第一章7『決刻来臨』
暮色が市場の喧騒を少しずつ呑み込んでいき、あれほど人声で溢れ返っていた街道には、今や風に揺れる数盞の油灯が残るのみとなり、薄暗く不安げな光の輪を落としていた。
奏はネックガードの紐を固く握りしめていた。首元の幻痛がまたしても微かに疼き始めており、まるで目に見えない鎌が皮膚にぴったりと吸い付いて彷徨っているかのようだった。彼は知っていた。暗闇が完全に降臨するその瞬間こそ、死神と暗殺者が姿を現す最も危険な時間なのだと。
「俺たちは今夜……どこへ行くんだ?」
奏はたまらず口を開いて尋ねた。彼は無意識のうちに、あの光を吸い込むような暗い路地裏を振り返り、そして素早く視線を逸らした。
しかし、ルフィアにはいささかの躊躇いもなかった。彼女は真っ直ぐに向きを変えると、比較的ひっそりとした小道へと足を進めた。
「以前、よく行った場所があるのです」
彼女の口調には、まるでその足がすでに進むべきルートを記憶しているかのような、慣れ親しんだ響きがあった。深く考える必要など微塵もないといった様子だ。
奏は彼女の後ろに従い、二本の狭い路地を通り抜けた。そして最終的に、色褪せた木製の看板が掲げられた一軒の宿屋の前で足を止めた。看板には奏には読めない異世界の文字がいくつか刻まれており、入り口の提灯は温かくも微弱な光を放ち、宿の内部から漂ってくる煮込み肉と年季の入った木材の臭いと混ざり合っていた。
「ここです」
ルフィアの足が門前で一瞬だけ止まったが、すぐに何らかの慣性に引かれるようにして、そのやや重みのある木目のドアを押し開けた。
扉の向こうのロビーはそれほど広くなく、いくつかの机と椅子が点在しているだけだった。カウンターの奥には一人の厳格な顔つきをした中年女性が座っており、手元にある古びた帳簿をめくっていた。
ドアベルの音を聞いて女性が顔を上げると、その視線はまずルフィアの上に落ち、次の瞬間に急激に凝固した。
「……あなた様でしたか」
女性の声は極限まで低く抑えられており、そこには本能的なまでの警戒と疎外感が混ざっていた。彼女の視線はルフィアの顔に一秒と留まらずに素早く落とされた。まるで、これ以上見つめること自体が何らかの不要な災いを招き寄せるとでも言うかのように。
奏は、カウンターの奥にさらに二人の雑用の男たちいることに気づいた。彼らの動作もまた、ルフィアの姿をはっきりと捉えた瞬間に一斉に停止した。そして、互いに全てを察しながらも決して言葉にはできない、含みのある視線を交わし合っていた。
これこそが王女のもう一つの側面だった――誰もが彼女の身分を知りながら、誰もが避けるようにして近づかない。まるで彼女が高貴な王女などではなく、何らかの厄運を纏った、他人に伝染しかねない存在であるかのように。
奏の胸の内に苦い感情が広がった。彼はその排斥され、防備される視線の冷たさを肌で感じていた。それは彼自身が今朝、冒険者ギルドの中で受けたものと、なんと酷似していることだろう。
「いつも通り、部屋を一つ」
ルフィアの声は平穏だったが、そこには隠しきれない疲弊が滲んでいた。おそらく、このような冷ややかな視線に、とっくに慣れきっているのだろう。
女性は頷き、鍵を取ろうと手を伸ばしたが、その手が空間の中でピタリと止まった。
なぜなら彼女はここで初めて、ルフィアの背後に、もう一人の人物がついてきていることに気づいたからだ。
妙な格好をした、奇妙なプリントが施された服を着た、来歴不明の少年を。
「……王女殿下、こちらは?」
女性の声が一段と高く跳ね上がった。それまで凍りついたように冷淡だったその瞳が、今はこれ以上ないほど大きく見開かれている。カウンターの奥の二人の男たちにいたっては、一斉に首を長く伸ばし、今にもカウンターから上半身を乗り出してきそうな勢いだった。
空気は、この一瞬で完全に凝固した。
一国の王女が、こともあろうに素性の知れない男を連れて、同じ宿の部屋に泊まろうとしている――すでにルフィアに対して複雑な感情を抱いていた宿の従業員たちにとって、これは文字通り、彼らの認知を覆しかねないほどの衝撃的な出来事だった。
ルフィアもまた、この瞬間にようやく事の重大さに気づいたようだった。彼女は無意識に振り返り、驚愕と囁き声に満ちた数条の視線を見つめると、道中を急いだせいで少し乱れていた衣類の襟元を整えた。その表情には、隠しきれない気まずさが過っていた。
しかしすぐに、彼女は何かを割り切ったかのように向き直り、その視線を奏の顔へと落とした。そこには幾分かの純粋な、悪意の欠片もない困惑が宿っていた。
「奏、あなたには家がないのですか?」
その問いかけは何の前触れもなく訪れた。奏は一瞬呆気に取られ、すぐにはどう答えるべきか分からなかった。
彼に家などあるはずがなかった――彼の家は、地球の反対側にあり、毎朝彼を呼び起こしては焼きトーストと目玉焼きを用意してくれた母親が待つ場所にあり、友達と約束したまま永遠に赴くことのできないテニスコートがあり、すでに彼の存在そのものが抹消され、二度と帰ることのできない世界にあるのだから。
しかし、これらの言葉を、彼は何一つとして口にすることはできなかった。
奏は口を開けたが、喉の奥がまるで絡み合って塞がれたようになり、何も言えなかった。何を言えばいいというのだ? 自分は異世界からやってきた存在だと? すでに三度も死んでおり、説明のつかない輪廻の中に生きているのだと?
