第1話 月下、宝石の導き
「——はぁ、やってらんね」
スカイア帝国。その国の中にある、幾つもの尖った屋根が並び、細部にまで装飾や模様が施された美しいゴシック風の巨大な黒い城。ではなく、魔術学校の校舎。
「風情があるから」「昔からの伝統だから」という理由で、高層ビルが立ち並ぶこの街の中に、場違いな雰囲気の学校が存在する。
しかし、建物内まで変わらず伝統的文化を保っているとは限らず、黒に染められた校舎の内に入れば、白いコンクリートの単調な廊下がまず見える。室内の灯りもロウソクやシャンデリアではなく、自動で発動する光魔法の装置によるもの。
ガワだけ「古代魔法時代風」の、中身は紛れもなく「近代風」だ。
そんな二面性を持つこの学校は、この国で「魔法の学校と言えば」で一番に名の挙がる"スカイア学園"。
500年以上前から設立され、魔法を学び極める為に多くの若造が集まる学び場だ。国の名前を借りているだけあって、生徒も教師もほとんどが優秀らしい。
最初は外観だけでなく内側も風情ある校舎だったが、近年になって校舎全体の強度問題が問題視され、工事をすることになった。だが、見た目だけはそのままにしたい という校長の意見で中身以外は改修工事で終わった。
まぁ、校舎内から窓の外を見ても、見えるのはガラスを宿した背の高い長方形の建物ばかりなので、"近代風"は見慣れた光景ではあるのだが……。
勧誘パンフレットから 映画の魔法使いらしい学園生活 を期待して入学してしまうと、少し残念な結果になる。
時代は変わる。伝統を守り維持するのも大切だが、今は何を求められているかが最も重要なのだ。
そんな、スカイア学園の教室。白く横に長い机に突っ伏しながら、1人の男子生徒が深いため息を着いていた。
「明日のテストどぉ〜しよ……」
短い金髪と、青い瞳。顔は大してイケメンと呼べるほどではなく、体格は腕が少し鍛えられている程度の、ごく一般的な生徒だ。彼はスカイア学園の制服を少し着崩しながら、誰もいなくなり、夕暮れの光が差し込む教室で明日のテストについて頭を悩ませる。
「次、また赤点だったら流石にヤバイよな……」
開かれただけの世界魔学の教科書に頬を乗せながら、ポツリ、ポツリと独り言を零す。すると、廊下からはしゃぐ……耳に触る声が聞こえてきた。
「お!シドが珍しく残って勉強してんぞ!」
「次、赤点取ったら退学かもだしな〜!頑張れよ〜!」
「おーいちゃんと座って勉強しろー!腰痛めてテスト用紙と顔合わせできなくなるぜ〜!」
「うっせ!わぁーってるよ!」
やかましい他クラスの男子生徒2人の声を遮るように、シドは大声を発する。自分自身でも事のヤバさは十分理解してはいるが、いざこうして他人から言われると、どうも頭に来るものだ。
シドの返答に、廊下で騒いでいた男2人は揶揄うように笑いながらそのまま歩いていく。そんな彼らはを横目で見つめながら、シドはもう一度深くため息を着いた。
「いいよな、アイツらは俺より優秀だし」
教科書を開き、ペンを握っても、頭や手元は動かない。口から出るのはため息と愚痴ばかり。
当然だ。シドの成績は今、ほぼ全科目で赤点を取っており、何に関しても平均以上の点は出せていない。
小さい頃は、周辺の子供達よりも純度の高い魔力を引き出せて、運動もできて、学もそれなりに優秀な位置にいた。
だが、それは一片の子供達の間だけの話であり、国一の学園に入学すると自分がどの程度にいるのか思い知らされた。
天才が集うこの学園においては、シドなど底辺から数えた方が早い。今思うと、どうして入学できたのか分からない程だ。
「魔法学校と言えばスカイア学園」と言われる名門校。だが、シドからすれば、古臭い外見をしただけのクソみたいな学校になってしまった。
それからというもの、どうもやる気が起きず、元から高くなかった成績は、更に下がるばかり。
思い上がっていた頃の自分を引き止めに行きたくなる。
小さな魔法を出せた程度で自慢してい自分を殴りたくなる。
言い訳ばかりして勉強を疎かにしていた自分を蔑みたくなる。
ここに来てから、後悔ばかりだ。
……この学園だって、蓋を開けてみれば詐欺みたいな見た目してるし。
