勝者発表の瞬間、すべてがひっくり返りました
「それでは選考会を再開いたします。審査員の方々は投票をお願いします」
戻ると舞台はきれいに補修されていた。
「エレノア様」
ガウェインが少し心配そうな顔をしてこちらを見ている。
「私を誰だと思ってらっしゃるの?ヴァレンシュタイン侯爵家令嬢にしてレオナード皇子の婚約者ですわ」
「それでこそエレノア様です」
もうその顔に感情の揺らぎはない。いつもの自信に満ちたエレノアだった。
そこへ、リリスが慌てた様子で駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか? エレノアさん! 私、本当に驚きましたわ。まさかあんなことが起きるなんて……」
――けれど、その声音とは裏腹に、口元に添えられた手の奥で、かすかな笑みが揺れているのが見えた。
心配している“ふり”。そう言い切れるだけの違和感が、そこにはあった。
「……ご心配いただきありがとうございます。もうこの通り、皆様のおかげで大丈夫ですわ」
「本当に無事で良かった」
あまりにも整いすぎた言葉に、胸の奥で冷たいものが沈む。
――白々しい。
あの“事故”が、あなたたちの仕組んだものだと知っているからこそ、その一言一言が空虚に響いた。
「では私、委員会の仕事がありますので失礼しますね。……選ばれることを祈ってますわ」
最後まで淀みなく紡がれる言葉。
思ってもいない願いを、よくもまあ、ここまで滑らかに並べられるものだ。
「――本当は、私の無事を確かめに来たのでしょう?」
胸の奥でそんな思いがかすめる。けれど、もう遅い。
(でも、お生憎様。私はもう、あなたの知っている由里子ではなくてよ)
そう心の中で静かに言い放った、その時だった。
校内に設置された魔導拡声器から、凛としたアナウンスが響き渡る。
「集計結果が出ました。これより『白百合の君』受章者の発表に移ります。学年代表の皆さんは舞台袖までお越しください。なお、先ほどの照明落下の危険性を鑑み、舞台には選考会顧問でもありますマルグリット・ハインベルク先生による防御結界を二重に展開しております」
その名を聞いた瞬間、場の空気がわずかに和らいだ気がした。
マルグリット・ハインベルク先生――
防御魔法と結界術において右に出る者はいないと評される、ベテランの魔法教師。
長年の経験に裏打ちされた確かな技量を持ちながらも、決してそれを誇ることはなく、生徒一人ひとりに穏やかに寄り添う、柔らかな雰囲気の女性だ。
先生が張った結界なら、心配はいらないだろう。
そう思いながら、私は静かに息を整え、舞台袖へと歩き出した。
「それでは発表します。見事、白百合の君に選ばれたのは――」
その一言で、場の空気がぴんと張り詰める。誰もが息を潜め、ただその名が告げられる瞬間を待っていた。
「一学年代表、エリス・フォン・ローゼンタールさんです!」
「まあ!」
「おめでとう!」
次の瞬間、割れんばかりの拍手と歓声が広がる。
黒百合の使者による妨害はあった。それでも、自分にできる限りのことはやり切ったはずだ。手応えも、確かにあった。――だからこそ、選ばれなかった悔しさが胸の奥に静かに滲む。
何より、期待してくれた人たちに申し訳ないという思いが、強くこみ上げてくる。
護衛として寄り添ってくれたガウェイン様。
ヴァイオリンを丁寧に教えてくださったヴァイル様。
盤上の戦いを導いてくれたロウ先輩。
そして、心のこもったメッセージとともにドレスを贈ってくださったレオナード皇子。
ユリオ……彼は、不器用ながらも、確かに励ましてくれた。
けれど、顔を上げて皆の表情を見たとき――そこにあったのは失望ではなかった。
まるで「よくやった」と語りかけてくるような、あたたかな眼差し。
その瞬間、胸にかかっていた重さが、すっとほどけていく。
――ああ、無駄ではなかったのだ。
そう思えたとき、悔しさの奥に、確かな充足が静かに芽生えていた。
私も壇上のエリスへ惜しみない拍手を送り、隣に立つヴァネッサさんと静かに視線を交わした。互いの健闘を称えるように、そっと手を取り合い、短い握手を交わす。
「満場一致の結果です。実に見事でした。――では、白百合の君に選ばれたローゼンタールさん、一言お願いいたします」
差し出された百合の花束を抱え、エリスがゆっくりと口を開こうとした――その瞬間。
「……少し、待ってもらおうか」
場の空気を鋭く裂くように響いた声。
それを発したのが誰であるかに気づいた途端、会場は一斉にざわめきに包まれた。
「なぜ、レオナード皇子が……?」
「どういうことだ……?」
突如として現れた皇子は、動揺する周囲を一瞥すると、静かに、しかし確かな威圧をもって言い放つ。
「今回の選考についてだが――他者への妨害、ならびにいくつかの不正があったとの報告が、私のもとに届いている」
その一言で、場のざわめきは一層大きく膨れ上がった。
「そのようなこと……!」
先ほどまでの柔らかな笑みは消え、エリスの表情が見る間に強張る。
そして皇子は、ためらいなく続けた。
「――ここにいるリリス嬢が、その件について証言してくれる」
「リリスが……!?」
いつの間に、そんなことに――?
妨害していたことは知っていた。けれど、不正にまで手を染めていたなんて。予想もしなかった事実に、思考が追いつかない。
頭の中には、次々と疑問符が浮かんでは消え、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。




