↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冒険者ギルドに転移したら、何度も死に続ける王女殿下に出会った件、知らぬ間に彼女と死の運命を共にする契約が結ばれていた  作者: ぼうせん ゆきりん
第一章 『死に寄り添う海月』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/32

第一章20 『友達の口笛』

「うわあああああっ、ああっ――!」


  奏は恐怖に突き動かされるように両目を見開き、頭を抱え込んだ。眼球は瞬時に充血して腫れ上がり、脳裏には先ほど鋼刺に全身を貫かれたあの凄絶な激痛が鮮明に蘇っていた。つい数秒前、自分の眼球が鋭い刺に真っ直ぐ突き通され、腹部が無数の刃によって滅多刺しにされ、両腕に至っては強引に引きちぎられたという事実。その毛骨悚然とするような光景が頭から離れず、涙がとめどなく溢れ落ちる。


「ぷはっ、あああああ!」


  肉体と精神を容赦なく破壊したあの痛みが、今なお彼を苛んでいた。脳と心臓に生々しい風穴を開けられたあの感覚が、両脚をがくがくと震え上がらせる。あの死の瞬間はわずか五秒足らずだったはずなのに、もたらされた苦痛はその五秒を遥かに引き延ばしたかのように感じられた。五秒の間、奏は声にならない悲鳴を何度も何度も上げていたのだ。声帯も眼球と同時に刺し貫かれ、音にすらならなかったからだ。


「ゴホッ、ゴホゴホ――!」


  全身の骨髄が幻痛にきしみ、拳に力を込めることすらできない。彼は爪が食い込むほどに自分の頭皮をむしり、氷のような地面に膝から崩れ落ちた。胸元が激しく上下する。まるで、記憶の中でズタズタに引き裂かれたばかりの肺葉に、周囲の空気を残さず注ぎ込もうとするかのように。大量の冷や汗が全身の毛孔から噴き出し、衣服を完全に濡らし尽くしていく。砂浜に打ち上げられて死を待つ魚のように、彼はただ沙啞な息を喉の奥から漏らすことしかできなかった。


「俺は、今、どこに……」


  しかし、まさにその時、奏は自分が『死に戻り』していることに気がついた。

  あまりにも唐突で迅速な死だったため、その事実に意識が追いつくまでに、丸一分もの時間を要してしまった。


  理性の強制的な介入によって、周囲の激痛は潮が引くようにゆっくりと退いていった。脳の最深部には、未だ鋼刺に引き裂かれた熱の残滓が神経を狂おしく引っかき回してはいたが、彼は機械的に頭を上げ、焦点を失った紅い瞳で周囲を見回した。


  そこには、絶対的な暗黒に包まれた密室も、交錯する致命的な鋼の刺も、吐き気を催すような濃重な鉄錆の臭いもなかった。

  見覚えのある暗い路地。そして、衛兵たちの足音が響いている。


  カン。カン。カン。

  重厚で規則正しい銀色の甲冑の擦れ合う音が、路地の外に広がる長街から伝わってくる。清冷な月光が、青苔の生い茂るレンガ壁に斜めに差し込んでいた。


  間違いなく、この時間、この場所には『あの男』が現れる。


  奏は大きく息を荒らげ、漆喰の剥がれ落ちた壁に生気のない背中を預けた。右手は無意識に腰側へと伸びる。そこには老薬師から贈られた二本の赤色薬瓶が確かに揺れており、銅製の空間の鍵も衣服の内ポケットにしがみつくように収まっていた。身に纏っているのは、貧民区の老婦人から譲り受けたあの黒いヘソ出しの短衣と、暗褐色の綿ズボンだ。