「くそ、また言い訳だ。やめるんだオレ。とりあえず、目の前の文字を読もう!最初の行動が大事だ。うん」
首を軽く振って自分を制御し、頬をつけていたページとにらめっこする。
まず、初めに目に入った単語から頭に叩き入れてみよう。始めるまでが遅いだけで、始めて見たら案外スラスラ勉強できるかもしれない。
「えーっと……"血の契約"……血と魔力を使用した契約方法で、帝国法律第57条において一定数しか、許可されていない危険度の高い、契約……体内魔素を血液中に付与または血液して変換することで……流れ出た世界的依存度に……?影響、与え……存在、スケールの…………」
習ったような、習っていないような難しい単語が長々と並べられ、シドの頭はグルグル回る。習った時の記憶を掘り起こそうとも、先程のように机に突っ伏して寝ていた記憶しか発掘されない。
「……わからん。ていうか、"この契約方法は危険だからダメですよ〜"で良くね?なんで一々、理由とか仕組みとか覚えなきゃいけねぇーんだよ……」
思わず、シドは教科書を閉じた。1度始めれば続く訳ではない。
それにしても自分は続かなすぎる。そんなことわかってる。だが、体は思うように動いてくれないのだ。
…………。
また言い訳だ。愚痴だ。こんなんじゃダメだ。
シドは低くなっていた自分の腰をピシッと伸ばし、顔を上げ、顎を引いて、机としっかり向き合う。
「ダメだダメだ。こんな考えするからいけない。これは一旦置いといて、他の勉強をしよう」
世界魔学の教科書を一旦隅に起き、シドは適当にカバンの中身を漁ると、魔術数学の教科書が取り出される。少し苦い顔をしながら、手元にノートを広げた。試験範囲であるページを捲り、教科書の中央を手で押さえ、勝手に閉じないよう固定する。
早速、ペンを持ち直して、目の前に広がった数式とご対面だ。
「よし!やってやる!やるぞ!こういうのは気持ちが大事なんだ!俺ならできる!」
正直、魔術数学の分野が1番苦手なのだが、何もしないよりはマシだ。
頬を両手で軽く叩き、自分に言い聞かせるように やる気を入れる。そうして、まず練習問題の第一問目から……
と、数式を探していると、視界の端、机の横にある伸びた影から、こちらを覗くような視線に気がついた。
夕暮れという時間も相まって、机の影は通常時よりも強調されたように黒く、シド以外誰もいないはずの、静かな教室内においての視線は、不気味としか言いようがない。
「ウォアアッ!!」
思わず、シドは大声を上げながら席から立ち上がる。まるで未知の生物と出くわしてしまったかのように、顔を真っ青に染めて、知らぬ間に両手を上げて降参ポーズを取った。
なに!?オバケ!?幽霊!?
すると、図太い笑い声がその影から聞こえてきた。
「ハッハッハ!驚かしてすまんシド。集中してるみたいだったから、静かに近づこうと思ってな」
「…………ヴァール先生!?」
大口を開けながら、大きな声で笑い声を上げるその男は、飛行科の教師、ヴァール。四肢全てが鍛えられ、筋肉質で太く、身長も2m近くありそうな、全てがデカイ教師だ。
その昔、その屈強な体と俊敏な飛行術で空を舞い、墜落寸前の飛行機を持ち上げ、着陸まで助けたとかなんとか。
その噂が本当かは知らないが、授業を受ける中でも彼の技術の高さや力の強さは充分伝わるし、なによりフレンドリーな彼の性格で、様々な生徒から親しまれている男である。
シドはヴァールの笑う顔を見ると、強ばっていた全身の力を落とし、情けなくヘニョりと床に座り込んだ。
とりあえず、1番恐れていたオバケではなくて安堵する。
「お、驚かさないでくださいよぉ〜……幽霊かと思いましたよ……」
シドが安心した表情で息を整えていると、ヴァールは机の上にあったシドの教科書やノートを指先でつまみ、中身を見ると感心したように口角を上げた。
「こんな時間まで明日のテスト勉強か。偉いな」
「いや、全然進んでないっすよ。全く頭に入ってこなくて」
「ハハハ!お前は頭で考えるより、直感で行動するタイプだからな!!それで、悪いんだがシド……」
