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Last lachtara  作者: Tuile.
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第3話 何もできないなら考えろ

「シド!可能な範囲その女から離れろ!」


 ヴァールは白に輝く魔法陣の中から、彼の身長と同じくらいの巨大なハンマーを取り出しつつ、シドに向かってそう叫ぶ。


「は、はい!」


 シドは言われた通りに動こうと、体を動かそうとするが全身が衝撃で血を吐きそうなほどの痛みでよろける。というか、こんな怪我をしたのはヴァールが力加減をミスったせいなのだが。

 殺人鬼カルディラから強制的に引き剥がそうとした故の咄嗟の判断なのだろうが、おかげでこっちは1歩踏み出す事にも精一杯である。


「警報が鳴って来てみれば……誰だお前は!うちの生徒じゃなさそうだな!学校の天井壊さないでもらえるか!」


「それはすまなかった。少し焦っていたものでな」


「焦ってこんな壊すことある!?」


 ヴァールは佇むカルディラに向かってツッコミを入れるが、彼の目は彼女の風格に只者では無い雰囲気を感じ取っていた。一切揺るがない視線と魔力のオーラ、相対した瞬間に溢れた警戒心の強さが、幾回か戦闘を経験した者であると証明している。

 ヴァールは直感でシドを引き剥がしたことを正解だと思った。


「そもそもこの学校、内側は頑丈なのに外側は脆すぎる。見た目ばかりに気を使っていては生徒を守れないぞ」


「壊した本人がやけに偉そうだな!一応外観は改修工事したんだけどね!けど俺もそう思う!」


 校長の好みでスカイア学園の見た目は古い建築のままにしたことが、ここで粗が出たようだ。結局、建物の部品を変えるだけでは根本的な強化に繋がらなかったのだろう。

 今こうして、簡単に殺人鬼に破壊される始末なのだから。


「それで?大人しく捕まってくれんのか?不法侵入者さんよぉ」


 ヴァールは声色を低く発しながら、ハンマーを構え、戦闘態勢を取る。カルディラの答えによっては即座に攻撃できる態勢へ。


「帰りたいところだが……あの結界が邪魔でな。困ったものだ」


 カルディラが答えを出した瞬間、ヴァールはその丸太のように太い脚を軽く蹴りあげると、彼女に向かって目にも止まらぬ速さで接近する。両手で握られたハンマーの先は彼女の体全体を捕らえていた。


 後方で距離を置いていたシドは、今までに見たことのなかったヴァールの本気の姿を見て思わずポカンと口を開ける。


 普段 おちゃらけていて、能天気で明るい教師が、今こんなにも真剣な顔で敵に攻撃を仕掛けている。授業中でもヴァールのお手本を見たことはあったが、当然ここまで本気なのは初めて見た。


「スゲェ……!」


 バン!

 とハンマーが何かにぶつかる音が聞こえる。更に、衝撃波が床を伝い、シドの足元から頭の先にまで攻撃の強さを響き渡らせる。


 しかし。

 迫るハンマーを目前に、それでも尚仁王立ちしている少女を見た。

 ヴァールは歯を食いしばる。力を込めようとも、彼女の顔に自分の攻撃はたどり着いていなかった。まるで、彼女の周囲だけ時が止められたように、ハンマーはそれ以上先へ進もうとしない。


 直後、カルディラは微かな魔力を手の内に溜め込む。

 すると、瞬きをするその僅かな間に、彼女の傍らに分厚く巨大な両刃の大剣が現れた。


「魔法陣無し……!!」


 ヴァールは、身なりの細い少女の横に突如現れた2mは超えているであろう巨大な武器に目を見開く。そんな事をしていると、いつの間にかハンマーは押し戻され、ハンマーと共にヴァールの体は吹き飛ばされていた。


「先生っ!!」


 シドが叫ぶが、ヴァールは飛ばされた衝撃を空中でコントロールし、少女の方へと体を向き直す。

 これでも飛行科の教師だ。宙での体のコントロールはお手の物。飛ばされた勢いを利用して、ヴァールはハンマーを持ち直すと、魔力をハンマーに溜め込んで勢いよく少女に向かって投げる。

