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白銀の旅路  作者: 人形遣い
第七章『受け継がれた約束』

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第8話 生きたいという願い


グレイは砕けた青白い石を手のひらに載せ、しばらく動けずにいた。


指先に触れる石は冷たく、かつて宿していた淡い光も失われている。細い鎖の先に残された欠片を見つめると、ミナが初めて贈り物を受け取ったときの顔が浮かんだ。


あの少女が大切にしていたものが、今は孫たちの胸元にある。


グレイは石をそっと戻し、リインの乱れた衣服を外套で覆い直した。


隣ではミリアが姉の手を握ったまま横たわっている。治癒魔法で塞がった傷と、間に合わなかった傷が二人の身体に残っていた。


どちらにも、もう呼吸はない。


焼けた木材の匂いが漂う路地では、遠くの爆発音に壁が震え、頭上から細かな砂埃が落ちてくる。


グレイは重なった手を見つめた。


最後まで妹を気にかけたリインと、姉の手を求め続けたミリア。その手を離させたくなかった。


けれど、自分がそう望むだけでは、二人を連れ戻す理由にはならない。


グレイは膝をついたまま、ゆっくりと息を吐いた。


魔導白磁。


かつて、失った家族を繋ぎ留めるために用いたもの。


魂を宿す器として作り上げたあの身体なら、二人にも再び生きるための場所を与えられるかもしれない。


ただし、それは失われた肉体を元へ戻すこととは違う。人間として生まれた二人が、これまでと同じ身体で目覚めるわけではなかった。


『……どんな形でもいいから、もっと生きたかった』


ミリアの最後の言葉が耳に残っている。


あの願いを聞いたとき、確かに何かをしてやりたいと思った。


しかし、死を前にした少女の願いが、別の身体で生きることまで望んでいたとは限らない。まして、リインはその選択について何も語っていなかった。


本人たちが望まない形で生き返らせたところで、それは誰のための救いになるのだろう。


「……勝手に決めるわけにはいかないな。俺がどれだけ生きていてほしいと思っても、それはお前たち自身の人生だから」


グレイはリインの手に触れ、魂の気配を確かめた。


肉体の働きは止まっているが、二人の魂はまだ完全には消えず、この場所に留まっている。


今なら、間に合うかもしれない。


ただし、魂へ意識を向けている間は周囲への注意が疎かになる。敵兵が近くを徘徊するこの場所で、二人を守りながら術を使うのは避けたかった。


グレイは空間を通じて従者たちへ呼びかけた。


「ライアン、ライカ、セバス、ロイ。捜索はもういい。全員、俺のところへ戻ってきてくれ。頼みたいことがある」


最初に応じたのはライカだった。


『お姫ちゃん、何か分かったんですか? こちらではまだ二人の情報を得られていませんが……』


「見つけた。詳しいことは、来てから話す」


短い沈黙のあと、返事が届いた。


『……分かりました。すぐに向かいます』


続いてライアン、セバス、ロイからも応答があった。


グレイは崩れた壁から落ちてきた木片を脇へ寄せ、二人の身体を覆う外套と上着を整えた。


ほどなくして、路地の入口から足音が聞こえてくる。


「姫さん!」


最初に現れたライアンは駆け寄ろうとして、地面に横たわる姉妹を見た途端、足を止めた。


続いて入ってきたライカも、血の跡が残る石畳と、二人の重なった手へ目を向ける。


何も尋ねずに膝をつき、ミリアの肩からずれかけた上着を整えると、顔にかかった髪をそっと払った。


「……お姫ちゃん。このお二人が、探していた姉妹なんですね」


「ああ。姉がリイン、妹がミリアだ。ようやく見つけたんだが、俺が来たときには、もうひどく傷ついていた」


ライカは二人の顔を見つめ、小さく頷いた。


「分かりました。今は、私たちにできることを教えてください」


詳しい事情を尋ねず、必要なことだけを聞いてくれる。


