↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冒険者ギルドに転移したら、何度も死に続ける王女殿下に出会った件、知らぬ間に彼女と死の運命を共にする契約が結ばれていた  作者: ぼうせん ゆきりん
第一章 『死に寄り添う海月』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/32

第一章17『新衣装』

  暗い路地の陰は、もはや奏にとって本当の意味で未知のものではなくなっていた。

  彼はすでに何度通ったかも分からない、湿った石板の小道を通り抜ける。靴底が水溜まりを踏む微かなピチャピチャという音が、静まり返った路地裏にやけにはっきりと響いていた。休業の木札が掲げられた薬店の扉は、今も変わらず固く閉ざされている。門の上に掛けられた文字の薄れた木札が朝の風に揺れ、細く、人を安心させるような軋み声を上げていた。


  奏は門の前で半秒ほど足を止めた。

  この扉が閉まっていることは、最初から予想がついていた。


  彼は手を上げ、重すぎず軽すぎない動作で三回叩いた。


「入りなさい」

  あのしゃがれた、どこか言い知れぬ暗示を含んだ声が、まるで最初から待っていたかのように、時間通りに扉の向こうから透けて聞こえてきた。


  奏は扉を押し開けた。

  薬店の中はいつもよりいくらか薄暗かった。いつも灯っている油灯は、今は極めて短い灯芯が残るのみで、オレンジ色の炎が吹き抜けの風にゆらゆらと揺れている。店内に高く積み上げられた薬典やガラスの薬瓶を、斑らで流動的な影絵のように映し出していた。


  老薬師はカウンターの後ろには座っていなかった。彼は入り口からそう遠くない場所に背を向けて立ち、枯れ枝のような指先で、深紫色の液体が満ちた細頸瓶を極めて緩慢に動かしていた。瓶の底にある細かな刻紋を熱心に研究しているかのようだった。


  彼は一切振り返らない。

  その声が悠然と響く。その口調は、今日の天気を描写するかのように平穏だった。

「王宮で大立ち回りを演じて、ようやく少しは目が覚めたかね?」


  奏は言葉を返さなかった。

  彼はただ沈黙して入り口に立ち、店に入る前に気づいていた、外に掲げられた休業の木札に視線を落とした。


  朝の午前十時にもならないうちに、薬店が店を閉めている。


  これは常理に反している。

  彼は、この老人が自分の到来を毎回あらかじめ知っているかのように振る舞うことを思い出した。深夜に独りで解毒薬を求めに駆け込んだ時も、セーブポイントが前移した後に真っ先に向かってきた時も。老人はいつもそこにいて、いつも扉を開け、いつも「やはり来たか」と言わんばかりの従容とした佇まいを見せていた。


  この全知ぶりは、奏が最初に考えていたよりも、遥かに深い。

  彼は目を閉じ、心の中に静かに芽生えかけた「この老人は一体何者なのか」という疑問を、強引に喉の奥へと押し戻した。


  今ではない。

  奏は薬店の中へと歩みを進め、カウンターの前で立ち止まった。老薬師の、一向に振り返ろうとしないその佝僂の背中を直視し、口を開く。声は平穏で、簡短で、いかなる前置きもなかった。


「どうすれば、ルフィアを救い出せる?」


  空気はおよそ三秒間、沈黙した。

  老薬師がようやく動いた。彼はゆっくりと身体を翻す。鼻梁に架けられたレンズのやや厚い眼鏡が、油灯の薄暗い光の輪の中で細く、しかし刺すような白い光を反射した。ちょうど彼の両目の位置を覆い隠すように。

