侍女頭編
リクエストを頂きましたので、侍女頭編を載せました。
・・・侍女頭編と言えるかどうかちょっと怪しいです。
身分の低い彼女が王妃になった。
当然のごとく、それに反対する者も多かった。
が、ある程度の年を重ねてきた私には、そんな事はどうでもよかった。
私は、仕事に誇りを持っている。
だから、私がする事は、誇りを持って仕事をする事!!
たとえ、それがどんな者に仕えようとも・・・・・だ。
その方の為に、私が出来る事をする。
そして、現在仕えているのは、その身分の低い王妃様だった。
・・・・・・彼女が王妃になり、そろそろ1年が立とうとしていた。
「王妃様、笑顔は大事だと申し上げたでしょう。つまらなそうなお顔を臣下の者に見せるなど言語道断でございます」
厳しいだろう言葉を王妃に投げつける。
彼女は、泣きそうな声で、「・・・ごめんなさい」と返事をする。
・・・・私が鬼だとでも思っているのでしょうね。
私は、彼女の顔を失礼にならないよう覗き見ながらこっそりと溜息をこぼす。
そして彼女は笑顔を張り付けて自室へと戻られた。
なんとか、あの笑顔が部屋まで持ってくれればいいのだけれども・・・。
そんな事を思いながら、誰もいなくなった謁見の間を見渡した。
彼女がつらいと思っている事も、私を嫌っている事も知っている。
だが、彼女には立派な王妃になってもらいたい。
ただでさえ、彼女は身分が低く、後ろ盾もなくこの城にやってきたのだ。
ならば、実力で王妃として相応しいと他の者に認めさせなければならない。
今しがた終わったばかりの『講義』
表向きは、王妃様に施政の相談・承認の為の謁見となっている。
そうして、他の貴族や王妃の座を狙う者達に、王妃はただの小娘ではないと思わせる。
だが、実際は宰相様の承認を得たものをわかりやすく王妃に説明する。
我が国の現状を把握して頂くために。
そんな裏事情を王妃様に伝えていない為、彼女はこれがただの嫌がらせだと思っているだろう。
「ご苦労様でした。レティ」
誰もいなかったはずの謁見の間に、宰相様の声が響きわたる。
彼の姿を見つけると、私は一礼して顔を上げる。
「いいえ、私は何もしておりません。真に疲れていらっしゃるのは王妃様でございます」
キッと宰相を睨みつけるように彼を見据える。
なぜ、王妃に本当の事を教えて差し上げないのかという思いを込めて。
その視線に込めた思いを、彼は正しく汲み取ったようで肩をすくめて苦笑いをする。
「・・・そんな目で睨まないで下さい。私とて、理由もなく彼女に真実を伝えない訳ではないのですから」
その言葉に、思わず噛みついてしまうのは年のせいかもしれない。
「ならば、その理由とはなんなのでしょう?王妃様を辛い目に合わせるだけの理由が御有りなのでしょう?」
私の言葉に、宰相様は困ったとでも言う様に首をかしげた。
「もちろんそうですが・・・。そうですね。あなたにならば話してもいいでしょう。最近、陛下が新たに側室を設けようとしているのをご存知ですか?」
宰相様の言葉に私は驚いて目を丸くする。
「・・・その様子ですと、ご存知ないようですね。王妃様はうすうす感づかれております。まぁ、当然といえば当然かもしれませんが・・・。夜のお渡りがなくなり、陛下は頻繁にある方のお屋敷に赴かれておいでなのですから」
宰相様の言葉に、私も頷く。夜のお渡りが最近ほとんどない事は私も知るところである。
だが、ある方のお屋敷とは一体どなたというのだろう。
「その方を近々、側室として召し上げるよう準備を進める事になっております」
その言葉に、思わず息をのんだ。
そんな話は聞いたことがない。
側室ともなれば、私のところに話が来るはずである。それなのにもかかわらず・・・。
驚きのあまり、声を発せないでいると、宰相様は話を続ける。
「・・・・・最近の王妃様のご様子がおかしいことにあなたはお気づきになりませんでしたか?」
確かに最近はぼーっとする事が増えたり、泣きそうな表情の彼女を見かけていた。
「身分も低い、教養もマナーも一流とは言えず、施政の事などほとんど何も知らない状態の彼女だった。ただ一心に陛下の傍にと思って王妃になられた方に、それを全てお持ちの方が側室となられたらどうなると思いますか?」
宰相の問いかけに何が言いたいのかわからない。
「・・・・きっと、彼女の心は折れてしまうでしょう」
首を降るようにそういう宰相様に私は首をかしげる。
「そのような事はこれまでも散々あったではありませんか。それを押しのけ今の王妃の座を手にいれた方でしょう」
今更、そのような方が側室になられようと、あの方ならば乗り越えられるのではないだろうか。
私の疑問に宰相様はため息をつく。
「はぁ。あなたも同じ女性としてわかるのではないですか?それまでは陛下のお心が側にあったからこそ頑張れた話。ならば、今の状況でしたらどうでしょう?」
その言葉に私もやっと宰相様の言いたいことに思い当たった。
「・・・・そうですね。仮に陛下のお心が王妃様にないとすれば、彼女を支えるものはなくなってまうでしょうね・・・」
そして、それは既に仮ではなくほぼ間違いのないことだった。
「身分の低い彼女を王妃とする時、黙らせた方々が再び口を開く恐れが出てきます。それならば、王妃様が彼女ではなければならない理由を作らなければいけないでしょう?それを彼女に伝える事ができますか?」
宰相は無表情でそう話す。いや、無表情というよりどこか怒りを含んで見えるのは気のせいだろうか?
