第4話 誘拐事件発生
こんな鳥肌の立つ殺気を感じたのは、妹が隠してたポエムを発見して読み上げてしまった時以来だ。
いや、今回のソレは前回が霞むくらい死を連想させる力がある。なにせ、目の前の相手は紛れもない殺人鬼なのだから。
その殺気を露わにする殺人鬼と視線が混じり合い、シドの脳内に高速で危険信号が送られる。咄嗟に出た両腕は自分を守るために顔の前を覆った。腕の隙間から、溜めた魔力を込めながらこちらに手を伸ばす殺人鬼カルディラの姿が見える。
攻撃される寸前というわけだ。
終わった。完全に終わった。
脳が活発に動いているせいか、死を前にして都合良くシドの視界はスローモーションで再生されていく……それでも彼女の動きは速すぎる。
生憎、この僅かな時間の中で避けられるような俊敏性は持っていない。
必ず殺される。
ごめん妹。勝手に部屋入ってポエムを見つけてしまって。
ごめんお母さん。もう少し家事手伝ってあげれば良かった。
ごめんお父さん。お気に入りのワイングラスが割れて落ち込んでたけど、あれ割ったの俺なんだ。
ごめんみんな。俺もうダメみたい。結局最後は勉強で成果も出せず、魔法を使いこなせもせずに死ぬのか。でも、こんな俺でも少しくらい時間を稼げて、少しでも役に立てたのなら、悪くない死に方かもな……。
死が確定していく中で、シドは家族や友達と過ごした過去、走馬灯を見る。流れゆく時間の中で、目の前の恐怖よりも人生への後悔と名残惜しさが勝った。けれどもうできることはない。シドは目を瞑り、僅かな笑みを作りながら運ばれてくる死を受け入れた。
カルディラの魔法が展開され、白く光を放つ。最後に見た景色が、美しい魔法の光で良かったと思った。
——その時、カルディラの体がピタリと止まる。
直後、カルディラは目を見開いて視線を足元へと移し、不意打ちを食らったような驚愕の顔を見せていた。
「俺のバカ力舐めんなよ……!クソッタレぃ!!うちの生徒を傷つけてみろ!お前をこの地面の底に引きずり込んでやるぜ!」
「ッ——!!」
地面を這いながら、カルディラの足を両手で掴んで引っ張るヴァール。カルディラによる重力魔法で立ち上がることはできないが、その筋肉で埋め尽くされている腕はしっかりと彼女の動きを止めていた。
強力な重力魔法なんだろう。鍛え上げられたヴァールでさえも立ち上がれない程の力だ。それでも、カルディラはヴァールを甘く見すぎていたらしい。
彼の言うとおり、そのバカ力はカルディラの細い足を力強く掴み、学校の床へと引きずり込もうとしている。
同時に、シドが叫んだ閃きも正解だと確信した。確かにカルディラの足は床に近づけば近づくほど、反発するように浮き始めたのが証拠だ。
学校に触れさせることができれば、不法侵入者用の結界が発動するはず。そうなればカルディラは魔法が使えなくなり、こちらに勝機がやってくる。
「ウオオアアアアッ!」
ヴァールは腕に力を込め、思いきりカルディラの足を引きずり込む。強く掴まれた彼女の細い足に、締め付けられた跡が刻まれ、その力の強さを露わにしている。
カルディラの口から舌打ちが聞こえ、それと同時に魔法の矛先がヴァールへと変更された。
魔法が使えなくなるとなれば、誰もが阻止しに行くだろう。魔法によって学校内での行動範囲を伸ばしているのなら尚更、カルディラの魔法の仕組みに気づいたシドと、その仕組みを壊そうとするヴァールは、手に余る相手から非常に都合の悪い相手へと変わる。
当然、まず一番に対処すべき問題へ手を出すのが合理的だ。そうだろ?
——だが、その予定変更が一瞬のチャンスを生むのだ。
カルディラの視界からシドが見えなくなったその刹那、シドは彼女の緩くなった手の内にある宝石を奪い、そのまま廊下へ続く扉へ走り出した。
最初からそこまで考えていたわけじゃない。ほんの少し、彼女の手の中に宝石がチラリと見えた瞬間、既に体は宝石へと手を伸ばしていたんだ。
「小癪な……!」
カルディラの苛立ったような一声が聞こえ、シドは思わず口角を上げながら足を動かす。
やった!やってやったぜ!俺、やればできんじゃん!ありがとう先生!先生がいなかったらマジで俺ヤバかった!