今はそれがありがたかった。


間もなくセバスとロイも到着した。


セバスは倒れた兵士たちと姉妹の姿を見て表情を引き締め、ロイは周囲の建物へ視線を走らせた。


「主、ここで何かするつもりなんだな。敵兵の気配がまだ近いが、場所を移すか?」


「いや、二人の魂がまだここにある。下手に動かすより、このまま始めたい。悪いが、しばらく周囲を守ってくれないか」


ロイは一度だけ姉妹を見た。


「……分かった。近づく奴がいれば、こっちで対処する」


セバスもグレイの前へ進み出る。


「姫様、魔導白磁をお使いになるのですね。でしたら、周囲の警戒は私どもにお任せください。どうか、お二人のことに集中なさってください」


「助かる。ただ、まだ術を使うと決めたわけじゃない。先に、二人へ確かめたいことがあるんだ」


セバスが静かに頷くと、ライアンが路地の入口へ目を向けた。


「じゃあ俺は外を見てくるよ。姫さんが何をするにしても、邪魔が入ったら困るだろ」


「にーちゃん、あまり離れすぎないでください。いつ戦闘が広がるか分かりませんから」


「分かってるって。入口が見えるところにいるから、何かあったらすぐ呼んでくれ」


ライカは兄を見送り、グレイのそばへ戻った。セバスとロイも周囲を警戒できる位置につく。


四人に守りを任せ、グレイは再びリインの前へ膝をついた。


先ほどまで、二人を救えなかったことばかり考えていた。


けれど、まだ確かめられることがある。


グレイはリインの手を取り、そっと目を閉じた。


◇


魂へ触れる感覚は、肉体に触れるものとは違っていた。


温度も重さもないが、そこに確かに存在するものへ、自分の意識を近づけていく。


グレイは魔力を静かに広げ、リインの身体に残る魂の気配を探った。


死によって肉体との繋がりを失い、今にも遠ざかりそうなほど弱々しい反応だった。それでも、まだ消えてはいない。


無理に引き寄せれば傷つけるかもしれないため、グレイは慎重に意識を重ね、まずは自分の存在を伝えた。


『リイン。俺の声が聞こえるか』


返事はない。


『俺はグレイだ。お前の妹を助けようとしていた者だよ。今から少しだけ、話を聞いてくれないか』


しばらくして、かすかな反応が返ってきた。


言葉ではなかったが、確かにこちらへ向けられた意識だった。


『お前に、一つだけ確かめたいことがある。もし、もう一度生きられるとしたら、お前はどうしたい?』


魂の気配が揺れ、その奥から強い感情が伝わってくる。


恐怖と痛み、そして、どうしようもないほどの悔しさ。


妹を守らなければならなかった。


自分がもっと強ければ、あんな場所へ連れていかなければ、違う道を選んでいれば。


繰り返される後悔の中には、泣きながら姉を呼ぶミリアの姿があった。


その声に応えようとしても身体が動かず、最後まで守り切れなかった。


グレイは流れ込んでくる思いを受け止めた。


『……そうか。お前は、最後まで妹のことを考えていたんだな』


リインの魂がかすかに震える。


『ミリアも、ここにいる。お前のそばで、最後まで手を握っていたよ』


その言葉に反応が大きく揺れたため、グレイは落ち着くのを待ってから続けた。


『俺には、お前たちへ新しい身体を与える方法がある。ただし、それは人間の身体ではない。魔導白磁で作られた、人形の身体になる』


魂の気配が静まった。


『今までと同じように生きられると、簡単には言えない。身体も、これからの暮らしも変わる。それでも、お前が望むなら、もう一度生きるための場所を作ってやれる』


グレイは返事を急かさなかった。


生きるかどうかを決めるのは、自分ではない。


やがて、リインの魂から小さな意思が返ってきた。


まだ、生きたい。


最初はひどく弱かったその思いが、少しずつ輪郭を持ち始める。


妹に会いたい。


もう一度、名前を呼んで手を握りたい。


そして今度こそ、守れる自分でありたい。


グレイは目を閉じたまま頷いた。


『分かった。お前がそう望むなら、俺はそのために力を使おう。ただし、妹の人生まで背負い込む必要はない。お前自身も、もう一度生きていいんだ』


