浮気した元婚約者から、四季を巡る恋文が届きます。どうやら恋人も季節ごとに変わるようです。
婚約を解消した元婚約者から、一通の恋文が届いた。
差出人はアルベルト様。三か月前まで、私の婚約者だった男性だ。
『愛しいエレノアへ。
彼女は僕の春だった。
長い冬を終えた大地に、初めて咲いた一輪の花。
僕はその美しさに心を奪われ、思わず手を伸ばしてしまった。
だが、春の花は儚い。
花びらは散り、暖かな風は去ってしまった。
そして僕は、ようやく気づいたのだ。
君こそが、僕の四季すべてだった。
春の喜びも、夏の輝きも、秋の安らぎも、冬の温もりも。
すべて君の中にあったのだと。
どうか、もう一度、僕と同じ季節を歩んでほしい。
永遠に君を愛するアルベルトより。』
「……浮気相手に振られたのね」
私は便箋を畳んだ。侍女のリーナが、紅茶を注ぎながら頷く。
「そのようですね、お嬢様」
「しかも、私との婚約生活を冬に例えているわ」
「春の訪れが、よほど嬉しかったのでしょうね」
「ええ。もう散ってしまったそうだけれど」
私たちは顔を見合わせ、思わず笑った。
アルベルト様は、伯爵家の令息だった。私とは二年前に婚約し、来年には結婚する予定だったのだが、三か月前、ある子爵令嬢と恋仲になった。
「君は僕の未来を支える女性。彼女は僕の現在を輝かせる女性なんだ」
そう説明されたので、私は婚約を解消した。現在も未来も、アルベルト様と過ごすつもりがなくなったからだ。
婚約解消の手続きは滞りなく終わり、違約金も支払われている。それなのに、春の恋が終わった途端、私が恋しくなったらしい。
「お返事はいかがいたしましょう?」
「必要ないわ」
私は便箋を引き出しにしまった。
◇
二通目が届いたのは、十二日後だった。
『我が夏の太陽、エレノアへ。
春の花を失った僕は、深い悲しみの中を歩いていた。
だが、季節は巡る。
凍えた心にも、いつか夏の光が差し込む。
ある夜会で、僕は新しい太陽に出会った。
彼女の笑顔は眩しく、その瞳は真夏の海のように輝いていた。
僕は再び、恋を知ったのだ。
けれど、誤解しないでほしい。
君は僕の四季すべて。
彼女は、ほんのひと夏の輝きにすぎない。
僕の心の中心には、今も変わらず君がいる。
だから、どうか安心してほしい。
君への愛は、少しも変わっていないのだから。』
「……リーナ」
「はい、お嬢様」
「この方、私に復縁を求めているのよね?」
「一通目では、確かにそうでした」
「なのに、もう別の女性を口説いているの?」
「夏が来たそうですので」
「季節が変わると仕方ないのかしら」
「アルベルト様の場合は、そうなのかもしれません」
私は額に手を当てた。
どうやらアルベルト様は、夜会で出会った侯爵令嬢クラリッサ様に夢中になっているらしい。それ自体は、もはや私には関係のない話だ。
問題は、どうしてその報告を私に送ってくるのかということだった。
「お嬢様を安心させたいのでしょうか」
リーナが言った。
「何を?」
「ご自分の愛が変わらないことを、です」
「恋人は変わっているのに?」
リーナは答えなかった。代わりに、紅茶をもう一杯注いでくれた。
◇
三通目が届いたのは、それから三週間後だった。
『黄金の秋をともに迎える君へ。
夏は、あまりにも眩しかった。
僕はその光を追いかけ、いつしか自分を見失っていた。
だが、太陽は誰のものでもない。
僕がどれほど手を伸ばしても、彼女は僕を選んではくれなかった。
そのとき、僕は悟ったのだ。
人生に必要なのは、一瞬の輝きではない。
長い時間をかけて育てる、確かな愛の実りなのだと。
春に種をまき、夏に陽光を浴び、秋に収穫する。
僕が本当に求めていた果実は、最初から君だった。
どうか、僕の手を取ってほしい。
僕たちの愛を、今こそ実らせよう。』
「夏も終わったのね」
私は静かに言った。
「はい。随分と短い夏でしたね」
リーナが頷く。
クラリッサ様がアルベルト様の求愛を断ったことは、すでに社交界で知られていた。それも当然だろう。
アルベルト様はクラリッサ様に、自分の恋愛観を熱心に語ったそうだ。かつての婚約者は人生の四季。最初の恋人は春の花。そしてクラリッサ様は夏の太陽。
「では、秋になったら私はどうなるのですか?」
クラリッサ様にそう尋ねられ、アルベルト様は答えられなかったらしい。
