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第三話

孝介の住む街はお世辞にも都会とは言えない、むしろ田舎と言ったほうが近い。

駅前に出たとしても高層ビルなどなく住宅地ともなれば街灯は数える程しかなかった。

こんな犯罪者にとって好条件な街だというのに都会に比べて極端に犯罪が少ないのだから平和な土地なのだろう。

孝介は先もよく見えないような道をあの公園目指して歩いている。

自分でも不思議だった。

昨日の孝介は何と言っていたか。まさか早速昨日の今日になるとは。

琴のリアクションが目に浮かぶ。

実は昨日あれから色々話をしてわかった事がある。

琴は打ち解けてみればよく話すしよく笑うような女性だった。

そう考えると、琴のリアクションが容易に想像出来た。

そしてそれはかなり屈辱的なものになる。

自然と歩みも遅くなるが、住宅地を抜け開けた場所に出ると公園はもう目前だった。

公園に近づくにつれ昨日の歌声が聞こえてきた。

琴はすでに来ているようだった。

一度立ち止まり耳をすませる。

透き通るような声が優しく頬を撫でていくような感覚。

人を惹き付ける力がある歌声だというなら孝介はすでにそうだろう。

だから来てしまった。



公園の中は相変わらず静けさに包まれていた。

いや、琴の歌声だけが鮮明になっていく。

琴は昨日と同じ場所にいた。

祈るような仕草で目を閉じ歌を紡ぐ。

それは最初に目にして心奪われた幻想的な女性の姿。

孝介はいつまでも見ていたい気持ちなる。

が、歌が終わったようだ。ふぅ、と息を吐きゆっくりと琴の目が開かれる。

「あれ?孝介くん?」

孝介がいる事に気付いて驚きの声を上げる。琴は孝介の事を『孝介くん』と呼ぶようになった。

聞いて驚いたのだが、琴は孝介より2コ年上だったのだ。

孝介が23なので琴は25歳ということになる。

てっきり年下だと思っていた孝介はそれを聞いて大笑いしたのを思い出した。

「今日も来てくれたんだ」


「ま、まぁな」

「ふ〜ん」

琴がいやらしい笑顔を孝介に向ける。

想像した通りのリアクションだった。

「別に今日は来ないとは言ってないだろ」

何だかそれが無性に悔しかった孝介はそう言い返す。

「うんうん。そうだったねぇ」

まるで子供をあやすように琴がそっと孝介の頭を撫でた。

何だか馬鹿されてるようで…いや、馬鹿にされてるのか。

自分より幼く見える琴にそうされるのは屈辱以外の何でもなかった。

だが、よくよく考えてみればここまで予想出来たのは琴がそれほどまでに単純だからではないのか。

そう思うと急に琴が哀れに思えてきた。

(馬鹿だったのかコイツ…)

孝介は哀れむように琴を見ると、ふっ、と鼻で笑った。

急に優しい気持ちになれた気がした。

「えっと…なにかな?」

当然、琴は面をくらったような顔になる。

「いや、なんでもない。早く琴の歌が聞きたかったからな。それじゃあ駄目か?」

ボッ。と琴の顔から火が出そうな程赤くなった。

孝介をいじめてやろうとしていたはずが、予想外の攻撃を受けたのだ。たまらず琴は表情を隠すように顔を逸らした。

そんな琴を孝介が見逃すはずがなかった。

「さぁ歌ってくれないか?俺のために!」

大袈裟に両腕を広げ琴を見つめる。

そこで琴もからかわれている事に気付いたのだろう。

はぁ、と長いため息を一つ吐いた。

「あのままだったらポイント高かったのにな…」

残念そうに琴が呟くのが聞こえる。

「やられっぱなしは性に合わないからな」

「もう…何の勝負よ…」

ドキドキした分損したとでも言いたげに琴は言った。

少し可哀想な気もした。

だから孝介は

「ま、歌が聞きたかったのは本当だ」

とだけ言っておくと

「……馬鹿」

また小さく呟くのが聞こえた。

それから二人は何も言わず孝介は噴水の縁に腰かけ、琴は再び歌い始めた。

まるで最初から決まっていたかのように。

静寂を琴の歌が包み込んでいく。

ゆったりとした、それでいて心地よい時間。孝介もそんな時間に身を委ねるように耳を澄ます。

懐かしい旋律。

そういえば、と孝介は思った。

(何で懐かしいなんて思ったんだ?)

