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一緒に、冒険者になろう  作者: ぼうせん ゆきりん
第一章 『死に寄り添う海月』

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第一章1 『助けを求めるクラゲ』

「何もかもがおかしい――」


  目の前の光景を凝視する俺の喉は、まるで乾いた草の塊でも詰め込まれたかのように干からびていた。


  冒険者ギルドの空気の中には、安物の麦芽酒と汗の臭いが充満しており、周囲にはありとあらゆる生物がひしめき合っている。人間、尖った耳を持つエルフ、それどころか煙草のパイプをくわえたままテーブルの上で怒鳴り散らしている犬、そして……神話の中にしか存在しないはずの、頭上に聖なる光環を浮かべた天使たち。


  そのことに気づいた時には、すでに手遅れだった。

  俺は異世界転移してしまったのだ。しかも、絶望的なほどに場違いな格好で。着ているのは、流行遅れのミームがプリントされた黄ばんだTシャツ、足元はとっくに履き潰したランニングシューズ。


  フル装備で殺気立った冒険者たちの中に放り込まれた俺は、まるで葬儀の会場に無理やり押し込まれた生ゴミのようだった。


  ここは冒険者協会――。


  俺の名前は九世かぜ 奏かなで。子供の頃から異世界をテーマにした漫画が大好きで、魔法の世界や冒険者の旅に心から憧れていた。

  しかし今、俺は紛れもなく異世界に立っている。

  状況が掴めず、自分の顔を思い切り引っ叩き、さらに頬を強くつねってみた。


「本当に夢じゃない……」


  この中世のような異世界の悪臭は、ひどく鼻を突く。それなのにどこか憧れていたものでもあった。俺は立ち上がったが、周囲の様子は想像していたほど素晴らしいものではなかった。


  冒険者たちが品定めするような視線で、俺の全身をくまなく舐めるように見てくる。

  自分のTシャツを見下ろすと、確かにこの世界においては独特すぎるというか、ただ奇妙な格好としか言いようがなかった。


「おいお兄ちゃん、どこの回し者だ?」


  一人の冒険者の中年男がそう問いかけてきた。凄まじく凶悪な面構えで、腕の筋肉は発達し、全身はまるで観音開きの冷蔵庫のように巨大だった。その殺気立った両眸に睨まれるだけで、息が詰まりそうになる。

  だが、小説の世界なら、こういう奴ほど案外いい奴だったりするはずだ。

  少なくとも、俺はそう信じることにした……。


「おいおいおい、俺を無視する気か!」


  おっさんが立ち上がった。大柄な彼が、蟻ん子のような身長の俺を見下ろす。彼の荒い鼻息が俺の髪の毛に触れるほど近く、俺は頭を上げることも、彼を仰ぎ見ることもできなかった。


「自分がどこから来たのか忘れてしまって……」


  俺が辛うじてそう返答すると、おっさんは不服そうに腰を下ろしたが、警戒を解く様子はなかった。


「妙な企みは起こさないことだな」


  脅しのような警告を吐き捨てると、おっさんは席を立ち、同じように屈強な仲間を引き連れて去っていった。

  それを見送り、俺はホッと胸を撫でおろした。


  「奏」の存在を忌み嫌っているようで、一様に排他的であり、Tシャツ姿の奏を受け入れる気は毛頭ないらしかった。


  奏は冷や汗を流しながら、冒険者協会を立ち去る準備をした。中にいる連中は揃いも揃って凶悪な悪党ばかりで、目が合えば最後、なぶり殺しにされかねない。恐ろしすぎる場所だ。


  足を踏み出そうとしたその時、奏は入り口の脇にある掲示板に目を留めた。そこには他の依頼書とは明らかに一線を画す、真っ赤な依頼用紙が貼られていた。


【殺人事件が多発しているため、冒険者の皆様からの暗殺者に関する情報提供を募ります。情報の有益性に応じて、冒険者ギルドより賞金を授与いたします。】


  この街では、殺人事件が頻発しているらしい。あの冒険者たちがこれほど警戒していたのも、奏が余所者として異質な格好をしていたからかもしれない。


  奏はさらに冷や汗をかいた。


  このままじゃ、俺は格好の身代わり(スケープゴート)にされてしまうんじゃないか――。


  そう考えると、奏は無闇に冒険者ギルドの外へ出ることができなくなり、大人しく元の席へと戻って座った。


  ほんの四分が経過した頃には、奏はすでに冒険者という職業に対して幻滅を抱いていた。


  まさにその時、一人の少女が奏の目の前に現れた。


「私を、あなたの冒険者パーティーに入れていただけないでしょうか?」


  俺は心底驚愕し、怪訝そうに顔を上げてその少女を見た。彼女は白いショートヘアで、毛先からは二本の長い三つ編みが伸びており、まるでクラゲのような髪型をしていた。しかし、そんな彼女の佇まいは一目で非凡なものだと分かった。


