第十三話:父がついた、たった一つの嘘
吉野が『Memory Rewrite』で何度も戻る日は、
誕生日でも卒業式でもない。
小学六年生の夏。
父と二人で行った、小さな遊園地の日だった。
当時の吉野は不満だらけだった。
「ディズニーがよかった。」
「友達はもっとすごい所に行ってる。」
父は笑うだけだった。
「悪いな。」
「今年はここで勘弁してくれ。」
小さな遊園地。
古い観覧車。
待ち時間なんてないジェットコースター。
子どもの吉野には退屈だった。
「つまんない。」
何度もそう言った。
父は怒らなかった。
「ごめんな。」
それだけだった。
数年後。
父は病気で亡くなった。
遺品を整理していると、
古い財布の中から、一枚の紙切れが出てきた。
銀行のATM利用明細。
残高。
**2,342円。**
日付は、
あの遊園地へ行った日だった。
吉野は息をのんだ。
「……え?」
母が静かに言う。
「あの日ね。」
「本当はどこにも行けるお金なんてなかったの。」
「でも、お父さん。」
「吉野と夏休みの思い出を作りたいって。」
「お昼ご飯も食べないで我慢してたのよ。」
吉野は何も知らなかった。
帰り道。
父は笑っていた。
「楽しかったな。」
あの笑顔も。
「ソフトクリーム食べるか?」
そう聞いてくれたことも。
全部、
**残り千円しかない財布で言っていた。**
その夜。
吉野は初めて『Memory Rewrite』を起動した。
戻る日は決まっていた。
あの遊園地。
父は昔と変わらず笑っていた。
「今日は楽しもうな。」
吉野は首を振る。
「うん。」
今日は文句を言わない。
ジェットコースターも。
観覧車も。
ゲームコーナーも。
全部笑顔で楽しんだ。
父は少し驚いていた。
「今日は機嫌いいな。」
「うん。」
「すごく楽しい。」
父は嬉しそうに笑った。
帰り道。
父は財布を開き、
小銭を数えていた。
吉野は知っている。
残り千円しかないことを。
それでも父は言う。
「最後にソフトクリーム食べるか?」
吉野は首を振った。
「いらない。」
父は慌てる。
「遠慮しなくていいぞ。」
吉野は笑った。
「違う。」
「今日は父さんと歩くだけでいい。」
父は少し照れくさそうに笑う。
「変なやつだな。」
夕日が沈む。
二人で並んで歩く。
子どもの頃には退屈だった帰り道。
でも大人になった吉野は、
この時間が終わってほしくなかった。
別れる前。
吉野は勇気を出して言った。
「父さん。」
「ん?」
「今日はありがとう。」
父は笑う。
「どうした急に。」
「いや。」
「言いたくなっただけ。」
父は照れながら頭をかいた。
「そんなこと言われると。」
「また連れてきたくなるな。」
『Memory Rewrite』が終わる。
静かな部屋。
吉野は財布を開く。
中には一万円札が入っている。
でも、
あの日の父の千円の方が、
何倍も重たく感じた。
吉野はようやく気づいた。
子どもの頃、
自分は遊園地の大きさしか見ていなかった。
父は、
**自分の財布の中身全部で、息子を笑わせようとしていた。**
『Memory Rewrite』は過去を変えるゲームではない。
**「当たり前」だと思っていた思い出が、誰かの精一杯だったと気づくためのゲームだった。**
その日から吉野は、
父との思い出を思い返すたび、
遊園地ではなく、
夕日の中で笑っていた父の背中を思い出すようになった。




