第七話
今夜も琴は歌の練習に精を出していた。
孝介もそれに耳を傾ける。
懐かしいと感じた琴の歌。
昨日見た夢のおかげでようやくわかった。
母の歌に似ていたのだ。それは声がというわけではない。その歌声が持つ雰囲気だった。
孝介は無意識に母の歌を求めていたのだと気付く。
(って、マザコンか。俺は…)
一人でツッコンで、苦笑した。
「何か変だった?」
孝介が笑ったのを、自分の歌のせいだと勘違いしたのだろう。歌うことをやめて聞いた。
孝介は慌てて否定する。
「いや、違うんだ。気にせず続けてくれ」
「うん…」
頷きはしたものの、琴が歌い出すことはなかった。
とことこ、と歩いてくると孝介の隣に座った。
「どうした?」
不思議に聞くと、琴はそれに答えもせず
「何か良いことあった?」
と聞き返してきた。
「なんで?」
「何か嬉しそうだから」見透かされてるような笑顔だった。
だから孝介も『あぁ』と肯定する。
「琴の歌がお袋の歌に似てたんだ」
「お母さんに?」
「初めは気が付かなかったんだけどな。でも、懐かしい感じがして…そしたらここにいて。昨日、お袋が死んだ時の夢を見て思い出した」
「…お母さんいないの?」
琴が申し訳なさそうに聞く。
「高校生ん時に働き過ぎで死んだ。親父も俺が小さい頃に死んだからな。お袋も必死だったんだと思う」
その時、何もしてやれなかった自分を思い出して、孝介は顔をしかめるが
「だからかな。琴の歌を聞いてると、何か心が落ち着くんだ」
あまり琴に気を使わせないように、努めて明るい口調で言った。
「大好きだったんだね?お母さんの歌が」
それがわかっていたから、琴も暗い顔をすることはなかった。
「あぁ。大好きだった。琴は知らないか?高島みゆきっていうんだけど…」
この街に住んでいる人間なら知らない人のほうが少ない。数年前に引っ越してきた者ですら噂で知っているぐらいだ。
そんな大物有名人並の母を琴が知らないわけもなく、当然のように『えぇっ!?』と驚いた。
「あのみゆきさん…?」ただ、琴の驚きかたはそれだけじゃないように思って
「どうかしたのか?」
琴に聞いた。
「私がこうやって練習してるのは歌手になりたいからなの」
「うん。それは聞いた」
「で、そのきっかけを作った人がみゆきさんだったんだよ」
「えっ…」
今度は孝介が驚かされた。
意外な繋がりだった。
「私がみゆきさんと会ったのは…九年前かな。その時の私は暗い子でね。世の中なんてどうでもいい。生まれてこなきゃよかったって思ってた」
随分と荒んだ子供だったらしい。
今の琴からは想像も出来なかった。
琴がその時の事を思い出すように目を閉じた。
「凄かったよ。みゆきさんの歌は。聞くと、周りの人達がみんな笑顔になるの、私も含めてね。歌にそんな力があったなんて思うとさ…私も歌ってみたいなって。それからの毎日は全然違った。
どうやったらあんな風に歌えるんだろう、とかずっと考えて。そしたら人生を前向きに考えられるようになったの」
閉じていた目を開けると、最後にこう言った。
「だから、今の私があるのはみゆきさんのおかげなんだ」
「お袋のおかげか…」
少し嬉しかった。孝介がずっと疑問に思っていた事。
なぜ、自分の身を犠牲にしてまで母が歌い続けていたのか、わかったような気がしたから。
母も生き甲斐に感じていたのだ。自分の歌で周りが元気を取り戻すことに。
「これってさ…やっぱ運命だよね?」
琴は照れたながらも、そう言った。
「運命?」
「だって、私達はみゆきさんの歌のおかげでこうしてる。みゆきさんの歌が私達を引き合わせてくれたの。
そう考えると、運命的でしょ?」
「…かもな」
母の歌で繋がっていた二人が今こうして隣で肩を触れ合わせている。
確かに運命と呼べるものなのかもしれない。
不意に琴が立ち上がった。
「聞いて欲しい歌があるの」
それが何か孝介にはわかっていた。
だから何も言わず、ただ頷いた。
深呼吸の後、琴が歌を紡ぎ出す。
知っている歌。
子供の頃から何度も聞いた歌。
涙が止まらなかった。
母の歌を聞きながら、孝介は歌が終わるまで泣き続けていた。