  すべてが巻き戻っていた。王宮の外周防衛線、あの暗巷へと潜入した直後の瞬間へと。

  そして案の定、あの将軍の男が姿を現した。

  風を切り裂く音すら立てず、一人の長身の影がいつの間にか路地の奥に佇んでいた。


  だが、その男は明らかな警戒をその身に宿して近づき、次の瞬間、その黒衣を白へと反転させた。


「……」


  周囲の光を完全に吸収するかのような漆黒の衣装だったが、その襟元と袖口から突如として刺すような金の糸が波紋のように広がった。それは超常的な速度で布地を侵食し、交錯していく。瞬く間に、漆黒の夜行衣は純白の聖潔な輝きを放ち、縁に暗金の装飾を施した華貴な白袍へと変貌を遂げた。そして、男がわずかに持ち上げた腕には、薄暗い路地の中でも圧倒的な威厳を放つ【将軍】の二文字が浮かび上がっていた。


  白袍へと姿を変えたその高大な体躯からは、前の周回のような遊び半分の嘲弄は一切感じられなかった。それどころか、男はわずかに身を前傾させ、純白のフードの奥にある双眸から、刺客を値踏みするかのような実体化せんばかりの冷徹な眼光を放っていた。


「お前の名を教えろ」


  問いかけは極めて鋭く、迅速だった。長年高位に就く者だけが持つ、拒絶を許さない磁性のある声音が、奏の鼓膜へと重々しく叩きつけられる。

  この豹変した態度は、明らかに前の周回とは異なっていた。


  前の周回の将軍は、中身のない世間話を交わし、一度立ち去る素振りを見せてから至近距離で脅かすような真似をし、完全に優位に立ったと確信した段階で、初めて嘲るように名前を尋ねてきた。しかし今回のこの周回では、怪物の如き男は現れた刹那に一切の探り合いを飛び越え、完全な警戒態勢を敷いて真っ直ぐに素性を突き詰めてきている。


  空気を凍りつかせるほどの精神的威圧感が、路地の温度を一瞬で氷点下へと叩き落とした。


  だが、奏にはその理由を考察する余裕など微塵もなかった。

  彼の脳裏には、いまだ鉄処女に肉体を磨り潰された凄惨な幻痛が荒れ狂っており、全身の骨髄が乾いた悲鳴を上げ、両脚は言うことを聞かずに激しく戦慄している。黒と白の衣装を自在に切り替えるこの底知れない怪物を前にして、嘘を構築する気力など残されているはずもなかった。彼は壁にしがみつくようにして、乾ききった唇を機械的に動かした。


「奏……」


  絞り出されたその声は、引き裂かれた紙切れのように沙啞で、抑えきれない怯えに震えていた。

  全身の骨髄が痛むかのような奏の表情を見つめ、将軍の男は深く息を吸い込み、首を横に振った。


  純白のフードに覆われたその顔の表情が、わずかに揺らいだように見えた。先ほどまで奏を押し潰さんばかりに膨れ上がっていた氷のような威圧感は、その深い呼吸一つで、驚くほど唐突に霧散していった。男はわずかに上体を起こし、袖口の暗金の刺繍が夜通风に吹かれて微かに衣擦れの音を立てる。


「失礼した、あまりにも唐突すぎたな。礼儀として、私の名も明かそう。うづき・かすみだ。このデルイラ王国の将軍を務めている」


  うづき・かすみと名乗った男は、低沈な声で自らの真名を告げた。その口調には、いささか本物の歉意が含まれているようでもあった。彼はその場に静かに佇み、目の前の奇妙な衣服を纏った少年が、極限の苦痛と恐怖から立ち直るのをじっと待っているかのようだった。


  奏は警戒を解かず、じりじりと後退を続けた。

  湿った青苔の上で靴底が擦れ、小さく不安気な摩擦音が響く。うづき・かすみが殺意を収め、自ら名乗ったとはいえ、前の周回で刻まれた精神的トラウマはあまりにも深すぎた。気配を一切残さずに間合いを詰めてくるこの男の実力は、間違いなく規格外の怪物だ。しかも、その背後には、あの腹黒く、自身の衛兵の動向すら完全には把握していなかった無様な王子がいるのだ。


