涙の先にある強さ
選考会はいったん中断となり、私は念のためガウェイン様に付き添われて医務室へ向かった。
診察の結果、怪我もなく体に異常もないと分かり、少し休んでから戻ることにする。
「……ガウェイン様、さっきの事故の件ですが」
「あれは事故ではありません。故意に仕組まれたものです」
「そんな……」
「犯人は間違いなく黒百合の使者でしょう。二通目の脅迫状の文言を覚えておられますか?」
「確か……“あなたの大切な音を奪う。次に響くのは――悲鳴だけ”。でも、悲鳴って……」
「“音を奪う”とはヴァイオリンを奪うこと。そして“悲鳴”とは――エレノア様ご自身を危険に晒すことです」
その言葉に、私は思わずスカートをギュッと握りしめていた。
「エレノア様…」
「どうしてなの?私の存在が、命の危険に晒されるほど忌み嫌われるっていうの?皇子の婚約者だからって?――それでも私は相応しい人間になろうと、ずっと必死に努力してきた。隣に立っても恥ずかしくないように。エレノア・フォン・ヴァレンシュタインは、どんなことがあっても強くなければならないって、自分に言い聞かせて、皆の前では平然と振る舞ってきたのよ。何が――一体、何がいけなかったの!?」
これまでエレノアとして心の中にしまっていた感情を吐き出す。
「何が……何がいけなかったのよ」
思わず声が震え、熱い涙が視界を滲ませる。
ガウェインはしばし黙したまま、私を真っ直ぐに見つめていた。その瞳には叱責も同情もなく、ただ揺るぎない光が宿っている。
やがて彼は、静かに口を開いた。
「何も、間違ってなどおられません」
「……え?」
「エレノア様はご自分を責める必要などない。むしろ、あなたが強くあろうと努力を続けてきたからこそ、彼女らは恐れたのです。あなたの存在が脅威だからこそ、狙われている」
胸の奥に突き刺さるようなその言葉に、私は思わず息を呑んだ。
「恐れ……ている?」
「ええ。皇子の婚約者としてではなく、一人の人間として。あなたが輝けば輝くほど、己の立場が揺らぐと感じる者がいるのでしょう」
ガウェインはゆっくりと椅子を引き寄せ、私の前に膝をついた。その真剣な眼差しに、涙で歪んだ景色が少しずつ晴れていく。
「どうか忘れないでください。あなたは一人ではない。どんな闇が迫ろうと、必ず私が、そして――」
そこで彼は一瞬言葉を切り、深く息を吐いた。
「……皇子殿下もまた、あなたを守ろうとされています」
その名を聞いた瞬間、胸の奥に複雑な感情が渦を巻く。本当に?いつも守ってくれたのはガウェイン。信じたい気持ちと、信じ切れない不安。その狭間で、私は未だ拭えない恐怖と乱れた感情に拳を震わせていた。
「エリー!怪我はないか?」
「大丈夫なのか、エリー!」
そのとき勢いよく医務室の扉が開き、ヴァイルとユーリが駆け込んできた。
「お二人とも……」
「静かに!」
養護教諭の鋭い声に、二人はハッとしてそろって頭を下げる。
「……すみません」
「ごめんなさい」
その律儀な姿が可笑しくて、思わず笑みがこぼれた。
「ふふっ……」
「こればかりは敵わないな」
ガウェインもつられるように微笑む。
「お二人とも、ありがとうございます。私は大丈夫ですわ」
それを聞いて安堵したヴァイルは、ゆっくりとガウェインへ歩み寄る。腕を組み、薄く笑みを浮かべて言い放った。
「よくやったな。褒めてやってもいい」
「……何様のつもりだ、お前は」
呆れ顔のガウェインが肩をすくめる。
「まあまあ。エリーが無事だったのだから良いではないか。ここは褒めてつかわそう」
「……ユリオ。お前までそんなことを言うのか」
「お前にだけは言われたくないだろう」
今度はヴァイルが冷ややかに口を挟む。
「ふふ……皆さま、本当にありがとうございます」
エレノアは可憐に微笑み、胸を張って宣言した。
「私、もう二度と負けませんわ! 黒百合の使者など、恐れるに足りません」
その姿は、悪女すらも華麗に演じきる――令嬢エレノア・フォン・ヴァレンシュタインその人であった。