「・・・・あなたは、陛下からの愛情を失くし、あなたを王妃の座から下ろそうと命を狙われ、再び自分の娘を王妃にと企んでいる輩が現われるでしょう。ですから陛下の仕事をしっかりしてその地位を守れ。と?」
その言葉に私は返事を返せないでいた。
普通ならば、王妃がするはずのない謁見。最近では、陛下や宰相様の仕事をも手伝っていると聞いていた。
なにも知らない彼女だからこそ、それは王妃の仕事だと思っている。
近隣の孤児院や医療施設への訪問やお客様の茶会でのおもてなし。そして、陛下をお支えする事。
今までの王妃の仕事といえばそんなものだった。
「王妃様には酷かもしれませんが、それも覚悟の上で彼女は王妃となったのでしょうから、わざわざ理由をお教えせずとも、これが王妃の仕事だと思われていた方が、王妃様にとっても良い事だと私が判断したまでです」
「ですが、陛下は何もおっしゃらないのですか?」
そう、それが疑問だ。国の施政に口を出し、仕事をさせるなどあっていいわけがない。
「・・・・もともと、仕事が嫌いなあの方が仕事の量が減った所で気づくはずがないでしょう。今までも散々人に押し付けていた仕事です。それを誰がやっているかなど、知るはずもないでしょうからね」
吐き捨てるようにそう言う宰相様の顔は隠す事もなく歪んでいた。
今の国王になり愚王だなんだと、侍女の間でもささやかれていた。
それを耳にするたびに諌めてはいたが、心の中では私も同意見だった。
だからこそ、私たちは更に誇りをもって仕事をしなければと思っていた。
その想いで王妃様にもしっかりして頂きたかった。だが、ここまで愚王であるとは最早頭を抱えるしかない。
「・・・わかりました。王妃様に関しては私ももう何も言いません。お辛いでしょうが、彼女にはしっかりして頂かないといけませんね・・・・」
深いため息をつくと、宰相様も静かに頷いて下さった。
それを最後に宰相様は部屋を出て行き、私も謁見の間を後にした。
ほどなく、陛下は側室を迎えられた。
一時期はふさいでいた王妃様に、私や宰相様は塞ぐ暇もないくらいの仕事を与えた。
私は、彼女に王妃として自覚を持って頂けるよう厳しく叱咤した。
それも、彼女がここで安泰に暮らしていける術を持ってほしくてやった事だと私は思っていた。
彼女が王妃を辞めたと知らせを聞くまで。
「な、なぜですか!!」
いつかと同じよう謁見の間に私たちはいた。
「仕方がないでしょう。すでに彼女の心は壊れる寸前でした。そんな彼女を引きとめておいても彼女の為にならないでしょう」
目の前の宰相は悔しげに顔を歪めていた。
「・・・・王妃様の為とおっしゃるのですか・・・・」
これまで、必死で彼女は王妃の仕事をしていたのを私は知っている。
どんなにつらくとも笑顔でそれを乗り越えてきていたはずなのに・・・。
そんな彼女の辛さに気づけず、王妃を辞めるまで追いつめていた自分に腹が立ち思わず唇を噛みしめる。
「・・・・レティ、貴女は王妃がお嫌いなのではなかったのですか?」
思わぬ言葉が宰相様から放たれた事に、私は勢いよく顔を上げた。
「なにをおっしゃるのですか!あのように必死に頑張っている方を嫌いになどなれますか!!最初は身分の低さゆえ無知な事をされていた時はほとほと腹が立ちましたが、あんな愚・・・陛下の為に一生懸命になっていらっしゃる方を嫌うなど、あるわけがありません!」
彼女の努力は嫌と言うほど分かっている。あえてきつい事を言っている私の言葉をあんな愚王の為に、泣きごとも言わず素直に聞き入れ頑張っていた。
仕事に誇りを持っている私にとって、彼女が『王妃』という仕事を頑張っている姿。そんな彼女を私は誇りに思う。
そんな彼女の事を嫌うなどあるわけがない。
「貴女・・・今愚王と言いそうになりましたね。・・・・まぁ、いいですが。そうですか。それならば、貴女も彼女が王妃である事に異存はなかったわけですね」
なにやら、ぶつぶつ言い始めた宰相様の最初の言葉に思わずびくりとしたが、聞こえなかった事にする。
うっかり本音が出そうになってしまった事は、致し方ない。
なにせ、あの愚王は彼女を追い出してしまったのだから。
まったくもって、どこまでも愚王だ。
「まぁ、少し時間はかかるかも知れませんが、彼女はここに戻ってくる事になるでしょう。いいえ。必ず戻ってきますよ」
にやりと笑う宰相様になぜか寒気がした。
合わせて、王妃・・・・いや、キャロル様の身がとてつもなく心配になった事は言わない。
数年後、本当に彼女が王妃として戻ってきたときには、思わず涙が零れてしまった。
もちろん、それは嬉し涙である。・・・・、宰相様もとい、現在国王に君臨されたあの方の奥方となって戻ってきたキャロル様に同情したわけでは決してない。
なにはともあれ、彼女が再び王妃に戻り、彼女を再び王妃とした力をもつ彼が王となった今、この国が幸せな事は間違いないだろう。
その彼女に使える私はこれからも、彼女を叱り、諌めることもあるだろう。
だが、それが私の仕事である。
そして、これからも私は仕事に誇りを持ち彼女を支えて行くつもりだ。
侍女頭を含め、侍女達からも王は最悪だと思われていた!!
よく国がもっていたものです。うん・・・・。
ここまで読んで下さってありがとうございました。
また、お会いする日まで・・・・。
睦月