卒業式
最後のHRは通知表と卒業アルバムの配布くらいで、後は卒業式が始まるまでの待機を指示して先生は教室を出て行った。
式まではまだ時間があり、早速アルバムをめくったり寄せ書きをしている空気の中優樹を誘って教室を出る。
行き先は美術室、この学校で唯一ずっと大好きだった場所。
それを提供してくれた先生に一言お礼を言いに行きたいとそんな提案に、優樹もいいねと賛成してくれた。
美術室の扉を開くと、驚いたようにこちらを見て
「いいんですか? クラスメイトと別れを惜しまなくて」
なんて聞いてきた葛城先生は
「惜しむ相手とは別れませんから、私にとってはさっぱりです」
私の返事に、相変わらずですね、そう笑って……この綺麗な笑顔とも今日でお別れだ。
すっと息を飲んで、先生を見つめる
「今まで本当にありがとうございました、ここが大好きでした、一杯守ってもらいました」
そう頭を下げると、優しく頭をなでられて驚いて顔を上げる
「私は何もしていませんよ、よく頑張りましたね、日比谷さんも頑張ってよく助けていた、私はあなた達はとても強かったと思います」
そんな言葉に、学校での別れで泣くことなんて無いと思っていたのに鼻の奥がツンとしてきて、少し予想外
「感謝しています、先生は私の道標になって下さいました」
隣で優樹も頭を下げるのに、先生は嬉しげに微笑み優樹の頭も撫でて
「さて、名残惜しいですが、そろそろ教職員は体育館に行かなければ、会場で待ってますよ」
先生は美術室を出ていった。
二人きりになって、今なら丁度良いかなって、手持ちの小さなバッグから白い包みを取り出して優樹に渡した
「優樹、学校は離れちゃうけれど、ずっと友だちでいてね、いっぱい迷惑かけたのに、いつも助けてくれてありがとう、私も優樹を助けられるようになるように頑張るから」
「何言ってるのか、私も紗綾には助けてもらったし楽しかったよ、学校が違ったってお互いその気ならいつでも逢えるよ」
真っ直ぐに私を見て言って……これ開けて良い? って聞いてくるのに頷く
「へぇ……木彫りの写真立て? 紗綾が彫ったの?」
「うん、お決まりのバラだけどね」
「良く出来てるよ、流石あれだけ彫っただけのことはあるね、大事にする」
ぎゅっと胸に抱きしめて笑顔を見せてくれた。
相変わらず破壊力のある笑顔に少しドギマギしてしまうと、ちょっと待ってといって優樹がスケッチブックを持ってきた。
「開いてみて」
そう言われて、見覚えのないスケッチブックをめくり、驚いた
「これ、私?」
一年の頃、まだ背も小さかった頃から始まって、後半はごく最近の笑ってる私の顔
「たまにね、書いてたんだ、あんたは何かに集中するとまるで周りが見えないから面白かった」
そういってくすくす笑っている
「成長の記録、受け取って?」
「良いの!?」
「声でかいって、相変わらずだなぁ、良いよ、って……うわぁっ」
溢れた感情のまま優樹に抱きついてしまった。
潤んだ目を見せたくなくて、背の高い優樹の胸元に顔を伏せる
「よく頑張ったよ、あんたは」
「……っ」
教室に戻ると、私の席に人だかりが出来ている
「お~、帰ってきた、何処行ってたんだよ? おまえら居ないから一条と鳴木えらい目にあってんぜ?」
遠巻きにそれを見て一体何があるんだと思って居ると、苦笑してこちらを見る黒田
「おーい、戻ったぜ? 開放してやれよそろそろ」
すると、えーっ? とか、ざんねーんとか、声がしながら人だかりが崩れていく
「結構前にきたけどおまえら居ないしよ、そのまま待ってれば? つったら捕まってた、最後だからってシツコイのなんのって、だから戻るまでって約束で寄せ書きだのさせられてたって訳だ……モテる奴らは大変だな?」
そう人ごとのように笑う黒田だったけど
「黒田だってさっきまで他のクラスから来てたのが結構……」
などと開放されてこちらに来る鳴木に言われて
「ちょっ……なこたねーよっ!」
突っ込まれるくせに軽口を叩き焦るのは相変わらずかと思う。
……というか、別にからかったりはしないのに、信用無いなぁ?
「えらい目にあった」
続いて、一条もこちらに来るのに
「お疲れ~」
声を掛けたら、誰のせいだと睨まれて……けど、それって私のせいなの?
