第8話 生きたいという願い
グレイは砕けた青白い石を手のひらに載せ、しばらく動けずにいた。
指先に触れる石は冷たく、かつて宿していた淡い光も失われている。細い鎖の先に残された欠片を見つめると、ミナが初めて贈り物を受け取ったときの顔が浮かんだ。
あの少女が大切にしていたものが、今は孫たちの胸元にある。
グレイは石をそっと戻し、リインの乱れた衣服を外套で覆い直した。
隣ではミリアが姉の手を握ったまま横たわっている。治癒魔法で塞がった傷と、間に合わなかった傷が二人の身体に残っていた。
どちらにも、もう呼吸はない。
焼けた木材の匂いが漂う路地では、遠くの爆発音に壁が震え、頭上から細かな砂埃が落ちてくる。
グレイは重なった手を見つめた。
最後まで妹を気にかけたリインと、姉の手を求め続けたミリア。その手を離させたくなかった。
けれど、自分がそう望むだけでは、二人を連れ戻す理由にはならない。
グレイは膝をついたまま、ゆっくりと息を吐いた。
魔導白磁。
かつて、失った家族を繋ぎ留めるために用いたもの。
魂を宿す器として作り上げたあの身体なら、二人にも再び生きるための場所を与えられるかもしれない。
ただし、それは失われた肉体を元へ戻すこととは違う。人間として生まれた二人が、これまでと同じ身体で目覚めるわけではなかった。
『……どんな形でもいいから、もっと生きたかった』
ミリアの最後の言葉が耳に残っている。
あの願いを聞いたとき、確かに何かをしてやりたいと思った。
しかし、死を前にした少女の願いが、別の身体で生きることまで望んでいたとは限らない。まして、リインはその選択について何も語っていなかった。
本人たちが望まない形で生き返らせたところで、それは誰のための救いになるのだろう。
「……勝手に決めるわけにはいかないな。俺がどれだけ生きていてほしいと思っても、それはお前たち自身の人生だから」
グレイはリインの手に触れ、魂の気配を確かめた。
肉体の働きは止まっているが、二人の魂はまだ完全には消えず、この場所に留まっている。
今なら、間に合うかもしれない。
ただし、魂へ意識を向けている間は周囲への注意が疎かになる。敵兵が近くを徘徊するこの場所で、二人を守りながら術を使うのは避けたかった。
グレイは空間を通じて従者たちへ呼びかけた。
「ライアン、ライカ、セバス、ロイ。捜索はもういい。全員、俺のところへ戻ってきてくれ。頼みたいことがある」
最初に応じたのはライカだった。
『お姫ちゃん、何か分かったんですか? こちらではまだ二人の情報を得られていませんが……』
「見つけた。詳しいことは、来てから話す」
短い沈黙のあと、返事が届いた。
『……分かりました。すぐに向かいます』
続いてライアン、セバス、ロイからも応答があった。
グレイは崩れた壁から落ちてきた木片を脇へ寄せ、二人の身体を覆う外套と上着を整えた。
ほどなくして、路地の入口から足音が聞こえてくる。
「姫さん!」
最初に現れたライアンは駆け寄ろうとして、地面に横たわる姉妹を見た途端、足を止めた。
続いて入ってきたライカも、血の跡が残る石畳と、二人の重なった手へ目を向ける。
何も尋ねずに膝をつき、ミリアの肩からずれかけた上着を整えると、顔にかかった髪をそっと払った。
「……お姫ちゃん。このお二人が、探していた姉妹なんですね」
「ああ。姉がリイン、妹がミリアだ。ようやく見つけたんだが、俺が来たときには、もうひどく傷ついていた」
ライカは二人の顔を見つめ、小さく頷いた。
「分かりました。今は、私たちにできることを教えてください」
詳しい事情を尋ねず、必要なことだけを聞いてくれる。
今はそれがありがたかった。
間もなくセバスとロイも到着した。
セバスは倒れた兵士たちと姉妹の姿を見て表情を引き締め、ロイは周囲の建物へ視線を走らせた。
