第一章8 『氷魔法』
黒影はゆっくりと身体を起こした。それは引き締まった体躯の男だった。黒いローブの下から布条で巻かれた顔が半分だけのぞいており、ただその一対の目だけが、薄暗い油灯の下で冷冽な光を放っている。彼の視線はルフィアと奏の間を何度も往復し、最終的に、あの銀色の毒液が不気味に付着した小刀の上でピタリと止まった。
「王女殿下、あなたの傍らにまだ伏兵が隠されていたとは……実に見事な計算です」
ルフィアが短剣を握る手が微かに震えた。彼女はその流転する銀色の光沢を死んだように見つめ、瞳孔を急激に収縮させた。
「『銀鱗蛇』の毒……この毒液は極めて稀少で、王国全体でもほんの僅かな者しか所有していないはず……」
彼女は呟くように言葉を漏らした。その声には隠しきれない震えが混じっており、あの澄んだ瞳には、徐々に崩壊に近い哀傷が浮かんできた。
「……そう、やはり、あの方だったのですね」
ルフィアの口元が微かに引きつった。笑おうとしているようだったが、どうしても笑うことができない。その表情は、死に直面した恐怖というよりは、むしろ最も信頼していた者に裏切られたことに対する、骨の髄まで凍りつくような絶望のそれだった。
奏は床に伏せたまま、ルフィアの一瞬の脆弱な姿を見つめ、心臓が猛烈に沈み込むのを感じていた。彼女はすでに全てを理解したのだ。あの手がかり、あのいわゆる黒幕の正体が、今この毒が塗られた小刀によって完全に証明されてしまった。
しかし、暗殺者はルフィアに悲しみに浸る時間をそれほど与えてはくれなかった。
「すでに顔を見られた以上、これ以上演じ続ける必要もありませんな」
黒衣の男は嗤笑し、その声に冷徹な殺意を漲らせた。
「雇い主からの命令でしてね、自分の身分を指し示せるような生きた証人は一切残すな、と。――ですから、申し訳ありません、王女殿下」
言葉が終わるか終わらないかのうちに、彼の身体が突如としてブレた。まるで一条の黒い稲妻のように真っ直ぐにルフィアへと襲いかかり、小刀が鋭い弧を描いて彼女の咽喉を直撃する。
「奏、気をつけて!」
ルフィアは逆手で一剣を繰り出し、それを受け止めようとした。しかしその瞬間、暗殺者の身体が不自然に虚像のようにブレた――。
「これは……フェイントか?!」
奏の瞳孔が急激に拡大した。彼は思考する間さえなく、首元のあの吐き気がするほど見慣れた死の幻痛が、この瞬間に完全なる現実へと変貌していくのを感じた。
暗殺者の身体は化け物のように一閃して消え、次の瞬間には、あの銀色の毒液がべったりと塗られた小刀が、すでに奏の首元へと押し当てられていた。
――カツン!
短くも重苦しい、金属同士が衝突する音が響いた。
奏は目を閉じ、全身を石のように硬直させ、自分がすでに二度も経験したあの頭部が切断される激痛を待った。しかし、その激痛はいつまで経っても降臨しなかった。ただ首元に、誰かから力任せに殴られたかのような鈍い衝撃感だけが伝わってきた。痛い。しかし、想像していたような致命傷には遠く及ばなかった。
「な……何だこれは?!」
暗殺者の声に、初めて明確な驚きが混じった。彼の小刀は、奏の首元にあるあの厚手の、内部に薄い鉄片が仕込まれた劣悪な皮製のネックガードの表面に、強引に噛み込んで止まっていたのだ。刃先は皮具の表層を浅く切り裂いただけで、肉体には微塵も届いていなかった。
それは奏が手持ちの晶球を使い、市場の武器屋で、病的なまでの慎重さを以て自分に用意した、唯一の命綱の障壁だった。
「ふん、俺が……お前みたいな来歴不明の雑魚に、簡単にやられるわけないだろ!」
奏はほとんど泣き出しそうな声でその言葉を怒鳴り散らした。 そしてようやく我に返ると、猛然と身体を後ろへとのけ反らせ、床の上をごろごろと転がりながら、あの小刀の刃先から完全に距離を引き離した。
