第9話 誰を救ったのか
商人から聞いた村にも、やはり敵兵はいた。
グレイたちが着いた時には、まだ村の外れで小規模な衝突が始まったばかりだった。家々に火は回っておらず、村人の避難も間に合ったため、負傷者こそ出たものの死者はいない。
敵兵を追い返し、逃げ遅れた者がいないことを確かめる頃には、日は西へ傾いていた。
村人たちは泊まっていくよう勧めてくれたが、今回は断った。
リンたちのもとへ向かう旅は、すでに何度も遅れている。
それ以上に、グレイの中には朝から消えない違和感があった。
助けを求める者がいて、その先には本当に危険がある。だから村へ向かったことを後悔しているわけではない。
ただ、それが何度も続けば、偶然という言葉だけでは片づけられなかった。
◇
村を離れた一行は、街道から少し外れた林で野営することにした。
日はほとんど沈み、枝の隙間から覗く空には薄い赤だけが残っている。
ライカとセバスが夕食の準備を始め、ライアンは薪を集めに行った。ロイが火を起こす場所を整える横で、グレイは荷物から地図を取り出し、平らな石の上へ広げる。
「主?」
「ロイ、ちょっと来て。これまで寄った村、覚えてる?」
「全部じゃないが、大体なら」
「場所を確認したい」
ロイは何も聞かず、向かいへしゃがんだ。
グレイは最初に救った村を指し、そこから順に指を滑らせていく。
兵士から知らされた村。
商人の話を聞いて向かった農村。
掲示板を見て引き返した場所。
避難してきた老人に頼まれた村。
そして今日の村。
一つずつ確認していくうち、ロイの表情が変わった。
「……待て」
「やっぱり?」
「主も同じこと考えてるのか」
「たぶん」
グレイは近くにあった小石を拾い、救った村の上へ一つずつ置いていく。
ばらばらだった点が、地図の上で一つの流れを作り始めた。
そこへ薪を抱えたライアンが戻ってくる。
「何してるんスか?」
「ライアン。最初の村で、敵はどっちから来てた?」
「確か北東っスね。逃げたのもそっちだったと思うっス」
「二つ目は?」
「東っス。街道沿いに来てたはずっスけど」
「今日のは?」
「北側っスね」
答えながら地図を覗き込んでいたライアンの顔から、次第に軽い表情が消えていく。
「……これ、何か変じゃないっスか?」
「俺もそう思ってた」
グレイは立ち上がり、夕食の準備をしていた二人も呼んだ。
五人で地図を囲む。
小石の位置を追っていたセバスが、やがて口を開いた。
「敵軍の侵入経路に沿っていますね」
「やっぱりそう見える?」
「はい。ただし、この地図だけでは断定できません。敵軍全体の配置までは分かりませんから」
「でも、偶然にしては綺麗すぎる」
ロイが川沿いの道を指でなぞった。
「ここは川があるから大部隊は通りにくい。南側は丘陵地で道が細い。軍を動かすなら、この辺りの街道を使う方が楽だ」
「その街道の近くに、私たちが立ち寄った村が並んでいますね」
ライカの言葉に、グレイは黙って地図を見つめた。
軍を率いた経験はなくても、地形くらいは読める。
街道や橋、川を越えられる場所、荷車を通せる平地。
敵が来た方向まで重ねれば、村々を襲っていた部隊が好き勝手に動いていたわけではないことが分かった。
「……俺たちが止めてたんだ」
「村人たちを?」
ライアンが尋ねる。
「違う。敵の進軍を」
住民を守るために兵を追い返し、街道を塞ぎ、進路を変えさせた。
自分たちにそんな意図はなくても、結果として各所で敵軍の動きを止めている。
「仮に意図的だったとして、問題は自国軍がどこにいたかです」
セバスの言葉に、ライカも記憶を辿る。
「二つ目以降、危険だと分かっている割には、十分な数の兵が置かれていない村もありましたね」
「全部守れないって、あの司令官は言ってた」
兵を置けば、別の場所が薄くなる。
すべての村は守れない。
だから旅の途中で困っている村を見つけたら、可能な範囲で助けてほしい。
その理屈自体は、今でも理解できる。
問題はそのあとだ。
「ロイ。軍が俺たちの場所を知ってたとしたら?」
「……情報を流す場所を選べるな」
「そうだよな」
ライアンが眉を寄せる。