  そんな奏の様子を見て、うづき・かすみは微かに笑みを浮かべ、その白袍を再び黒衣へと戻した。

  水紋のように流動していた金色の糸が襟元へと引いていき、またたく間に、至高の軍権を示す華貴な白袍は、路地の闇へと完全に同化する深沈たる黒へと姿を変えた。


  彼は両手を自然に身体の横へと垂らし、フードの奥の視線を、奏の泥に汚れた黒い短衣の上に二秒ほど留めた後、静かに言葉を紡いだ。

「どこへ行くつもりだ?」


  その問いかけは軽薄だったが、確信に満ちた響きを帯びていた。

  奏には前の周回の経験があった。このうづき・かすみが、すでに自分の目的を察知していることは百も承知だった。第四周目の王宮の奥で、あの王子が自ら口にしていたのだ。ルフィアは軟禁されている偏殿の中で、何度も「奏」の名を呼んでいたと。つまり、ここでどんな嘘を並べ立てようとも、最高権力を握る者たちの前では、自分がここへ来た目的など最初から丸裸にされているのだ。


  ゆえに、彼は誤魔化すことなく、真っ直ぐに応じることにした。

  奏は乾いた下唇を強く噛み締め、両脚の震えを力任せに押さえつけると、夜色に染まった墨色の瞳を上げて眼前の黒い影を凝視し、一字一字を噛み締めるように言い放った。


「王宮だ。俺は、ルフィアを見つけ出す!」

  少年の声は依然として沙啞だったが、そこには自暴自棄に近い、確固たる決意が宿っていた。


  うづき・かすみは、不可解そうに正面から問いを重ねた。

「なぜだ?」


  黒いフードが微かに動き、男は心底から意外に思っているようだった。衛兵の一撃すら耐えられそうにない脆弱な凡人であり、魔力の波動すら一切持たない男が、王国最強の防衛線といつ降りかかるかも知れない凶刃を前にして、これほどまでに堂々と、狂気じみた目的を口にするとは予想していなかったのだろう。


  奏は瞬時に言葉を返せなかった。


  低血糖の限界にある頭脳が、猛烈な速度で回転を始める。なぜ、だと? 王宮内で老国王に毒が盛られた陰謀を暴くためか? それとも、王子と間諜の繋がりを白日の下に晒すためか? 否、そんな大層な政治的駆け引きなど、この世界に迷い込んだだけの日本の現役高校生にとって、あまりにも現実味のない遠い話だ。彼がここに立ち、無数の鋼刺に身体を抉られる凄絶な幻痛を経てもなお逃げ出さずにいる核心の理由は、呆れるほどに純粋で、どこか滑稽なものだった。


  沈黙する奏を、警戒しているのだと誤認したうづき・かすみは、飾らない言葉で告げた。

「実のところ、私は王子から、お前が王宮へ進むのを阻止せよとの命を受けてここへ来た。……さあ、その理由を語れ。私がその命に従うべきか否か、判断材料をくれ」


  うづき・かすみは声を極限まで潜め、わずかに半歩踏み出して、その大きな体躯で奏を包み込むように圧をかけた。その言葉に含まれる情報量は莫大だった。王子の命令を隠すことなく明かしながらも、その命令を遂行するかどうかは『自分自身の裁量』にあると、極めて絶妙なニュアンスで仄めかしたのだ。これは前の周回で王子が漏らしていた情報――軍の最高権力者であるこの将軍が、すでに王座の命令に盲従してはいないという事実を、完全に裏付けるものだった。彼は独自の思惑で動く、巨大な不確定要素なのだ。


  夜風が路地に積み上げられた廃木桶を揺らし、ギィと不穏な音を立てる。

  奏の思考は、ほんの数瞬で結論に達した。


  この思慮深い将軍と言葉の裏を読み合うような時間など、もう一秒たりとも残されていない。長街を巡回する衛兵たちの間隔は十五秒にも満たず、今回、あの五分間の空白地帯は訪れていないのだ。この男の審判に対抗するには、最も剥き出しの、核心にある動機をぶつけるしかなかった。