「主、ここで何かするつもりなんだな。敵兵の気配がまだ近いが、場所を移すか?」
「いや、二人の魂がまだここにある。下手に動かすより、このまま始めたい。悪いが、しばらく周囲を守ってくれないか」
ロイは一度だけ姉妹を見た。
「……分かった。近づく奴がいれば、こっちで対処する」
セバスもグレイの前へ進み出る。
「姫様、魔導白磁をお使いになるのですね。でしたら、周囲の警戒は私どもにお任せください。どうか、お二人のことに集中なさってください」
「助かる。ただ、まだ術を使うと決めたわけじゃない。先に、二人へ確かめたいことがあるんだ」
セバスが静かに頷くと、ライアンが路地の入口へ目を向けた。
「じゃあ俺は外を見てくるよ。姫さんが何をするにしても、邪魔が入ったら困るだろ」
「にーちゃん、あまり離れすぎないでください。いつ戦闘が広がるか分かりませんから」
「分かってるって。入口が見えるところにいるから、何かあったらすぐ呼んでくれ」
ライカは兄を見送り、グレイのそばへ戻った。セバスとロイも周囲を警戒できる位置につく。
四人に守りを任せ、グレイは再びリインの前へ膝をついた。
先ほどまで、二人を救えなかったことばかり考えていた。
けれど、まだ確かめられることがある。
グレイはリインの手を取り、そっと目を閉じた。
◇
魂へ触れる感覚は、肉体に触れるものとは違っていた。
温度も重さもないが、そこに確かに存在するものへ、自分の意識を近づけていく。
グレイは魔力を静かに広げ、リインの身体に残る魂の気配を探った。
死によって肉体との繋がりを失い、今にも遠ざかりそうなほど弱々しい反応だった。それでも、まだ消えてはいない。
無理に引き寄せれば傷つけるかもしれないため、グレイは慎重に意識を重ね、まずは自分の存在を伝えた。
『リイン。俺の声が聞こえるか』
返事はない。
『俺はグレイだ。お前の妹を助けようとしていた者だよ。今から少しだけ、話を聞いてくれないか』
しばらくして、かすかな反応が返ってきた。
言葉ではなかったが、確かにこちらへ向けられた意識だった。
『お前に、一つだけ確かめたいことがある。もし、もう一度生きられるとしたら、お前はどうしたい?』
魂の気配が揺れ、その奥から強い感情が伝わってくる。
恐怖と痛み、そして、どうしようもないほどの悔しさ。
妹を守らなければならなかった。
自分がもっと強ければ、あんな場所へ連れていかなければ、違う道を選んでいれば。
繰り返される後悔の中には、泣きながら姉を呼ぶミリアの姿があった。
その声に応えようとしても身体が動かず、最後まで守り切れなかった。
グレイは流れ込んでくる思いを受け止めた。
『……そうか。お前は、最後まで妹のことを考えていたんだな』
リインの魂がかすかに震える。
『ミリアも、ここにいる。お前のそばで、最後まで手を握っていたよ』
その言葉に反応が大きく揺れたため、グレイは落ち着くのを待ってから続けた。
『俺には、お前たちへ新しい身体を与える方法がある。ただし、それは人間の身体ではない。魔導白磁で作られた、人形の身体になる』
魂の気配が静まった。
『今までと同じように生きられると、簡単には言えない。身体も、これからの暮らしも変わる。それでも、お前が望むなら、もう一度生きるための場所を作ってやれる』
グレイは返事を急かさなかった。
生きるかどうかを決めるのは、自分ではない。
やがて、リインの魂から小さな意思が返ってきた。
まだ、生きたい。
最初はひどく弱かったその思いが、少しずつ輪郭を持ち始める。
妹に会いたい。
もう一度、名前を呼んで手を握りたい。
そして今度こそ、守れる自分でありたい。
グレイは目を閉じたまま頷いた。
『分かった。お前がそう望むなら、俺はそのために力を使おう。ただし、妹の人生まで背負い込む必要はない。お前自身も、もう一度生きていいんだ』