暗殺者の瞳に一瞬の錯愕と躊躇いが過った。このほんのわずかの間の短い停止こそが、ルフィアにとって最大の勝機となった。
「不届き者が――」
ルフィアは怒号を上げ、手にした短剣を躊躇なく手放した。それは一条の銀色の閃光となり、真っ直ぐに暗殺者の胸元へと突き刺さる。
暗殺者は猛然と身をよじり、その致命的な一撃を辛うじて回避した。短剣は彼の肩をかすめて飛び去り、背後にある木製の壁へと深く突き刺さった。剣柄がなおも激しく震え、不快な残音を響かせている。
「ルフィア、君の剣が――!」
奏は驚呼し、壁に深く埋まった短剣を死んだように見つめた。彼は本能的に床を這い、あの武器を力任せに引き抜いて再びルフィアの手へと投げ返そうとした―― Easternしかし次の瞬間、彼はルフィアが静かに首を横に振るのを目にした。
「必要ありません、奏。それは私が肌身離さず持っていた予備の武器に過ぎませんから」
ルフィアの口調には、冷徹に近い落ち着きが宿っていた。彼女は右手を上げ、華奢な指先を空間に向けて軽く一振りした。
刹那の間、彼女の掌心から刺すような寒気が一気に蔓延し、空気の中に細かな氷晶が凝結し始めた。それは薄暗い油灯の光を浴びて、妖しい青の輝きを放っている。
その寒気はまるで生き物のように蠢き、凝聚し、転瞬の間に、彼女の手の中に一本の完全に形を成した、水晶のように透き通った氷造りの長剣を凝結させた。
「氷……魔法?!」
奏は両目を大きく見開いた。首元のまだ収まらない恐怖の余韻さえ、この瞬間は完全に忘却していた。
「君は氷属性だったのか!」
「それほど驚くようなことですか?」
ルフィアはその寒気あふれる長剣を固く握り締め、唇の端に微かな、しかし頑なな弧度を浮かべた。
「私の髪の色、私の瞳、そして私の名――『ルフィア』は、もともと氷雪の言葉なのですから」
彼女はそう言うと、もはや一言も発さず、身体ごと一本の放たれた矢のように暗殺者の方向へと猛進した。
氷の剣と小刀が、狭い部屋の中で激しく交錯した。衝突するたびに耳を刺すような金属音が響き渡り、そこに氷晶が砕け散る清らかな音が混ざり合う。ルフィアの剣勢は鋭くかつ果断であり、すべての一振りに王室の剣術特有の、高度に訓練された正確さが宿っていた。しかし、奏はすぐに、自分の心をかき乱すある事実に気づくことになった――。
ルフィアの攻勢は、彼女が本来発揮すべき鋭さに達していないのだ。
彼女が剣を振るって暗殺者の要害を攻めるたびに、彼女の視線はいつも無意識に、奏のいる方向へと漂ってしまう。たとえそれが一瞬のことであっても、その僅かな失神は、暗殺者が破綻を捉えて猛烈に反撃してくるには十分すぎる時間だった。
「グッ……!」
ルフィアは暗殺者の肘打ちを胸元にまともに受け、身体ごと数歩よろめきながら後退した。背中が木製の机に重々しく衝突し、机の上の油灯が激しく揺れ、今にも消え入りそうになる。
「注意力が分散しすぎていますよ、王女殿下」
暗殺者は冷笑した。小刀の上の銀色の毒液が薄暗がりの中で不気味に輝いている。彼も明らかにそのことに気づいていた――ルフィアの破綻は、最初から最後まで、後ろにいる少年の安全を無意識に心配してしまうその心から生じているのだと。
「俺のことは気にするな! 集中してそいつを倒してくれ!」
奏はほとんど声が枯れるほどに叫んだ。彼ははっきりと見ていた。ルフィアの視線が自分の方へと漂うたびに、あの毒の塗られた小刀が彼女の咽喉へと確実に迫っていくのを。彼は想像するのも恐ろしかった。もし少しでも手違いがあれば、第一の周回であの手足を奪われ、路地裏で凄惨な死を迎えたルフィアの姿が、ここで再び重なるのではないかと。
しかし、彼がそうして催促すればするほど、ルフィアの動作は逆に遅滞し、乱れていった。彼女は敵を迎えて切り結ばなければならず、同時に自分の首元をいつでも掠めかねないあの毒刃を警戒しなければならず、さらに常に奏が安全であるかを確認しなければならなかった――三重の足枷が、彼女の本来の鋭い攻勢を、強引に受動的な泥沼へと引きずり込んでいた。
