聖女を守ろうとして罷免された元聖騎士から、英雄叙事詩が届きます。なぜか私が試練を与えたことになっています。
元聖騎士から、恋文が届いた。
差出人はレオンハルト様。
先月まで、神殿で私の護衛を務めていた方である。
『我が命より尊き聖女、エリシアへ。
ついに、私たちの愛は神殿に裁かれた。
君は覚えているだろうか。
私が君の居室へ向かったとき、衛兵たちが立ちはだかった、あの夜を。
彼らは言った。
聖女様はお休みです。お引き取りください、と。
ああ、なんと残酷な言葉だろう。
君が私に会いたくないはずがないというのに!
私は悟った。
これは、私たちを引き裂こうとする神殿の陰謀なのだ。
私は剣を抜き、君を解放しようとした。
だが、神殿は私を罷免した。
心配しないでほしい。
君が眠る間も、私の愛は眠らない。
いつの日か、必ず君を迎えに行く。
そのときこそ、二人で自由の空を見上げよう。
神殿に引き裂かれた、君の守護騎士レオンハルトより。』
「……私、普通に寝ていたのだけれど」
侍女のミーナが頷いた。
「はい。翌朝はよく眠れたとおっしゃっていました」
レオンハルト様は、魔物討伐で数々の功績を挙げた優秀な聖騎士だった。
ただ、私のこととなると、少々思い込みが激しかった。
神殿の仕事を「聖女への虐待」と決めつけ、非番の日まで居室へ押しかけてきたのである。
何度注意されても「聖女を守るのが使命だ」と譲らず、とうとう罷免された。
「お返事はどうなさいますか?」
「しないわ。神殿から、もう近づかないよう命じられているもの」
私は便箋をしまった。
「それに、自由の空なら昨日も見たわ」
「はい。市場へお買い物に行かれましたからね」
◇
二通目は、十日後に届いた。
『我が囚われの白百合、エリシアへ。
君を失った私にも、ようやく新しい使命が与えられた。
商隊の護衛だ。
私は幾十もの荷馬車を率い、街道へ出た。
だが、旅の途中で運命の知らせが届いた。
君が北の村へ向かったというのだ!
私はすべてを理解した。
君は、私に道を示してくれたのだ。
直接会うことを禁じられた私たちに残された、唯一の方法。
それは、偶然の再会を装うこと!
なんと健気なのだろう、エリシア!
私は直ちに商隊の進路を北へ変えた。
荷主たちは、目的地は西だと騒いだ。
私は彼らに告げた。
諸君、愛に方角はない!
だが、今は北にある!
残念ながら、彼らには理解できなかった。
護衛契約は解除され、私は再び職を失った。
そして北の村に着いた私は、君がいないことを知った。
ああ、エリシア。
君は、私の身を案じて先に立ち去ったのだね。
わかっている。
次こそ必ず、君の残した道しるべを見つけよう。
北の空に君を探す、レオンハルトより。』
「……北の村?」
私は首をかしげた。
「聖女様、先週は南の村へ巡回診療に行かれましたね」
「ええ」
「北には行っていらっしゃいません」
「そうね」
私は便箋を畳んだ。
「それに、商隊を勝手に北へ連れていったそうよ」
「荷主の方々は大変だったでしょうね」
「本当にね」
「それで、聖女様は道しるべを残されたのですか?」
「残していないわ」
「そうですよね」
◇
三通目は、ひと月後に届いた。
『我が遠き星、エリシアへ。
私は今、王国の西の果てにいる。
王都では、もはや誰も私の剣を受け入れなかった。
だが、私は気づいたのだ。
君が私を遠ざけたのは、私を嫌ったからではない。
私に、もっと大きな男になってほしかったからだと!
君はきっと、こう言いたかったのだろう。
レオンハルト様。私一人を守るだけでは、あなたの力がもったいありません、と。
ああ、エリシア!
君はなんと深く、私の才能を理解していたのだろう!
私は辺境の討伐隊に加わった。
そして黒き森で、百を超える魔狼の群れと遭遇した。
若い兵たちは震え、隊長は撤退を考えていた。
私は剣を抜いた。
エリシア!
君が私に望んだのは、この戦いだったのだな!