  彼はカビ臭い空気を深く吸い込み、顔を上げ、薄暗い月光の下で瞳に再び強い光を宿した。

「あいつと約束したからだ。一緒に冒険者になろうって! 俺は、あいつとの約束を絶対に破りたくない!」


  狭い路地の奥に、少年の純粋で、何の計算もない意地が響き渡った。

  あの冷たい鉄格子で遮られた牢獄の中で、ルフィアがわざと高圧的な態度を取り、自分を遠ざけようとするよりもずっと前、二人が最初に出会ったあの街で、あの白髪の水母編みの少女は、彼にこの世界で生きていくための拠り所をくれたのだ。あの馬鹿が、軟禁という最も暗い日々の中でも、監視の目を盗んで自分の名前を呼び続けてくれていたのなら、役立たずと罵られた凡人の自分が、ここで手を引く理由などあるはずがない。


  うづき・かすみは、思わず沈黙に沈んだ。

  黒いフードの奥から放たれる視線が、奏の顔をじっと射抜いていた。彼はこれまでの長い経験を総動員して、その言葉の裏にある重量を推し量っているようだった。権力の粛清、遅効性の毒薬、そして軍権の離反が渦巻くこの白い王宮の周囲において、誰もが王座と利益のために謀略を巡らせているというのに、目の前の少年は、ただの「冒険者の約束」という他愛もないもののために、命を賭してその穴を埋めようとしている。


「命を落とすやも知れぬというのに、その程度の約束に、それほどの価値があるというのか?」


  うづき・かすみの声に、初めて微かな感情の揺らぎが混じった。それは長年死線を潜り抜けてきた将軍としての、飛んで火に入る夏の虫のような凡人の行為に対する、冷ややかな観察と疑問だった。彼の目から見れば、そんな理由は激動の政治的嵐の前には、ひと突きで破れる紙屑ほどに脆弱なものに映るのだろう。


  うづき・かすみは、奏が苦悩し、躊躇する表情を浮かべるだろうと考えていた。

  利害を天秤にかけ、恐怖を滲ませるか、あるいは己の無謀さを飾るための壮大な嘘を吐くだろうと。


  しかし、予想に反して、奏はすでに「死」という概念に対して何の奇異も抱いてはいなかった。

  四度にわたる凄惨な死、そして、つい先ほど何千本もの鋼刺に喉と眼球を貫かれたあの絶対的な死の感覚を経験した九世奏にとって、死とはもはや未知の深淵ではなく、何度も跨ぎ越え、過ちを修正するためのただの『階段』に過ぎなかった。彼の目元には、生理的な幻痛による涙がまだ滲んでいたが、その墨色の瞳の奥に宿っていたのは、ある種の病的なまでに冴え渡った、絶対的な狂気だった。


  彼は口元を歪め、どこか世慣れた、気恥ずかしそうな苦笑を浮かべると、静かに自分の後頭部をかいた。

「死なないように、できる限り足掻くさ。全部をハッピーエンドに持っていくために、全力でやるだけだ」


  少年の声は小さかったが、石板の床に叩きつけられたその言葉には、拒絶を許さない絶対的な重みがあった。

  自分には『死に戻り』という唯一無二の自由度がある。肉体一つで、前の周回の鉄処女という死地と、王子の恐怖を見極めてきたのだ。ならばこの周回において、凡人と王室の化かし合いの中で、あの白髪の水母編みの馬鹿を必ず泥沼から引きずり出して見せる。


  うづき・かすみはその言葉を聞き、数瞬の沈黙の後に、低く笑った。

  その笑い声は極めて低沈だったが、高位にある存在が、ついに退屈を紛らわす最高の玩具を見つけ出したかのような、心底楽しそうな響きを帯びていた。高大な黒い身体が夜風の中で微かに揺れ、やがて、彼は幅広の袖口からゆっくりと片手を覗かせた。