  だが、彼女は目に問題でもあるのだろうか――。


  奏は自分の着ているTシャツを見た。どう考えてもこの世界の誰とも調和していない。たとえ目を瞑って選んだとしても、彼女が真っ直ぐに自分を選ぶはずがなかった。


  確実に見え透いた陰謀がある――。


  奏は冷や汗をにじませ、周囲の冒険者たちに目をやった。しかし、さっきまで尊大に振る舞っていたはずの彼らは、一様に奏など存在しないかのように知らん顔を決め込んでいる。


  この少女は服装にせよ髪型にせよ、確かに際立っていた。もっと言えば、この粗暴な冒険者たちの中にあって、彼女の存在は一条の刺すような白い光のようだった。だが、それ自体が最大の異常だった。


「俺はパーティーを組んでいないんだ」


  奏は深く考え込んだ末に、極めてまっとうな返答を返した。

  しかし、少女は首を横に振り、口元をかすかに綻ばせると、その場に屈み込んだ。そして顔を上向かせ、瞳を輝かせながら、うつむく奏の視線をじっと覗き込んできた。


「これから作ってみては?」


  その言葉に、奏は一瞬たじろいだ。目の前の少女が確実に何かを企んでいると察し、異世界人のこうした態度に対して、彼女の怪しさを排除することができなかった。

  そのため、奏は首を振るだけで、そのまま足早に立ち去ろうとした。


「お願いです!」


  俺はその場に立ち尽くした。困惑して振り返ると、そこには目元を潤ませた少女の姿があった。彼女は泣いていた。なぜ泣いているんだ?

  少女は本当に、咽び泣きながら懇願していた。


「あなた……私を守ってくれませんか?」


  俺の心臓がドクリと跳ねた。信じられない思いで彼女を見つめる。

  俺の表情は一気に引き締まった。実を言えば、俺はこの異世界に来たばかりの新人に過ぎず、全身にまともな装備一つ身につけていない。魔法も剣技も、何一つ持っていないのだ。


  この世界について知る暇もなく、この冒険者ギルドから一歩も外へ出たことさえない。

  それに、自分自身の身を守ることすらままならないのに、彼女を守るなんて到底不可能だ――。


  そう思い至り、奏はきっぱりと首を振った。こんな明らかな罠か危機を孕んだ頼みごとを引き受ける勇気はなかった。彼はこの異世界で平穏に生き延び、異世界の素晴らしさを満喫したかったのだ。


「他の人を当たってくれ」


  奏は冒険者ギルドを後にした。後ろを振り返ることもせず、その時の白髪の少女がどんな表情をしていたのか、見る勇気もなかった。


  すぐに奏はギルドから遠ざかり、大勢の人で溢れ返る市場へとやってきた。


  なるほど、この異世界にも市場があり、多種多様な種族が存在している。奏の僅かな異世界知識を総動員するなら、あの者たちは「亜人」と呼ぶべき存在だろうか。


  獣の耳を持つ者、猫の尻尾が生えている者、エルフの耳、光環、翼……。

  この異世界は、さながら課金必須のゲームのようだった。視界に入る全員が、特殊なスキンや装備を身につけたVVVIPプレイヤーに見える。


  だが当然、彼らはプレイヤーではない。この異世界において、プレイヤーは最初から最後まで奏一人だけだった。


「このお金、使えないな……」


  奏はポケットの中にある数枚の日本円を弄った。これらがここでは流通していないのは火を見るより明らかだった。この異世界の人々が使っている貨幣は粒状の形をしており、まるでビー玉のようだった。それも、やたらとキラキラ輝くビー玉だ。


  一目確かめてみたかったが、盗みを働くわけにはいかないため、湧き上がった不届きな考えをすぐに打ち消した。


  苦笑しながら日本円をポケットに仕舞い込む。本来なら半月分の食費を賄えるはずのその紙幣の束も、ここではゴミ屑以下の価値しかなかった。

  この世界の交易貨幣は、内部でかすかな光が流転しているような晶瑩たる球体だ。彼らにとって、それは生存のための資本。


  俺にとっては、この世界との間に横たわる、決して越えられない断絶の証明だった。


「ぐぅぅぅ――」


  情けないことに、このタイミングで腹の虫が自己主張を始めた。腹が減ったのだ。


  奏は一文無しだ。まさか無銭飲食をするわけにもいかない。この付近にはビュッフェもレストランも見当たらず、仮にあったとしても、奏には払う金がなかった。


「異世界って、本当に世知辛いな……」


  奏はやりきれなそうに大きなため息をつき、人気の途絶えた暗い路地裏へと足を踏み入れた。


  湿った悪臭が漂ってくる――。


  どうしようもない。今夜を乗り切るためにも、まずはここで少し身体を休めよう。今起きているすべての出来事は、処理するには情報量が多すぎた。


  いつの間にか、奏は眠りに落ちていた……。


  太陽の光が奏の顔を照らし、彼はようやく目を覚まして我に返った。彼はまさか、あの鼻を突く悪臭が漂う路地裏で、十時間も眠りこけていたというのか?