私は先頭に立ち、魔狼の群れへ斬り込んだ。
兵たちも後に続き、ついに魔狼を撃退した。
隊長は私を小隊長に任命してくれた。
これでようやく、君の試練の第一段階を終えたことになる。
次は何を望むのだろう、エリシア。
安心してほしい。
君が何も言わなくても、私は必ず答えを見つける。
百の魔狼を退けた、君の騎士より。』
「……まあ」
私は思わず声を上げた。
「聖女様、今度は大変なお手柄ですね」
ミーナも嬉しそうだった。
「ええ。魔狼の群れを追い払ったなんて、すごいわ」
「小隊長にもなられたそうです」
「よかった。ようやくお仕事が見つかったのね」
私は便箋を畳んだ。
「でも、試練なんて与えていないのだけれど」
「はい」
「何も言わなくても答えを見つけるそうよ」
「それは少し困りますね」
「ええ。今度こそ、お仕事に集中していただきたいわ」
◇
四通目は、さらにひと月後だった。
『我が勝利の女神、エリシアへ。
君の望みが、また一つわかった。
君は私に、家庭を持つ覚悟を求めていたのだ。
私は今、三十人の兵を率いている。
三十人だ!
彼らは腹を空かせ、疲れれば眠り、時には喧嘩もする。
私は初めて、誰かの食事や寝床を気にかけるようになった。
そこで私は悟った。
これは、君との未来の予行演習なのだと!
考えてもみてほしい。
三十人の部下を養える男が、君一人を幸せにできないはずがない!
先日の戦いでは、谷から押し寄せた魔物を迎え撃った。
私は十人を左翼に、十人を右翼に、残る十人を中央に配置した。
魔物が中央へ突進した瞬間、両翼から挟み撃ちにしたのだ。
勝利は我らのものとなった。
兵たちは歓声を上げた。
私はその声を聞きながら、君との結婚式を思い浮かべた。
きっと、その日もこれほど盛大な歓声が上がるのだろう。
ああ、エリシア。
私はもう、君を守るだけの騎士ではない。
君との家庭を支えられる男になったのだ。
三十人の家族を養う、君の未来の夫より。』
「……三十人の隊長さんになったのね」
「はい。立派でございます」
「部下の方々のことも考えているみたい」
「よい変化ですね」
私は微笑んだ。
「ええ。本当に」
そして、手紙の最後をもう一度読んだ。
「……三十人の家族?」
「兵士の皆様ですね」
「そうよね」
「結婚式の歓声は、兵士の皆様の歓声とは少し違うと思いますが」
「ええ。そもそも結婚する予定がないわ」
私は手紙をしまった。
「でも、三十人の方々をちゃんと守っているのは嬉しいわ」
◇
五通目が届いたのは、冬の初めだった。
封筒には、辺境伯家の紋章が押されていた。
『我が雪原の太陽、エリシアへ。
君の愛が、ついに千の魔物を退けた。
西の辺境に、魔物の大群が押し寄せたのだ。
数は千を超えていた。
領民は逃げ惑い、砦の兵たちは絶望した。
私は村人たちを砦へ避難させ、橋を落として魔物の進路を断った。
残された道は、狭い谷が一つ。
そこへ槍兵を並べ、弓兵を高台に置いた。
三日三晩、我らは戦った。
四日目の朝、援軍が到着した。
魔物の大群は撃退され、砦は守られた。
辺境伯は私の手を取り、感謝を述べてくださった。
そして、私を騎士団の指揮官に任命してくださったのだ。
ああ、エリシア!
君があの日、私を神殿から遠ざけた理由が、今ならわかる。
君は私に、千の魔物を退けるほどの英雄になってほしかったのだ。
君は最初から、私の未来を見通していたのだね。
だが、心配しないでほしい。
私はどれほど出世しても、君との約束を忘れない。
千の魔物を退けた私なら、君の居室の扉も、今度こそ開けられるだろう。
その日まで、待っていてほしい。
雪原に愛を刻む、君のレオンハルトより。』
「……すごい」
私は便箋を握りしめた。
「聖女様、千を超える魔物を撃退されたそうです」
「ええ。村の人たちも助かったのね」
「はい。辺境伯様からも感謝されたそうです」
私は嬉しくなった。
「本当に立派なお仕事だわ」
「そうですね」
「……でも」
私は最後の一文を見つめた。
「居室の扉を開けるために、千の魔物を倒す必要はないと思うの」
「はい。面会の許可をいただければ済む話です」
「そうよね」
「もっとも、許可は下りませんが」
「ええ」
私たちは顔を見合わせ、笑った。
◇
六通目は、春になってから届いた。
『我が春の女神、エリシアへ。
ついに、君を迎える準備が整い始めた。
私は今、二百人の騎士を率いている。
砦を修復し、街道の警備を整え、商人たちが安心して行き来できる土地を作った。
かつて魔物に怯えていた村々には、再び笑顔が戻っている。
そして私は気づいた。
君が私のもとへ来られないのは、王都に仕事があるからではない。
私が君を迎える場所を、まだ用意できていなかったからなのだ!