リインの魂から、かすかな温かさが伝わってきた。
その反応を確かめて意識を離すと、グレイは少女の手をそっと戻した。
次は、ミリアの意思を確かめる番だった。
◇
ミリアの魂は、姉よりもさらに弱い反応を示していた。
グレイは慎重に魔力を重ね、呼びかける。
『ミリア。俺の声が聞こえるか。少しだけ、話をさせてくれ』
しばらくして、かすかな気配が動いた。
『お前は最後に、もっと生きたかったと言っていたな。その願いについて、もう一度確かめたいんだ』
魂の奥から小さな揺れが返ってくる。
そこには、姉の手が冷たくなっていく感覚や、何度呼んでも返事がなかった恐怖が残っていた。
やがて、自分自身も身体を動かせなくなっていったこと。
グレイは無理に踏み込まず、ミリアがこちらを認識するのを待った。
『リインも、ここにいる。お前と同じように、まだ魂が残っているんだ』
その瞬間、反応が強くなった。
姉を求める思いが、まっすぐに伝わってくる。
『ああ。リインだ。さっき、あいつとも話した。もう一度生きたいと言ってくれたよ』
ミリアの魂が震えた。
驚きと戸惑いの奥に、小さな希望が生まれている。
『ただし、元の身体へ戻ることはできない。俺が用意できるのは、魔導白磁で作った新しい身体だ。今までとは違う形で生きることになるが、それでも構わないか?』
反応がわずかに揺れた。
グレイは答えを急がなかった。
最後にどんな形でもいいと言ったからといって、何も説明せずに決めていいわけではない。
『怖いと思うなら、それでもいい。分からないことがあっても構わない。俺は、お前たちが望まないことをするつもりはないから』
静かな時間が流れた。
やがて、ミリアの魂から思いが返ってくる。
もう一度、姉に会いたい。
その手を握り、一緒に朝を迎えたい。
何でもないことで笑い、同じ食卓を囲みたい。
そして、今度こそ自分の足で歩きたい。
グレイはその願いを受け止めた。
姉と同じように、ミリアもまだ生きることを望んでいる。
『……分かった。お前たちが二人ともそう望むなら、俺は必ずその願いに応えよう』
ミリアの魂がかすかに応えた。
『これから新しい身体を作る。お前自身が、そこへ戻りたいと思うなら、俺の魔力を受け入れてくれ』
今度は迷いのない反応が返ってきた。
グレイは静かに頷き、意識を戻した。
◇
目を開けると、ライカがすぐそばにいた。
長く目を閉じていたグレイを気遣いながら、声をかける。
「お姫ちゃん、お加減はいかがですか? かなり集中されていたようですが、何か分かったのでしょうか」
「ああ。二人とも、まだ生きたいと願っている。新しい身体になることも伝えたうえで、本人たちの意思を確かめられたよ」
ライカの表情がわずかに和らいだ。
「……そうでしたか。それなら、私たちも最後までお手伝いします。必要なことは何でもお申しつけください」
グレイは頷き、周囲へ目を向けた。
ライアンは路地の入口で警戒を続け、セバスは建物の陰から周囲の魔力を探っている。ロイも崩れかけた壁の近くで外の通りを見張っていた。
遠くでは戦闘が続いていたが、この一帯へ敵兵が近づく気配はない。
グレイは姉妹へ視線を戻した。
これから行うのは、単なる治癒ではなかった。
肉体を失った魂を繋ぎ留め、魔導白磁で作った新しい器へ定着させる。その間は、周囲への注意をほとんど向けられない。
グレイは立ち上がり、四人へ声をかけた。
「これから術を使う。終わるまで、俺は周囲のことをほとんど見られなくなる。もし敵が近づいてきても、二人のそばへは絶対に通さないでくれ」
セバスが胸へ手を当てた。
「承知いたしました。姫様はどうか術に専念なさってください。こちらの守りは、私どもにお任せを」
ライアンも振り返る。
「分かってるよ、姫さん。こっちは四人もいるんだし、そう簡単に抜かせたりしないさ」
ロイは肩をすくめた。
