Ep.1-9 対決
この町の周囲は外壁で守られている。裏山側は余分な土地が少ないものの、街道のある表側の
外壁の外には、農耕地と、その間の空き地が広く点在している。
そんな空き地の一つに、呼び出しに応えたキョウとキリ、パーティのいつもの三人に、ハナ。全員が揃った。
そこは農地と森の間の緩衝地帯とでもいう場所で、だだっ広い空間が広がっている。よほどの事が無い限り衛兵や町人に咎められることはない。
「キリと戦って実力を証明すると聞きましたが、相手は?」
キョウが問う。
――そう。キリと直接戦って勝つことで認めさせる。機会は一度。キョウと話したのはたったそれだけの話だ。
「……俺だ」
リッカが答えた。
みんなには、これで勝てばハナが冒険者を続けられると伝えてある。
ハナ自身も何かできないかと望んだけれど、これが最善。人間相手ならリッカがパーティで一番強い。
「ふむ」
キョウは少しだけ意外そうな顔を見せた。一度やり合っているからこそ、あたしかベルが相手をすると思っていたのかもしれない。
「先に伝えておきますが、キリは風読みの里でも特に対人制圧に優れた使い手です。並の冒険者では太刀打ちできないでしょう。貴方は体感したものと思いますが」
「知ってる。構わない」
キョウの言葉にリッカは即答する。
当然だ。お互いに自信があると思っているから、この勝負が成立する。
「良いでしょう。キリ一人さえ相手できないようであれば、どの道ハナ様を託すには値しません」
キョウはそのまま場を仕切って、リッカとキリに距離を取るよう指示した。
キリがリッカに背を向けて離れていき、他のみんなも、邪魔にならない程度の位置まで離れ始めた。
「……?」
リッカが動かない。気づいて近づいたあたしに、リッカは耳打ちした。
「……なぁ。この図、俺とあいつがハナを取り合ってるみたいで気が引けるんだが」
このバカ。
口から出かかった言葉を飲み込む。いや無理だった。
「バカなコト言ってないで。行ってこい」
思い切り背中を叩いてやる。思った以上に力が入った。
かなり良い音がしたけれど、リッカが痛がる素振りはない。
手のひらがじんじんと痛む。涙が出るかと思ったけれど、ぎゅっと耐えた。
「おう、任せろ」
リッカは何事もなかったかのように手をひらひらと振って、移動を始めた。
あたしも駆け足でベルに追いついた。
……あとはリッカ次第だ。
指示通り、距離を空けてリッカとキリが対峙する。
歩数にして十歩以上、二十歩の方が近いかもしれない。剣の間合いではないし、槍の間合いよりも更に遠い。
「決着は降参か戦闘継続不可になるまで。回復不能な怪我は負わせないこと。いいですね?」
二人が頷く。
……公平に見えて、随分な条件だ。
リッカとキリでは、持っている手札が違う。キリには相手の動きを止める魔術があるし、二人の間の距離は、見るからにその魔術を発動させるのに十分だ。
下手をすれば、一歩も近づくことなく戦いが終わってしまう。
速攻か、動き回って魔術を避け、機会を伺って接近するしかない。キリからはそう見えるだろう。
「では――」
キョウの掛け声が響く。リッカが両手で剣を構える。持っているのは、調整から返ってきたあの剣だ。
「――始め」
その瞬間、リッカは倒れ込むように踏み出した。身体が前に沈み、ばねのように飛び出して直進する。
一瞬遅れて、キリが右手をかざした。
「『風牢』」
魔力光が広がり、力場が形成される。動きを止めるという魔術だ。
――それをリッカが、切り払った。
「なっ」
キリの唖然とした声。
動きを止める魔術は発動しない。魔術を斬る剣の効果で、その魔術は発動直前に霧消している。
驚いて目を見開くキリに対して、リッカが一気に距離を詰める。
が、
突風が吹いた。
「――ッ」
今度はリッカが驚く番だった。リッカの身体が浮き上がり、後方へと吹き飛ばされる。
身体を捻って上手く着地したものの、二人の間の距離は振り出しに戻った。
「……『風印』」
キリが左手を突き出している。
二つ目の、魔術。
「変わった剣を持っているようだが――」
キリは一度左手を引き、確かめるように再び突き出した。突風が発生する。
「――勝敗には影響ないな」