リインの魂から、かすかな温かさが伝わってきた。


その反応を確かめて意識を離すと、グレイは少女の手をそっと戻した。


次は、ミリアの意思を確かめる番だった。


◇


ミリアの魂は、姉よりもさらに弱い反応を示していた。


グレイは慎重に魔力を重ね、呼びかける。


『ミリア。俺の声が聞こえるか。少しだけ、話をさせてくれ』


しばらくして、かすかな気配が動いた。


『お前は最後に、もっと生きたかったと言っていたな。その願いについて、もう一度確かめたいんだ』


魂の奥から小さな揺れが返ってくる。


そこには、姉の手が冷たくなっていく感覚や、何度呼んでも返事がなかった恐怖が残っていた。


やがて、自分自身も身体を動かせなくなっていったこと。


グレイは無理に踏み込まず、ミリアがこちらを認識するのを待った。


『リインも、ここにいる。お前と同じように、まだ魂が残っているんだ』


その瞬間、反応が強くなった。


姉を求める思いが、まっすぐに伝わってくる。


『ああ。リインだ。さっき、あいつとも話した。もう一度生きたいと言ってくれたよ』


ミリアの魂が震えた。


驚きと戸惑いの奥に、小さな希望が生まれている。


『ただし、元の身体へ戻ることはできない。俺が用意できるのは、魔導白磁で作った新しい身体だ。今までとは違う形で生きることになるが、それでも構わないか?』


反応がわずかに揺れた。


グレイは答えを急がなかった。


最後にどんな形でもいいと言ったからといって、何も説明せずに決めていいわけではない。


『怖いと思うなら、それでもいい。分からないことがあっても構わない。俺は、お前たちが望まないことをするつもりはないから』


静かな時間が流れた。


やがて、ミリアの魂から思いが返ってくる。


もう一度、姉に会いたい。


その手を握り、一緒に朝を迎えたい。


何でもないことで笑い、同じ食卓を囲みたい。


そして、今度こそ自分の足で歩きたい。


グレイはその願いを受け止めた。


姉と同じように、ミリアもまだ生きることを望んでいる。


『……分かった。お前たちが二人ともそう望むなら、俺は必ずその願いに応えよう』


ミリアの魂がかすかに応えた。


『これから新しい身体を作る。お前自身が、そこへ戻りたいと思うなら、俺の魔力を受け入れてくれ』


今度は迷いのない反応が返ってきた。


グレイは静かに頷き、意識を戻した。


◇


目を開けると、ライカがすぐそばにいた。


長く目を閉じていたグレイを気遣いながら、声をかける。


「お姫ちゃん、お加減はいかがですか? かなり集中されていたようですが、何か分かったのでしょうか」


「ああ。二人とも、まだ生きたいと願っている。新しい身体になることも伝えたうえで、本人たちの意思を確かめられたよ」


ライカの表情がわずかに和らいだ。


「……そうでしたか。それなら、私たちも最後までお手伝いします。必要なことは何でもお申しつけください」


グレイは頷き、周囲へ目を向けた。


ライアンは路地の入口で警戒を続け、セバスは建物の陰から周囲の魔力を探っている。ロイも崩れかけた壁の近くで外の通りを見張っていた。


遠くでは戦闘が続いていたが、この一帯へ敵兵が近づく気配はない。


グレイは姉妹へ視線を戻した。


これから行うのは、単なる治癒ではなかった。


肉体を失った魂を繋ぎ留め、魔導白磁で作った新しい器へ定着させる。その間は、周囲への注意をほとんど向けられない。


グレイは立ち上がり、四人へ声をかけた。


「これから術を使う。終わるまで、俺は周囲のことをほとんど見られなくなる。もし敵が近づいてきても、二人のそばへは絶対に通さないでくれ」


セバスが胸へ手を当てた。


「承知いたしました。姫様はどうか術に専念なさってください。こちらの守りは、私どもにお任せを」


ライアンも振り返る。


「分かってるよ、姫さん。こっちは四人もいるんだし、そう簡単に抜かせたりしないさ」


ロイは肩をすくめた。