「ま、戻って来たならいい、おい、鳴木」
「あぁ」
二人して優樹の前に並んで
「世話になった」
「今までありがとう」
そう言って頭をさげるのを見て
「え? ちょ……やめて、視線が痛い……っていうか、なんで?」
珍しく優樹が驚いた顔で慌てている
「何でって、色々しただろ、美術室の提供とか」
呆れたように黒田が言うのに
「私先生に言ったくらいだよ」
「いや、本当に助かった、藤堂とはこれからも会えるけど、日比谷とは学校も違うし、最後に礼だけは言いたくて」
「お前が居なかったら、もっと困った事になっていた、感謝している」
真剣な二人に、優樹はふっと微笑んで
「私も楽しかったよ、退屈しなかったし、良かったら寄せ書き頼もうかな」
そう言うと、二人は嬉しそうに喜んでと言ってお互いのアルバムを交換しているのにハッとなる。
「ちょっ! ちょっとまって? 私もお願い!」
そう言って私の席に取りに行こうとすると、二人は動きを止めて私を見るから
「え……駄目? 書きすぎてもう私の迄は嫌とかいう?」
「なわけないだろ、書くよ、当たり前だろ?」
「珍しいと思っただけだ、おまえに書かせるスペースだって空けてある」
その言葉にほっとして、自分の席へと向かった。
卒業式は始まった当初から、そこここで女の子のすすり泣きが聞こえていた
だけど、私は卒業証書の受け取り後、保護者席の前を通りカメラを構えるママのを見つけて思いきりの笑顔を向けたのに……その隣でカメラを構えていた誰かのお父さんが目を丸くしているのが見えた。
美術室では少し胸にせまる物があったし、塾のお別れ会では取り繕いようが無いほど泣いてしまった私だけれど、卒業式では涙の一滴も溢れないということに我ながらおかしくなってしまう。
三年間の中学生活、ここに居たからこそ出来た友達も多いし、学んだことも沢山ある。
それは認めるけれど、でもここは涙を流して別れを惜しむ場所ではない。
式が終わり、校庭に向かって優樹と歩いていると、さっきまで生徒会役員に囲まれていた香織が走ってくる……その何故か必死な顔つきに
「どうしたの? そんな焦って」
「だって、さっさと出て行こうとするんだもん」
ぎゅっと抱きつかれたから、今日くらいはとぎゅっと抱きつき返して
「だって、私はこれで最後だなんて思ってないもん」
いつでも会えるよ、ううん、会いに行くって言ったら私を見て目を丸くしたまま黙るから
「香織はもう、こりごり?」
首をかしげてみせれば
「違うわよ! 何か今日の紗綾は素直すぎて吃驚しただけ……寂しくなるよ、でも離れたりなんかしないから!」
外に出ると、会場から先に出ていたお母さんがいるのを見つけて、優樹と香織の腕を掴んで写真を取ろう! と引っ張った。
「やめっ、紗綾危ない!」
「この馬鹿力~! 女の子はもっと大事に扱いなよね」
そう両隣から言われるけれど絡めた腕は放さずに顔を上げれば、みーのに引っ張られてこっちに来る黒田と、その向こうから一条と鳴木が来るのが見える。
――どうせなら皆一緒がいいな
快活に笑う鳴木の隣で眉間に皺を寄せる一条が居て、少し斜に構える黒田を諫めるみーのに、クールに微笑む優樹と人懐っこいえくぼを浮かべる香織。
撮る前から脳裏に浮かぶ絵に頬が緩む
「なーに、笑ってる? 紗綾」
「んっ? 絶対捕まえて写真撮ろうってね! きっと良い写真になる」
ここを卒業する今、私はこんなにも笑顔で居られる。
そのことをとても嬉しいと思った。
とうとう、紗綾本編はこれで終わりとなります。
内容的には先のありそうな終わりで、以前リクエストも頂いた高校生編というものも私自身も書きたいし読みたいとは思うのですが、この話の様に連続して時系列で追って先を書くのは今の私の力量では難しいと思っております。
ですので、過去の拍手をあげたり、もしかしたら番外編などを書くかもしれないので、完全に終わりとは言えないのですが、高校生編は現状では考えていません……が絶対無いとも言えない状況です。
尚、次回作なのですが、今は準備の時間が全く取れず、幾つか途中まで書いたものは有るのですが、最後迄見通しのたった話は一つも無いので、暫しお休みとなってしまいそうです。
お話を書く事も読んで頂くのもとても楽しいのですが、先まで見通しが立たないまま書いてしまうと、現在こう着状態に陥ったアイシャの様な作品ばかり載せる事に成りかねないので、途中変える事はあっても少なくとも道筋が出来てからUPという形にするつもりです。
もしこの先もお付き合いいただける様でしたら非常に申し訳ないのですが、少し多めにお待たせしてしまいそうです。
ただ、作品に流れるテイストは変わらないと思いますのでゆっくりお待ちいただければ幸いです。
途中全削除などあり得ない紆余曲折の中一年以上続いたこのお話をお付き合い頂きまして本当にありがとうございました。
一休みの後は、また妄想を積み重ねお話を綴りたいと思いますのでどうかよろしくお願いします。