そんな言葉を一度でも口にすれば、彼を待っているのはルフィアの困惑だけでなく、徹底的な疎遠と不信である可能性が極めて高かった――何しろ死神のことさえ、彼は決して口にすることができないのだ。
奏はただ沈黙した。その瞳の奥には言葉にできないほどの憂いが過っていた。それは、故郷と完全に切り離され、しかもそれを誰一人として打ち明ける相手がいないという、絶対的な孤独だった。
ルフィアは静かに彼を見つめ、答えを待っているようだった。しかし、奏のその何かを言いかけては結局沈黙へと変わる表情を見て、彼女は突然それ以上追及するのをやめた。
彼女の瞳の中に、一筋の了解、そしてどこか心を痛めるような色彩が過った。まるで、目の前で必死に自分を守ろうとしてくれながらも、自分の過去については頑なに語ろうとしない少年の心の底に、語ることを望まない、あるいは語ることのできない、極めて重苦しい秘密が隠されているのだと、瞬時に察したかのようだった。
「分かりました。では今夜は、私と一緒に泊まりましょう」
ルフィアの口調は突如として果断なものへと変わった。彼女はもはや、カウンターの奥から自分たちを焼き尽くさんばかりに注がれる幾条もの視線など相手にせず、真っ直ぐに手を伸ばすと、奏の袖を掴んで階段の方へと向き直った。
「お……王女殿下! これは……」
女性が背後から慌てて声を上げた。遮ろうとしたのか、あるいはこのような不作法な振る舞いが本当に妥当であるのかを確認しようとしたのかは分からなかったが、ルフィアは一度も振り返ることさえしなかった。
「鍵は置いておいてください。どの部屋かは分かっています」
彼女の声は拒絶を許さない響きを持っており、そこには王女としての、しかし久しく他人に見せることのなかった、生まれながらの威厳が備わっていた。
奏は彼女に引かれ、二、三歩よろめきながらようやくその足取りについていった。彼は背後にまだあの幾条もの視線が針で刺すかのように自分にべったりと張り付いているのを感じていたが、ただ黙って耐えるしかなく、一言も発さずにルフィアに従って、踏むたびに微かにギシギシと音を立てる、やや古びた木製の階段を上っていった。
部屋は広くなかった。ベッドが一台、木製の机が一つ、そこで椅子が二脚置かれているだけで、壁の角にある窓からは微弱な月光が差し込み、机の上の今にも燃え尽きそうな油灯の光と絡み合って、部屋全体を薄暗く朧げな色彩で染め上げていた。
扉が静かに閉められた瞬間、奏はそこでようやく深い安堵の息を漏らした。まるで、外部からの審判という目に見えない重荷を、ようやく下ろすことができたかのようだった。
「やっと……少し休めるな」
奏は疲弊しきった様子でドアの辺りに寄りかかり、長く息を吐き出した。この一日に起きたことが多すぎて、彼の精神はとっくに限界を迎えていた。
しかし次の瞬間、彼の視線は否応なしにルフィアへと向かうことになった――。
ルフィアは彼に背を向けたまま、身に纏っていたあの厚手の黒いローブの紐を、静かに解き始めていたのだ。
奏の脳裏に、突如として一種の妙な考えが過った。
あの黒いローブは、今朝からずっとルフィアが身につけていたもので、彼女の目立つ装束やその象徴的な白い髪を隠すためのものだった――しかし問題なのは、あの二本のクラゲを彷彿とさせる特徴的なツインテールは終始ローブの外側に露出しており、その琉璃のように澄んだ瞳も一度として遮られたことはなかったという点だ。
言ってしまえば、あれは気休め程度の偽装に過ぎず、かつて肖像画や式典で王女の素顔を見たことがある者なら、おそらく一目見ただけで、目の前の神秘的な黒衣の人物の正体を見破ることができたはずだ。
奏は、どのように言葉を尽くして、そのローブが全く意味をなしていないことをルフィアに伝えるべきかを考えていた――。
しかし、ローブが滑り落ちたその瞬間、彼の思考は唐突に停止した。