「でも、商人から聞いたこともあったっスよ」
「その商人が嘘をついていたとは限りません」
セバスが静かに答えた。
「軍が情報を流し、それが我々の耳へ入るようにすればよいだけです。掲示板も同様でしょう」
グレイは地図へ目を落とす。
家族を心配していた女性も、取引先を案じていた商人も、村に家族を残してきた老人も、本当に困っていた。
だからこそ、疑わなかった。
「……人を使ってたのか」
「お姫ちゃん」
「頼んできた人たちじゃない。あの人たちは何も知らないと思う」
グレイは地図から小石を一つ取った。
「軍が、本当に困ってる人間のところへ俺たちを向かわせてた」
襲撃も、恐怖も、助けを求める声も本物だった。
偽物を用意する必要などない。
グレイたちが見過ごせない場所だけを選び、その情報が届くようにすればいい。
「確かめに行く」
ライアンが顔を上げた。
「軍にっスか?」
「ああ。近くに砦がある」
「姫様。まだ推測の段階です」
セバスの言葉に、グレイは地図を畳む。
「だから聞きに行くんだよ。違うならそれでいい。でも本当なら、もう助ける村を向こうに選ばせる気はない」
夕食の鍋から煮込みの匂いが漂っていたが、その時のグレイに食欲はなかった。
◇
砦へ向かったのは翌朝だった。
一晩置いたのは、急ぐ必要がなかったことと、頭に血が上がったまま押しかけたくなかったからだ。
昼前には、丘の上に石造りの砦が見えてきた。
高い柵と見張り台に囲まれ、門の前では荷馬車の積み荷が確認されている。
「どうするっスか?」
「普通に入る」
「通してくれるっスかね」
「駄目なら司令官を呼んでもらうよ」
「姫さんが言うと別の意味に聞こえるっス」
「壊さないよ」
「誰もそこまで言ってないっスよ」
門へ近づくと、兵士が槍を横へ出した。
「止まれ。用件は?」
「司令官に会いたい」
「面会の予定は?」
「ない」
「なら――」
兵士が言い終える前に、隣にいた年上の兵がグレイたちを見た。
「待て。銀髪……あんたたち、村を救って回ってる冒険者か?」
「回ってるつもりはなかったけど、たぶんそれ」
兵士たちは顔を見合わせ、一人が砦の中へ走っていく。
「有名人っスね、姫さん」
「嬉しくない」
しばらくして戻ってきた兵士に案内され、そのまま砦へ入った。
内部では負傷者が運ばれ、兵士たちが矢や食料を数えている。壁際には泥の付いた鎧や、修理を待つ盾が並んでいた。
村とは違う形で、戦争がすぐ近くにあることが伝わってくる。
案内された部屋には、大きな机と地図があった。
その向こうに、見覚えのある司令官が立っている。
「久しぶりだな、グレイ殿」
「そうでもないだろ」
「確かに」
司令官は以前と変わらない、人当たりのよさそうな笑みを浮かべた。
「各地で村を救ってくれているそうだな。改めて礼を――」
「それを聞きに来た」
グレイが遮る。
「何をだ?」
「何で知ってる?」
「村から報告が――」
「違う」
グレイは机へ近づいた。
「俺たちがどこへ行ったかじゃない。何で、そこへ行くことになったのかを聞きに来た」
司令官の目が僅かに細くなる。
グレイは机に広げられた地図へ視線を落とした。
旅用のものより遥かに詳しく、街道や小道、川、橋、丘、村まで記され、その上には赤と青の駒が並んでいる。
そして、地図の端に一つだけ銀色の駒があった。
「それ、何?」
司令官は答えない。
「銀のやつ」
短い沈黙のあと、男は息を吐いた。
「君たちだ」
ライアンの眉が動く。
「俺らの駒まであるんスか」
「ああ」
否定しなかった。
「俺たちが守った村を教えて」
「何?」
「分かるだろ。全部」
司令官はしばらくグレイを見ていたが、やがて地図へ向き直った。
一つ。
二つ。
その指が示していく地点は、昨夜グレイたちが小石を置いた場所と一致していく。
「敵が来た道は?」
「グレイ殿」
「見れば分かるけど、あんたの口から聞きたい」
司令官の笑みが消えた。
「ほぼ、君たちが通った村の方向だ」
「やっぱり」
グレイは地図の青い駒を見る。
自国軍を示すそれらは、救援した村から離れた街道や橋、そのさらに奥へ偏っていた。