「どうしてルフィアに何か起きると確信しているのかね?」


  その言葉は急ぐ風でもなく投げかけられたが、的確に要害を突くような探求の意味が含まれていた。


  奏は首を振った。

「確信しているわけじゃない」


  彼は一拍置いてから顔を上げ、光を反射するレンズの向こう側にある、見えずとも感じ取れるその深邃な瞳を直視した。

「でも、彼女は俺の冒険団のメンバーだ。彼女がどんな身分だろうと、どれほど酷い言葉を口にしていようと、俺は必ず彼女を連れ戻さなきゃならない」


  その言葉が落ちた後、薬店の中の空気は一瞬だけ凝固したかのようだった。

  老薬師はそのまま静かに彼を凝視していた。その皺だらけの脸からは、喜怒を読み取ることはできない。


  そして、その口元が、極めて微かに動いた。


  老薬師は緩慢に身体を翻し、奏に背を向ける。大小様々な薬瓶が並ぶ棚に向かってゆっくりと歩き出し、その口調には、彼自身もあえて意図したわけではないような、どこか感慨深げな回味が含まれていた。

「なるほど、もはや『勘』とは言わんか……進歩したな」


  その言葉に、奏は応じなかった。

  彼はただ黙って老薬師のよろよろと移動する背中を見つめていた。胸の奥にある何かが、音もなく、ほんの少しだけ緩んだ。


  老薬師はその薬棚の前で足を止め、枯れ枝のような指を薬瓶の列に這わせる。最終的に、奏が見慣れた草薬名の記された深褐色の瓶缶をすべて通り過ぎ、棚の最下層の、隅に乱雑に押し込まれた埃まみれの暗格の前で指を止めた。


  彼は腰を屈め、暗格を開く。

  その中には、一本の鍵が静かに横たわっていた。


  鍵と言うには、正確には少し語弊があった。形状こそ鍵に酷似しているが、その材質はこの世界のいかなる武器屋や雑貨の露店でも見たことのない、幽暗な金属の光沢を放っている。歯紋の並び方は荒唐無稽なほどに繁雑で、まるでこの世界の尋常な工芸水準を超えた何らかの精密な力によって、一刀一刀刻み込まれたかのようだった。


  老薬師はそれを手のひらに載せて振り返り、カウンターの上に置いた。

  奏の視線はその鍵の上に落ちたが、すぐには手を伸ばさなかった。


老薬師は一本の指で鍵の柄を軽く押さえ、ゆっくりと奏の方へと押し出した。

「これは魔導具だ。短時間だけ空間を転移させることができる」


奏の眉が微かに動いた。

「空間を転移?」

「これをいかなる扉の隙間にも差し込み、目標の地点を心の中で念じれば、極めて短い時間の内にそこへ通じる通路を開くことができる。王宮の守衛がどれほど厳重であろうとも、空間そのものを迂回する鍵を防ぐことはできんよ」


老薬師の口調は相変わらず平穏だった。

奏はその鍵を見つめ、二秒ほど沈黙した後、すでに心の中で推算していた問いを口にした。

「副作用は何だ?」


この世界で数日を過ごすうちに、彼は一つのことを学んでいた。何の代償もなく、簡単に自分の手へと渡されるものなど存在しないのだと。


老薬師はすぐには答えなかった。

彼は目を上げ、厚いレンズ越しに奏の方向を直視する。一拍置いてから、緩慢に、しかし明瞭に口を開いた。

「使用後、お前が所有するすべてのスキルは、使用不可能な状態になる。転移が完了するまでの間な」


薬店の中の空気は、この瞬間に完全に凝固した。

奏の指先は、その鍵まであと一寸のところで止まった。

彼はすぐに手を伸ばして掴むことはせず、ただ油灯の下で幽光を放つ鍵をじっと凝視し、脳内で急速に思考を巡らせた。


転移の途中、スキルが無効化される。

彼にあるスキルはたった一つ。【他人に口外できない契約】という、自分を死ぬほど縛り付ける枷だけだ。しかしその枷は、同時にこの世界における彼にとって唯一の救命ロープでもあった。あの契約こそが、死亡した後に再び目を覚ます可能性を彼に与え、あの契約こそが、幾度となく頭部を切断される劇痛を経験しながらも、なお両目を開けて立ち上がることを可能にしていた。


もし転移の途中でスキルが失効している間に、不意の死を迎えたら、一体何が起きる?

スキルのない死亡は、巻き戻りを発動させられるのか?