「いいだろう。これを持っていけ。我らの信義の証だ。いかなる時、いかなる者を相手にしていようとも、それを吹いて私を呼べば、お前の窮地を一度だけ救ってやろう」


  言葉の終わりと同時に、月光を浴びて妖しい微光を放つ、奇妙な材質の骨笛が夜空に優美な弧を描き、正確に奏の手元へと落ちてきた。


  奏は驚きながらも、その笛を受け止めた。

  手のひらに伝わる氷のような冷徹な質感に、指の関節が自然と引き締まる。その笛には、うづき・かすみという男の、己の実力に対する絶対的な自負が込められていた。戦いを恐れるなどという概念はそこにはない。【将軍】の二文字を白袍に刻み込み、当朝の王子がその名を耳にしただけでヒステリックに逃げ出すほどの怪物。彼が与えた約束の重みは、一瞬にしてこの白い王宮のあらゆる防衛線をひっくり返すだけの価値があった。


  これを吹き鳴らしさえすれば、銀甲の衛兵であれ、闇に潜む陰謀家であれ、あの白黒を反転させる男が必ず降臨する。

  うづき・かすみは、すぐに背を向けた。

  漆黒の長袍が夜色を切り裂くように鋭い弧を描き、その足取りは驚くほど軽やかで、一切の淀みがない。


「これが友情の証明だ。お前の邪魔はしない」

  軽飄とした声が、夜風に乗って路地の隅々へと霧散していく。


  前回の『五分間の空白』とは違い、今回の『邪魔をしない』という言葉には、うづき・かすみの奏に対する確かな肯定と期待が含まれているようだった。奏が先ほど口にした約束と決意が、本物かどうかを見極めようとするかのように。


  前の周回で将軍が衛兵を遠ざけた五分間は、どちらかと言えば居高臨下な『毒餌』だった。奏という一粒の砂を王宮の死局へと放り込み、王子の反応を試すためのものに過ぎなかった。しかしこの周回において、奏の「冒険者の約束」と「ハッピーエンドへ導く」という不敵な宣言を聞いた軍権の支配者は、王宮潜入の本来の難易度をあえてそのまま残し、奏自身の足で踏み越えさせることを選んだのだ。


  魔力すら持たない凡人が、死をも恐れぬその傲慢さにどう決着をつけるのか、見届けようというのだろう。


  奏は静かに頷いた。

  幽光を放つ骨笛をきつく握り締め、衣服の内ポケットへと大切に収めると、最も深い闇へと溶け込んでいく黒い背中へと向かって、低い声で応じた。


「ああ。助かるよ、友達」

  うづき・かすみは一瞬だけ足を止め、そのまま闇へと消えた。


  回廊の角の陰影が微かに歪み、その高大な黒い衣は空気中に蒸発したかのように、完全にその姿を消し去った。

  暗巷には、再び奏一人が取り残された。

  長街を打つ金属靴の音は依然として重々しく、銀色の胸甲が月光を冷たく反射している。


  事前に清められた五分間の空白はなく、王宮の外周防衛線は変わらず水も漏らさぬ厳重さでそびえ立っている。奏は深く息を吸い込み、未だ大腿の骨髄で疼く幻痛の箇所を強く押さえつけた。その瞳から、世慣れた滑頭のような笑みが一瞬にして消え去り、底知れない決意が沈殿していく。


  骨笛は最後に一度だけ使える切り札。そして懐には、空間を穿つ万能の鍵が眠っている。

  邪魔をしないというのなら、ここからは互いの実力勝負だ。


  黒い冒険装に身を包んだ奏は、わずかに上体を低くし、夜の深淵を駆ける一匹の孤狼の如き鋭さで、白い宮殿へと続く唯一の道をじっと見据えた。


  二度目の挑戦が、ここに幕を開ける。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。