  俺は自嘲気味に笑った。不潔な場所がお似合いだということか――。


  やることもない俺は、再び冒険者ギルドへ向かうしかなかった。もし冒険者になれれば、お金の問題も解決するかもしれない。

  一晩経ったのだ。あの奇妙な少女も、もうギルドにはいないだろう。


  しかし、奏が冒険者ギルドに足を踏み入れた瞬間、目に飛び込んできたのは冒険者たちの殺気立った視線だった。


  そればかりか、あの大男が奏の襟元をひっつかみ、まるで雛鳥でも扱うかのように、彼を高く吊り上げた。


「俺は警告したはずだぞ! 妙な企みを起こすなと! それなのに、あんな下劣な真真似をしでかすとは! 吐き気のする薄汚い人間め!」


  奏はおっさんが何を言っているのかさっぱり分からず、ただ無実の証明として、茫然自失の表情を浮かべることしかできなかった。


「俺が何をしたって言うんだ?」


  おっさんは力任せに奏をテーブルの上に投げ捨てた。テーブルの角が腹部に激しくめり込み、奏は苦悶の声を漏らす。

  しかし、奏が痛みに文句を言う暇もなく、テーブルの上には一鉢の花だけが置かれているだけだった。銀色の花だ。咲き誇っているように見えて、どこか萎れかけているようだった。


「花?」


  おっさんはついに堪忍袋の緒が切れたように、奏の髪の根元を掴み、乱暴にその視線を引き上げた。


「王女殿下が崩御されたんだ! 間違いなく貴様の仕業だな!」


  奏は事態の展開がまったく理解できず、パニックになりながら否定するしかなかった。

  だが、周囲の冒険者たちも同様に軽蔑の表情を浮かべていた。


「昨日、お前に助けを求めてきたあの白髪の少女こそが、王女殿下だ。彼女は暗い路地裏で命を落とした。手足を奪われた姿でな」


「全員が、お前がその路地裏から出てくるのを目撃している。お前が人殺しである疑いが最も濃厚だ」


  それを聞き、奏は驚愕のあまり言葉を失った。彼はその花を見つめ、それからあの日に少女が求めてきた助けを思い返し、深い困惑に囚われた。


「あんたたちの方が俺よりずっと強いだろ! なぜ彼女を救わなかった? なぜ俺を選んだんだ? あんたたち、身勝手すぎるだろ!」


  冒険者たちはそれを聞くと押し黙り、ただ数歩後退した。

「王女殿下は、決して冒険者を信用されなかったからだ」


  俺はその滑稽な結論に、思わず笑いが込み上げてきた。しかし、今の俺は身動きが取れない。「容疑者」という二文字はすでに俺の顔面に刻み込まれており、俺を完全に破滅させていた。


  慎重に思い返してみる――。


  あの白髪の少女、すなわち王女殿下と呼ばれた彼女の、あの時の救いを求める姿と涙。そして、現在の死……。


  奏は同情心の強い人間だ。悪人に同情することはないが、無実の人間に対しては、必ず不憫に思う心が働く。


  あの少女のように、なんて可哀想なのだろう。まさに青春を謳歌すべき時だったというのに、あんな風に惨殺され、理不尽な理由で命を奪われ、その上、罪の引き金が奏のような無実の者に押し付けられている。


  彼女が可哀想でならない――。


  もしあの時、俺が彼女の願いを聞き入れていたら、彼女を救うことができたのだろうか?


  今はこうして道徳的に追い詰められているけれど。


  もし許されるなら、もし昨日の俺が、彼女の今日の結末を知っていたなら。


  俺は絶対に救うことを選ぶ。何を引き換えにしても、彼女のような無辜の命を、あんな無惨に死なせたりはしない――。


【契約は締結された】


  聞き覚えのない声が響き渡った。


  奏は慌てて周囲を見回したが、ギルドにいる冒険者たちは、今や誰も彼もが微動だにせず静止していた。

  この世界で、奏一人だけが色彩を保っている。これは間違いなく、時間が停止している状態だった。


  しかし、一体何が起きたというのだ? なぜ突然、時間が止まった?


  彼が思考を巡らせる猶予など与えられず、黒い鎌がすでに彼の首の前に出現していた。


  グシャッ――


  こうして、頭部と身体は泣き別れとなり、紅い燃料が地面へと鮮やかに飛び散った。


  奏は命を落とした。

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