「俺たちが村を守ってる間、あんたたちは兵を別の場所へ回してた?」
「そうだ」
今度も否定しない。
「最初から、そのつもりだったのですか?」
ライカの声が低くなる。
「最初の村は違う。あれは我々の失態だ。敵の動きを読み違え、守備隊が間に合わなかった」
「そのあとですね」
セバスが言う。
「ああ。君たちの力を知った。五人で数十人規模の部隊を退け、住民の救助までできる。それを知った以上、作戦に含めない理由がなかった」
「俺たちは兵じゃない」
「その通りだ」
「戦争に参加する気もないって言った」
「それも覚えている」
「じゃあ何で?」
「参加を求めても断ると分かっていたからだ」
あまりに迷いのない返答だった。
「だから、黙って使った?」
「言い方を選ばないなら、そうなる」
ライアンが一歩前へ出かけ、その腕をライカが掴んだ。
「ねーちゃん」
「待ってください。話は最後まで聞きましょう」
司令官は五人を見渡す。
「戦略上、必要な判断だった。だが、貴殿方の協力がなければ、あの村々が甚大な被害を受けていたことも事実だ」
グレイの眉が寄った。
それが、一番厄介だった。
危険な村も、迫っていた敵も、助けを求めた人々も偽物ではない。
「俺たちが行かなかったら?」
「可能な範囲で兵を送った」
「守れた?」
司令官はすぐには答えなかった。
「場所による。守れた村もあるだろう。だが、被害は増えていた」
「死ぬ人も?」
「いたはずだ」
グレイは目を伏せる。
腹は立つ。
それでも、村へ行ったことを間違いだったとは思えなかった。
同じ状況へ戻ったとしても、きっと助ける。
軍は、それを分かっていた。
「……気分悪いな」
「何がだ?」
「全部だよ」
グレイは地図の銀色の駒を指で弾いた。
小さな駒が倒れる。
「危険な村を教えただけで、行くかどうかは俺たちが決めた。頼んできた人たちも本当に困ってた。だからこそ嫌なんだよ」
司令官を見る。
「俺たちが断れない形だけ選んだんだろ」
部屋が静かになる。
「兵士から聞かせたり、商人や掲示板を使ったり、俺たちがそこにいる時に情報が届くようにした」
「そうだ」
「俺が何を見たら放っておけないか分かってて、その前に置いたんだろ」
しばらくの沈黙のあと、司令官は静かに頷いた。
「ああ」
その一言で十分だった。
「分かった。もうやらない」
「何を?」
「村を助けないって意味じゃないよ」
グレイは倒れた銀の駒を見る。
「困ってる人が目の前にいたら助ける。それは変えない。でも、あんたたちが流した情報では動かない。俺たちを戦力として数えるのもやめろ」
「敵が村を襲っていると分かっていてもか?」
「そういう聞き方するところが嫌なんだよ」
グレイの声が少し強くなる。
「助けなかったら人が死ぬって言えば、俺がどうするか分かってる。それを今も使おうとしてるだろ」
司令官は口を閉じた。
「俺が助けるかどうかは俺が決める。どこへ行くかも、誰に手を貸すかもだ。あんたが俺の善意を計算に入れて、他の兵を動かす理由にするな」
そこで一度息を吐く。
「俺が村へ行くから兵を減らす。俺が守るから別の場所へ回す。それをやった時点で、俺が知らなくても戦争に参加してるのと同じだろ」
「その通りだ」
「なら、終わり。今日で協力は打ち切る」
「協力している認識はなかったのでは?」
「だから余計にだよ」
司令官の表情から笑みが消え、完全に軍人の顔になる。
「こちらとしては、考え直してほしい。君たちが動けば、多くの住民を救える」
「それは分かってる」
「なら――」
「分かってるから断ってるんだよ」
グレイは一歩だけ机へ近づいた。
「俺たちが助けた村に価値がなかったとは思ってない。あの人たちが生きてるなら、それでよかった。でも、それとあんたが俺たちを勝手に使うことは別だ」
これを許せば、次はグレイたちが動くことを前提に守備隊を減らすかもしれない。間に合うと考え、さらに危険な判断をする可能性もある。
どこまで進むかは分からない。
だから、その前に止める。
「俺は、あんたの作戦の穴を埋めるために旅してるわけじゃない」
「……そうか。残念だ」
「俺もだよ」
「何が?」