彼には分からない。さらに言えば、推測することさえ恐ろしかった。

彼が唯一知っているのは、前回、何の前触れもなく崖から墜落した際、死神が現れない状況でも同様に巻き戻りが発動したということだけだ。それはあるいは、巻き戻りの本質が死神の鎌などではなく、スキルと死亡そのものにあるということを意味しているのかもしれない。


しかし、「あるいは」は結局のところ「あるいは」でしかない。

もし転移の途中で不測の事態に遭遇し、その「あるいは」が今回、最悪の形で裏切られたとしたら……。


奏はゆっくりと目を閉じ、その念頭を脳内から強引に剥ぎ取った。

彼の手は、迷いなく、まっすぐに伸びた。

指先が鍵に触れた瞬間、その魔導具から奇妙な、微微たる震えの感覚が伝わってきた。まるで眠っていた何らかの力が、触れてきた人間を感知し、判断し、推し量っているかのようだった。


奏はそれを掌の中に握りしめた。

  予想していたよりも遥かに軽い。それは自らの境遇を書き換えるに足る器物というよりは、風の中に飛散してしまう羽毛のようだとさえ感じさせた。


  老薬師は彼が鍵を受け取った時の神情を見つめ、何も言わなかった。

  沈黙が二人の間でしばらく引き延ばされた後、老薬師はため息をついた。まるで目に見えない何かに向けて何らかの感慨を抱いたかのように、彼は再び薬棚の方を向き、二層目からボトル口が赤い蝋で封じられた、小巧な丸底の瓶を二つ手ずから取り出した。精度高く振り返り、カウンターの上に置いた。


「くれてやる」


  その二つの瓶の中に満ちている液体は、彩度が極めて高い、まるで沸き立つような赤色をしており、薄暗い灯光の下で旺盛な、人を安心させる生命力を透かしていた。


  老薬師の口調には、嫌悪なのか気遣いなのか判然としないニュアンスが含まれていた。

「これは気血を補充するポーションだ。お前のような身体では、王宮に入った後、この二日間の飢えのせいでいつ床に倒れ伏すかも分からんからな」


  奏は一瞬呆然としたが、すぐにその二つの薬瓶を受け取り、Tシャツのゆったりとしたポケットの中に細心に収めた。


  彼は頭を下げ、老薬師に向けて、真摯に腰を折った。

「ありがとう」


  老薬師は答えず、ただ手を振った。そのジェスチャーは、その謝意を受け入れたというよりは、手元に落ちてきた一匹の小さな虫を追い払うかのようで、気ままで無造作だった。


  奏は身体を起こし、その鍵を改めて確認するように強く握りしめ、身体を翻してその重い木門の外へと歩み出た。


  街道の上の太陽の光は、予想していたよりも激しかった。

  奏は路地の入り口で足を止め、目を細めてその刺すような光線にしばらく目を慣らした。それから、視線をゆっくりと、自身の身体の上へと落とした。


  あの黄ばんだ、とっくに流行遅れになった地球の絵文字がプリントされたTシャツ。

  彼は自分がいつの朝から、この衣服を本当の意味で「直視」しなくなっていたのか思い出せなかった。それはただ身体に張り付き、この異世界における彼の最も安価な標識となり、いつでもどこでも彼の「外来者」としての身分を、通り過ぎるあらゆる目の下に完全に曝け出していた。


  あの冒険者たちの嫌悪の視線、あの衛兵たちの見下すような軽蔑、あのドワーフの店主が最初に彼を品定めした際の一切隠そうともしない審視……。


「もし疑われるとすれば、俺が真っ先に疑いの対象になる」

  その念頭は、奏の脳内で、まるで彫刻刀で刻み込まれたかのようにはっきりとしていた。


  今夜、彼は王宮に入らなければならない。

  火星文字のような図案が印刷された服を着て、履き古したランニングシューズを履いた少年が、この町の平民区で最も密集した街道を歩くだけで、すでに周囲の側目を引くには十分だった。ましてや、あの警戒厳重な白色の宮殿に接近するなど。


  奏はポケットに手を差し入れ、当てもなく街道に沿って前へと歩きながら、両側の露店や店舗の間へと視線を遊ばせた。古着屋?彼はポケットを触った。鍵の魔導具と二つの赤いポーションの他に、何も持っていない。一枚の魔石さえ取り出すことはできなかった。


