表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/38

影の勝者

蒼嵐と聖光がぶつかり合い、演習場には閃光と轟音が炸裂する。竜と天馬の空中戦は一進一退。観覧席は静まり返り、誰もが息をのんで二体の使い魔の動きを見守っていた。


そして――


ヴァエリオンの水槍とルミナの光の帯が再び交錯した、その刹那。


リリスの瞳が細められた。


(もう、十分。そろそろ“終わらせる”時間よ)


彼女はそっと懐の内に指を伸ばした。そこには、誰にも気づかれぬよう仕込まれていた“最後の手”――魔術結界の端に設置された一枚の隠し符がある。


「ルミナ、三呼吸、舞い上がりなさい」


その言葉に、ルミナは従順に高空へ飛翔する。次の瞬間、リリスの口元が微かに吊り上がった。


「《反響転位ラグナ・ミラー》」


音もなく展開された魔術は、ヴァエリオンの周囲の気流を反転させる。あたかも彼自身の魔力の揺らぎが、自らを追い詰めるかのように錯覚させる高等錯視術だ。


竜の視線が瞬間、僅かにブレる。


「今よ、押し出して!」


リリスが命じた直後――ルミナの聖光の翼が、砂を滑るような旋回軌道でヴァエリオンの背後へ突っ込む。もはや彼女の狙いは明確だった。


――“陣払い”、すなわち強制失格。


「終わりなさいな、エレノアさん」


囁く声は甘美で、どこか狂気を孕んでいた。


だが――その瞬間。


「甘いわよ」


エレノアの声が、硬質に響いた。


彼女はすでに、リリスの“最後の一手”すら読み切っていたのだ。懐の札の魔力を追跡していたヴァエリオンが、風圧を一点集中して札の気配を瞬時に断ち切る。


「なっ……!」


リリスの目が、信じられないというように大きく見開かれる。


「これが“絆”よ。あんたのように、支配で縛りつける関係とは違うの」


エレノアが掲げた手に、透明な魔法陣が浮かび上がる。竜と契約者の魔力が完全に同調した印――その結びつきは、どんな細工よりも強固だった。


――直後、審判の教師が結界外から手を挙げた。


「これ以上は危険と判断し、演習を中断する。勝敗は保留、両者ともよく戦った!」


結界が解除され、空中で対峙していた竜と天馬が地に降りる。


観客席から拍手が起こる中、リリスは表情を崩さなかった。ただ、冷たく笑っただけ。


「……フン、これくらいで“勝った”つもり?」


エレノアに近づき、顔を寄せると、耳元に甘く囁く。


「今日のところは引いてあげるわ。でも、覚えていなさい。私は“勝つ”まで諦めない。次は、もっと巧妙に、もっと深く――あなたの足元から崩して差し上げますわ」


エレノアは答えなかった。ただ、真正面からリリスの視線を受け止める。


笑みの奥に潜む毒が、誰よりもはっきりと伝わってきた。


――リリスは悪女だ。愛らしい顔に仮面を貼りつけ、甘く微笑みながら牙を隠す。だが、その牙がいつか本当に誰かを傷つける――その予感だけが、空気に残った。


そしてその予感こそが、エレノアの背筋をわずかに震わせたのだった。


演習から数時間後、陽が傾き始めた学園の裏庭。


寮の灯りがぽつりぽつりとともる頃、温室裏の誰も寄りつかない古い倉庫小屋。その扉が、軋む音とともにわずかに開かれた。


そこには、ひとりの少女が佇んでいた。


黒いケープを羽織り、薄紅色の髪をゆるやかに流した横顔。微笑んではいたが、その瞳には氷のような光が宿っている。


――リリス・フィオレンティーナ。


彼女は、先の演習の記録魔晶を指先で弄びながら、低くつぶやいた。


「……ええ。確かに今回は“引いてあげた”の。でも、エレノア。あなた、本当に自分が“勝った”と思っているのかしら?」


魔晶石の中に記録されたヴァエリオンの魔力反応、その変化の瞬間を何度も巻き戻し、リリスは鋭く目を細める。


「あなたの竜、あの時……一瞬、私の“幻視”に引っかかっていた。完全無効化なんて、できていなかったのよ」


指先で魔晶を弾く。その反動で魔力反応が歪み、リリスの口元が歪む。


「――つまり、私の術の方が“先に届いて”いたということ」


事実を都合よく再解釈し、自らに都合のいい“勝利”を作り上げるのは、リリスの得意技だった。


だが、それだけでは終わらない。


彼女は倉庫の棚の奥から、紫紺の革表紙に閉じられた一冊の書を取り出した。そこに記されているのは、学園では禁忌とされる“契約強制型魔術”の一節――


「竜と騎士の“絆”?笑わせないで。そんなもの、魔術でひっくり返せるわ」


ページをめくるリリスの手は静かだったが、その瞳の奥では狂気の炎が揺れていた。


「次こそ、あの蒼い竜を私のものにする。そして――」


彼女は思い出す。エレノアの瞳。真正面から自分を見据え、決して怯まず、真っ直ぐに信じる力を貫くあの視線。


……だからこそ、憎い。……だからこそ、許せない。


「あなたから全てを奪って、涙を流させてこそ――“勝利”よ」


リリスは手元の本に、自分の血で封印を刻んだ。


「見ていなさい、エレノア・フォン・ヴァレンシュタイン。私はあなたを超えるわ。正面からじゃなくていい。正義でも、真心でもなくていい。……悪意と策略で、影から這い上がってみせる」


その囁きは、まるで夜闇に咲く黒薔薇の毒香のように、静かに空気を満たしていった。


こうして――


悪女は、次なる舞台に向けてまた一歩、夜の帳の中へと歩みを進めるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