そう自分とヴァールを褒め称えていると、いつの間にかシドの体全体は隕石が直撃したかの如く、床へと叩きつけられていた。先程ヴァールに吹き飛ばされた時よりも何倍も痛い。それだけでは終わらず、ずっと巨大な隕石が背中の上に乗っている感覚だ。
シドは惨めな姿で実験室の床と不本意なキスをしてしまう。
「グゥエエエ……」
唸り声を上げていると、室内中央あたりから、シドのいる実験室扉あたりまで、ヴァールの巨体がハンドスピナーのように回転しながら飛んできた。
ヴァールの勢いがそのまま廊下側の壁を破壊し、もはや扉を開けずとも廊下へ出られるような穴ができてしまう。
加えて残念な事に、ヴァールは必死にカルディラの足を引っ張っていたが、結局反発する重力に勝てなかったようで。空は依然として赤いままだった。
黄色の結界発動させよう作戦は失敗だ。
「……ク……ソ…………」
ヴァールは壁の瓦礫に埋もれながら悔しく声を漏らすも、それ以上は体が言うことを聞かない様子だ。既に何回も吹き飛ばされ、重力によって押しつぶされ続けていたのだから、屈強な体でも内部の骨が何十本か砕けている。
デカイ教師はもう動けない。となれば、残るは小賢しいカスだけ。
カルディラは「ふぅ」と軽く息を整えると、落ち着きを取り戻し、最初の無表情を向けながらシドへと足を運んだ。
冷静に対処すれば、問題は起こらない。
事を急かすからこうなる。
しかし、カルディラが宝石を取ろうとシドに近づいた時、彼の人差し指がこちらへ向いた。
上からの重圧で然程上がってはないが、指先は確かにカルディラを示している。
自慢げに歯を見せ、笑みを作ったシドは、嘲笑うような声を出しながら——
「宝石は今どこにあるでしょーか!」
「…………?」
突然、クイズを出した。
……この男、何を企んでいる。
今の短時間で実験室内のどこかに隠せるような暇は無いし、なにしろ彼は重力魔法によって1歩も動けないはずだ。
宝石を投げる動作があれば、流石に見落とさない。
ハッタリか?
いずれにせよ、彼の手の中に無かったとて服装をチェックすれば必ず出てくるはずだ。
「お前の手元にあるのはわかっている」
カルディラが回答するとシドはニィ……と不敵に笑い、模範解答を言って見せた。
「惜しい!正解は〜……」
「俺のパンツの中でした!!」
男としてのプライドなんて全て捨てて、シドは半ば投げやり感覚で言い放つ。
カルディラの傍から逃げる最中で、シドは宝石を手に握りしめているだけではまた直ぐに取られると考えた。
……となれば、一番隠すのに最適な場所は実験室の影でも、服のポケットの中でもない。
途端、カルディラの無だった顔は、見る見るうちに憤怒へと染め上がっていく。先程感じた殺気はパワーアップし、悍ましい殺気に更新されている。素晴らしいレベルアップだ。シドの人生の中での感じた殺気ランキングを一気にかけ登る。
「このクソガキ……!!」
顔の中心にシワを寄せ、明らさまに酷くイラついた声を出すカルディラ。
せっかくの美しい顔が台無しじゃないか。
ほぼ同年代に見える女子に「クソガキ」だなんて言われるのは少し心外だが、相手には精神的大ダメージを与えられたようでなにより。
「そんなにこの宝石が欲しいんなら、俺の身ぐるみ剥がして、パンツの中を探すしかねぇな!大人しく捕まってくれんなら、綺麗に洗って返してやるよ!!」
「————」
「でもさ、アンタもう詰みだぜ……?アンタは不法侵入者用の結界は知ってたけど、この赤い結界の仕組みは知らない、だから迂闊に触れられない……そうだろ!!」
「——————」
「もう選択肢は無いぜ。大人しく捕まるルートに行くんだな……!」
ビシッと指先を鋭く向け、カルディラにもう一度突きつける。これで推測が間違っていたら恥ずかしくて顔もあげられないだろう。
だが彼女の反応からして、今まで立ててきた推測は全て正解していると確信できる。
宝石が最優先ならば直ぐにシドを殺してパンツから宝石を取り出せばいい話だが、そんなの誰でも嫌がるに決まってる。できるならば綺麗な状態で取り返したい、そう思うはずだ。
別に格好良いことをしたいわけではない。
生き残りたいし。
宝石を奪われたくないし。
何とか時間を稼ぎたい。
そのためなら格好悪いこともするさ。
汚くも、これが一番の最適解……
しかし、カルディラはその憤怒を顕にしたまま微かに言葉を紡ぐ。
「あぁ、そうだな。確かに赤い結界の仕組みや効果は情報不足だ。——だが、直ぐに分かる」
「——?」
シドがカルディラの発言をすぐに理解できず眉を上げていると、パタパタと廊下から大勢が走る足音が聞こえてきた。
「ヴァール先生!?なんですかこの状況は!」
「おいおい、生徒が倒れてるぞ!」
「あの女の子、うちの生徒じゃありませんね。なぜあの結界が発動していないのかは分かりませんけれど」
ようやく、スカイア学園の様々な教師たちがこの実験室まで辿り着いたようだ。気絶しているヴァールと、横に倒れるシドを見て驚いたような反応をした後、教師達はすかさず戦闘態勢を取る。
「先生ぇ!!やっと来てくれたぁ……」
「シドくんですね?もう先生達が来たから大丈夫です」
直ぐに状況を飲み込むことはできないが、とりあえず目の前の異質な少女が問題であると全員察知した。
同時に、ヴァールがここまでやられている姿を見て只者では無いということも理解する。
「誰だね君は!破壊したのは君だな!何を目的にここに来た!」
「……私は結晶を取り戻しに来ただけだ」
「結晶……?この学校となんの関係があるってんだ……!」
シドは、パンツの中にある宝石に手を当て考える。
結晶……?この宝石のことか……?