  彼は一つの交差点で足を止め、前方の少し狭く、レンガが不揃いに積み上げられた街路を見つめた。そこの家屋はさらに低く、壁の灰泥は広範囲にわたって剥がれ落ち、物干し縄が建物と建物の間に縦横無尽に掛けられ、その上には洗濯されて白くなりながらも綺麗に継ぎ当てされた粗布の衣類が、午後の風の中で気だるげに揺れていた。


  貧民区。

  奏はそこへと足を踏み入れた。

  なぜこの道を選んだのか、彼自身にもはっきりとは説明できなかった。おそらくそれは、この世界に対する微かな直感によるものだろう。ここには、他人のことを過剰に詮索するほどの余裕を持つ人間などいない。


  彼は少し広くなった中庭の前で歩調を緩めた。


  一人の老婦人が腰を屈め、衣服がぎっしりと詰まった粗麻の袋を室内から外へと苦しそうに運んでいた。その袋の底の角はすでに擦り切れて小さな穴が開いており、畳まれた何着かの古い衣類がその破れ目から音もなく、緩慢に外へと滑り落ちようとしている。老婦人は全く気づいていない様子で、ただその袋を少しずつ中庭の入り口へと引きずることに集中しており、口の中では奏には聞き取れない言葉を断続的に呟いていた。


  奏はその場に立ち、およそ半秒ほど躊躇した。

  それから彼は足早に近づき、身を屈めて、破れ目から完全に滑り落ちそうになっていた古い衣服を手際よく中へと押し戻した。それから顔を上げ、老婦人を見た。

「おばあさん、その袋は重すぎるよ。俺が運ぶのを手伝うよ」


  老婦人はこの突如とした動静に驚いたように飛び上がり、顔を上げた。濁った目が奏の顔の上で一瞬だけ留まる。すぐに、その視線はゆっくりと、上から下へと奏の全身を完全に回見し始めた。


  あの黄ばんだTシャツから、激しく摩耗したランニングシューズ、そして疲弊と憔悴に満ちていながらも、まだどこかに少年らしさを残したその顔へと。


  老婦人は何も言わず、ただ彼をさらに数回見つめ直した後、その粗麻の袋の口を持ち上げ、口を広げた。

「お前さん、そんな服を着て……」


  彼女の声は濁っていたが、歳月に磨かれた特有の温和さを帯びていた。

「この袋の中の服はね、うちの子たちが残していったものさ。今は誰も家にいないし、捨ててしまうのも勿体ないからね」


  彼女は一度言葉を切り、再び奏の肩幅と体格を確認するように見てから、その袋を彼の方向へと押し出した。

「暮らしが貧しいんだろう?自分で選んで着ていきなさい」


  奏の喉が微かに動いた。「ありがとう」の言葉が口元まで出かかったが、彼はそれを強引に飲み込んだ。彼はすぐには口を開かず、ただ頭を下げてその袋を受け取った。腕に力を入れると、袋は意外なほどに重く、中の衣類は想像以上に多く重ねられていた。

「ありがとう、おばあさん」


彼は最後にようやくその言葉を口にした。声は低かったが、今日彼が口にした中で、最も目的性のない一言だった。

  そのひっそりとした小さな中庭の傍らで、奏はその古い衣類の袋の中身をひっくり返して検分した。


  布地の質感は、彼の予想よりも遥かに良かった。すべて尋常な平民が着る麻布や綿織物で、色は深藍、暗褐、灰緑が主だった。デザインはゆったりとしているが引き締まっており、いくつかの襟元や袖口には極めて細かな、奏には判別のつかない紋飾が刺繍されていた。おそらくこの老婦人がかつて手がけたものだろう。


  彼は路地の、日の当たらない角で一式を着替えた。

  防具の干渉を避けるための、丈が短く通気性の良い深黒色の上衣。暗褐色の綿質の長ズボン。一本の革製の細いベルトを腰に巻き、ベルトにはいくつかの小さなスペースがあり、気血を補充する二つのポーションを収めることができた。