「主がそこまで言うなら、よほど大事な仕事なんだろ。俺たちのことは気にするな」


ライカは姉妹の身体を見つめた。


「二人とも、きっと怖かったでしょうね。せめて目が覚めたときには、安心できるようにしてあげたいです」


「……そうだな。目を覚ましたら、まずは二人が一緒にいることを確かめさせてやりたい」


ライカは静かに頭を下げ、少し離れた位置へ移動した。


グレイは姉妹の間へ膝をつき、重なっていた手をそっと離した。


二人の胸元には、砕けた青白い石が下がっている。


「……お前たちが望んだことだ。俺も、今度こそできる限りのことをしよう」


両手を伸ばし、それぞれの胸元へ魔力を流す。


足元に淡い光が広がり、石畳へ複雑な魔法陣が浮かび上がった。


グレイは意識を集中させ、まず二人の魂を魔力で静かに包み込む。


どちらも弱々しい反応だったが、先ほど確かめた生きたいという意思は、まだ残っていた。


その気配を頼りに術を進めると、白い光を帯びた魔導白磁が生み出され、傷ついた肉体を覆うように広がっていった。


陶器にも似た滑らかな素材が、二人の身体に沿ってゆっくりと形を変えていく。


それは、ただの人形ではない。


魂を宿し、意識を持ち、自らの意思で動くための身体だった。


器を作るだけなら、それほど難しいことではない。


問題は、魂を定着させることだった。


少しでも均衡が崩れれば、魂が身体へ馴染まず、意識を取り戻せない可能性がある。


グレイは魔力の流れを調整しながら、慎重に術式を組み上げた。


リインの身体を包む魔導白磁が形を整え、続いてミリアにも同じ変化が広がっていく。


二人の姿には、元の面影を残した。


知らない身体に閉じ込められたと感じないように。目を覚ましたとき、互いの顔を見て安心できるように。


グレイは細かな部分まで丁寧に形を整えた。


やがて光が落ち着き、二人の器がほぼ完成する。


残るのは、魂の定着だけだった。


グレイはさらに意識を深めた。


◇


路地の外では、ライアンが短剣を抜いていた。


少し前から敵兵の気配が近づいている。


数は多くなかったが、グレイが術を使っている以上、万一にも近づけるわけにはいかなかった。


「ライカ、こっちに何人か来てる。どうする?」


ライカはグレイの方角へ目を向けた。


魔法陣の光はまだ消えていない。


「こちらへ入らせないでください。私も援護しますから、できるだけ短時間で済ませましょう」


「了解。じゃあ、ちょっと行ってくる」


ライアンが路地の入口へ向かおうとすると、セバスが静かに前へ出た。


「待て、ライアン。相手の数を確かめてから動け。不用意に追えば、姫様のそばを離れることになる」


「分かってるよ。俺だって、今は無茶するつもりないって」


ロイが二人の横へ並んだ。


「だったら俺が先に様子を見る。お前らはここを守ってろ」


ロイが通りへ目を向け、兵士たちの位置を確かめた直後、怒鳴り声が響いた。


「おい! そこの路地に誰かいるぞ!」


敵兵たちがこちらへ向かってくる。


ライアンは短剣を構えた。


「見つかったみたいだな。姫さんの邪魔だけはさせないようにしようぜ」


セバスもトンファーを手に取る。


「当然だ。お前は右側を見ていろ。左から来る者はこちらで止める」


ライカは鉄扇を開き、足元へ冷気を広げた。


敵兵が路地へ踏み込んだ瞬間、石畳の表面が薄く凍りつく。


「うわっ!」


先頭の兵士が足を滑らせ、後続とぶつかって倒れた。


その隙にライアンが踏み込み、短剣で相手の武器を弾き飛ばす。セバスも別の兵士の腕を捉え、トンファーで武器を落とさせた。


ロイは逃げ道を塞ぐように立ち、さらに近づこうとする者たちを押し返す。


思わぬ抵抗に遭った敵兵たちは、すぐに後退を始めた。


「何だこいつら……! こんなところに、こんな奴らがいるなんて聞いてねえぞ!」


「引け! 無理に突っ込むな!」


兵士たちは仲間を引きずりながら、通りの向こうへ逃げていった。


ライアンは追わず、短剣を鞘へ戻す。