それまで、晴れやかな顔を絶やさなかったヴァールの顔が、曇りがかったような表情に変わる。そして、目を閉じ、両手を合わせ、シドに向かってお願いするようなポーズを取った。
典型的な おねだりポーズ。
シドは嫌な予感を察知する。
「この教材、上の階の実験倉庫まで運んどいてくれないか!俺は明日のテストの問題確認しなきゃならんくてな!頼む……!!」
「えぇ〜……」
予感は的中したようだ。
よく見ると、ヴァールの足元に箱の中に詰まれた教科書の山がある。1クラス分程の数だろうか。見るだけで重さを感じてくる。
ヴァールも教師としての役目があり、その為に動いていることはわかるが、こちらとて勉強中だ。
あまり進んではいなかったけど。
「なんでですか。明日はテストの日ですよね?授業しないじゃないですか」
「これは後期の教材なんだよ。ずっと職員室に置いてたら怒られるからさ……でも今直ぐに問題確認しないと、明日までに終わらなそうなんだよ……」
「全く…………」
「すまん!」
シドは、ヴァールに対して「計画的に行動しろよ」と思ったが、それは自分自身にも言えることだ。今まで言い訳を繰り返して面倒なことから避けてきた。そして、最後の最後になって焦り始める。
俺も人の事言えないだろ……。
シドはヴァールの不安そうな顔を見て、仄かに笑みを浮かべると、ヴァールの足元にある教材の入った箱を持ち上げた。
シドの行動を見て、ヴァールは分かりやすく嬉しそうな顔に切り替わる。
「シドも忙しいのに、本当にすまんな!じゃ、頼む!俺は直ぐに職員室戻って仕事してくるな!」
「はいはい。わかりましたよ」
軽めに返事をすると、ヴァールは足早に教室から出ようと扉を開ける。
だが、「あっ」と何かを思い出したような声を出すと、首だけくるりと回してもう一度シドと目を合わせた。
「シド、お前今日は何時までここにいるんだ?」
唐突な質問に、シドは疑問を浮かべながらも口を開く。
「学校が閉まる時間までは、残って勉強しようとしてましたけど……」
「そうか。じゃあ一応、帰る時は気をつけろよ。ほら、殺人鬼が暴れた事件があったろ。ここの近くだったし、まだ捕まってないらしいからな」
「あー……。今朝テレビで見ました。なんでしたっけ、美術館の従業員皆殺しにて、宝石奪ったっていう女殺人鬼……か、か、カルディーなんとか?」
先程までの笑顔に満ちた顔から一変して、ヴァールは真剣な目でシドを見つめる。
数日前に起こった悍ましい事件の事だ。
1人の女が突如、閉店後の夜の美術館に現れ、残っていた従業員を全員殺した。そして、保管されていたとある宝石を1つ奪い去ったという。
犯人の女は未だ捕らえられておらず、警察が全力を尽くして捜索している。と、今一番大きなニュースである。
「"カルディラ"な!ま、犯罪者の名前なんてテストに出ないから覚えなくていい。なにより、この学校は結界もあって、工事もして頑丈だし、生徒たちに登下校は空車を使うよう呼び掛けてるからな。変な時間に出歩かない限り大丈夫だろうが、気をつけろよ!」
国中の民が どよめくような事件が学校の近くで発生したとなれば、教師としても生徒の安全が心配になるのも当然だ。
ヴァールはシドに言い聞かせるように、やや強い口調でそう言うと、またいつもの笑顔に戻り、その場を去っていった。
宝石ねぇ……。それ1つ奪って富を奪ったとて、警察から追われ続ける人生を歩むとは、馬鹿なものだ。
金があっても自由がない生活など、生きている実感はあるのだろうか。
「殺人鬼さんも馬鹿だなぁ……」
そう独り言を零し、シドは託された教材を持ち直すと、足で扉を雑に開け、廊下から階段へと進んでいく。
窓から外を見ると、陽の光が見えた。
だが、オレンジ色に輝きを放っている陽の光はビル群に遮られてあまりこちらに届かない。
カラスが1羽、鳴き声を上げながら空を飛び、建物の影へと消えていく。
「俺は、ずっと陽の光の下で暮らしてたいね」
ハッ、と勝手に1人あの殺人鬼に対して嘲笑う。
どんなに生活が辛くて、罪に手を染めてしまうほど哀れな状態だったのなら、ちょっとは同情の余地があるのかもしれないが……
それにしても、従業員全員皆殺しはやりすぎじゃね?