妙な感じだった。

もちろん、琴が歌う歌は知らないものだ。

少しも聞いたことがないのだから琴が作った歌なのだろう。

それでも何か懐かしいものを感じる。

昔どこかで聞いたような。

(…どこで?)

思い出せなかった。

記憶に残っていないのに体、いや心は覚えている。それがとても歯痒かった。

しばらくして孝介は考えるのをやめた。

どうでもいいような気がして。




何度か歌った後、琴が孝介の隣に座った。

ずっと歌い続けて疲れたのか額にはほんのり汗が滲んでいた。

「何か飲むか?」

孝介が聞いた。

「じゃあミルクティー」

「わかった」

孝介は近くに自販機の灯かりを見つけ走った。

ミルクティーと自分用にコーヒーを買う。

出てきた缶を拾い上げると、また琴の元へ走っていく。

「ホットでいいよな?」

「うん」

琴は受け取ったミルクティーのプルタブを開け、それを口に運ぶ。

甘さが口一杯に広がっていく。

「おいしい」

噛み締めるように琴が呟いた。

それを見て孝介もコーヒーを飲む。

「ねぇ」

琴が孝介を見ていた。

「ん?」

「今日はありがとね」

笑顔で琴が言った。笑うと一層幼さが際立つ。

けれども、今回はそれを笑うような事はしなかった。

「言ったろ?俺だって楽しみにしてたんだ。だから礼は言わなくていい」

「あ……うん」

照れながらも頷く。

「じゃあ楽しみにしてくれてた孝介くんの期待にお応えして!」

ミルクティーを脇に置き琴が立ち上がる。「お、おい…無茶はするなよ?結構な時間歌ってたろ?」

「大丈夫だよ。今日は調子いいんだ。それに…」

背を向けていた琴がくるっと孝介の方に振り向くと

「聞いて欲しいの。私の歌が楽しみだって言ってくれた孝介くんに」

少し照れながら、それでも真剣に言った。だから孝介も

「そっか」とそれ以上止めることもしなかった。




 

歌を聞き、休憩がてら会話してるうちに時間は日も変わり午前1時。

「あ、やばっ。私帰らなきゃ」

時計に目をやった琴が驚いて立ち上がった。

それに続いて孝介も立ち上がる。

「送っていくぞ?」

さすがにこんな時間に一人で帰すわけにはいかなかったが。

「平気平気。すぐそこだから」

と琴が手をぶんぶん振ってそれを断った。

実は昨日もこうして送っていく事を断られていた。

「馬鹿。遠慮すんなよ」

「違うの。えっと……だから……あっ!」

琴が向こうの空を指差して言ったが、孝介は琴を見ていた。

「なんで!?」

どうしてと言わんばかり驚かれた。

「なんでと言われても困る」

「いやだって、普通あっ!ってやられたらそっちを見るでしょ?」

「おもしろいなお前」

あはは、ととりあえず笑っておく。

「笑うな!」

琴に怒られた。真面目に言っていたようだった。

だったらと孝介も真面目な顔になる

「送るくらいいいだろ?むしろこんな時間に一人で帰すほうが男としてどうかと思うが?」

「それはそうだけどさ…」

何か言いづらい事でもあるのか手をもじもじとさせている。

何だか琴を困らせているようで結局孝介が折れる形になってしまう。昨日と同じだった。

「はぁ…わかったよ。じゃ、大丈夫なんだな?」

「うん」

しっかりと頷かれてしまったので、もう何も言えなくなってしまった。

「じゃあね。…また明日でいいのかな?」

孝介よりも背が低いせいか、自然と見上げるような恰好で聞いてくる。

男とは大抵この視線に弱いものだ。

「あ、あぁ…」

照れたのを隠すためとはいえ、自分でも間抜けな顔をしてるんだろうなと思った。

「よかった。じゃあまた明日ね。孝介くん」何度も振り返っては手を振って琴は孝介が来た反対の入口へと向かう。

送れないのならせめて姿が見えなくなるまでは見送ってやろうと思った。

琴が暗闇に姿を消すまで孝介も手を振っていた。

琴が見えなくなった途端に欠伸が出た。

「明日も朝から仕事なんだよなぁ」

一つ大きな伸びして孝介も歩き出す。

「また明日、か…」

まさか自分にこんな女性にマメな一面があったのかと思うと、苦笑せずにはいられなかった。

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