「主がそこまで言うなら、よほど大事な仕事なんだろ。俺たちのことは気にするな」
ライカは姉妹の身体を見つめた。
「二人とも、きっと怖かったでしょうね。せめて目が覚めたときには、安心できるようにしてあげたいです」
「……そうだな。目を覚ましたら、まずは二人が一緒にいることを確かめさせてやりたい」
ライカは静かに頭を下げ、少し離れた位置へ移動した。
グレイは姉妹の間へ膝をつき、重なっていた手をそっと離した。
二人の胸元には、砕けた青白い石が下がっている。
「……お前たちが望んだことだ。俺も、今度こそできる限りのことをしよう」
両手を伸ばし、それぞれの胸元へ魔力を流す。
足元に淡い光が広がり、石畳へ複雑な魔法陣が浮かび上がった。
グレイは意識を集中させ、まず二人の魂を魔力で静かに包み込む。
どちらも弱々しい反応だったが、先ほど確かめた生きたいという意思は、まだ残っていた。
その気配を頼りに術を進めると、白い光を帯びた魔導白磁が生み出され、傷ついた肉体を覆うように広がっていった。
陶器にも似た滑らかな素材が、二人の身体に沿ってゆっくりと形を変えていく。
それは、ただの人形ではない。
魂を宿し、意識を持ち、自らの意思で動くための身体だった。
器を作るだけなら、それほど難しいことではない。
問題は、魂を定着させることだった。
少しでも均衡が崩れれば、魂が身体へ馴染まず、意識を取り戻せない可能性がある。
グレイは魔力の流れを調整しながら、慎重に術式を組み上げた。
リインの身体を包む魔導白磁が形を整え、続いてミリアにも同じ変化が広がっていく。
二人の姿には、元の面影を残した。
知らない身体に閉じ込められたと感じないように。目を覚ましたとき、互いの顔を見て安心できるように。
グレイは細かな部分まで丁寧に形を整えた。
やがて光が落ち着き、二人の器がほぼ完成する。
残るのは、魂の定着だけだった。
グレイはさらに意識を深めた。
◇
路地の外では、ライアンが短剣を抜いていた。
少し前から敵兵の気配が近づいている。
数は多くなかったが、グレイが術を使っている以上、万一にも近づけるわけにはいかなかった。
「ライカ、こっちに何人か来てる。どうする?」
ライカはグレイの方角へ目を向けた。
魔法陣の光はまだ消えていない。
「こちらへ入らせないでください。私も援護しますから、できるだけ短時間で済ませましょう」
「了解。じゃあ、ちょっと行ってくる」
ライアンが路地の入口へ向かおうとすると、セバスが静かに前へ出た。
「待て、ライアン。相手の数を確かめてから動け。不用意に追えば、姫様のそばを離れることになる」
「分かってるよ。俺だって、今は無茶するつもりないって」
ロイが二人の横へ並んだ。
「だったら俺が先に様子を見る。お前らはここを守ってろ」
ロイが通りへ目を向け、兵士たちの位置を確かめた直後、怒鳴り声が響いた。
「おい! そこの路地に誰かいるぞ!」
敵兵たちがこちらへ向かってくる。
ライアンは短剣を構えた。
「見つかったみたいだな。姫さんの邪魔だけはさせないようにしようぜ」
セバスもトンファーを手に取る。
「当然だ。お前は右側を見ていろ。左から来る者はこちらで止める」
ライカは鉄扇を開き、足元へ冷気を広げた。
敵兵が路地へ踏み込んだ瞬間、石畳の表面が薄く凍りつく。
「うわっ!」
先頭の兵士が足を滑らせ、後続とぶつかって倒れた。
その隙にライアンが踏み込み、短剣で相手の武器を弾き飛ばす。セバスも別の兵士の腕を捉え、トンファーで武器を落とさせた。
ロイは逃げ道を塞ぐように立ち、さらに近づこうとする者たちを押し返す。
思わぬ抵抗に遭った敵兵たちは、すぐに後退を始めた。
「何だこいつら……! こんなところに、こんな奴らがいるなんて聞いてねえぞ!」
「引け! 無理に突っ込むな!」