「最初に会った時、いい奴だと思った」
司令官が目を瞬く。
「今も悪い奴だとは思ってない。でも、信用はしない」
目の前の男は、村人が死んでも構わないと思っているわけではない。
むしろ救いたいのだろう。
兵の命も、国も守りたい。
そのためなら、利用できるものを使う。
悪意がないからこそ、グレイには信用できなかった。
「行くぞ」
振り返ると、四人も続く。
扉へ向かう途中、後ろから声がした。
「グレイ殿。一つだけ言っておく」
「何?」
「君たちが救った人々まで、我々の策だったと思わないでくれ」
グレイは振り返らなかった。
「思ってないよ」
だから怒っている。
その言葉まで口にする必要はなかった。
◇
砦を離れてから、しばらく誰も話さなかった。
街道には荷馬車の轍が深く残り、遠くの丘では兵士の一団が移動している。
戦争は続いている。
グレイたちが協力をやめても、それで何かが止まるわけではない。
「姫さん、怒ってるっスか?」
「怒ってる」
「やっぱり」
「でも、あいつを殴りたいって感じじゃない」
「珍しいっスね」
「俺を何だと思ってるんだ」
「いや、姫さんなら机くらい割るかなって」
「割らないよ」
後ろからロイが口を挟む。
「俺も少し思った」
「お前まで?」
「主、銀の駒を弾いた時かなり怖かったぞ」
「駒で済ませただろ」
「だから偉いっス」
「褒め方がおかしい」
少しだけ空気が緩む。
ライカが隣を歩きながら尋ねた。
「お姫ちゃんは、村へ行ったことを後悔していますか?」
「してない。あの人たちは本当に危なかった。助けられたなら、それでいいよ」
「でしたら、それで十分ではありませんか」
「うん。でも次からは、自分で決める。助ける相手も、行く場所も」
ライカは小さく頷いた。
「軍人としては、あの司令官の判断も理解できます」
セバスが後ろから言うと、ライアンが振り返る。
「セバス、あっちの味方するんスか?」
「味方ではない。理解できると言っただけだ。限られた兵力で多くを守るなら、利用できる戦力を計算に入れるのは当然だろう。ただし、姫様方が軍属でないことを隠して作戦へ組み込んだ点は別だ」
「やっぱそこっスよね」
「結果が正しかったことと、その手段を受け入れられるかは同じではない」
グレイは少しだけ振り返った。
「俺もそれでいいと思う」
村は助かった。
軍には利用された。
どちらも事実で、片方を否定する必要はない。
「ところで、これからどうする?」
ロイの問いに、グレイは前方の分かれ道を見る。
「決まってるだろ。リンたちのところへ行く」
「ようやく本来の目的に戻るっスね」
「誰のせいで遅れたと思ってる」
「姫さんっス」
「お前らも全部ついてきただろ」
「姫さん置いて先に行けないっスよ」
「なら同罪だ」
ライアンが笑い、グレイもわずかに口元を緩めた。
分かれ道へ着く。
今までなら近隣の村に関する情報を確認したかもしれないが、もう軍から与えられた情報に従って寄り道するつもりはない。
グレイは迷わず、リンたちが暮らす国へ続く道を選んだ。
◇
昼を過ぎた頃、街道沿いの小さな休憩所で足を止めた。
屋根と壁があるだけの簡素な建物で、旅人が自由に使える場所らしい。
ライカが昼食の準備を始める中、グレイは窓際へ座り、朝から持っていた地図をもう一度広げた。
「まだ気になるのか?」
向かいへ座ったロイが尋ねる。
「ちょっと」
「軍のことなら、もう答えは出ただろ」
「そっちじゃない」
救援した村々。
敵の侵入経路。
砦で見た、自国軍の配置。
「俺たちが村にいた時、あいつらは別の場所へ兵を回してた」
「ああ。本人も認めてたな」
「どこに?」
ロイが黙った。
ライアンも水筒から口を離す。
「どこって……他の戦線じゃないんスか?」
「それは分かるよ。でも、どこ?」
セバスがこちらを見る。
「姫様。何か気になる点が?」
「砦の地図。青い駒、かなり偏ってたよな」
「ええ。我々が救援した地域の後方に配置されていた部隊の一部が、別方面へ集中していました」
「どの辺だった?」
グレイが地図を差し出す。
セバスは記憶を辿り、現在地より北西を指した。
「正確ではありませんが、この方向だったかと」