「くっ……!」
一条の浅い傷口がルフィアの腕に走り、鮮血が一瞬で滲み出た。彼女は痛みの声を漏らし、手にした氷の剣が危うく手放されそうになる。
暗殺者はそれを見て、瞳の奥に得意げな凶光を走らせた。小刀を再び逆手で突き刺してくる。今度の目標は、彼女のあの完全に防備を失った首の側面だった。
奏の心臓は、この瞬間にほぼ停止した。
彼は深く考える余裕もなく、狂ったように部屋の中にある利用できそうな物品を捜索した――ベッド、机、椅子……最終的に、彼の視線はベッドの上にある、一つの柔らかく厚みのあるクッションの上に定まった。
「失せろ――!」
奏はほぼ全身の力を振り絞り、猛然とそのクッションを掴み取ると、暗殺者の頭部に向けて全力で投げつけた。
クッション自体は痛くも痒くもない代物だったが、その何の前触れもない突襲は、暗殺者に本能的に身体をよじって回避させるには十分だった。あの小刀の軌道はそれによって本来の正確な方向から偏り、僅かにルフィアの髪の毛をかすめるに留まった。
「チャンス――!」
ルフィアの瞳がこの瞬間に猛然と鋭くなった。彼女はもはや躊躇わず、二度と気を散らすこともなかった。氷造りの長剣が猛烈に震え、数条の鋭利なアイススパイクが彼女の剣身から延伸し、さながら鋭い矢の如く、激しく射出された。
暗殺者が気づいた時には、すでに完全に回避することは不可能だった――。
――ザシュッ!
一条のアイススパイクが暗殺者の左肩を貫通した。刺すような寒気が一瞬にして傷口に沿って蔓延し、暗殺者のその半身を完全に凍りつかせ、麻痺させた。
「ぐあああ――!」
暗殺者は苦痛の咆哮を上げ、よろめきながら後退した。骨まで一緒に凍り砕きそうなその傷口を必死に押さえ、彼の顔色は一瞬にして紙のように白くなり、瞳の奥には驚きと忌憚が走った。
暗殺者は思いもよらなかったのだ。この一見すると柔弱な逃亡王女が、これほどまでに鋭い魔法の手段を隠し持っていたとは。
「おのれ……」
暗殺者は歯を食いしばり、自分の持っているあの血と毒の付着した小刀を見つめ、それからルフィアのあのいささかの破綻もなく、しっかりと構えられた姿を見つめた。最終的に、彼は思い切って指の力を緩め、その小刀を床の上へと「カラン」と音を立てて落下させた。
「首元というのは、最も毒液に侵されやすい場所ですからな――」
暗殺者の視線は陰険にルフィアの首の側面を走った。彼女の破綻を探そうとしているようだった――しかし次の瞬間、彼は愕然とした。
ルフィアの首元には、驚くべきことに、同じように一枚の厚手の皮製ネックガードが装着されていたのだ。奏の首にあるものと、全く同じ代物だった。明らかに、彼女はあの身分を遮る黒いローブを脱ぐ瞬間に、すでにそれを密かに締め、一度として外していなかったのだ。
「……」
暗殺者の顔色は完全に沈んだ。彼は知っていた。今夜の暗殺は、すでに完全に失敗に終わったということを。
「今日は運が良かったな」
彼は歯を食いしばりながらその言葉を低く吐き捨てると、全身を猛然と翻し、あのとっくに砕け散っていた窓に向けて躊躇なく飛び上がった。黒い人影は夜色に溶け込むかのように、転瞬の間に、窓の外の漆黒の路地裏へと消え去っていった。
「待ちま……!」
ルフィアは下意識に追おうとしたが、その足は窓の辺りで強引に停止した。彼女はその空っぽの、ただ夜風だけが鳴り響く暗闇を見つめ、華奢な指先で剣柄を固く握りしめていた。その指の関節は、力を入れすぎたせいで白くなっている。
結局、追いつくことはできなかった。
部屋の中には、ただ二人の荒い呼吸声と、床一面に散らばったガラスの破片だけが残り、それらは月光を浴びて冷たく、砕け散った光を放っていた。