考えてみれば当然だ。
聖女である君を、粗末な兵舎へ迎えるわけにはいかない。
だから私は、砦の一角に新しい建物を作ることにした。
広い居室。
日当たりのよい庭。
清潔な浴室。
君が安心して暮らせるよう、すべて整えよう。
辺境伯は、私の提案を聞いて喜んでくださった。
遠方から来る高官や使節のための迎賓館が必要だったのだという。
ああ、エリシア!
やはり、私たちの未来は祝福されている!
君のために考えた館が、辺境の外交にも役立つのだ。
完成した暁には、最初の客として君を迎えたい。
君の帰る家を築く、レオンハルトより。』
「……迎賓館ができるそうよ」
「はい。立派な施設ですね」
「高官の方々もお喜びになるでしょうね」
「ええ」
私は手紙を畳んだ。
「でも、私の家は王都にあるのだけれど」
「はい。神殿の居室でございます」
「引っ越す予定もないわ」
「はい」
「……最初のお客様は、別の方にしていただきたいわね」
「辺境伯様も、そのほうがお喜びになるかもしれません」
◇
七通目が届いたのは、その年の秋だった。
今度の封筒には、王家の紋章が押されていた。
『我が永遠の花嫁、エリシアへ。
ついに、運命の日が訪れた。
王都から使者が来たのだ。
国王陛下が、私の功績をお認めくださった。
魔物の大群を退け、辺境の守りを立て直した功績により、私は王国騎士の称号を授かった。
そして、さらに大きな使命を与えられた。
北西国境にある、グランヴァルト要塞。
王国最大の国境要塞の一つだ。
私は、その司令官に任命されたのだ。
ああ、エリシア!
私はついに、君を迎える資格を得た!
かつて神殿の衛兵に追い返された男が、今や王国の盾となったのだ。
もはや、誰も私たちの愛を妨げられない。
私は国王陛下に、君を迎えに行く許可を願い出ようとした。
だが、その前に陛下はおっしゃった。
グランヴァルト要塞を十年間、守り抜いてほしい、と。
十年!
なんと壮大な愛の試練だろう!
陛下は、私たちの愛が十年の歳月にも耐えられるか、試しておられるのだ!
私は迷わず、その使命を引き受けた。
安心してほしい、エリシア。
十年など、我らの永遠の愛の前では一瞬にすぎない。
私はこの要塞を守り、王国の平和を支え続けよう。
そして十年後。
すべての試練を乗り越えた私は、君のもとへ帰る。
そのときこそ、神殿も、衛兵も、国王陛下でさえも、私たちの愛を祝福してくださるだろう。
どうか、待っていてほしい。
十年後、必ず君を迎えに行く。
国境の盾となった、君の未来の夫レオンハルトより。』
私は便箋を読み終えた。
「……ミーナ」
「はい、聖女様」
「レオンハルト様、本当に立派になられたのね」
罷免されたときは、どうなることかと思った。
商隊の護衛も失敗し、王都では誰も雇ってくれなかった。
けれど、あの人は自分の力を必要とする場所を見つけた。
魔物を退け、兵士を育て、村々を守り、ついには国王陛下から国境の守りを任されたのだ。
私は心から嬉しかった。
「それに、十年間の任期ですって」
「はい。要塞の司令官ともなれば、簡単には王都へ戻れませんね」
「……そうよね」
私は手紙の最後に、もう一度目を落とした。
十年後、必ず君を迎えに行く。
その約束だけは、いただけない。
「聖女様。十年後、本当にお迎えにいらしたら、どうなさいますか?」
私は少し考えた。
そして、笑顔で答えた。
「そのときは、もう十年、国境を守っていただくわ」
レオンハルト様。
どうか末永く、王国の盾でいてくださいませ。