 それから、後方にある壁を蹴り上げ、自分自身もカルディラに再度突っ込んだ。


 魔力の込められたハンマーはヴァールの意思に従い、高速で回転しながら縦横無尽の軌道を描いてカルディラを襲っている。

 それでも、カルディラは変わらぬ無表情のまま、当然のようにハンマーをその大剣で弾き飛ばしている。ハンマーはヴァールによって自在に操られ、何度も彼女を襲うが軽やかにかわされ、傷1つ負わせられずに、弾き飛ばされ終わる。

 ハンマーで攻撃できない間はヴァールの拳や脚が悉くカルディラを襲うも、全く成果はないようだ。


 右左、上下、四方八方全ての方向からハンマーの軌道で封じ込むも、カルディラは少し巨大な武器を振るだけで易々と軌道を変えてくる。

 

 攻撃のテンポを上げ、ハンマーとヴァールの肉体による二重の攻撃を繰り返し、一瞬の隙も与えないよう力を加え続ける。それでも、それでも。ヴァールの攻撃が当たっている感触は無かった。


「これならどうだっ……!」


 ヴァールはただの攻撃だけではダメージを与えられないと悟り、今度は周囲に魔力を込めて、実験に使用されるようなガラス道具や、置かれている椅子、机などを宙に浮遊させる。

 すると、浮遊する力を与えられた物々はカルディラに向かって不規則に飛び交うと……

 360度、彼女を覆い隠すように襲いかかった。



 数の暴力。いくらなんでも、全方向から同時にやってきた攻撃をあの巨大な大剣だけでは阻止できないだろう。

 ——と、思ったのも束の間。

 案の定、ヴァールが浮遊魔法で操った物体達はカルディラを前にすると突然静止し、まるでブラックホールでも現れたのかと錯覚するような動きで、全て床へと叩きつけられた。

 パリンパリンとガラスが砕ける音、椅子や机、物体が押しつぶされていくような音が響き渡る。上から目に見えない岩にでも押しつぶされているように、それは粉々になりながら体積を減らし、横へと面積を増やしていく。


「"これ"で……教師か?」


 カルディラの煽るような言葉が聞こえる。

 彼女は煽るというより、単純な疑問でそう発言したに過ぎないが、今のヴァールに対して強く屈辱を与える言葉だった。

 大事な生徒を前に、美しい戦い方だとか、覚えておくべき魔法の作り方だとかを意識しているわけじゃない。むしろ、ヴァールは戦いにおける教師のプライドなど一切考えずに本気を出して戦ったつもりだ。

 生徒が、学校が危険な状況にあるとなっては尚のこと。


「なんだと……!」


 カルディラの言葉にまんまと反応し、ヴァールは余裕を見せるように大剣を振り回す彼女に対して分かりやすく苛立った声を上げる。


 眉間に皺を寄せながらハンマーを持つ手を握りしめているヴァールの様子を見て、シドもまた冷や汗を流していた。


「先生が押されてる……」


 ヴァールとカルディラは実験室の扉の前あたりで戦っている。廊下に出ようと動けば返ってヴァールの邪魔になるだろう。今は安易に動けない。

 かと言って、シド自身はヴァールと横に並んで戦えるような戦闘力など無いし、高い位置にあるこの実験室の窓から飛び降りる勇気もない。こんな時に「浮遊魔法の1つでも覚えておくんだった」と後悔する。だがもう遅い話だ。

 

 シドは考えるより先に体が動くタイプである。しかし、無理に動いたら逆に邪魔になる今の状況となっては、そのタイプは不要な存在。

 せめて、何か助けになるような策があれば……


 何も行動できないなら考えろ。


 教科書は教室に置いてきた。故に打開策を教えてくれる存在は手元にない。なら頼れるのは自分の頭だけ。


 シドは苦戦するヴァールを横目に思考を巡らせる。

 このままじゃヴァールが、自分の教師が殺されてしまうかもしれないんだぞ。

 先生が来たからもう大丈夫なわけじゃない。

 俺は見ているだけか?

 違うだろ。

 共に戦えはしないけど、ちょっとくらいは俺も助けになりたい。

 これ以上、あの殺人鬼の好きにさせてはいけない。


 考えろ。

 何も行動できないなら考えろ!!


