表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/38

涙の先にある強さ

選考会はいったん中断となり、私は念のためガウェイン様に付き添われて医務室へ向かった。

診察の結果、怪我もなく体に異常もないと分かり、少し休んでから戻ることにする。

「……ガウェイン様、さっきの事故の件ですが」

「あれは事故ではありません。故意に仕組まれたものです」

「そんな……」

「犯人は間違いなく黒百合の使者でしょう。二通目の脅迫状の文言を覚えておられますか?」

「確か……“あなたの大切な音を奪う。次に響くのは――悲鳴だけ”。でも、悲鳴って……」

「“音を奪う”とはヴァイオリンを奪うこと。そして“悲鳴”とは――エレノア様ご自身を危険に晒すことです」

その言葉に、私は思わずスカートをギュッと握りしめていた。


「エレノア様…」

「どうしてなの?私の存在が、命の危険に晒されるほど忌み嫌われるっていうの?皇子の婚約者だからって?――それでも私は相応しい人間になろうと、ずっと必死に努力してきた。隣に立っても恥ずかしくないように。エレノア・フォン・ヴァレンシュタインは、どんなことがあっても強くなければならないって、自分に言い聞かせて、皆の前では平然と振る舞ってきたのよ。何が――一体、何がいけなかったの!?」

これまでエレノアとして心の中にしまっていた感情を吐き出す。


「何が……何がいけなかったのよ」

思わず声が震え、熱い涙が視界を滲ませる。

ガウェインはしばし黙したまま、私を真っ直ぐに見つめていた。その瞳には叱責も同情もなく、ただ揺るぎない光が宿っている。

やがて彼は、静かに口を開いた。

「何も、間違ってなどおられません」

「……え?」

「エレノア様はご自分を責める必要などない。むしろ、あなたが強くあろうと努力を続けてきたからこそ、彼女らは恐れたのです。あなたの存在が脅威だからこそ、狙われている」

胸の奥に突き刺さるようなその言葉に、私は思わず息を呑んだ。

「恐れ……ている?」

「ええ。皇子の婚約者としてではなく、一人の人間として。あなたが輝けば輝くほど、己の立場が揺らぐと感じる者がいるのでしょう」

ガウェインはゆっくりと椅子を引き寄せ、私の前に膝をついた。その真剣な眼差しに、涙で歪んだ景色が少しずつ晴れていく。

「どうか忘れないでください。あなたは一人ではない。どんな闇が迫ろうと、必ず私が、そして――」

そこで彼は一瞬言葉を切り、深く息を吐いた。

「……皇子殿下もまた、あなたを守ろうとされています」

その名を聞いた瞬間、胸の奥に複雑な感情が渦を巻く。本当に?いつも守ってくれたのはガウェイン。信じたい気持ちと、信じ切れない不安。その狭間で、私は未だ拭えない恐怖と乱れた感情に拳を震わせていた。


「エリー!怪我はないか?」

「大丈夫なのか、エリー!」

そのとき勢いよく医務室の扉が開き、ヴァイルとユーリが駆け込んできた。

「お二人とも……」

「静かに!」

養護教諭の鋭い声に、二人はハッとしてそろって頭を下げる。

「……すみません」

「ごめんなさい」

その律儀な姿が可笑しくて、思わず笑みがこぼれた。

「ふふっ……」

「こればかりは敵わないな」

ガウェインもつられるように微笑む。

「お二人とも、ありがとうございます。私は大丈夫ですわ」


それを聞いて安堵したヴァイルは、ゆっくりとガウェインへ歩み寄る。腕を組み、薄く笑みを浮かべて言い放った。

「よくやったな。褒めてやってもいい」

「……何様のつもりだ、お前は」

呆れ顔のガウェインが肩をすくめる。

「まあまあ。エリーが無事だったのだから良いではないか。ここは褒めてつかわそう」

「……ユリオ。お前までそんなことを言うのか」

「お前にだけは言われたくないだろう」

今度はヴァイルが冷ややかに口を挟む。

「ふふ……皆さま、本当にありがとうございます」

エレノアは可憐に微笑み、胸を張って宣言した。

「私、もう二度と負けませんわ! 黒百合の使者など、恐れるに足りません」

その姿は、悪女すらも華麗に演じきる――令嬢エレノア・フォン・ヴァレンシュタインその人であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