ルフィアがローブを脱いだ後に現れたのは、その身体のラインにぴったりと沿った冒険者のスーツだった。それは今日の脱出のために特に着替えた軽便な装束であり、裁断はスマートで、彼女の華奢でありながら引き締まった腰のラインにしっかりとフィットしており、彼女が向き直る動作に合わせて微かに揺れていた。
奏の呼吸が一瞬、制御を失ったようにピタリと止まった。彼は猛然と顔を横に振ると、視線をまるで逃げ出すかのように遮断し、耳の付け根のあたりに言葉にできないほどの灼熱感が込み上げてくるのを感じた。
「き……君、先に服を着替えたほうが――」
奏の声にはいくらかの慌てた掠れが混じっていた。彼は自分が今言った言葉がはっきりと通じているかどうかさえ確信が持てず、ただ壁の角にある窓を死ぬほど強く見つめることしかできなかった。まるでそこに、全神経を集中して研究するに値する謎が隠されているとでも言うかのように。
しかしルフィアは、彼のこの突然の反応に完全にわけがわからないといった様子だった。彼女は自分の身につけている装束を見下ろし、それから奏の気まずそうに横を向いた側顔を見つめ、困惑したように眉をひそめた。
「奏、これはただの冒険者のスーツです。あなたはどうしてそんなに緊張しているのですか?」
彼女の口調には純粋な疑問が満ちていた。彼女は、今の自分の姿が、つい先ほど転移してきたばかりで、この世界の衣服の習慣にまだ馴染んでいない現代の男子高校生に対して、一体どれほどの破壊力を持っているのかを、全く自覚していないようだった。
奏は硬く二回咳をし、必死にいくらかの鎮定を取り戻そうとしたが、その気まずさによって赤く染まった顔は、とっくに彼の内心を隠すことなく露呈させていた。
「奏、あなたはどうして――」
ルフィアの言葉がまだ終わらないうちに、彼女の身体が突如として硬直した。瞳孔が猛烈に収縮し、あの澄んだ瞳は瞬時に、本能的なまでの警戒によって取って代わられた。
次の瞬間、彼女にはいささかの躊躇いもなかった。その身体を猛然と下方へと沈め、手を伸ばして奏の後頭部を死ぬほど強く押さえつけた。
「伏せて――!」
奏は反応する間さえなく、身体ごと彼女によって押し倒され、床の上へと重々しく伏せられた。
――嘭!
窓が音を立てて砕け散り、ガラスの破片が月光を浴びてきらきらと四方に飛び散った。一条の黒影が窓を破って侵入し、さながら力を溜めていた猛獣のように、部屋の中央へと重々しく着地した。木製の床がその瞬間に重みに耐えかねた呻きを上げる。
床に伏せた奏の心臓は、ほぼ一瞬で停止しかけた――あの黒影の手の中に握られていたのは、まさに彼にとって吐き気がするほど見慣れたあの一振りの小刀であり、刀身にはまだ奇妙な銀色の光沢が残留しており、薄暗い油灯の下で異様に眩しく輝いていた。
首元の幻痛が一瞬にして押し寄せ、まるで鎌の冷徹な寒気が再び自分の皮膚に触れたかのように感じられた。
「ルフィア、こいつが俺の言っていた暗殺者だ! 奴の刀に気をつけて!」
奏の叫び声には震えが混じっていたが、それは異常なほど明晰だった。彼は自分が声を出すべきかどうかを思考する余裕さえなかった――これは第四の周回の中で、初めてルフィアに敵の存在を直接目撃させる機会だった。
ルフィアはその言葉を聞き、瞳孔を急激に凝結させた。彼女の視線は、あの小刀の上に流転する銀色の液体へと完全にロックされ、呼吸がにわかに停止した。
「あれは……『銀鱗蛇』の毒液……無色無味で、一滴触れただけでも人を……」
彼女はそれ以上言葉を続けず、猛然と寝返りを打つようにして、腰の側から一振りの短剣を抜き放った。剣身は月光の下で冷冽な光を放ち、その華奢な手首は岩のように微動だにせず、先ほどまでの気まずさや脆弱さなど微塵も感じさせなかった。
「私の後ろに隠れてください、奏!」
ルフィアの声は毅然としたものであり、そこには王室の血脈に属する、一人の本物の戦士としての鋭さと果断さが宿っていた。それは先ほど旅籠のカウンターの前で見せていた、あのやや気まずそうにしていた少女とは、完全に別人だった。