 そう自分に言い聞かせている間、ヴァールとカルディラは激しい戦いを続けているが……シドはカルディラの目線が時折、赤い結界に向くことに気がついた。



 影にあったパズルの1ピースを見つけられた気分だ。シドはカルディラの行動の1つに違和感を見出す。またテスト勉強中では回らない頭が回転し始めた。


 普段は勉強が嫌いで赤点だらけなのに、実際に誰かの命がかかった瞬間、学校で学んだ知識が生きてくる。


「……この赤い結界は、外の攻撃から守る結界のはずだ……」


 学校の防災訓練を受けた過去を掘り起こす。

 災害や攻撃などによって学校が破壊されたという仮定で行われた授業だ。眠気を抱きながら気だるそうにクラスメイトと列を作り、指定された避難場所へと移るだけの、恒例行事の記憶が蘇ってくる。

 そうやって訓練をする中で、教師は常々生徒達にこう言っていたことを思い出す。


「学校が大きな損傷を負った場合、学校と生徒達、学校関係者を守るための赤い結界が自動発動します。結界はそれ以上の破壊を防ぐために外側から来る物体や魔法などの、一切の侵入を許しません。内側からなら簡単に出ることが可能ですが、外側となると非常に強力な結界になるのです」





 

  思い出せる記憶の範囲ではやはり、赤い結界は外からの攻撃や物体の侵入を禁ずる仕組みだ。なら、ヴァールに対して余裕の態度を見せている暇があるならとっとと結界の外に出ればいい話。

 

 なのに、どうして結界を気にするだけで出ようとはしないんだ……?

 出られない理由がある、もしくは結界の外になにか関係が……?

 

 詳しくは流石に分からない。けれど、これだけは推測できる。


 ——カルディラにとって赤い結界の発動は予想外の事態である。


 「荒くしすぎたようだ」とか、「焦っていた」「急いでいる」とかなんとか言っていたし、ここに侵入する過程で学校について調べたり、偵察してから入る時間がなかったのかもしれない。

 

 "赤い結界"に関しては、実の所 近年行った工事の際に追加されたものだ。それまで全てが古かった校舎には、それほど便利な結界自動発動システムなど実装されていなかった。だからこそ、学校の強度が問題視されたのだ。

 カルディラは知らなかったのかもしれない。この結界の存在を。

 

 でも、そこまで推測できたからと言って、ヤツに何か反撃できる隙を見つけられたわけじゃない。

 他にも何か見つけなければ。

 殺人鬼カルディラだって内心焦っているのかもしれない。口調や態度からして理知的で、用意周到に計画を立てていそうなのに、赤い結界に関しての情報は持っていなかったような素振りを見せるのだから。





 

「……"赤い"結界……待て、確か他にもあったよな……!」


 考える力が波に乗っているのか。シドの頭はまだ活発に動いている。記憶が蘇ってくる感覚を抱きながら、もう一度 防災訓練を受けていた時の記憶を引きずり下ろし、続きを脳内再生してみせた。


「先生ー!俺たちの魔法が間違って校舎に当たっちゃって、すごくぶっ壊しちゃった時も発動しちゃうんですかー?」


「あまりにも大きな力だったり、損傷範囲によっては発動しますよ!ですから、先生達から許可された時以外での大きな魔法発動は控えてくださいね。加えて、ここには"学校関係者"であるかどうか判別できる魔法がかかっています。それは、君たちの制服だったり教員バッチが証になるんですが、それ無く校内で破壊行為をした場合"不法侵入用の黄色い結界"が発動してしまうので、普段は絶対制服で登校してくださいね」


 






 

 不法侵入者用の結界……!


 シドはカーテンを開け、空を覆っている赤い結界を再確認する。見るからに、"不法侵入者用の黄色い結界"は発動していなかった。つまり、

 ——学校がカルディラを不法侵入者として認識していない。


「どういうことだ……!?」


 シドは頭を抱え込んで必死に答えを探そうとする。

 生徒としての制服を着ているわけじゃない、教師の証であるバッチを隠し持っている……?いいや、この学校に急いで来たという発言が合っているならば、いちいちバッチを作ったり盗んだりしている時間はあるのだろうか。

 

 ——否。

 そうじゃない。


 カルディラが突然シドの後ろに現れた時、一切物音や足音は聞こえなかった。普通、天井に大きな穴が空くくらいなら相当な破壊音が聞こえるはず。宝石を拾って興味津々になっていたにしても、破壊音に気づけないほど俺は耳は遠くない。

 じゃあ、なんで音は聞こえなかった……?


