第八話
琴の歌に出会い、孝介の中で少し変化が現れ始めた。
ひたすらに夢を追い続ける琴を見て、孝介も何かをしてみたい、と思うようになっていた。
といっても、それはプロ野球選手になりたいとかパイロットになりたいとか、そういう類いの夢ではなく、今の仕事を目標を持ってやっていくというものだ。
両親が死んだ後、叔父の家でお世話になった孝介は夢を持つ事を諦めた。
別に叔父夫婦の性格が悪かったわけでも孝介との仲が悪かったわけでもない。
叔父達は孝介のことを自分の息子のように育ててくれた。
でも、それが逆に自分と叔父達が他人であることを意識させた。
感謝しているからこそこれ以上迷惑はかけられないと、高校卒業と同時に就職し、叔父の家を出た。
夢を諦めた人間がもう一度夢を持つのは容易ではない。
いつしか孝介は夢を持つことすら諦めていた。
だが、琴のおかげでささやかではあるが、目標が持てた。
琴を支えるという目標が。
こんなこと本人を前にしては決して言えないが、琴はそれほど孝介にとって大きな存在になっていた。
今日も夜の公園へと足を運ぶ。
仕事で手間取ってしまった為、かなり遅い晩飯をコンビニで買った。
そのために、いつもより遅く公園に着いた。
琴はもう来ているだろうか。
孝介は歩く速さを少し上げる。
だが、何か違和感を感じ立ち止まった。
歌が聞こえてこなかった。
いつも先に来て歌っているはずが、今日は何も聞こえてこない。
首をかしげながらも、孝介は噴水の前へとやってきた。
そこに琴の姿はない。
しかし琴のことだ。隠れて驚かそうとでも思っているのだろう。
(子供だからな…あいつ)
孝介は袋から弁当を出し、食べ始める。
きっと今頃、物陰にいる琴もびっくりしているに違いない。
―なんで捜さないの?捜すでしょ?普通。
そんな琴のツッコミを想像して思わず笑いそうになる。
だが、ここで笑ってしまっては放置プレイの意味がなくなってしまうと、必死で堪えた。
(出てこないな…)
すでに弁当も平らげ、時間も日付が変わってしまったにも関わらず、琴が出てくる気配はない。
(つーか…始めからいなかったのか…)
それに気付くと、急に恥ずかしくなってきた。
孝介は始めからいない人間を放置プレイしたり、バレないように笑いを我慢したりしていたのだ。
かなり滑稽な話だった。だが、問題はそこではなかった。
琴が来ていないのだ。
あれだけ毎日必死に練習していた琴が休むなんて考えられなかった。
いや、風邪を引いたのかもしれない。
もしくは何か別の用事があったのかもしれない。
けど、何故か孝介は不安にかられていた。
こんな時に琴の連絡先がわからないのがもどかしい。
琴は珍しく携帯を持っていなかった。
孝介もここに来れば会えると安心していたから特に気にもしなかったが。
(もう少し待ってみるか…)
けれども、その日琴が現れることはなかった。




