表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Memory Rewrite(メモリー・リライト) 過去は変えられる。でも世界は変わらない。  作者: レモンティー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/17

第十二話:母は、何も知らない

三谷が戻るのは、いつも同じ日だった。

母が亡くなる、三日前。

まだ元気だった頃。

実家の玄関を開ける。

「ただいま。」

台所から、すぐに返事が聞こえる。

「おかえり。」

その声を聞くだけで、

三谷は泣きそうになる。

母は何も知らない。

三日後、自分がいなくなることも。

息子が十年近く、その日を引きずることも。

何も知らない。

だから、いつも通り笑う。

「ご飯できてるよ。」

「今日は好きなハンバーグ。」

三谷は席に座る。

母は言う。

「そんなに見つめてどうしたの?」

「いや……。」

「なんでもない。」

本当は、

もう二度と、この食卓は現実には存在しない。

それを知っているのは三谷だけだった。

最初の頃の三谷は、何度も伝えようとした。

「母さん。」

「実はさ――」

でも言えない。

言ってしまえば、

母の残り三日を奪ってしまう気がした。

だから笑う。

母も笑う。

その時間だけは、

普通の親子でいたかった。

何十回も、同じ三日間を繰り返した。

母とスーパーへ行った。

母の荷物を持った。

テレビを見ながら笑った。

洗濯物を一緒に畳んだ。

「ありがとう。」

そんな小さな言葉を、

昔より少しだけ多く言った。

母は照れくさそうに笑う。

「今日は優しいね。」

「どうしたの?」

三谷は笑ってごまかした。

「たまには。」

最後の日。

母は洗い物をしながら言った。

「ねえ。」

「私ね。」

「いいお母さんだったかな。」

三谷の手が止まる。

昔なら、

「何言ってんの。」

と笑って終わらせていた。

でも今は違う。

三谷は知っている。

この質問に答えられる機会は、

人生であと一回しかない。

三谷は立ち上がる。

母の隣へ行く。

震える声で言った。

「世界一だった。」

母は笑う。

「大げさ。」

「本当だよ。」

「母さんが母さんでよかった。」

母は少し照れながら、

蛇口の水を止めた。

「そんなこと言われると。」

「長生きしなきゃね。」

その言葉が、

胸に突き刺さる。

三谷は何も言えなかった。

帰る時間が来る。

玄関。

母はいつも通り見送る。

「また帰っておいで。」

三谷は靴を履いたまま動けない。

「母さん。」

「ん?」

「……握手してもいい?」

母は少し驚いて笑う。

「珍しい。」

「いいよ。」

三谷は母と握手しめた。

手を繋いだ子どもの頃を思い出す。

母の匂い。

体温。

全部覚えていたはずなのに、

もう忘れかけていたものだった。

母は優しく背中を叩く。

「どうしたの。」

「仕事、疲れてるの?」

三谷は首を振る。

「違う。」

「ちょっと。」

「甘えたくなった。」

母は笑った。

「いくつになっても。」

「子どもは子どもだね。」

三谷は玄関を出る。

ドアが閉まる。

その向こうから、

母の声が聞こえた。

「気をつけてね。」

「またね。」

『Memory Rewrite』を終了する。

静かな部屋。

返事をしてくれる人はいない。

三谷は座り込み、

初めて声を上げて泣いた。

何十回会っても、

何百回会っても、

最後の「またね」は、本当には来ない。

数日後。

三谷は実家へ向かった。

もう誰も住んでいない家。

玄関には、

母が生前使っていた古いサンダルが残っていた。

三谷は静かにドアを開ける。

そして、

昔と同じように言った。

「ただいま。」

返事はない。

静かな家だった。

でも三谷は泣かなかった。

あの日、

ちゃんと伝えられたから。

「世界一のお母さんだった。」

その言葉だけは、

過去でも、

現在でも、

未来でも、

もう消えることはない。

『Memory Rewrite』は、過去を書き換えるゲームではなかった。

もう伝えられないと思っていた「ありがとう」を、伝え直すための時間だった。

そして三谷は知る。

人は未来を変えられなくても、

後悔の形だけは、変えられる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