「よし。これでしばらくは大丈夫かな」


ライカは石畳の氷を消し、周囲を見渡した。


「まだ安心はできませんよ、にーちゃん。別の部隊が来る可能性もありますから、引き続き警戒してください」


「はいはい、分かってるって」


セバスが静かに頷いた。


「姫様の術が終わるまで、ここを守る。それだけで十分だ」


ロイは路地の奥へ目を向けた。


魔法陣の光が、少しずつ変化していた。


◇


グレイの意識は、二つの魂へ向けられていた。


外で何かが起きていることは感じ取っていたが、振り返らなかった。


四人に任せた以上、今は自分の役目を果たす。


リインの魂が、新しい身体へ近づいている。


グレイは魔力の流れを整え、器との繋がりを少しずつ強めた。


拒む様子はなく、むしろ自ら戻ろうとするような反応がある。


『……リイン。もう少しだ。お前が戻りたいと思うなら、そのまま俺の魔力に合わせてくれ』


魂の気配が応え、やがて魔導白磁の身体へ静かに馴染んでいった。


続いてミリアにも魔力を流す。


姉と一緒に生きたい。


その思いが、グレイの意識へ伝わってきた。


『ああ。リインも戻ってきている。お前も、もう一度あいつの手を握ってやってくれ』


ミリアの魂がかすかに震える。


グレイは二つの魂がそれぞれの器へ定着するまで、魔力の流れを保ち続けた。


時間の感覚が曖昧になり、どれほど経ったのかも分からない。


額から汗が流れ、指先がわずかに震え始める。


それでも均衡を崩すわけにはいかなかった。


グレイは呼吸を整え、最後の術式を組み上げる。


足元の魔法陣がゆっくりと光を強め、二人の身体を包む白い光が一度だけ大きく広がった。


そして、静かに収束していく。


グレイはすぐには動かず、魂の気配を確かめた。


リインとミリア。


先ほどまで消えかけていた二つの反応が、今は新しい身体の中で安定している。


術式は完成した。


しかし、二人はまだ目を覚まさず、魔導白磁の身体は静かに横たわっていた。


グレイは膝をついたまま、リインの手へ触れた。


冷たさは残っている。


けれど、そこには確かに魂の気配があった。


「……戻ってきたんだな」


小さく呟くと、背後から足音が聞こえた。


ライカだった。


魔法陣の光が消えたことを確かめ、ゆっくりと近づいてくる。


「お姫ちゃん……終わったんですか?」


「ああ。二人の魂は、新しい身体へ定着した。まだ目を覚ましてはいないが、少なくとも、もう消えてしまうことはないはずだ」


ライカは胸元へ手を当て、静かに息を吐いた。


「……よかったです。本当に、よかった」


続いてライアン、セバス、ロイも戻ってきた。


ライアンは姉妹の姿を見て、少しだけ表情を緩めた。


「姫さん、すごいな。あれだけ大変そうだったのに、ちゃんと二人とも戻ってきたんだ」


「まだ安心するのは早い。身体へ馴染むまで、少し時間が必要かもしれないからな」


グレイはそう答えながらも、リインの手を離さなかった。


セバスが静かに頭を下げる。


「姫様、お疲れさまでございました。ここから先は、私どもにお任せください。お二人を安全な場所へお運びいたしましょう」


「……ああ。頼む。ただ、もう少しだけここにいさせてくれ」


セバスは頷き、それ以上は何も言わなかった。


ロイも周囲の警戒へ戻る。


ライカはグレイの隣へ膝をつき、ミリアの上着を整えた。


グレイは二人の顔を見つめる。


まだ眠っているようにしか見えないが、その身体には再び魂が宿っている。


リインとミリアが自分の意思で選んだ、もう一度生きるための身体だった。


グレイはリインの手をそっと包み込んだ。


「……お前たちが目を覚ましたら、まずは互いの顔を見せてやろう。話はそれからでいい」


返事はなかった。


それでも、グレイは手を離さなかった。


やがて、リインの指先がわずかに動いた。

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