか。パンツの中は覗かず宝石を取ったって?それこそ不可能だろう。
カルディラの不機嫌そうな態度に、段々とシドも反論したくなってくる。
「はぁ!?じゃあなんで俺のココに宝石が無いんだよ!言い訳してみろよ殺人鬼カルディラさんよぉ!」
「言い訳も何も。結晶を取り出す役割をどうして私が担わなければならないと考える?」
「はぁー??」
最初は美しい顔立ちに惹かれて釘付けになったものだ。しかし今は違う。明確な答えを言おうとしない姿勢、その無表情、ヤケに引っ掛けてくる態度。美しさなんてどうでも良くなるくらい、犯罪者に相応しい性格をしているようだ。
シドが返し文句を頭で練っていると、突如カルディラの後ろから焦るように冷や汗を流す男が現れた。
「ご、ごめんねぇ……服取ったのわたしなんだよ……」
ひょっこりと現れたと思ったら、少し腰を曲げて松葉杖を使いながら歩いてくる高齢者だった。ピリピリした空気に割り込む形で入ってきた彼は、空気を戻そうと、とりあえず笑顔をシドとカルディラに振りまいている。
「寒かっただろう、君のこと引きずって来ちゃったもんだから、制服汚れちゃってね。洗ってたんだよ。その時に、結晶も……」
「んぇ……」
申し訳なさそうに頭を下げながら、彼はシドの傍らにしゃがみ込むと、汚れ1つ無い洗いたての制服を見せてきた。
白髪に染まりきった長い髪を揺らし、緑色の瞳を細め、彼はシワだらけの手でシドの制服を丁寧に畳んで差し出す。それから、立ち尽くしているカルディラに目を向けると、口を尖らさた。
「……ディラ、あんまり怖がらせちゃいけないよ」
「怖がらせようとした覚えはないんだがな」
「全く……」
2人の会話は、言わば反抗期の娘と振り回される父親のそれに見える。これ以上の返しは無意味と判断したのか、白髪の彼は深くため息をついて、顔の向きをシドへと戻した。
今の会話だけで、なんとなく関係性を察する。
多分、白髪の彼も苦労してるんだろう。
「えっと……カルディラのことはもう知っているみたいだね。今は悪い意味で有名だし……。わたしはアスター。よろしくね」
「あぁ……よ、よろしく……」
アスターは挨拶を終えると、シドの両手を握って穏やかな笑顔を向ける。眩しいアスターの微笑みと、暖かく優しい彼の手が、シドの中にあった苛立ちや不安を全て薙ぎ払ってくれるようだった。
初対面はまず挨拶から。
小さい子供でもまず習うことだ。それを平然とやってのけて、安心感まで与えてくれる。ただの直感だが、アスターは良い人なのでは、とシドに思わせてくれる。
——いやいやいや。殺人鬼と一緒にいる人だぞ?良い人……だとはまだ確信できない。何事にも疑っていけ、俺。
一瞬過ぎった浅はかな直感を消し、シドはアスターと握手を交わしながらも心の中で疑いの目を向ける。何をしようとしているのかわからないが、危険な人に立ち塞がれていることには変わりないし、アスターだって笑顔の裏にとんでもない悪巧みをしているかもしれない。
まだ信用できる要素は何もないのだ。
だが、アスターのやり方はとても理想的だ。相手を騙すにしても、温もりを共有し、笑顔を向けて優しい声色を聞かせてくれるとなれば、誰もが心を開いてくれる事だろう。
それに対して、この女は……
「ディラも挨拶くらいしたらどうだい?」
「……それよりも、お前に聞きたいことが幾つかある」
ほら。
アスターの誘いを素通りし、カルディラは口を開けたと思ったらこれだ。一体誰が、どんなことをすれば彼女をこんな風に育てられるのか聞きたくなってくる。
「ヤダ!ムカつくから何も答えねーよ!てか俺は"お前"って名前じゃなくて"シド"っていう名前があんだけど!よろしく!!」
「私は今すぐにでもお前の首、撥ねることができるぞ?」
「すみませんでした」
「結晶……いや、お前の前では"宝石"と呼んだ方が正しいな。宝石について知っていることはあるか?」