そんなことを考え続けていると、いつの間にかヴァールに言われた実験倉庫に辿り着いていた。
シドは両手に持っていた教材の箱を、とりあえず足元に置き、倉庫の扉を開けようと古びたドアノブを捻る。
……だが、ガチャガチャと音が鳴るだけで扉は引いても押してもビクともしなかった。
「……あれ?開かねぇ……鍵かかってる?」
眉をひそめながら、シドは困惑の声を出した。
ヴァールから鍵を貰っておくんだった。そう軽く後悔して、シドは頭を抱える。
入れなくては、教材を置けない。廊下に置いておいても邪魔になってしまうし、困ったものだ。
しかし、シドは隣にある部屋の扉に目を向ける。隣の部屋は、実験室。よく薬草の調合だとか、小さな魔法実験をする部屋。
「……確か、実験倉庫と実験室は繋がってたよな」
実験に使う小道具だとか、ヴァールの言っていた教材などは直ぐに取りやすいよう倉庫と直通の扉が設置されているはずだ。
シド自身もこの実験室で授業を受けた時、小道具を取りに倉庫へと向かった記憶がある。それが確かで、実験室の鍵がかかっていなければ、入れるはず。
「はぁ。これで実験室も開いてなかったら、ヴァール先生に文句言おう」
それだけ決めて、シドはまた重たい教材の入った箱を抱え込み、すぐ隣にある実験室の扉へ向かう。また同じように実験室のドアノブを捻ると、今回はすんなりと扉は開かれた。
「開いた。こっちから入れってことだったのか?」
呟きながら、シドは実験室へと入る。両手で箱を持たなければならないので、部屋の明かりを付ける余裕はなかった。
陽の光を入れられる窓は現在廊下側だし、カーテンも閉められ、室内はオバケが出そうな雰囲気を醸し出しているほど暗い。
先程のヴァールに驚かされた1件から、無意識に警戒しているのか。暗闇を前にしたシドは、ゴクリと喉を鳴らす。
けれども、とっとと教材を置いてしまえば済むことだ。
それに、何事もなく終わればオバケがいないという証明を自分に言い聞かせることができる。
ビビることはない。
暗い部屋の中を、後ろの廊下から漏れ出る光を頼りに進んで行く。数ある長い机の間を通りながら、隣接しているはずの実験倉庫を目指した。
——その時、シドは部屋の奥で光るナニカを見たような気がして、足を止める。
……光る?
部屋は暗い。明かりは今入ってきた扉の奥から出ている光のみ。部屋の奥まで光は届いていない。そこまで光を反射できるようなものは少ない。であれば、自ら発光する物……?
シドはその光が妙に気にかかり、教材を机の上に置いてその"光るナニカ"を探し始めた。
少ししゃがむと、そのナニカは案外すぐ見つけられるもので。
実験室の奥、机の陰に何かが落ちていた。
シドは転がっている縦長八面体の物体を拾い上げる。それは水晶のように白の半透明で、少し傾けるだけで微かな光を輝きに変え、反射させている。
これは……
「宝石……?なんでこんなとこに……」
暗くて詳細はあまり見えないが、少しの光だけでキラキラと美しい輝きを見せるその様は、素人が見ても本物の宝石だと判断してしまうだろう。
その宝石をクルクル回しながら眺め、シドは観察する。
最初こそ「綺麗だな」という感想しか出てこなかったが、ふと脳裏にあの事件が過ぎる。今朝のニュースでも、ヴァールも言っていたあの——
殺人鬼が従業員を殺してまで宝石を奪った事件。
「そういえば、盗まれた宝石ってどんな……」
——言いかけた時、ふわりと夜の風が肌を伝う。
その心地の良い風は、シドの思考を一瞬で奪い去り、ただ彼を風の発生源へと導くだけだった。
視線を感じた訳でもない。
違和感に気づいた訳でもない。
何かが聞こえた訳でもない。
ただ、振り向かなければ と、体が自然に動いたのだ。
夕暮れは終わり、星が並ぶ美しい夜の中。
手元の宝石のような白い光を放つ月の下。
灰白色の髪がやわらかに靡く。
「——それを、渡してくれないか?」
シドの眼前に差し出されたのは、雪のような白い手を広げ、紫苑色の瞳を向ける美しい少女だった。
シド。16歳、身長165。
スカイア学園に通う、金髪青眼のフツーの生徒。得意な魔法の属性は光。勉強は最近になって超苦手になった。