兵士たちは仲間を引きずりながら、通りの向こうへ逃げていった。
ライアンは追わず、短剣を鞘へ戻す。
「よし。これでしばらくは大丈夫かな」
ライカは石畳の氷を消し、周囲を見渡した。
「まだ安心はできませんよ、にーちゃん。別の部隊が来る可能性もありますから、引き続き警戒してください」
「はいはい、分かってるって」
セバスが静かに頷いた。
「姫様の術が終わるまで、ここを守る。それだけで十分だ」
ロイは路地の奥へ目を向けた。
魔法陣の光が、少しずつ変化していた。
◇
グレイの意識は、二つの魂へ向けられていた。
外で何かが起きていることは感じ取っていたが、振り返らなかった。
四人に任せた以上、今は自分の役目を果たす。
リインの魂が、新しい身体へ近づいている。
グレイは魔力の流れを整え、器との繋がりを少しずつ強めた。
拒む様子はなく、むしろ自ら戻ろうとするような反応がある。
『……リイン。もう少しだ。お前が戻りたいと思うなら、そのまま俺の魔力に合わせてくれ』
魂の気配が応え、やがて魔導白磁の身体へ静かに馴染んでいった。
続いてミリアにも魔力を流す。
姉と一緒に生きたい。
その思いが、グレイの意識へ伝わってきた。
『ああ。リインも戻ってきている。お前も、もう一度あいつの手を握ってやってくれ』
ミリアの魂がかすかに震える。
グレイは二つの魂がそれぞれの器へ定着するまで、魔力の流れを保ち続けた。
時間の感覚が曖昧になり、どれほど経ったのかも分からない。
額から汗が流れ、指先がわずかに震え始める。
それでも均衡を崩すわけにはいかなかった。
グレイは呼吸を整え、最後の術式を組み上げる。
足元の魔法陣がゆっくりと光を強め、二人の身体を包む白い光が一度だけ大きく広がった。
そして、静かに収束していく。
グレイはすぐには動かず、魂の気配を確かめた。
リインとミリア。
先ほどまで消えかけていた二つの反応が、今は新しい身体の中で安定している。
術式は完成した。
しかし、二人はまだ目を覚まさず、魔導白磁の身体は静かに横たわっていた。
グレイは膝をついたまま、リインの手へ触れた。
冷たさは残っている。
けれど、そこには確かに魂の気配があった。
「……戻ってきたんだな」
小さく呟くと、背後から足音が聞こえた。
ライカだった。
魔法陣の光が消えたことを確かめ、ゆっくりと近づいてくる。
「お姫ちゃん……終わったんですか?」
「ああ。二人の魂は、新しい身体へ定着した。まだ目を覚ましてはいないが、少なくとも、もう消えてしまうことはないはずだ」
ライカは胸元へ手を当て、静かに息を吐いた。
「……よかったです。本当に、よかった」
続いてライアン、セバス、ロイも戻ってきた。
ライアンは姉妹の姿を見て、少しだけ表情を緩めた。
「姫さん、すごいな。あれだけ大変そうだったのに、ちゃんと二人とも戻ってきたんだ」
「まだ安心するのは早い。身体へ馴染むまで、少し時間が必要かもしれないからな」
グレイはそう答えながらも、リインの手を離さなかった。
セバスが静かに頭を下げる。
「姫様、お疲れさまでございました。ここから先は、私どもにお任せください。お二人を安全な場所へお運びいたしましょう」
「……ああ。頼む。ただ、もう少しだけここにいさせてくれ」
セバスは頷き、それ以上は何も言わなかった。
ロイも周囲の警戒へ戻る。
ライカはグレイの隣へ膝をつき、ミリアの上着を整えた。
グレイは二人の顔を見つめる。
まだ眠っているようにしか見えないが、その身体には再び魂が宿っている。
リインとミリアが自分の意思で選んだ、もう一度生きるための身体だった。
グレイはリインの手をそっと包み込んだ。
「……お前たちが目を覚ましたら、まずは互いの顔を見せてやろう。話はそれからでいい」
返事はなかった。
それでも、グレイは手を離さなかった。
やがて、リインの指先がわずかに動いた。