 カルディラを観察する。彼女は変わらず身軽な体と軽やかなステップでヴァールの攻撃を交わし続けている。

 とても静かに舞う蝶のように。

 

 足音1つ鳴らさずに。



 ——床に落ちたガラスの破片は、未だパキパキと音を鳴らして細かく小さく砕けている。


 床に落ちたガラスの破片は音を立てているのに、カルディラが床を踏む音だけは一度も聞こえないのだ。



「……重力魔法だ!!」


 あの殺人鬼、重力を操って自分の体重がなんかを減らしてる、と言うよりは、そもそも地面に足を付けていないんじゃね!?

 そんな、実は3ミリ宙に浮いてるとか猫型ロボットの噂みたいな事をしているのなら、つまり学校自体に足をつけていない、学校に指1本触れていない、侵入していないという判定になっているのでは!?


 ……合ってるかわかんないけど。


 


 飛行魔法の他にも、重力を操って体を浮かせる魔法があると聞いたことがある。ただ、重力魔法は発動難易度が高い上に、周囲を巻き込んでしまう特徴がある魔法だとか。

 少し飛躍した推測かもしれないが、彼女の攻撃方法や鳴らない足音などからして、これが最適解に思える。


 ちょっと待って、俺すごくね!?

 久しぶりにこんな天才的な発想、推測を立てれるなんて。明日のテストも、もしかしたらこの勢いで全部いけんじゃね!?


 切羽詰まった状況故に、脳がドーパミンを大量出力したのだろうが、シドは普段の自分からは考えられない事を見い出せて浮かれそうになる。

 彼は頭脳明晰ではないので、ただ彼自身の過去の経験、授業、学校の設備からパズルピースを拾い合わせただけなのだが。


 それにしても、雑な侵入の仕方だ。

 ここ最近の時代、学校の設備で不法侵入者用の結界発動があるのは、あまり珍しくない。だが、このスカイア学園は近年校舎を工事したばかり。工事前の古すぎる校舎の時は、赤い結界など実装されていなかったらしいからこそ、存在感が薄かったんだ。

 更に、あまり前もった準備の時間も作れず、不法侵入者の結界の対策だけ練って来た。

 だから今、予想外の赤の結界で困ってる……といった感じか。


 そんなに急いでまで、どうしてあの宝石が欲しかったのか。


 ……色々と聞き込みたくなる要素が出てくる。

 だが、いつの間にかヴァールが唸り声を上げて地面に叩きつけられている姿が映った。


「グアアッ!」


 ヴァールは何かに押しつぶされているのか。四つん這いになって立ち上がろうとも、顔も、腕も、指先さえも動かせずにガクンと崩れ落ちる。

 浮遊魔法が得意なヴァールに対して強力な重力魔法の攻撃。彼は圧倒的に不利なのかもしれない。


「ヤバイヤバイヤバイっ……!」


 見ているだけじゃダメだ。考えろ。

 まだドーパミンは残ってる!!

 動くべき時には動き、動けない時には考えるべきなんだから。

 そうだ……!確か、不法侵入者用の黄色い結界って確か、「侵入者の魔法発動を禁じさせる」って設計だったよな……!

 なら、その結界どうにか発動させれば殺人鬼カルディラは魔法が使えなくなるはず……!

 とりあえず、ヤツの体を学校に触れることさえできれば、学校は不法侵入者だと判断して結界を出してくれるはずっ……!


「先生!!重力だ!あの子は多分、重力操って若干浮いてる!!だから黄色の結界が発動しないんだ!どうにかして発動できれば……!!」


「…………!!」



 ——シドが叫んだ瞬間、カルディラは即座に体の向きをシドへ向け、息が詰まるほど鋭い視線で睨みつけながら殺意を示し始めた。

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