第五話
「なぁ、琴」
孝介が空を見上げながら聞いた。
雲一つない夜空には出会った時と同じ丸い月が浮かんでいる。
「何?孝介くん」
孝介の隣、肩を寄せ合って座る琴が答えた。
「どうしても納得できない事あるんだが…」
「うん」
「俺たちは何だ?」
「ん?」
いまいち質問の意図がわからなかったが
「恋人じゃないかな?」と答えた。
「ますます納得できん」しかし、孝介は余計に首をかしげてしまった。
「意味がわからないよ?」
まぁ、当然の反応だった。
「その、なんだ…俺たちは恋人だろ?」
「そうだね」
「なのになんで会うのはいつもこの時間なんだ?」
ようやく孝介の言いたい事がわかった。
琴はぽんっと手を叩く。要するに孝介はデートがしたいのだ。
「これじゃあ何も変わってないだろ!?」
言った後、孝介ははっ、と気付く。
「もしかして遊ばれてる?」
孝介だって誘わなかったわけではない。
会う度に誘った。子供っぽい琴に合わせて遊園地や動物園。歌が好きだからとコンサートにも誘った。
それでも琴は『私はこうして一緒にいるだけで幸せだよ』の一点張りだった。
「私はそんな器用な人間じゃないよ」
「だったらなんでだよ?」
「それは……」
それ以上、琴の言葉が続くことはなかった。何か言い分でも考えているのか、顔を伏せて手をもじもじさせている。
孝介はそれを見て、諦めたように、浅くため息をついた。
琴に何か秘密があるのは、出会った日に薄々気付いていたのだ。
今さらしつこく聞き出すこともないだろう。いや、本当は聞きたいのだが、辛そうにしている琴を見ていると、それは出来そうにもない。
「悪かったな…」
思考を遮られた琴は『え?』と顔を上げた。
「何か理由があるんだろ?いいよ。もう無茶は言わない」
「孝介くん…」
「けど、いつかは教えてくれ。琴が話してくれるのを待ってる」
琴は少し悩んだが、最後には頷いた。
今は待つしかなかった。
「やっぱり優しいね。孝介くんは」
笑顔の琴。けれども、心なしかその笑顔には力が込もっていないように思えた。
「そうか?」
「うん。私は幸せ者だと思うよ」
「そういう恥ずかしい台詞をさらっと言うのはやめてくれ」
孝介の照れて困った顔を見て、琴はくすくす笑った。
孝介は安心する。
やはり琴は笑っているべきだと思った。
「じゃ、練習するか」
「そうだね」
琴は立ち上がる。
(ごめんね…孝介くん…)
胸中で呟いた。
自分はズルい女だ。
孝介は何も間違っていないのに。
デートがしたいなんて当然なのに。
それが出来ないのは自分のせいなのに。
(それでも私は孝介くんといたいって思ってる…)
自分ばかりで孝介に何も返してあげられないのが辛かった。
だからせめて、歌だけは彼を想って歌おうと決めた。
すぅ、と深く息を吸い込む。
そして、歌い始めた。
孝介のためだけに。




