第二話
孝介は柄にもなく、その光景が幻想的だと思った。
公園の中央に位置する噴水の前で一人の女性がいた。
目を閉じ手を胸の前で重ね、まるで祈るかのように歌を紡いでいく。月の光に照らされたそこはまさしく彼女の舞台だった。
呆けるようにじっと見つめていた孝介に気付いたのか彼女の歌が突然終わった。
「わっ…」
そう小さく呟いた彼女。それがさっきまでの彼女と雰囲気が違ったので孝介は笑ってしまった。
「どうして笑ったんですか?というより、いつからそこに?」
歌を聴かれていたことが恥ずかしかったのだろうか。彼女の頬が赤く染まっていくのがわかる。
「悪かったな。まぁ、俺のことは気にしなくていいから」
「気にしますっ!」
孝介としてはもう少し歌を聴いていたかったのだが、彼女はもう歌う気はないようだ。
残念だが、いきなり知らない人間が来たのでは歌いづらいのは確かだ。
孝介は改めて彼女を見てみた。
背中まである長い黒髪に肌は雪のように白い。どこか儚げな印象を受ける女性だった。
「あの…じっと見られると不気味なんですけど…」
「不気味って失礼な奴だな」
「当然の反応だと思います」
まぁ、実際は儚げとは無縁のようだが。
「何か用ですか?」
気のせいか孝介と女性の距離がさっきより離れていた。
そこで孝介が気付く。よく考えてみれば今の自分はかなり危険な存在であることに。
時間もあと少しもすれば日付も変わろうかという時間。しかもこの公園にはあまり街灯がなく夜には人気がほとんどないような場所だ。そんな時間と場所で見ず知らずの男と二人なのだ。警戒しないわけがなかった。
「あ、勘違いするな。俺は怪しい者じゃないぞ」
しかし、彼女との距離が縮まることはない。
(つーか、こんな弁解してる時点で怪しいか…)
怪しい奴が自ら怪しいと言うなど聞いたこともない。
「大声を出したほうがいいですか?」
彼女が警戒を解く様子はない。
「それを俺に聞くのか?…じゃなくて、見てわからないか?ほら」
孝介は慌てて持っていた袋を見せる。
先ほどコンビニで買った弁当が入っていた。
「晩飯を買ってきた帰りにな…聴こえてきたからさ。あんたの歌声が。気になって来てみただけだ」
それを聞いて少しは安心したのか彼女がほっと息を吐くのがわかった。
「いつもこんな時間に歌ってるのか?」
「まぁね。この時間は人がいないから。誰かさんは来ちゃったけどね」
「邪魔だったか?」
「うぅん。一人はやっぱり心細かったし…歌を聴かれたのは恥ずかしいけど」
「そうか。それは良かった」
孝介はそれだけ言うと弁当の入った袋に目をやる。
コンビニで暖めてもらったが、そろそろ冷めてくるだろう。
「…じゃあな。俺はそろそろ帰るわ」
孝介が踵を返して帰ろうとすると、後ろから呼び止められた。
「なんだ?」
「まだ聞いてないんだけど」
「何を?」
「感想。聴いたんでしょ?私の歌」
「………」
そう言われて孝介は少し考える。
感想と言われても孝介には人を評価できる程の知識などない。
だから―
「良かったと思う。じゃなきゃ、わざわざここまで来たりしないだろ?」
と、素直に思ったことを言った。
音楽自体にあまり興味がない孝介がそう思ったのだ。
彼女の歌には人を惹き付ける何かがあるのかもしれない。
「そっか…」
少ない孝介の言葉でも彼女には嬉しかったらしく、安心したように顔を綻ばせる。
そんな彼女を魅力的に感じたなど口が裂けても孝介には言えなかったが。
「ねぇ。明日も来る?」
「この時間にか?う〜ん…どうだろうな。一応俺も社会人だしな。来れる保障はないぞ?」
「じゃあ来れる日だけでもいいからさ。駄目かな?」
危険がないとわかったとはいえ、いきなりそんな事を頼んでくるとは驚きだった。
というか、心細いならこんな時間に練習などしなければいいだけなのだが。
彼女にも事情があるのかもしれない。
「わかった。じゃあ都合がつく日だけな」
「ほんと?」
「あぁ」
彼女の歌をまだまだ聴いてみたいのもある。正直断る理由もなかった。
「ありがとう!あ、私立川 琴よろしくね」
彼女、琴は心底嬉しそうに言った。
そこまで感謝されるとは思わなかった孝介は困惑しながらも笑顔で言った
「俺は高島孝介だ。まぁ、よろしくな」
それが二人の出会いだった。