  奏は元のランニングシューズも細心に検査した。その靴の表面は彼が歩き回ったせいで古びて白くなっており、この異世界においては相変わらず場違いな存在だった。しかし袋の中に足に合うブーツはなかったため、彼はひとまず妥協し、ズボンの裾を少し広げることで、靴の最も目立つ部分を覆い隠した。

  彼は少し躊躇した後、あのTシャツのポケットから鍵の魔導具を取り出した。それから、あの黄ばんだTシャツを綺麗に畳み、袋の最下層へと押し込んだ。


  奏はその場にしばらく佇み、少し気恥ずかしそうに自分を見下ろした。短丈の上着から覗く腹部は、心なしかルフィアやノンノンの軽装を連想させる。彼女たちの冒険服はいつもこのように身軽であり、奏もまた、重い防具で自分を一つの球体のように着込みたくはなかったのだ。

  それから、彼は路地を抜け出し、人流の盛んな街道へと歩み出た。


  誰も振り返らなかった。

  二、三人の通りすがりの露天商が短く、好奇の混ざった一瞥を投げてきた。おそらく彼の顔立ちがこの町では見慣れないものだったからだろう。しかしその視線は彼の衣服を通り過ぎると、極めて自然に逸らされ、それぞれの商売や歩調へと戻っていった。


  奏が人込みの中をおよそ数分ほど歩いた時、ようやく、これが現実なのだと信じることができた。

  一人の外来の布地商人が彼の傍らを通り過ぎる際、足を止め、熱心に手を振って、新しく入荷した品物を見に来るよう促した。奏は一瞬呆然とし、我に返ると慌てて手を振って辞退したが、心の底に湧き上がった、言葉にできない荒唐無稽なほどの暖かさは、その一瞬の内に、静かに広がっていった。


  これが真に彼がこの異世界に来て以来、初めて、他人が彼を一つの「正常な人間」として扱ってくれた瞬間だった。

  彼が「外来者」であるから生じる排斥ではなく、あの奇異な装束のせいで生じる審視でもなく、彼を不審者と見なす本能的な警戒でもない。ただ一人の商人が一人の路路上を見つめた時の、最も尋常な、最も悪意のない、一言の挨拶だった。


  奏は数秒間立ち止まり、その商人に向けて礼儀正しく頷いてから、再び前へと歩み出した。

  彼は人流の最も密集した街道を離れ、町の外囲へと通じる一本の石板路に沿って歩き、少し高くなった丘の上で足を止めた。


  暮色は、緩慢かつ不可抗な速度で、町の縁から蔓延し始めていた。町全体を包み込んでいたあの昏黄の余韻は、一歩一歩、深沈とした藍紫色に侵食され、呑み込まれていく。

  そしてその暮色の深奥において、あの聳え立つ白色の宮殿は、最後の太陽の光の中で、ほとんど氷のように冷たく、粛穆な光芒を放っていた。


  奏はその宮殿を見つめ、掌の中の鍵の魔導具を改めて強く握りしめた。

  彼は掌の中の鍵から、あの細微な、温度を帯びた震えの感覚を読み取っていた。それはまるで何らかの活物の呼吸のようであり、また眠っている力が、使用される時機を待っているかのようでもあった。


  彼の視線は、彼を幾度となく阻んできた、あの高聳する宮門の上に落ちた。


「今夜だ」


奏は静かに口を開いた。その声は、夕暮れの風にかき消されてしまいそうなほど細かったが、その口調には、これまでにない、確固たる平穏が宿っていた。


「今夜、決める」


彼は一拍置き、その両目は、濃くなっていく暮色を通り抜け、あの高聳する宮門を通り抜け、あの宮殿の深奥にある、彼のあずかり知らぬどこかの角へと投じられた。


「ルフィア」

「もし君が本当に望んでいないなら」

「俺は君を見つけ出す……」

「せめて――」


彼は目を閉じ、掌の鍵をさらに強く握りしめた。指の関節が力を込めたせいで浅い白に変色する。

「せめて、君の理由を、聞かせてくれ」

夜色が、一寸ずつ、落ちてきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。