「知ってることぉ……?」
突然振られた話題に、シドは首を傾げる。
知ってるかと聞かれても、シド自身は宝石なんて興味もないし奪おうなんて考えたことも当然ない為、美術館に展示されてた宝石というのも最近知ったし、それが盗まれたと聞いても、ただの時事ニュースネタになる くらいしか頭に入れてなかった。
返答に迷ったが、ここは率直に言うしかない。嘘をつく必要もない。
「何も……知らない、です……。」
「……そうか。では、"神聖結晶"というワードに聞き覚えは?」
「……?ないです……」
「"白の教会"という組織は知っているか?」
「…………知らないです」
「スカイア学園に宝石があった理由は?」
「えぇ……??わかんないです……。俺、頭悪いし」
「————」
数秒間、カルディラはシドの瞳を真っ直ぐ見つめ、顎先に人差し指を置いていると、チラリと床に置かれていた金のカラスの彫刻を見た。
これはカラスの彫刻の形をした嘘発見器だ。彫刻の周りにいる全ての者が何かしらの嘘をついたりすると、魔法が自動で嘘を感知し、カラスの形は変形する。例えば、翼が開いたりだとか、瞳がパチリと動いたりだとか。
だが、彫刻に変化は一切無い。
シドにこの彫刻が嘘発見器であることは伝えていないし、魔法を弾き返せるような魔力は感じない。
つまり、シドの発言は間違っていないことを示している。
シドはわかりやすく眉を片方上げて、はてなマークを浮かべていると、何故かカルディラは呆れたようなため息を零す。
「はぁ……ハズレだ。大ハズレだ。役に立たない人質を連れてきてしまったもんだ」
「えぇ〜??勝手に連れてきておいて、なんだよ"役に立たない"って!俺、結構心は繊細なんだぞ!……って、人質??俺??俺の事?」
自分の人差し指を呆けた自分の顔に指し、質問する。カルディラの発言を真っ向から理解し難い、いいや、理解したくない感情が膨れ上がり、段々と顔は青く染まっていく。
しかし。シドが理解し切る前に、カルディラは問答無用で現実を突きつけてきた。
「そうだ。お前は人質として、ここで生活してもらう」
受け入れたくない言葉を言われ、シドの心臓はバクバクと激しく音を鳴らしている。
一難去ってまた一難。
……正しく言えば、一難の最中にまた一難だ。
「いーやーだーー!!」
涙目で、スーパーで気になるおもちゃを買って貰えずに駄々を捏ねる子供のように、シドはジタバタと情けなく拒否する。
俺が何したってんだよ!今まで頑張ってきたのに!また死と隣り合わせの状況なんて、もう経験したくなかったのに!
シド。16歳。
もう小さい子供とは呼べない体格と年齢を持ち合わせているが、まだまだお外で遊びたいお年頃。
アスターは宥めようとしているのか、「落ち着いて……」と声をかける横で、カルディラはシドの暴れる様を見て顔をひきつっている。これは役立たず以上の判定になるかもしれない。
しょうがないじゃないか。こんなの誰でも嫌に決まってる。美少女だけど性格悪い殺人鬼と、会ったばかりの得体の知れないジジイと怯えながら暮らすなんて、まだ学校で嫌いな勉強してた方がマシだ。
「俺は家に帰る!家のベッドで寝る!家でご飯食べる!」
「残念だがそれは暫くできない。ここは帝国の外だ。帰るにしても相当な時間が必要になる」
カルディラは横の壁に設置された正方形の窓を指さし、確認してみろと無言で伝えてくる。
ピタリと暴れるのを止め、シドは素直に窓の外を覗き込んだ。
そこには、スカイア帝国の特徴である空に浮く建物や、宙を走る空車、上下を埋め尽くす歩道などは一つも無く。
代わりに横に広がる草原と森、地平線の上にある山々が視界に飛び込んでくる。
青い空に泳ぐ白い雲、草花が舞う芝生。
生まれた時から都会人のシドにとって、これは初めて見る光景だ。
故に、田舎の風景を見て出た第一声は——
「なんじゃこりゃあああ!!!」