けど、殺人鬼カルディラは宝石を奪ったって……ていうか、今思えば……カルディラは数日前に宝石奪ったって言われてたのに、なんでその宝石が学校にあったんだ……?
掘り返してみれば、不可解な点が幾つか出てくる。
しかし、今はそれどころじゃない。
自分がカルディラに殺されかけている事には変わりないのだ。
故に、今優先すべきはカルディラの犯行動機じゃない。
シドは、駆け寄ろうとしている教師に向かって、声を小さくしながら伝えようとした。
「先生達!あの子は今、この赤い結界について知らなくて、動けな——」
カア
カアカア
——カラスの鳴き声が響く。
——それは、日常に潜む知恵の伝達者。
誰もが聞いたことのあるその鳴き声は、誰の意識にも映ることはないが、カルディラには確と届いている。
「——そうか。"そういう"結界か」
次の瞬間、カルディラはパチンと指を鳴らす。
ビキ……バキキ……
パリン
指の音に反応するように、空を覆う半透明の赤い結界はヒビを作ると、瞬く間に粉々に砕け落ち始めた。
「結界が……!!?」
月明かりに照らされながら、ガラスのような結界の破片はゆっくりと落下し、赤いガラス雨を降らす。
その場にいる全員が、容易く打ち砕かれる結界に驚愕し、思わず空を見上げながら唖然とするしかなかった。
その雨の向こう側から、カラスが一羽 カルディラの肩へと降り立つ。
「外からの侵入、破壊を防ぐ結界か。解析ご苦労、フレン」
「カァ」
肩のカラスへそれだけ言うと、カルディラは固まっているシドの腕を引っ張り上げ後ろへ下がる。
足元に大きな魔法陣を展開すると、それは白く輝きを放って内にいるカルディラとシドを囲んだ。
「ちょ、ちょちょちょっと待って!?」
すごく嫌な予感がする。殺されるのとは別の、また違った最悪の場面へ移りそうな、そんな予感。
暴れようともカルディラはシドの両腕を掴んで離さない上に、何度も叩きつけられた体はそこまで抵抗できる力を発揮できなかった。
「何をする気ですか!やめなさい!」
教師らは一斉に魔法攻撃を放つが、迫る攻撃は彼女に届くことはない。光さえ切る風刃が、魂さえ焼き尽くす炎が、漆黒さえ浄化する輝きが、全てが。認識できる範囲外で現れた巨大なクリスタルによって防がれる。
ご丁寧なことに、発動された教師達の魔法一つ一つをそのクリスタルの先で潰し、一切の魔力の痕跡も吸収していくありさまだ。
巨大なクリスタルは教師達とカルディラ達の間に新たな壁となって出現し、追加の魔法攻撃、人間の接近を不可能にしてくる。
教師一同に、絶望感を与えるのには十分な代物である。
それ以上は何もできず、抗えず。
ただ、生えるクリスタルの隙間から消えていく少女と生徒を眺めるしかできなかった。
「こいつは預からせてもらう。今度からはもっと強固な設備を用意しておくんだな」
「まさか……転移魔法!?バカな、結界を壊すだけで相当魔力を消費するはずなのに……無詠唱で……」
「バケモノが……!!」
食いしばり、悔しさを見せ、怒りを向けようとも、カルディラは反応しない。互いに睨み合いながら、魔法陣の輝きに包まれる。
「シドくん、必ず助けに行きますから……!」
世界が輝く白に変わった瞬間、シドはカルディラに襟を掴まれながら、学校ではない何処かへ落ちていった。
現地点から別の地点へ転移する魔法。その過程。
溢れる彼女の魔力に流されるまま、シドの体は落ちて落ちて落ちて——。
「ちょ、ちょっと待って!誰か助けてぇえええ!!」
必死に叫ぼうとも、既に助けてくれる存在は居らず。
知らぬ間に、シドの意識もまた落ちて——
スカイア帝国、スカイア学園1年、男子生徒シド。
突如校内に現れた指名手配犯カルディラによる、
誘拐事件発生。