「私も同じように記憶しています」
ライカも地図を覗き込む。
「大きな街道の周辺に、かなりの数が集められていました」
「敵も?」
「赤い駒もありましたね」
ロイが地図を引き寄せた。
「大きな戦いをするつもりだったんじゃないか?」
「たぶん」
「なら、俺たちに村を任せて兵を集めた理由もそれだろ」
「うん。筋は通る」
限られた兵力を集中させ、敵の主力を止める。
その間に手薄になる村々を、グレイたちへ任せた。
司令官の立場なら合理的な判断なのだろう。
それでも、一つだけ引っかかった。
「俺たちが最初の村を助けたあと、あいつらは俺たちを使うって決めた。それから十日以上、俺たちは何か所も村を守った」
「そうですね」
「そのたびに、本来そこへ置くはずだった兵を別へ回せた」
ロイが地図を見る。
「かなりの数になるな」
「ああ」
グレイは指先で北西をなぞった。
「その兵で、何をしたんだろうな」
「敵の主力を迎え撃った、と考えるのが自然でしょう」
セバスの答えに頷きながらも、違和感は残った。
司令官は作戦上必要だったと説明し、兵を別の場所へ回したことも認めた。
だが、その先だけは具体的に話していない。
「お姫ちゃん。気になるのでしょう?」
「……気になる。でも砦に戻って聞く気はないよ。もう、あいつらの話をそのまま信じられない」
「では、自分たちで確かめますか?」
ライアンが首を傾げる。
「でも姫さん、リンちゃんたちのところに行くんじゃなかったんスか?」
「行くよ。これ以上寄り道するつもりもない」
グレイは地図へ視線を落とした。
「ただ、向こうへ行く途中で分かることなら見ておきたい」
ロイが指したのは、二つの街道が合流する宿場だった。
「この道なら、北西から来る旅人と交わる。目的地からも大きく外れない」
「そこで話を聞くくらいならいい」
グレイは地図を畳んだ。
これ以上、軍へ協力するつもりはない。
戦争へ首を突っ込むつもりもなかった。
ただ、自分たちが知らないまま戦力として数えられていた間に、何が起きていたのか。
それだけは確かめておきたかった。
◇
休憩を終え、再び街道へ出る。
空は晴れていたが、道を行く人々の表情は明るくない。
荷物を抱えた家族や急ぎ足の商人とすれ違い、反対方向へは兵士が向かっていく。
やがて、前方から数台の荷馬車が近づいてきた。
すれ違いざま、先頭の御者が仲間へ声をかける。
「急げよ。北の街道がまた閉じるかもしれん」
「昨日は通れたんだろ?」
「昨日はな。向こうで軍が動いてる。次は分からん」
グレイの足が僅かに遅くなる。
北西。
砦で多くの駒が集められていた方向だった。
軍が動いていること自体は何もおかしくない。戦争なのだから当然だ。
まだ何が起きたのかも分からず、疑うには材料が足りなかった。
「姫さん」
「何?」
「腹減ってないっスか?」
何でもないように聞かれ、グレイは少し考える。
「減った」
「よかったっス。朝から難しい顔してたんで、飯まで忘れてるのかと思ったっスよ」
「俺を何だと思ってるんだ」
「食事を忘れたら本格的にまずい姫さんっス」
「どういう意味だよ」
「そのままの意味っス」
前を歩いていたライカが振り返る。
「次の宿場まで我慢してください。途中でお菓子を出すと、夕食が入らなくなりますから」
「子供じゃないんだけど」
「では我慢できますね?」
「……できるよ」
ロイが吹き出す。
「主、負けてるぞ」
「うるさい」
セバスまで僅かに口元を緩めていた。
グレイは小さく息を吐き、前を見る。
この先で、リンたちの暮らす国へ続く道と、北西から伸びる街道が交わる。
そこで何も聞かなければ、それでいい。
軍が兵を集め、敵を退けただけなら、そのままリンたちのもとへ向かえばいい。
自分たちが守ったのは、確かに村人だった。
助けた命まで疑う必要はない。
ただ、その間に浮いた兵たちが、代わりにどこへ向かったのか。
グレイはまだ知らない。
知っているのは、自分たちが銀色の駒として地図へ置かれていたこと。
そして、その駒が村々を守っていた間にも、別の駒は確かに動いていたということだけだった。




