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第四話

琴と出会って一週間が経った。

特に変わった事があったわけでもなく、歌を聴いては他愛のない会話をするだけだったが孝介の中でそんな時間がかけがえのないものになっていた。

それは毎日の寝不足すら気にならない程。

「ふわぁ…」

孝介が大きな欠伸をかました。

さすがに気にならないは言い過ぎだったようだ。

それを見ていた琴の歌が止まった。

「随分眠そうだね?」

心配そうに琴が孝介に近づいてきた。

「悪い…ちょっとコーヒーでも買ってくる」

立ち上がり自販機に駆けていこうとする孝介。

「無理しないでいいよ。私は一人でも平気だから」

琴が孝介の手を取りそれを引き止めた。

孝介が琴に顔を向ける。

自分の事を本当に心配してくれているのがわかる。

「…琴」

穏やかな声で言った。そして、優しく琴の手を離すと

「お前が俺に気を使うなんて10年早い」

琴の頭をくしゃくしゃと撫でた。

「ちょっと。こ、孝介くん…」

琴が孝介から離れ、乱れた髪を直す。

「お前はまだよくわかってないみたいだな」

「…何を?」

少し口を尖らせて琴が聞き返してくる。

「俺がどれだけお前の歌が好きかって事をだよ」

「えっ…」

琴の顔が赤くなる。相変わらずこういう台詞には弱いようだ。

けど、今回は孝介自身も恥ずかしかったらしくそのまま自販機に向かう。

コーヒーを買って戻ってきたところで琴が改めて言った。

「でもやっぱり無理はしないで欲しいよ」

「わかったよ。どうしても辛くなったら言う。それでいいか?」

孝介がそう言うと、満足したように琴は頷いた。


二人はいつもみたく噴水の縁に腰かけた。

風が吹き、琴が身を震わせる。

「寒いか?」

孝介は自分の上着を琴の肩にかけてやる。

ありがとう、と琴が言った。

「こんなとこ彼女に見つかったら大変だよね?」

上着をきゅっと握りしめながら、不意に琴がそんなことを呟く。

「か、彼女?」

思わず声が裏返った。

「うん。いるんでしょ?」

「…いない」

「うっそだぁ。絶対いるよ」

「いないって…」

言ってて悲しくなってきた。

勿論、今まで付き合った事がないわけではないが、ここ数年はそんな出会いなんて全くない。

「いないんだ…」

「おい。なんでそんな嬉しそうなんだ?」

「いやいや、決してそんな事は」

「嘘つけ!ニヤニヤしやがって。どうせ俺はモテねぇよ」

ふて腐れながら言うと、コーヒーを一気に飲み干した。

「でも私はいいと思うよ。孝介くん背も高いし、カッコイイんじゃないかな」

「憐れみなら結構だ」

孝介は、ぷいっと顔を背けた。

「もう…せっかく褒めてるのに」

そんな孝介を呆れるように見る琴。

「だったら俺と付き合えるか?」

孝介は顔を背けたまま聞いた。

子供染みた事を言ってるなと自分でも思う。

まぁ、琴のことだ。

赤面しながらも笑って受け流すだろう。

しかし、いつまで経っても琴の反応がない。

おかしいと思い、ちらっと横目に琴を見る。

「………」

ぽーっと赤くなっているのは予想通りだ。

けど、琴は何かを考えてるようだった。

「…琴?」

孝介が呼ぶと、琴が伏せていた顔を上げた。

「あ、えっと…あの…私…」

言葉を探すように視線を泳がせる。

「おい、琴」

「は、はい!」

背筋を伸ばして、琴が孝介に向き直った。

「お前さ…」

「私はね!」

孝介の言葉は途中で遮られた。

仕方ないので黙る。

「私は…こんな私でよかったらいいよ?」

「何が?」

「だから、付き合うの…」

「……………は?」

長い沈黙の後、孝介の口から出たのは、なんとも間の抜けた声だった。

「孝介、くん…?」

不安そうに孝介の顔を覗き込む。

「いや…すまん。なんつーか…」

必死に言葉を探す。こんなはずじゃなかったんだが。

「私なんかじゃ…無理だよね?」

琴は無理して笑っていた。

そんな琴を見ていると、ちくりと胸が痛んで切なくて。

次の瞬間には

「…お前こそ俺でいいのか?」

そう言っていた。

「うん。私は孝介くんがいい」

「照れるな…」

「私だって恥ずかしいよ」

それから、二人同時に吹き出した。

「返事聞いてもいい?」

「決まってるだろ。こっちこそよろしくな」

重ねられた手。

琴の笑顔が眩しかった。

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