「お嬢様、最近はアルベルト様のことを『四季の君』と呼ぶ方もいらっしゃるそうです」
リーナが教えてくれた。
「まあ」
「春と夏の恋が終わったので、次は秋の女性を探すのではないかと」
「……私は秋にも数えられているのかしら」
「はい。収穫を待っているそうです」
「私は畑じゃないわ」
リーナが吹き出した。私もつられて笑ってしまった。
◇
四通目が届いたのは、秋も深まった頃だった。
『白銀の冬をともに越える君へ。
世界は、なんと冷たいのだろう。
春の花は僕を置いて去り、夏の太陽は僕を照らしてくれなかった。
秋になれば実りがあると信じていた。
だが、僕の手には何も残らなかった。
人々は僕を笑う。
僕の愛を理解しようともせず、移ろう季節ばかりを責める。
父は、もう縁談を持ってこないと言った。
母は、しばらく社交の場に出るなと言った。
僕はただ、愛を求めていただけなのに。
今、僕の心には雪が降っている。
けれど、君がいてくれれば、この冬も越えられる。
君は僕の最後の希望。
どうか、僕を見捨てないでほしい。』
「……冬になったわね」
私は便箋を畳んだ。
「はい、お嬢様。ついに冬ですね」
リーナも頷いた。
アルベルト様の評判は、すっかり地に落ちていた。婚約者がいながら別の女性と交際し、婚約を解消された。その女性にも去られ、今度は別の令嬢に求愛した。しかも、元婚約者への復縁を求めながら。
そして、それらをすべて自分から語っていた。
社交界では、アルベルト様から求愛されること自体が、あまり歓迎されなくなっているという。
「次は私が秋の女になるのかしら」
そんな冗談が、令嬢たちの間で交わされているそうだ。
縁談を持ち込んでも断られるため、伯爵家は当面、アルベルト様の結婚相手探しを中止した。
「お嬢様、お返事は?」
「今回も不要よ」
「承知しました」
私は四通目を引き出しにしまった。これで四季が一巡した。もう、書くこともないだろう。
そう思っていた。
◇
ところが、翌週。五通目が届いた。
今度の封筒は、いつものものよりずっと立派だった。厚手の紙に金色の飾り文字。表には、『四季を越えて――真実の愛の叙事詩』と書かれている。
「……ずいぶん豪華になったわね」
「お嬢様、こちらは手紙ではなく、詩集のようです」
リーナが封筒を開きながら言った。
中には、小さな冊子が入っていた。アルベルト様が自費で印刷し、社交界の知人たちに配っているものらしい。
私は最初のページを開いた。
『我が永遠の四季へ。
春には、一輪の花を愛した。
その香りに心を奪われ、僕は約束を忘れてしまった。
夏には、眩しい太陽を追いかけた。
その光を求めるあまり、僕は帰る場所を見失った。
秋には、愛の実りを願った。
だが、誰も僕の手を取らず、果実は一つも残らなかった。
冬には、すべてを失った。
花も、太陽も、実りも。
それでも僕は、愛することをやめなかった。
なぜなら、僕の心には、いつも君がいたから。
君こそが、僕の春であり、夏であり、秋であり、冬だった。
どうか、僕のもとへ帰ってきてほしい。
そして、ともに、新しい春を迎えよう。
永遠に君を愛するアルベルトより。』
私は詩集を閉じた。
「……リーナ」
「はい、お嬢様」
「これ、社交界の方々に配っているのよね?」
「はい。かなりの部数を印刷なさったそうです」
「では、皆様がご存じになるのね」
「何をでしょう?」
「春には浮気をして、夏には別の女性を口説いて、秋には誰からも相手にされなくなったことを」
リーナは少し考えた。
「……確かに、全部書いてありますね」
「しかも、ご自分で」
「はい」
私はもう一度、詩集の表紙を見た。
『四季を越えて――真実の愛の叙事詩』
なんとも立派な題名だ。そして、なんとも正直な内容だった。
◇
その後、アルベルト様の詩集は社交界で大きな話題になった。
本人が自分の浮気遍歴を広めてしまったのだから、当然だろう。
伯爵家からは謝罪が届き、詩集の配布も停止された。アルベルト様は領地で家業を学び直すことになったという。
それ以来、恋文は届いていない。
「お嬢様、ようやく四季が終わりましたね」
リーナが微笑んだ。
「ええ。今度こそ、春が来ても戻ってこないでほしいわ」
私は最後の詩集を閉じ、温かい紅茶を楽しんだ。