リッカはそれを斬ろうとしたものの、また吹き飛ばされた。
「……なんで」
ベルが呟く。
魔術を切る剣の効果が発揮されていないのか。いや。
「……突風を発生させる瞬間だけが魔術なんだ」
魔術にも色々な種類がある。
『雪華』のように、純粋な魔力で構成される魔術もあれば、その場に存在する何かに働きかけて利用する魔術もある。
きっと『風牢』という魔術は前者で、『風印』は後者だ。風の起点である魔術を切ることができても、発生した風は魔術ではないので抑えられない。
リッカの持つ剣は『魔術を斬る剣』であって、風のような形ないものが斬れるわけではない。
そこからは、目に見えてリッカの形勢が悪くなった。
リッカが動けば、すかさずキリが『風印』を使う。リッカは魔術を避けたり斬ったりしようとするもののうまくいかずにまた押し戻される。
そんな攻防が何度か繰り返されている。
五度目の攻防だろうか。
「……やめだ、やめ」
また吹き飛ばされて着地したリッカが、おもむろに剣を鞘に収めて地面に置く。そのまま一歩前に出て、右半身を引いて半身になり、拳を構えた。
「やっぱ、剣頼りなのは違うよな」
対するキリは、リッカが剣を手放したからといって油断していない。ただ、怪訝に思ったようだ。
「……剣を手放して、届くと思うのか?」
リッカに向けて、キリが左手を突き出す。
発生した突風を、リッカは、横っ飛びで躱した。躱してすぐに駆け出す。
キリが左手を突き出す。リッカはまた躱した。次の突風までの間に距離を詰める。
少しづつ、二人の間の距離が縮んでいく。
「よく避ける……!」
無茶苦茶だ。
キリの魔術は腕を突き出すだけで発動して、直線上に広がる。リッカが横に一歩分跳んだとして、キリは数度だけ魔術を打ち出す角度を変えればいい。
そのはずなのに、キリの魔術は当たらない。
「よく避けるが……まだ届かない!」
接近するリッカに対して、キリは何かを小さく唱えた。
その途端、『風印』の影響範囲が、倍ほどに広がった。リッカは頭を守るように両腕を交差させる。
広がった範囲の分だけ威力は落ちたものの、立っていられないほどの強風でリッカはその場で足止めされた。
しかも、今度は風が止まらない。
「届かないからなんだ……!」
リッカが声を上げる。吹き飛ばされまいと耐えながら、一歩、また一歩と正面からキリに近づいていく。
「なぜ、進める――」
キリの顔に焦りが見える。今リッカの手に剣はないけれど、もう剣の間合いだ。
「届かないから――頑張るんだろうが!」
じりじりと、リッカはキリに肉薄する。
ハナもベルも、固唾を呑んで見守っている。
ついにリッカは、手を伸ばせば届くほどの距離までキリに肉薄した。
「大したものだ、が――」
キリが、突然手を握り込んだ。
その途端、突風を発生させていた魔術が消えた。急激な変化にリッカがつんのめる。
「――この距離なら、『風印』で吹き飛ばすまでもない」
魔術の掛け直しだ。キリが『風牢』を使うためか、リッカに手をかざそうとする。
「終わりだ――」
キリがリッカの顔面に手をかざす。
――そのキリの手首を、リッカが掴んだように見えた――
瞬間、キリが消えた。
――いや、あまりに急な移動で、消えたように見えただけだ。
キリがいつの間にか、仰向けに地面に倒れている。魔術は発動していない。倒れたキリの傍らにリッカがいる。
「この距離なら、もう投げる方が早いぜ」
「なっ――」
キリ自身にも何が起こったか認識できていなかったらしい。
キリは飛び起き、魔術を発動させようとする。二つの魔術のどちらかなのか、それともまだ見せていない別の魔術なのか。
答えは、もう分からない。
リッカの言葉通り、その後キリが魔術を発動させることはできなかったからだ。
キリが起き上がろうと起き上がるまいと、魔術を発動させようとする度、リッカの投げで潰される。
同じ展開が何度か続いた後、キョウが告げた。
「勝負ありですね」
続いて、キリにも声を掛ける。
「キリも、異論はありませんね」
「……ああ」
キリは倒れたまま答える。
思わずベルと手を取り合った。リッカとキリの元に、ハナが駆け寄っていくのが見えた。




